第二章 第十話 改造女神事件、その5
タトゥーまみれのギャング幹部、ガルシア・マドラッゾは尋問のために取調室へと連行された。
彼は終始不機嫌かつ攻撃的な態度で周りを見回していた。
「こりゃ……随分だな」
彼は攻撃的な笑みを浮かべて自嘲していた。
そこに一人の人物が現れる。レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ大尉である。
「……おめーのような有名人様が軍人とはな」
「どうとでも言え。命がかかっている」
「はは、もう助からねえよ。今頃モルモットあたりになったか可愛がられて……」
「知っているようだな」
「誰が吐くか」
「そうだな。だから軍法に基づく範囲だがプレゼントがある。……シャドウ」
レオハルトがガルシアの背後に声をかけると、初期開発型『鴉影』紳士服偽装式強化戦闘二号外装に身を包んだシン・アラカワが音もなく出没する。その顔には白い線で描かれたカラスの紋様をした覆面だけが暗闇に不気味に浮かんでいた。
その時、シンはガルシアの腕を捻り上げ、その関節をあらぬ方角に曲げるべく恐るべき腕力をこめていた。
「がぁぁああッ!?」
「気に入ってくれると嬉しい。君がサイトウ君以上のマゾ趣味があったとはね」
レオハルトは憤激の込められた笑顔を向ける。表面上は爽やかな愛想笑いだが目には完全なる怒りの光が存在していた。
「ま、待て待て、助け……ギャアアア!」
「もう助からないと言ったね……そこのシャドウ君は善良な人物が独りぼっちで非業の死を迎えることをひどく嫌悪しているんだ。だから君は延々と彼に可愛がられることになる。残念だ」
「ま、待て、分かった!」
「何がだ?」
「……連れて行った場所なら分かる! 助けてェェ!!」
「シャドウ」
レオハルトはアラカワに制止を命じた。シャドウはすぐにマドラッゾから離れる。
アラカワはすでにマドラッゾの右手指の骨を二本ほどへし折っていた。
「まず君は複数人の女性の誘拐に関与している。それもテロ目的の不当で不明瞭な誘拐に。君は黙秘権があることはすでに伝えてあるが、国家の事案なので慎重に答えてほしい」
「は、はひぃっ……」
ガルシア・マドラッゾは経験のあるギャングであり喧嘩も強い方の男だったが、相手があまりに悪すぎた。
「……ドクター・ミュラーだ、奴に金で雇われたんだっ!」
「誘拐をか?」
「そ、そうだ。お前には生体操作のメタアクトがあるから誘拐には打ってつけだって。お、俺は碌に訓練もされてねえから本来は1メートルも届かないが、この装置で一時的に効果範囲が強化されるから指定のやつを攫ってこいって……た、頼む……」
シャドウの威圧的な目線に怯えながらマドラッゾは汗だくで白状した。
「その装置は?」
「これだ……」
そう言ってマドラッゾはネックレス型の装置をレオハルトに手渡した。
「……解析の必要があるな」
「へへ……」
「まだだ」
レオハルトが鋭く睨む。
「はひぃ……」
「ミュラーと連れ去った女の子たちはどこにいる?」
レオハルトはゆっくりとマドラッゾを睨む。マドラッゾは戸惑った様子を見せるが観念した様子でこう答えた。
「……まだ。あそこにいるかもしれねえ」
「どこだ?」
「……ブラウニーズ地区の……廃墟だ。潰れたオフィスビルと倉庫のあるところだ。アルファフォートに近いウィンフィールド・ハイウェイの三十二番通りだ」
「ご協力に感謝する。君の協力が本物ならば、なるべくよい弁護士をつけておく。警察の記録によれば麻薬と銃器の密売に関わっているから当分先になるのは避けられないがね。では神樹のご加護を」
「……畜生。敵に回す相手を間違えちまった」
「悪事には向いてないということだ。これからは真面目に生きろ。さようならだ」
そう言ってレオハルトは尋問室を後にする。
局員たちが強敵や難敵との戦闘に備えて装備を整える。
アラカワも装備を二号外装から紫電機関装着三号外装に変え、銃器や羽型手裏剣を揃えていた。
「……アラカワ」
「はい、大尉」
「君は渡鴉をモチーフにした装備にした装備にこだわるが理由があるのか?」
「はい」
「差し支えなければ聞かせて欲しい」
シンはすこし考え込んでからこう答えた。
「個人的な理由もありますが、一番大きいのはネイティブ・ヴィクトリアン神話にカラスが救世主であるエピソードがあることですね」
「確かに。それが関係するんだね」
「はい。料理店を営むネイティブ・ヴィクトリアンの知人が教えてくれた神話にそんな逸話があるのです」
「なるほど……確かその話は……」
「人間が世界に森を作った時、生き物が魂を持っていない時代がありました。人々は森の中で座り込み、生き方に迷っていました。木々も成長せず動物も魚もじっと動くことがなかったのです。渡鴉が浜辺を歩くと海の中から火の玉が上がってきます。渡鴉がじっと見つめると若い鷹が現れたのです。渡鴉は『力を貸してくれ』と若い鷹に何度もお願いしました。すると若い鷹は言われた通り火の玉を手に入れます。ですが、熱さのために彼は泣き叫びます。「人々のために苦しむのだ。この世を救うために」と渡鴉は言います。戻ってきた鷹は川や地上や崖へと火の玉を投げ入れます。すると地上のあらゆる生き物は動き出し、木々も伸びていきました。以上です」
「ああ、ネイティブ・ヴィクトリアンの創造神話か。ずっと前に本で読んだことがある。懐かしいな」
「ええ、彼から聞くこの話が幼い頃大好きでした」
「そうなんだ。子供の頃好きだからカラスの格好を?」
