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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第十四話 改造女神事件、その9

シュトルベルグ姉妹の最初の一手は片方からの手榴弾であった。

「はい、プレゼント。ばーくはつ!」

アポロとロビーは素晴らしい反応で避けながら後続に向かって叫ぶ。

「グレネード!」

そこでアポロとロビーの二名は中央に巻き起こる爆風で一時的に分断される。幸い被害はなかったが、爆発の余波と距離をとったため瓦礫がアポロら二人と後続を分断する。それに合わせる様にシュトルベルグの二人は軽快な挙動で襲いかかってきた。

「覚悟するがいい!」

「デストローイ!」

エリーゼとクラーラは鋭い爪や犬歯などで相手を引き裂かんと飛び掛かる。そして、シュトルベルグ姉妹の攻撃は同時にアポロらの皮を引き裂いた。

「むぅん!?」

「うぉぉ!?」

だがアポロとロビーの反応は素晴らしく致命傷になりうる一撃を貰わずに済んだ。

「アポロ、ロビー!」

レオハルトが瓦礫越しに叫ぶ。

「オイラは問題ないぞ」

「我も皮一枚で済んだ。かすり傷だ」

二人は血こそ出たものの肉を断つまでには至らない程度には軽傷でいた。

「随分やられたんじゃないの?」

「これくらいは戦場ではモーニングルーチンにすぎんぞお嬢様方」

「髭面め。まだまだ手札は残っている。手加減の余裕はないだろう?」

「確かに、実に見事な策なり。だが、銃や刃物は使えないなら素手で挑むのみよ!」

そう言ってロビーは武器を敢えて捨てて飛び掛かる。

「馬鹿め。今の私は絶好調だ!」

そう言ってエリーザが噛みつこうと突進する。だがロビーの顔には暑苦しい笑顔があった。彼はエリーザに組みついてそのままその肉体を持ち上げる。

「ぬぅおおおおおおっ!」

そしてエリーゼの肩を担ぐ様にして顎と足を引っ張り弓なりに相手を反らせる。いわゆるバックブリーカー技である。本来ロビーは竜山武術の名手だが、手加減と相手の不意打ちを目的としてプロレス技を繰り出していた。戦場では彼は策士であった。

「ががぁあ!?」

策士と名高いエリーゼ・フォン・シュトルベルグもこの攻撃は完全に予想外であった。

「ありゃ、エリーゼもだいぶ苦戦しているね?」

その様子を見てクラーラも呆気に取られていたがすぐに目の前に集中した。アポロが腰を低くするようにして突進してきたからである。

「相撲だね!」

「ご名答だ!」

アポロの突進に対してクラーラはひらりひらりと避ける。

アポロの根性と身体能力は目を見張るもので驚異的な粘りを相手に見せつけていた。

「しつこい……こりゃ……」

「オイラを舐めるなよぉ!」

そう言ってアポロもクラーラに組みついた。勝負有りと思った時だった。

「……勝ったと思った?」

「なに……?」

次の瞬間アポロの背筋に冷たい死の予感が走る。はっと気がついたアポロがクラーラから距離を取るも、腕の皮膚が鋭い爪で切り裂かれる。

「アポロ……はっ!」

何かに気がついたロビーもエリーゼを投げ飛ばすが、彼も手の甲を切り裂かれていた。

「ぬぅん!」

ロビーは相手の強かさと狡猾さに舌を巻いていた。流石に戦場のど真ん中でレスリングの技を仕掛けられるのは予想外ではあるものの組み付かれること自体は完全に見抜かれていた。

