第二章 第十五話 改造女神事件、その10
ミュラーの突進に対し、レオハルトは超高速で回避を行う。
だが、なんと突進するミュラーの体はレオハルトの行動を予期したように迫っていた。
「……!?」
レオハルトはその刹那の時間の中で後方へと飛ぶ。そこにミュラーは銃撃を加える。
「ぐ……」
粒子の銃弾をレオハルトはどうにか回避を試みる。
だが、粒子の熱はレオハルトの二の腕の皮を掠る。その熱は表皮に深い火傷を刻んだ。
レオハルトはそこで思考を巡らせる。人の脳を読み取るタイプ、未来予測演算を行うタイプのメタアクト。あるいはそれに匹敵する手段を敵が有していることを彼は思慮する。
超高速の彼に弾丸を掠らせた事実は味方を動揺させるのに十分だった。
「大尉!」
「レオハルト大尉!」
「弾丸が!」
スチェイをはじめ味方に明らかな動揺が見える。
劣勢を打ち破るべくアポロとロビーの二人が前に出る。
「狼狽えるな!」
「オイラがやっつけるぞ!」
巨漢二人が分隊支援火器の大火力をミュラーにお見舞いする。だが弾幕のことごとくをミュラーに回避される。
「クク……濃密だが!」
ミュラーは巨漢二人を嘲笑いながら軽快な跳躍を交えて回避する。弾丸は床や柱を砕き、ガラスを破壊するがミュラーの肉体を食むことはなかった。
「無駄。直線的ならわかる!」
ミュラーの嘲笑にロビーとアポロは苛立ちを隠せない様子となる。
「ちくしょう当たらねえ!」
「どういうカラクリだ……仕組みが分かれば!」
無情にもアポロとロビーの弾丸が尽きる。
ミュラーが悪辣な笑みを浮かべながら虎視眈々とレオハルトらの命を狙う。
そこにミリアが歩み出る。
「ミリア!?」
「ダメだ!」
巨漢二人が制止しようとする。だが、レオハルトは逆にゴーサインを出した。
「何故です?」
「気がついたんだ」
レオハルトは二人にそう言う。ミリアの目の奥にある確信を彼は見抜いていた。
「科学者さん、チェックメイトにはまだ早いわよ」
「それはどうかな。君も素敵な身体になる予定かい?」
「おあいにく様。スチュワートお兄ちゃんに折檻されたくないわ」
「そうか。だったら……そいつから殺してやろう」
「させないわよ。私お兄ちゃんっ子だから」
「それは残念だ」
そう言ってミュラーが拳銃に粒子弾のカードリッジを装填する。挑発の意図もあるためかその動作はゆっくりとしていた。
「先に言っておくね。もう当たらない」
そう言ってミリアが歩み寄る。その手にはコンバットナイフが握られていた。
「本当に残念だ。君はいい素材だろうに」
そう言ってミュラーが拳銃を向け、引き金を引いた。
だがその銃弾はミリアの横を逸れていた。
「!?」
明らかに動揺した様子を見せつつ、ミュラーが再度引き金を引こうとした。
だが、そのわずかな隙を突く形でミリアはミュラーの体を投げ飛ばす。
ミリアは慣れた手つきでミュラーに手錠をかけた。
「目標確保」
それだけ無線記録に残しミュラーのこめかみに拳銃を突きつける。
「すごい……どうやって……?」
アポロの問いにミリアが説明する。
「音の認識をわずかに狂わせたの。私のメタアクトで」
「メタアクト……音を操作する能力?」
「そう。ドクターミュラーが油断していたから近ついて因子をばら撒いといた。近つけるかリスキーだったけど相手が機械任せの予測演算使っているから対策は楽だったわ」
「わかったの!?」
「簡単な話よ。ミュラーの装備。あれもAGUの兵器ショーに出ていたものでしょ……ね、サイトウ」
そう言って彼女はサイトウの方へ視線を向ける。
「ご名答だ。実際、あの兵器はサイボーグや電子戦を想定した最新の兵装なんだが……まさかミリアもあそこに?」
「警察用装備のエリアにね。最大規模のショーだったから勉強も兼ねて仕事にきていたの」
「そうか……警察に縁があるようだな?」
ミリア・メイスンは優秀な数学の素養と犯罪心理に精通していたこともあり共和国警察の捜査協力者・アドバイザーとして警察と協力していたことがあった。それは中高生での期間のことであるが、その短い期間でミリアは多くの犯罪者の検挙の決め手となる証拠や証言を確保に貢献したことも珍しくなかった。
「相手は音や距離を正確に把握して攻撃に備える機能のついた戦術補助AIを味方にしていたのよ。銃の型の要領ね。お兄ちゃんみたいに訓練積んでいるタイプではないから音を誤魔化したりして少しずつ距離とか誤認させたの」
「えっとつまり?」
「相手と自分との位置を誤魔化したということ」
「そんなことを!?」
「だって相手は数字と目のみでこっちを捉えていたからね。正直楽だったわ」
そう言ってミリアが微笑む。建物の制圧が完了した今、ミュラーを確保して建物から脱出するだけだった。
「くく……」
「ほらさっさと立て」
ミリアから引き渡されたサイトウがミュラーを無理やり立たせる。完全に敗北しているはずのミュラーの口元には不気味な笑みが張り付いていた。
「くく……僕にはね。ちょっとした夢があるんだ」
「それは刑務所で聞こう。さっさと来い」
そう言ってサイトウは手錠でがんじがらめのミュラーに銃口を突きつけ歩かせる。
「……科学はね。爆発なんだよ。ロマンチズムや金儲けと融合してこそ真価を発揮するんだ」
「訳のわからな……」
レオハルトは能力を行使した。
