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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第十六話 改造女神事件、その11

事件の後始末に一つの区切りをつけたレオハルトは基地内の執務室で書類整理を済ませた後コーヒーに口をつけていた。暖かく苦味のある味に心を落ち着けながら、状況を整理する。

ホーエンハイム家。

軍内部のスパイ。

『オルトロス十三分隊』の横槍。

ブラッドクロス党の暗躍。

ツァーリン軍の侵攻。

繋がりの見えない状況に戸惑いつつもレオハルトはある人物が気掛かりであった。

ホーエンハイム一族の中で平然としていた一人の老紳士。彼が平然とし過ぎていることがレオハルトの心に茫漠とした疑念を浮かばせていた。

「……」

レオハルトがコーヒーに再び口をつけたタイミングである人物が来訪する。

SIAの管理下に置かれたばかりのリーゼロッテ・フォン・ホーエンハイムである。

「失礼しますわ」

「どうぞ」

リーゼが丁寧なお辞儀と共に入室する。

「どうかしたのか?」

レオハルトの疑問にリーゼが思わぬことを口にする。

「……レオハルト様、私の叔父が関係者かもしれませんの」

「どういう意味かな?」

「……秘密結社と関わっているかも知れませんの」

このことはレオハルトを大層驚かせる。

「その理由は?」

「変な雰囲気をした怖い人と関わっていることがなんどもありましたわ。共通の趣味を持つ軍の友人と叔父はおっしゃってましたが、紳士というより蛇のような……怪しい人たちでしたわ」

「どんな人?」

「何人かの男。誰も彼もが筋骨隆々で明らかに普通の雰囲気ではありませんでした。目が恐ろしく鋭くて冷たくて……しかもぼんやりと聞いた話す内容はまるで人を殺すことにも躊躇すらないような……あ、刺青をしてましたわね」

「どんな刺青?」

「そうね……番犬?」

「番犬?」

「頭がいくつもある番犬。人相の悪いからマフィアかと思いましたわ」

ケルベロス。あるいはオルトロスを連想させる刺青の存在はレオハルトの脳裏に『オルトロス十三分隊』の存在をちらつかせるのに十分であった。なぜならば、かの組織の『製品』や構成員は慣例として体のどこかに頭が複数ある番犬の刺青を刻むと噂された。実際、レオハルトが出会ったエージェントも巧妙に隠していたものの彼も首元に番犬の刺青が隠れていた。レオハルトはその刺青を見抜いていたであった。

