第二章 第十七話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その1
ルードヴィヒという権威的で気障な男は高貴な家柄を除けば全くの取り柄のない無能といっても差し支えなかった。そんな人物が軍の命令でSIAに移動させた理由は二つしかなかったとレオハルトは理解していた。
すなわち、厄介払いと諜報である。
つまりルードヴィヒという人物は捨て駒で彼をスパイとして差し向けた人物がいるとレオハルトは即座に理解した。軍内部に秘密結社の手先がいることは確定であると彼は事態を飲み込んだ。
「君の組織の人間は……その、随分と個性的なのだな」
「そうだね。でも皆有能だ。僕はいつも助けられているよ」
「は、僕が副長官となるのだからもっとしゃんとしたまえ」
その言葉を聞いてレオハルトが一瞬呆然とする。
「…………今なんと?」
「このルードヴィヒ・フォン・リッテンハイムが君らを助けると言っているのだよ」
その言葉を聞いてレオハルトはめまいのような感覚を覚えた。
「あれあれ……僕も副長官と聞いたのだがね?」
そう言って歩み寄る人物が存在する。その男は軍人というよりくたびれたサラリーマンのように見え、軍服ではなく背広を着ていたら中年の会社員と言われても区別がつかない容貌をしていた。だがその目の奥には剃刀のような聡明な眼光が隠されていることをレオハルトは敏感に再確認する。
ウォルター・マーク・マイルズ少佐であった。彼のそばには伝説的諜報員であるロジャー・J・ダルトンの姿もある。
「うぉ……伝説のマイルズ少佐殿……」
「お久しぶりです。士官学校の教練以来ですね」
ルードヴィヒとレオハルトが驚きながらも敬礼をする。
「うん。レオハルト君は成長しているね」
マイルズ少佐は軍でも随一の切れ者で常に物事の本質に対する洞察を欠かさない人物であった。彼は一目見ただけでも人の情報をつぶさに拾う能力に長けており、危機回避や調査に直結した素晴らしいものであった。だが、皮肉にもそれこそが、彼を出世から遠ざけることにもつながっていた。彼はあまりにも切れ者すぎるために厄介な人物として扱われることが多かったのである。
「……ルードヴィヒ君は元気そうだね」
そう言ってマイルズ少佐は明らかに話題を変えていた。ルードヴィヒは話題を変えられたことにも気づかず自身の近況という名の自慢を語る。が、レオハルトは理解していた。
成長の見込みが薄いとルードヴィヒは彼に見限られていたのである。
レオハルトはそのことを理解しつつ彼に対して憐憫の気持ちが湧いていた。マイルズにとっては揺るがぬほど定まった評価だとしてもレオハルトにとってのルードヴィヒはそれなりに良心のある人物だとは思っていたからである。
「さて、大体の状況はわかったみんな集まってくれ。状況をまとめたい」
そこから全員が集まるのは早かった。レオハルトが作戦の合間で行った訓練や教練の成果は彼らの秩序だった集合の動きにも表れていた。
「……みんなわかっていると思うけど。軍にスパイいるよね」
全員の顔に緊張が走る、ルードヴィヒだけが困惑していたが、残りはマイルズがどこまで察しているかを気にしていた。
「少佐殿。どこまでご存知で?」
サイトウの問いにマイルズ少佐はゆっくりと答える。
「そうだね……ツァーリン連邦が事由不明のまま第三次銀河大戦を起こそうとしている最中にテロ組織ブラット・クロス党やリセットソサエティが暗躍しているっていうのはもう軍やここにいるなら誰でも知っているよね。しかも、アズマ国やらフランクやらでも活動の報告を受けているけど共和国、しかも共和国軍内部に紛れ込んでいるって予感もあったと思うのよ。みんなの様子を見る限り大丈夫そうだね。きっと」
ゆったりと頷いた後、マイルズは説明を続けた。
「それにしてもホーエンハイムのお嬢さんに、シュトルベルグのお嬢さん方にスパダ少佐にノーズ中尉に……随分な面々が狙われたね……しかも女の子ばかり」
その時点でレオハルトは嫌な仮説が脳裏に過った。
メタアクトの技術、あるいは生体兵器の技術を用いて『魔装使い』を擬似的に再現している可能性が真っ先に脳裏に過ぎっていた。第二次性徴期の少女を兵器として転用する非人道の技術。それがどこかで使われヴァネッサと父の悲劇の繰り返しになることをレオハルトは憂いていたのだった。
「……奴らの存在は半ば都市伝説とか根拠のない陰謀論の類だった。けどもまさか軍が公に確認しているとはな……」
その言葉と共に何冊かの資料をマイルズ少佐が手渡してくる。
それは軍人や科学者、民間人など官民問わず記録された調査報告書や手記の束であった。
共和国は銀河でも最大規模の反エクストラクター側勢力であり、再興歴三二五年時点で国家で唯一組織的にエクストラクターを反社会勢力として認可している国家勢力である。実在が確認されていないのにも関わらず官民問わずにその実在と対抗策の確立、調査の要求の声が強く民間で独自の被害者救済団体が国内で設立されているのも大きい要因であった。
「決定的な証拠ではないけども手記は無数にあるからね。有名無名問わず。偽装の形跡のない正式な観測記録さえあれば立証できるけどねぇ」
再興歴の時代を迎え宇宙に人類が已む無く飛び立った時代になってから、メタアクトの軍事利用および人材の確保は重要な命題であったが、同時に『魔装使い』と称される謎の特殊能力者との水面下での抗争は歴史の裏側で苛烈に行われていたことはレオハルトのような歴史に精通した人物でなくても既に広く知られていた。だが共和国以外の勢力はその存在に対する懐疑論も根強く共和国のエクストラクター抗戦派は少数であった。