「……よもやだったが、これで予定通りだ」

「エリーゼ? だいぶやられたねぇ」

「うるさい。ここから巻き返せば問題はない」

「まあそうだねー」

そう言って双子はニヤニヤと笑みを浮かべていた。それを見てアポロとロビーが警戒感を強める。

「ロビーの兄貴ぃ、二人は手強そうだよぉ!」

「ああ、我らは警戒しないとならぬようだ!」

そう言ってロビーが腕を鳴らす。双方共に本気を出し始めていた。

「無駄な動きは好かん。ここで潰す!」

「私は何時間でもいいけど。勝つのは気持ちいいから!」

双子が悪魔的な笑みで巨漢二人に迫る。

そのタイミングで瓦礫の上を軽快に進む者が存在した。レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグであった。

スチェイの光る半実体を生み出すメタアクトで作った足場の上をレオハルトが運動操作の能力で移動する。高度な訓練と運動エネルギーの操作能力によってレオハルトは軽々と瓦礫の上を突き進む。

「そこまでだ!」

そう言ってレオハルトは静止した時間の中で双子の恐竜人間たちに何かを取り付ける。

「これでいいな、ユキ!?」

「いけます。システムに侵入!」

「よし。頼む!」

レオハルトは巨漢二人に加勢する。

「待たせた」

「レオハルトの大尉!」

「むしろ速いな」

「……」

不意に黙り込んだエリーゼを見てクラーラが怪訝な表情を浮かべる。

「……エリーゼ?」

「投降するぞ」

「え?」

「これで勝ち筋は完全に消えた」

「どういう」

「首を見てみろ」

「これは……!?」

「戦況も数的にも質的にも不利。そしていつの間につけられたこの装置。詰みだ」

「……いつのまに」

双子は観念して戦闘形態を解除する。恐竜と人間の中間の姿をした二人が美しい美少女に戻っていった。

「どういうつもりだ」

レオハルトが怪訝な表情で警戒心を見せる。

「この体になってから、理由のない高揚感と違和感があった。頭の中に指示が流れる感覚に身を委ねていたが、頭ではどこかおかしいという感覚が未だにある。クラーラもそう思わないか?」

「うーん……確かにそうかも、体が軽くて元気いっぱいな上に気分がひたすらいいんだけど、気分良すぎて変な時がある」

「そうだろうな。おそらく私たちは洗脳されている」

「洗脳って」

「レオハルト大尉、解除にどれくらいかかる?」

エリーゼがそう問いを投げかける。しばし通信をしてからレオハルトは答えた。

「あと数秒だ」

「そうか。よかった」

そして二人の制御が完全に外れる。レオハルトがそう告げると双子は頭を抱えながらしばし悶絶していた。その様子の二人にレオハルトが寄り添うのでアポロら二人と瓦礫をどうにか乗り越えた後続の仲間たちが周囲の警戒にあたる。