彼以外の時が止まったような一瞬でレオハルトはミュラーを投げ飛ばす。
屋外に投げ飛ばされていたミュラーはニヤニヤと笑いながら窓の外で爆散した。
「いことを……うぉ!?」
全員が動転した様子で窓の外を見る。
ミュラーが消え、外に爆発だけが残る。レオハルト以外はそう感じていた。
「なんだぁ!?」
「うぉ!?」
全員が呆気に取られる中、レオハルトだけ安堵した表情を浮かべていた。
「間に合った。彼は自爆目的だった」
「何……!?」
スチェイはようやくこの状況を理解した。
「助かったのか……」
ジョルジョとスチェイ、サイトウの三人がへなへなと崩れ落ちる。
三人娘も銃弾を気にしながら証拠の確保へと移っていた。
「た、助かったぁ」
「すごかったね……」
「マジびっくり人間ショーって感じ」
そんな三人にミリアも加わる。
「ミリア、ありがとう」
「ふふ、これくらいはね」
そう言ってミリアが微笑む。レイチェルも陽気な笑顔を浮かべていた。都会的なレイチェルの笑みは服のセンス以上に洗練された慣れた様子の笑い方であった。
「はー、手がかりが消えたな」
スチェイががっくり項垂れた後、レオハルトは彼を助け起こして周辺の調査を開始していた。
「見つかるはずだ、かなり綿密な計画だからね」
「計画書ですか。何人も攫って兵器にする時点で悪辣かつ計画的といえますね」
「その通り。なるべく早く拠点を押さえつつ、背後を洗いたかったな」
「内部の書類、洗っておきます」
そう言ってスチェイが起き上がってレオハルトと周辺の捜索を始めていた。
「ん?」
スチェイが見つけたのは書類や標本のある戸棚であった。書類の一冊を手に取った後、彼は心底疑問を感じた様子の声を出していた。
「見つけました?」
「ええ」
スチェイの手には書類があった。災害派遣事項以外にも特別事案想定のかなり大規模な組織の部隊の行動計画書であった。
「これは……」
スチェイはその書類を見て顔を青くしていた。なにせその書類の中には適性のある人間を材料として人造メタアクターおよび人造メタビーングの製造を承認していたからだ。
軍隊内に秘密結社のスパイがいる。レオハルトはそれを確信していた。
現場から大急ぎで撤収したSIAは事件を共和国軍および大統領府へ報告書作成と無線報告を行なっていた。
レオハルトが救出を済ませた後の職務は多忙を極めていた。
まず、シュトルベルグ姉妹の件。
これに関しては恐ろしいほど順調だった。父親は面食らった様子を見せたものの双子がSIAの局員として念願の初陣を飾れることや活き活きと改造された肉体の力を誇示しているのを見て、逆に機嫌を良くしていた。本人たちも元々軍関係の仕事を目指していたこともあり二人に関する対応は非常に簡単なものとなった。
次にホーエンハイム家のこと。ここに関してはレオハルトを難儀させた。
娘の状態をレオハルトが説明すると母は気絶、父は大泣きの有様であった。親族や従者たちもオロオロとするばかりの様子だったのを見てホーエンハイム一族は大混乱の有様となった。
しかし、その中にどこか平然としている人物がいた事をレオハルトは見逃さなかった。
幸いレオハルトやスペンサーが娘をエージェントとして力を有効活用することをその場で確約したため、一族関係者はどうにか冷静さを取り戻した。幸い次期当主が生きてはいたということや、不幸な事件を経験したとはいえSIAの一員として幹部待遇を約束されたことによってホーエンハイム家の一族と次期当主リーゼロッテの名誉を保証することで一族は納得してくれていた。
最後に、搬送したフランク人女性セリアと彼女同様に救助された共和国軍軍人たちについてのことである。この件に関してはある種においては厄介だった。もっとも、本人たちは非常に友好的なのもありこの件に関しても途中まではとんとん拍子で話が進んだ。
エリザベス・ノーズ中尉、アンジェリカ・デ・スパダ少佐、セリア・デュボア女史の三名が新しい局員として迎え入ることに関して本人たちは非常に意欲的であることが大きかった。が、横槍をいれる者が存在した。
『共和国国防軍開発実験団医学実験隊異能研究部特殊異能研究第十三分隊』。通称は『オルトロス十三分隊』である。彼らの横槍によって手続きが難航したが大統領府などが推薦状を書いてくれたこともあり、結局のところ三名はSIA側の管轄として事なきを得る結果に終わった。
救助後の職務を済ませたレオハルトは基地のソファでぐったりとしていた。じっくりと体を休めながら救助後のゴタゴタのことを彼は回想する。
オルトロス十三分隊のエージェントである通称『コーク』と対峙した時のレオハルトは底知れない寒気を感じていた。それは半ば漠然とした予感だったがエリザベスら三人を手渡すことが悲劇につながるということを漠然と感じ取ったからだった。
実際、交渉のテーブルにはレオハルト以外にシンやイェーガーがたまたま同席していたが、二人は明確に敵意を向けていた。特にシンの敵愾心は異様で、レオハルトがいなければその場で殺害しかねないほどの怒気と殺意を剥き出しにしていた。そのことにレオハルトは底知れない嫌なものを感じ取っていたのだった。
共和国内部で暗躍するスパイに秘密結社……新たな仲間を加えレオハルトは真相に迫る
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