「本来なら我々は大統領の下でエクストラクターとブラッドクロスの対処を進めるはずが……どうしたものかね」
そう言ってマイルズ少佐は生暖かな目線をルードヴィヒへと向けた。
「私の顔になにかついているかね?」
「いや、でも軍から睨まれたなあと」
「当然だろう。なんたって君らは官民問わずはぐれもの、一匹狼、変わり者、オタク、変態、奇人、変人、異端児の集まりな上に監視対象のお嬢様方が何人もいる。しかも私の護衛役にも何を考えているかわからないタイプをつけてきた。軍上層部は何を考えているのやら……」
自分自身がそこに含まれていることをルードヴィヒは想定してないのだとレオハルト大尉とマイルズ少佐は同じ気持ちでいた。二人は顔を見合わせる。
「そうなると実質的なトップはマイルズ少佐で私は副官ということになるな」
「いいや。私はあくまでも大統領との連絡役という立場で実質的な指揮はレオハルト大尉になるね。まあ、レオハルトがピンチなら手助けしてあげてってさ」
「なんと……私がいながら大統領閣下もなにをお考えやら?」
エドウィンとは別の方角にナルシシズム全開発言に少佐とレオハルトは頭が痛いそぶりを見せる。人材の問題が解決した矢先、副官に愚鈍さと傲慢さの目立つ人物が据えられる事態はその場にいた誰も彼もが想定外であった。
しかもサプライズは終わらなかった。ルードヴィヒが思わぬ発言を持ちかけてきていた。
「さて……そろそろだな」
「ルードヴィヒ大尉?」
「君らには……フランク連合王国で調査任務に行ってもらう」
「え?」
「何度も言わせるな。『セントセーヌ』で調査任務があるということだ。光栄に思うがいい」
言葉を聞いてレオハルトもマイルズ少佐も顔を見合わせた。
「……はい?」
「……はい?」
思わず二人が同時に素っ頓狂な声を上げる。SIAの全員が呆気にとられていた。
「これは我が共和国軍参謀本部の決定と大統領の承認が下されている。拒否はできんぞ」
「……」
「……」
「……」
「……」
全員が沈黙する。軍内部にいるであろうスパイと『オルトロス十三分隊』に対する聞き込みをしようと行き込んだ矢先の指令である。SIA全員にとって晴天の霹靂というべき事態である。
「調査任務とは?」
「なんだそれくらいわかっていたのでは?」
「一応、作戦目的の確認ぐらいはと思ったまでです」
「それも含めての調査というわけだ。それくらい考えたまえ、大尉殿」
「……了解」
それを聞いてやられたとレオハルトは内心で歯軋りする。
目の前の愚鈍な副官殿は気がついていないがこれは体のいい厄介払いであった。
今現在、ツァーリン連邦軍の艦隊はAGUの支配領域の境界線である惑星バルベルデ近海宙域にて小規模な小競り合いが続いていた。人海戦術で数に物を言わせるツァーリン連邦らしからぬ動きであるがAGUとアスガルドの連合艦隊とツァーリンの艦隊がぶつかっているのはちょうどフランク連合の領域とは真反対の位置にある。すなわちはるか後方で意味があるのか分からない任務に従事させられるということである。SIAのメンバー全員に暗澹たる心理が渦巻いていた。
だが、そんな左遷同然の指令を大統領までもが承認したという部分にレオハルトは一抹の違和感を感じていた。レオハルトは大統領の意図を明確に掴めずにいた。
「ああ、そうだ。ダルトン殿」
唐突にルードヴィヒが口を開く。
「はい」
「君は大統領が会いたがっていた。すぐに向かうといい」
「承知した。失礼する」
ダルトンがその場から静かに退席する。彼の後ろ姿にレオハルトはただならぬ厳粛な雰囲気を密かに感じ取っていた。
フランク連合に向かう準備の最中、レオハルトはシン・アラカワと秘匿回線でコンタクトを取る。
「……フランクに飛ばされるとは逆に良かったですね。安全な後方ですよ」
「左遷だろう。いい気分ではないさ。部下も落ち込んだ様子を見せている」
「ルードヴィヒの坊やは随分と愚鈍かと。あそこは近いうちに色々とありますので」
「何を知っている?」
「レオハルト大尉殿はいずれわかると思います。俺とユキはアオイとサブロウタのカップルと共にオルトロス十三分隊の調査をします」
「助かる」
「礼はいりませんよ。大尉にはだいぶ助けられましたので」
「そんなことはない。僕はまだまだ未熟だから」
「その代わりと言ってはなんですが何人か助っ人を用意しておきます」
「助っ人?」
「フランクに行くならばまず武器商人のヘックラーです。AFにも造詣が深いお方なので十分助けになるでしょう」
「ま、待ってくれ。ヘックラーってあの?」
「はい。ヴィクター・L・ヘックラー、この銀河でも有数の武器・AF用火器の職人です」
「……君はどうしてそんな偉大な職人と?」
「貴方の父、カール少将との縁ですね。あらゆる任務で助けられてます」
二階級特進した父カールが思わぬ形でレオハルトを救う『希望』を遺す。その事実にレオハルトは複雑な気持ちを抱えていた、だが、レオハルトには感傷に浸る時間はなかった。SIAに必要なのは準備である。来たるべき戦いに備えるあらゆる準備がレオハルトとSIAに必要とされていたのだった。
フランク連合王国首都。芸術と政治の中心地で不穏な予感が渦巻く?
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