「いえ。俺は子供の頃は鴉が苦手でした。特に体の大きい渡鴉は怖くてよく泣いてました。その度に思い出すのです。亡くなった母が『恐れることはない。アラカワの男は自然さえ味方につけるのです』と。……あの時の俺が賢く強ければ……いえ、なんでもありません」
「そうか……聞かせてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。では……」
そう言ってレオハルトはその場を去った。レオハルトはシンのことを遠い存在のように捉えていた節があったが、言葉の端々からこの世を去った母親への想いと決意に似た信念を抱えていることを茫漠と感じ取っていた。同時に目的を果たしうる知性への執着や『魂』や『救い手』という存在に対する憧憬に似た感情がシンに存在することもレオハルトの印象に残っていた。
レオハルトはそのことを考えつつ、これからの戦いに備える。彼は軍刀や拳銃、ボディアーマー、手榴弾や煙幕などの装備を整えていた。
レオハルトが周囲を見渡すと局員の装備は多様さがあった。
元傭兵のサイトウは最新装備に目もくれず古式ではあるが信頼性の高い銃火器や爆発物を揃えていた。使い慣れているということも含め、爆発物や入手の比較的容易な古式の銃火器に対する豊富な知識と理解がある証拠である。
反対にジョルジョは共和国やAGUで製造されたの最新の銃器やヘッドマウントディスプレイ機能付きのヘルメットに加え、個人携行用対空ミサイル発射装置やホバリング用の背面装備の調整を行っていた。装備は総合的に見ると火力を保ちつつ比較的身軽で機動性に長けていることが強みだった。
スチェイことスチュワートの装備は共和国兵として標準的なものである。HUD付き軍用ヘルメットに光学迷彩機能付きボディアーマー、スモークグレネードに手榴弾、『M10A2』ことガストン・カービンとも呼ばれる制式軍用自動小銃、拳銃は『ベレトM93』でデザインと実用性の両面に優れた傑作であった。さらにスチェイは光る物体を生成して攻撃や防御に用いるメタアクト能力を有しているため戦力の要として能力・装備共に申し分なかった。
グレイス、ソニアの二名もスチェイと同様の装備であり、グレイスのHUDにはメタアクト能力の使用を想定して絶縁体で覆うなど耐電撃処理が施されていた。
キャリー、ペトラ、ライム、ユリコ、アルバートの五名はメタアクト能力などを主体とした戦法が主体となるため銃器の装備はなく、防弾用の防具も最低限であった。
アンジェラ、レイチェル、ミリアの三名に関しては前に出るタイプの能力ではないため装備はグレイスやスチェイと似た構成の装備を身につけていた。
ただし、アンジェラとレイチェルの基本戦法はメタアクト能力による敵の妨害や不意打ちであるため、銃器に関しては小銃は省かれていた。
ロビー、アポロの二名は他と対照的に重装備で、分隊支援火器や大出力型強化外骨格などの火力に優れた装備で武装していた。アポロに関しては機関銃に銃剣を取り付け、背中に大鉈を背負う形となっていた。
エドウィンはベレトM93、カスタム品と彫刻入りのダガー、ガストン・カービン、手榴弾や投擲用の小型ナイフを揃えていた。時折鏡を前に恍惚とした様子を見せるがその度にスペンサーに小突かれる。プロテクターはインセク人の体型に合わせたものを着用していた。
そしてイェーガーは普段通りである。旧式の電磁弾式狙撃銃、火薬式の回転型拳銃、コンバットナイフ、スマート型トランシーバー、予備の弾薬、光学迷彩機能付きの軽量型ボディアーマーを装着していた。ヘルメットにはHUDは備わっていなかった。
「レオハルト様、お気遣いには感謝します。ですが私は結構です。返って邪魔になりますので……」
「わかった必要な装備はこれでいいんだね?」
「ええ。状況を鑑みてこれが最善ですので」
「わかった変更が必要なら適宜言ってほしい」
「身に余るお言葉です。レオハルト様」
そう言ってイェーガーが深々と頭を下げた。
それと同時期にスペンサー、ユキ、ランドルフの三人と強化イルカのシーシャは遠隔での情報支援などを担当すべく機材を調整していた。現場指揮はレオハルトの担当である。
そうして装備を整えた人員は装甲車に乗り込み現地へと向かった。
ヴィクトリアの街並みは普段通りでこれから激しい戦いに向かう彼らとは対照的に穏やかな様相を見せていた。
車内で全員が緊張と向き合いながら現地の到着する。
「到着予定は?」
「少しかかりそうです」
「了解。なら……みんな聞いてくれ」
レオハルトに全員の目線が集まる。
「普段通りに。訓練通りに。この二つだけ守ってくれれば大丈夫だからね」
「イェッサー」
「無理だけはしないでくれ。全員で生還するのも一つの目的だ」
「イェッサー」
レオハルトは仲間たちと原則と行動計画を確認しながら全員の様子や調子を見る。
普段ふざけ合うことの多い面々の士気はレオハルトの下で高くまとまっていた。突入の手筈の確認が完了した後、一行の車両は現地へと到着した。
「ゴーゴー!」
レオハルトが叫ぶと、SIAの面々は矢の如く車両から飛び出した。廃墟の前や一階には覆面の戦闘員が複数人見張っていたが、SIAは覆面たちを捻るように難なく打倒する。そして彼らは迅速に一階の制圧に成功した。だが、ビルは地下と上層階が残っており、レオハルトらは敵の気配を既に察知していた。
さらわれた女性たちの行方は如何に……?
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