第二章 第十三話 改造女神事件、その8
破竹の勢いでシンは上の階を侵攻した。一階から無理やり窓の外へと飛び込んだシンは覆面の戦闘員たちを薙ぎ倒した。
「善良な女の肉体を弄る外道どもぉぉ、地獄へ堕ちろぉぉ!!」
窓からはジョルジョが鬼の形相で敵に銃撃を加える。
シンはその援護を受けながら敵の群れを次々と挽肉へと変えてゆく。
シンの放った羽根型手裏剣は二人の敵の頭部に命中する。次に彼は銃弾を回避しながら覆面どもの群れを次々と吹き飛ばす。倒れた敵の体を振り回しながらシンは果敢に突撃する。その大暴れによって覆面どもの体は壁に叩きつけられたり、外に投げ出されたりした。その数は少なく見積もっても十人だった。
残りの覆面たちは悲鳴をあげながら銃撃を加えてきた。だが怒り狂ったシンの猛攻の前では焼石に水であった。
刃物を持った敵がマチェーテを突き出したのでシンはマチェーテを回避しながらその腕をへし折る。そして奪い取ったマチェーテで敵を両腕と首を両断しながら敵の群れをすれ違いざまに切り刻む。血飛沫をあげながら倒れる敵を尻目に敵の群れを次々と彼は切り伏せていた。
そして覆面たちにとって不幸なのは階段からアルバート・ネイサン・イノウエとレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグが駆け上がってきたことにあった。
覆面の一人がレオハルトらの殺害指示を叫んだ。
「殺せぇぇ。銀河征服のためだ!」
「そうか。ならば……斬る」
レオハルトの斬撃は音すら置き去りにした。
白刃が青い残像と共に煌めく。
「あべし!」
「たわば!」
「あば!」
「うわご!」
「ごば!」
「たご!」
二人、上顎二つと胴体が完全に両断され絶命する。
二人、人体を縦に両断され絶命する。死体は左右に分かれていた。
二人、斜めに頭部を切断されて絶命する。熱線に切られた様な見事な断面があった。
この早業はもはや瞬きすら置き去りにする速度であった。
「畜生が……まとめて撃ち殺すわぁぁ!」
そう言って車両に向けて撃つ様な機関砲を持ち出したサイボーグの覆面に対しアルバートが抜刀する。
「わぱ!」
機関砲ごと持ち出したサイボーグの男は左右に分断され絶命する。刹那の早業である。
「周りをよく見るんだな」
アルバートは刀の血を払った後に納刀する。
「ひぃぃ、逃げろぉぉ」
怯えた敵は退却を叫んだ。だがその背中を怒り狂ったジョルジョが撃ち抜いた。
「逃げんじゃねえよ」
ジョルジョは機銃掃射で逃げる敵の背中に銃撃を浴びせる。階段を目前にして急所を撃ち抜かれた敵の群れは血溜まりの中に沈んでいた。
「……俺の獲物はなさそうだな」
「二階をたった三人で……」
サイトウらが後続でやってくる。サイトウとグレイスは死屍累々の状況を見て唖然としていた。
リーゼロッテら三名の護衛と『コウモリの女性』ことセリア・デュボアの搬送のためにライム、ソニア、ペトラ、ユリコの四名が戦場を離脱していたがそれでも戦力は十分すぎるほど残っていた。
シンがサイトウの方に歩み寄る。シンとジョルジョはリーゼロッテらのこともあり非常に殺気だった表情をしていた。
「サイトウ」
「レオハルト大尉。こりゃあ、ちょっと不味いかもな」
「そうだな。上の機関砲もある。それに双子の行方も分からない。警戒は厳重にする」
「了解。なんとかする」
サイトウとグレイスが先行して上階に進出する。あからさまな敵はいないがサイトウはブービートラップに気がついた。
「ご丁寧だな」
ワイヤーにグレネードを付けた簡易的なものだが非常に厄介な罠であった。それを慎重に解除しつつサイトウが周囲を探ると物陰から敵が飛び出す。
「ぐわ!」
サイトウは冷徹かつ精密に敵の心臓を撃ち抜いた。横から飛び出した敵が近距離から機関銃を向けるがそれもサイトウが冷徹にいなす。
「恨めよ」
サイトウは敵の顎を蹴り飛ばしたあと頭部を小銃で撃ち抜いた。
そのあとの彼は敵の群れに銃撃を加えた後、手榴弾を敵陣の真ん中に投げ込んだ。
「ぎゃあ!」
「げぇええ!」
爆炎と共に敵二名の肉体が破片でズタボロとなる。左右に逃げ込んだ敵に対して、グレイスは右側の敵集団に銃撃を浴びせた。左側は必要なかった。なぜなら窓の外にはシンとジョルジョが飛び込んできたからだった。
ジョルジョがまず敵の群れに銃撃を浴びせる。その後、シンが飛び込んで残りの敵を執拗に叩き潰した。
それで二階の制圧は完了する。
そのタイミングでレオハルトがジョルジョとシンに声をかける。
「二人ともこっちにきてくれ」
「なんだ?」
「……承知」
シンは何かを察したがジョルジョはレオハルトの意図が分からず怪訝そうな顔をした。
「二人とも怪我が酷い。一時休止も兼ねてここを守ってくれ」
「ま、待ってくれ!」
ジョルジョが困惑した様子を見せる。だがレオハルトはジョルジョの足に触れる。
「いでで!」
「怪我が酷い。止血しつつ小休止」
「戦わせてくれ!」
「駄目だ」
「理由を!」
「以前の君ならこんな無理はしないからだ」
「女の敵が上にいるからです!今まさに士気高揚なのでやらせてください!」
「だからこそだ」
レオハルトはあくまでも冷静に、そして語りかける様に説明する。