「……さっき、正規軍開発実験団の一部署にいる人間に出会ったんだ」

「それと関係が?」

「ある。ちょうど慣例的にそんな刺青をする部署だ」

「どういう慣例ですの?」

「自らの成果を誇示するようだ。……おそらく、ろくな連中ではない」

「それにしてもなんでそんな方々とお会いを?」

「向こうが会ってきた。……ノーズ中尉とスパダ少佐、セリア女史の身柄を渡せと」

「なぜですの?」

「理由は言ってこない」

「まさか渡しませんわよね」

「当然だ。シンもイェーガーも同意見だ」

「よかった」

「彼らの動きは怪しい。こっちでも調べるがリーゼロッテも気をつけてほしい」

「ええ。護身術は心得がありますがやばそうなら逃げますわ。あと、シュトルベルグのお二方にもお伝えくださいまし」

「そうする。シュトルベルグの人間らしく二人は好戦的だから厳に忠告しておかないとな」

それを聞いてリーゼは満足げにお辞儀をしてから部屋を後にした。

レオハルトは懸念となる勢力を二つ相手することになると予感していた。

オルトロス分隊とリーゼロッテの叔父。二人に不審なつながりがある以上、調査は急務と言えた。なのでレオハルトは優先でイェーガーを呼び出した。

「はい」

「すまない。調べてほしいことがある」

「承知」

そのやりとりだけで有線は終わる。

それが済んでしばらくした後、イェーガー曹長が執務室に顔をだす。

「イェーガー、リーゼロッテ女史の叔父の顔は覚えているな」

「はい。やけに平然としていたあの男ですね」

「その通りだ。彼の素性を全て調べてほしい。名前、年齢、職業、交友関係、趣味……あらゆる情報が欲しい。特にここ数日の行動について洗いざらいだ」

「承知」

「頼むぞ」

「は!」

そう言ってイェーガーは音もなくその場を後にする。いつの間にか彼の姿は霞のように消えていた。

イェーガーの調査結果を待つ間、レオハルトは書類に決着をつけることと、スパダ少佐ら三人の様子を見に行くことを決めていた。

書類の山は非常に彼を難儀させたが、それでも戦闘よりも気楽な作業だと彼は手早く片付けていた。

それが済んだ後、彼は珍妙な光景を目撃することとなる。

「なんだこれは」

レオハルトの第一声はそれであった。

まず目についたのはサイトウが満面の笑みでキャメルクラッチ、すなわちラクダ固めと称される関節技をかけられて海老反りのまま笑っていた。

「ありがとうございます!ありがとうございまぁぁす!」

サイトウは銀の短い髪をした無表情の女軍人に関節技を決められていた。

これだけでも異様な光景だが、それ以上に目を引くのはその周辺だった。

サムライのコスプレのまま呆然とするスチェイ。

激怒するスパダ少佐の蛇の尾に締め上げられるジョルジョ。彼は悲鳴をあげる。

クラーラとエリーゼの二人は見知らぬエージェントを踏みつけながら『ヒャッハー』と叫んでいた。その顔はもはや悪魔であった。

それを見てサディズムと恍惚に浸るミリア。紅潮する彼女にも小悪魔の笑みが宿っていた。

半分液体となったまま恍惚の表情を浮かべるライム。

涎を垂らしたまま極楽を感じた表情を浮かべるペトラ。

いけませんわ、インモラルですわと呟き続けながら赤面して微笑むソニア。

なぜか、赤面するユリコ。

頭を抱えるスペンサー。

困惑するアポロ。

大爆笑のロビー。彼は大酒を飲んでいた。

そして周囲を気にすることなくナルシシズム全開のエドウィンの手にはなぜか牛乳が握られていた。

「だれか説明してくれ!」

レオハルトは思わず叫んだ。

すかさずグレイス、レイチェル、キャリー、アンジェラが駆けつける。

「ここに」

そう告げる彼女はどういうわけか頬を赤らめていた。しかも目が泳いでいる。

「いやーカオスカオス、鬼カオス。もはやお祭り騒ぎっしょ」

レイチェルは大爆笑であった。

「えっと……百鬼夜行?」

赤面しながらキャリーが顔を覆う。

「えー……もっと男と男が激突するタイプの混沌はないのー?」

アンジェラは口をへの字に曲げていた。なぜか不満げである。

この三人では抽象的な情報しか出ててこないのでとうとうレオハルトがグレイスに報告を求めた。彼女は赤面と困惑を交えながら状況の説明を全て行なった。

「えっと……まず共和国宇宙軍軍事情報部とその直属部隊が我々と合流することになったんです。そこで実力を見たいと模擬戦を……」

「それがどうしてこうなる!?」

しばし、躊躇いがちな様子を見せながらグレイスがこう答えた。

「まずサイトウが暴走しました。次にジョルジョ。彼らはよりにもよってあちらの銀髪の方にナンパして締め上げられました。次にソニア、ペトラ、ライムの三名ですが、その三人も情報部側のエージェントに誘惑され篭絡されました。ユリコもその男になにやら囁かれたようですが、どうにか振り切ったそうです。その割に顔が赤いのは気になりますが三人よりかはマシですね。そして、クラーラとエリーゼが悪戯でその男に組みついたところをミリアが参戦したところ……宴会かなんかだと勘違いしたロビーとエドウィンが酒を飲み出し、アポロがことの次第を私に報告しました。現場に駆け寄った時にはすでにこうでした。男はその時は一時的に解放されて私を……誘惑してきて……」

「もういい。情報が多すぎる。どうしてこうなった」

「うう……あんな美男に褒められるの慣れてないわよ……」

そう言ってグレイスは赤面していた。

レオハルトはことの発端である二人を起こすように全員に命じる。

銀髪の女軍人はフリーデ・フォーゲル。

共和国宇宙海兵隊出身者で全身に精巧なサイボーグ処置を施された伝説的兵士の一人である。海兵隊では非常に有名で卓越した実力と死地を何度も生き延びた経験で半ば都市伝説とされている『銀の戦乙女』その人であった。

美男のエージェントはマーク・ウルフ・モートン。

若手ながらロジャー・J・ダルトンに匹敵する凄腕諜報員で通称『シガレット・ウルフ』と称される実力者である。彼も非常に有能な人物で成功させた作戦は既に三十を越えており、その作戦はどれも難易度の高い任務であると言われている。

「この組織はなってないな。ハニートラップに弱すぎる」

「エージェント・モートンの意見に賛同します。ハニートラップ関連の策謀に対する脆弱性が規定値をオーバーしていると判断します」

そう発言する二人にレオハルトが歩み寄る。

「君たちが来たのは組織の視察のためか。大統領からはそのような話は通してないが?」

その発言に対して両者共に首を横に振った。

「いいえ。SIAは我々と行動を共にしていただきます」

「……それはどういう意味かな?」

レオハルトの問いかけに別の人物が答える。そこ返事は高圧的で不遜な態度が現れていた。

「んー、理解が遅いのは困るよ。シュタウフェンベルグの」

「……君は」

レオハルトはその人物に面識があった。

返事した男は複数人の部下を引き連れていてその中にはゴードン・グリフィン中佐の姿も存在した。部下はゴードンも含め六人で、ゴードン、赤いドレスを着た女、軍服の巨漢、イプシロン、リーがそこに立っていた。

イプシロンとリーは父カールの古い部下だったためレオハルトの面識もあったが巨漢とドレスの女に関してはレオハルトも面識がなかった。

「まさか軍人になっているとはね。久しいな」

「そりゃ……僕はリッテンハイム家次期当主たるルードヴィヒ・フォン・リッテンハイムだよ。ここが僕の出世の始点となるのだから当然なのだよ」

その言葉を聞いてレオハルトは頭が痛くなるような気分に見舞われていた。

人の美点を見つけそれを高めることに関して天賦の才を有するレオハルトをして、ルードヴィヒは愚鈍であると言わしめる人物であると言えた。レオハルトが知る限りあらゆる成績はかろうじて合格かお情けで合格であることが多く、性格に関しても傲慢で嫉妬深い人物であり、たびたびトラブルの始点となる人物だということをレオハルトは知っていた。それだけにレオハルトはなぜ彼が軍からSIAへと『流された』のかをレオハルトは改めて痛感するばかりであった。

「ところで君はなぜ武士の格好を?」

レオハルトはスチェイに問いかける。

「趣味と実益を兼ねた……仕事道具の整備です。あ、忍び装束もあります」

スチェイは目を爛々と輝かせる。彼のアズマ文化かぶれの趣味にレオハルトは目を泳がせるばかりであった。

奇人変人豪傑だらけの特務機関に……異色の男が乱入?


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