「あぐ……ぐぎぎ……」

「ぐぐぅ……なんてひどい気分だ……」

二人はしばらく排除されていた自分の感情に苦しんだあと、平静さを取り戻した。

「……体、弄られたんだよね」

「……そうだな」

「……私たち普通の人間じゃなくなっちゃったね」

クラーラがどこか悟ったような口調でそう呟く。

「ああ……なんて……」

エリーゼも自分の体をまじまじと見つめながらそう呟いた。

「すまない……もう少し早く助けてあげたかった」

レオハルトは先刻のリーゼたちの様子を思い出し、沈痛な面持ちで自責の言葉を口にした。エリーゼは自分の体を見つめてこう叫んだ。

「なんて……素晴らしい体だ!」

「…………え?」

レオハルトは呆気に取られる。

「くくくく……私の体は持久性に問題があってな。マラソンとか地味な運動が昔から嫌いだったのですぐに疲れてしまうのが悩みだったんだがこれはいい!」

「しかも恐竜の体でしょう。やばい……私たち男子のヒーローそのもんじゃね?」

「くははは、この肉体さえあれば私たちはさらに海内無双だ! ふははは!」

「私たちさらに強くなっちゃったねエリーゼ、これは私たちの時代だねぇぇ!」

「そうだろう! ついでに悪の組織も潰せるとは実に愉悦! あっはははは!」

そう言って双子の姉妹は豪快に高笑いをしていた。

「うん、ならば良し!」

ロビーは満面の笑みで豪快にそう言った。

「えぇ……あ、兄貴ぃ、もっとこう改造された悲哀とか……」

「シュトルベルグも一族は昔から武闘派と聞いていたがここまでとはな。さあ、仕事に戻るぞ。弟分!」

「いいんですかぁ!?」

アポロの方は目を白黒させていた。双子とロビーが笑い合っている様子を見て彼は困惑のあまりそれを二度見をしていた。

レオハルトらに至っては呆然とした様子であった。

「……逆に喜ぶってどういうことだ?」

「こっちが聞きたいです」

スチェイは理解を拒んでいた。

「この子達……ドS極まってるぜ……!」

「どうしてこうなった」

サイトウもジョルジョも仰々しい様子で目の前の光景に驚く。

「面白いわこの子達」

「武闘派のシュトルベルグ、ここに極まりだね」

「えっと、確かに私も熊さんモードは色々と便利……かな?」

アンジェラ、レイチェル、キャリーの三人に関しては比較的冷静だったが、それでもシュトルベルグ姉妹のキャラが強烈だったためか困惑自体はしていた。

「……嘘でしょ」

「……どういうことなの」

ミリアとグレイスはそう言って顔を見合わせていた。

アルバートに関しては特にコメントはなかった。興味深げに見てはいたがそれ以上の反応はなかった。

双子たちは作戦の協力を申し出たものの、軍人でも警官でもない少女をこれ以上この危険な場所に居させたままにすることはできないため双子はアポロとロビーの二人が保護する手筈に落ち着いた。

それが決まった後のSIAの動きは早かった。機関砲のある五階まで移動しつつ立てこもる敵たちを順調に無力化していった。敵の数は多かったものの士気は流石に低かった。

「機関砲確保!」

「おとなしくなさい!」

そこでのグレイスとサイトウの活躍が特に目覚ましく、二人の意気の合った作戦行動によって屋上を除く全ての階の制圧は順調に完了した。

「次は……屋上か」

レオハルトらは屋上に続く階段を見て息を呑んだ。敵が待ち伏せているという事実が彼らに非常に大きな緊張を強いていた。階段を完全に登り切ると屋上のドアが彼らを待っていた。

「……いくぞ。みんなどうだ?」

レオハルトが問いかけるとサイトウ、スチェイ、ジョルジョ、グレイス、ミリア、アルバート、キャリー、レイチェル、アンジェラの九人が一斉に頷く。彼らは使い慣れた武器や拳銃が握っていた。レオハルトは屋上の扉を蹴破る。

「SIAだ。武器を捨てて投稿しろ!」

屋上にいる男にレオハルトは思い切り叫んだ。男は白衣を着て機械を身体中にくくりつけた狂える悪党であった。

ヨーゼフ・アルノルド・ミュラー。金髪緑眼をした白い肌の男は目に狂気的な瞳を宿してこう言っていた。

「科学は……爆発だよ。そう技術の進歩には相応の対価がいるのだ。彼らは強く暴力に満ちた姿に変貌することで、この狂気の再興歴の時代を歩むことができる。我々の歴史が暴力と爆発に満ちていることを我々は理解しないといけない。わかるね軍人さんたち? ああ……崇高すぎて理解から程遠いだろうな。その通りだ。我々は人類の幸福のために日々幸福な改造を目指して修練を積んでいるのだ。シュトルベルグのお嬢さん方はともかくリーゼロッテは理解がない。私の傑作に相応しい体になったのになぜ泣き叫ぶのだ?」

その言葉を聞いてレオハルトは目の前の男がわかりあうという行為と対極に位置していることを悟った。これ以上の悪意とエゴを止めるべくレオハルトらはミュラーに対して拳銃と軍刀を向け続ける。

次の瞬間、ミュラーはレオハルトらに向かって突進を始めた。

狂気の科学者対特務機関……!


次回、対決

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