「君は騎士道精神があり、淑女の気持ちを重んじる優しい人だ。今の状況において君が血気盛んになることは非常に不味いと考えている」
「なぜです!?」
ムキになっているジョルジョに対しレオハルトは真剣な眼差しで次の様に伝えた。
「五階に機関砲がある。そう言ったのは君自身だ」
「それがなんです。回避して見せます!」
「もし避けられなければ、回避しても敵が他の手段に講じてきたならば……確実に君は死ぬ!」
レオハルトがそこまで言うとジョルジョは黙り込んだ。
「今は耐えてくれ。君にはアンジェリカのことがあるのは分かっている」
「……よく分かりましたね」
「明らかに君は彼女のことを心配していただろう。同じ出身か?」
「はい。ノヴァーラ88の同じ街で幼少を過ごしました。もっとも俺は一般家庭であっちは名家の出身でしたが」
「幼馴染……顔見知りが傷つくのは辛いだろう」
「……ええ」
「怒りは判断を鈍らせる。僕にも覚えはある。だからこそなんだ」
「……」
「君には才能がある。目もいい。だからこそなんだ。アンジェリカのためにも君自身のためにも無駄死には望みではないだろう」
「そうだった……すまない」
ジョルジョは頭を下げる。
「それに……君には仲間がいる。時折スチェイも窓の方に視線を移していた。君を心配していた証拠だ。後、サイトウも君のことを案じていたぞ」
「……そうか……迷惑かけた」
「構わない。仲間をたまには頼れ。僕でもいい」
「すまない。レオハルト大尉」
「構わない。ここは任せた」
「ああ、任された」
落ち着きを取り戻したジョルジョはシンと共に待機して手傷の処置に専念していた。
そのタイミングでレオハルトらは階段を駆け上がる。
「……スペンサー大尉」
「はい」
「別任務で出向いているアオイとサブロウタの報告は?」
「上がっています……リーゼロッテ氏には辛いことですが」
「……ありがとう。この任務を終えたら早急に対処しよう」
「了解」
スペンサーとの通信を切ったレオハルトは動ける人員を全員呼んだ。
「……アポロ、ロビーは先行して敵にプレッシャーをかけろ。そこに僕とサイトウ、スチェイ、グレイスが援護する。キャリー、アンジェラ、レイチェル、ミリア、エドウィンの五人が遊撃して敵陣を食い破るので全員で援護しろ」
全員が了解の返事を返したのでレオハルトはサイトウらに混ざって援護を行う。
アポロとロビーのコンビは分隊支援火器の圧倒的な火力と怪力に物を言わせた攻守一体の突撃で敵に恐怖を与える。その突撃に合わせてレオハルトの拳銃とサイトウらの銃撃が敵を仕留める。そしてトドメは熊形態のキャリーが突撃するのに合わせてアンジェラ、レイチェル、ミリアの三人がメタアクトで敵陣に決定的な混乱を与えた。
まずアンジェラ・ヘラの重力操作で敵同士を無理やり接触させる。
「くっつけ!」という言葉から食らわせた能力発動は敵の不意を突く。
次にミリアが音の能力を敵の耳元に喰らわせる。音響手榴弾や拳銃の音を再現した音は何人かの敵の鼓膜を完全に無力化した。
そして、レイチェルは敵の前に飛び出して叫ぶ。
「ちょっと止まってー」
レイチェルの音声は一時的とはいえ抗い難い指示として敵の思考と行動を制限する。
それは一瞬だったが、隙と呼ぶには十分なものであった。エドウィンがナルシシズム全開で敵を切り刻む。
「ここで僕がセンスを見せる!」
その言葉に違わずエドウィンは精度の高い銃撃と強烈なナイフ捌きで敵の命を刈り取る。搦手を本来好むのが彼のやり方だったが今回の様な正面からの襲撃にかんしても彼は素晴らしい手腕を持っていた。
「相棒を傷つけたんだ。僕のテクニックを味わいなよ!」
そう言って残りの敵も的確に仕留めてゆく。
かくして三階も制圧したチームはそのまま上と駆け上がってゆく。
四階へと駆け上がると意外な存在が待ち受けていた。
二人はシュトルベルグ家の双子であった。
リボンの位置が左右逆だったり、三つ編みにするのが顔の両側面か後ろ髪かの違いはあったが端正であどけなさの残る美しい顔立ちはそっくりであった。ブラウンの髪をした二人の目には明らかに濁った闇が渦巻いていた。
「クラーラ、出番だぞ」
「エリーゼ、出番だね」
「敵が来た。相手はやり手の様だね」
「そうだね。相手はとっても強いみたい」
「ふふ…………改造後での初戦闘だ。血が騒ぐ」
「うれしそうだねぇ。喧嘩大好きなのは同じだし」
「油断するな」
「全力でしょ」
くすくすと二人は笑みを浮かべる。
その言葉を合図に双子はそれぞれ長いスカートとズボンから爬虫類の尾を覗かせた。二人はみるみるうちに両手足の柔肌を爬虫類の鱗のついたものへと変化させてゆく。そして二人の舌は蛇を思わせるものへ、歯は鋭く尖り、目も蛇目へと変貌を遂げていた。
双子は非人道的な人体改造によって恐竜人間へと変貌していた。
「くるぞ。ただし死なせるな」
レオハルトは全員に警戒を呼びかける。
「ロビー、アポロ。前へ」
「承知した」
「いくぞ!」
まず、アポロとロビーの二人が双子の前へと立ちはだかった。
巨漢の二人が前進するをの見てもなお、双子は不敵に舌なめずりをしていたのだった。
非道な人体改造を施された双子たちを前に優しき豪傑二人はどう立ち向かう!?
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