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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第九話 改造女神事件、その4

レオハルト大尉は頭を抱えていた。

誘拐の状況が不可解なこともあったが、それ以上に攫われた人物の素性もその不可解さに輪を掛けていた。

「どういうことなんだこれは……?」

レオハルトはあらゆる方面に知人・友人がいたこともあり、年齢の割に人間に対する理解が深いがそんな彼ですら目の前の状況に答えを出せずにいた。

「え、えっと。ユリコの実家と繋がっている悪い組織が誘拐を繰り返しているってことだよね。でもなんで共和国の軍人と名家の人間を……?」

ライムはちんぷんかんぷんな様子で何度か首を傾げていた。紺色の短髪がわずかに揺れる。ウーズ人は本来、水色の肉体をしているが、人類と酷似した姿に擬態ことも可能であった。ただし髪の色を黒や茶に変えることができるのはごく限られた変装と擬態技術の名手だけで多くは紺色や青色をした髪を形成・維持するだけで誠意一杯である。ライムも人類の柔肌と容貌を完璧にできるものの髪の色は専ら藍色である。

「そうね。わざわざリスクを犯す理由がわかりませんわ?」

ソニアも首を傾げている。

「ペトラ、どう思う?」

「私もさっぱりね。ここまで大規模な誘拐。しかも共和国内大都市部での犯行。名家出身者と軍人の誘拐。こないだ読んだ小説でもここまで派手なことはしないわよ」

「そうよね……」

ソニアとペトラは互いに肩をすくめるばかりである。

アルルン人であるペトラも人類の姿を取るが彼女に関しては擬態技術の名手である。美貌や経験に支えられた強かな振る舞い、卓越した戦闘技術で銀河中を渡り歩いていたペトラは今のSIAにとって貴重な見識を持つ人物である。そんなペトラですらこの状況に首を傾げることが今回の事件の複雑さと難解さの証明であると言えた。

「軍人はわかるけど……名家の人間って戦える人ばかりでないでしょ」

「あのね、ライム。目の前の人みたいな護衛がいてもおかしくないでしょ」

「あ、そういうこと」

ペトラはライムの疑問に横から答えた。

共和国の大都市部の治安は良く、よほどの場所でなければ誘拐されることはほとんど起こり得なかった。それに加え、軍隊出身者でもないかぎり裕福な家の人間には訓練を受けた専属のボディガードが付いていることが多く。ギャング程度の相手ならば軽々と倒せるほどの実力を有していることは想像に難くなかった。

「護衛は?」

スペンサーがグレイスに報告を求める。

「そばにいたようだがいつの間にか重傷を負わされていたようです」

「いつの間にか?」

「証言によれば、強烈な意識の混濁を感じた上に後ろから頭を殴られたそうです」

「彼の医療記録と事件当日のバイタルデータは?」

「ここに」

そう言ってグレイスは医療記録とバイタルデータの中身をホログラムに浮かび上がらせた。

「……どういうことだ」

護衛の身体状況に異常はなかった。

ただし不可解な点が一つだけ存在していた。バイタルデータの内容である。

バイタルデータはサイボーグ処置を受けた兵員が定時の無線データや有線での読み込みなどで送信される味方の生体反応の記録である。アテナ銀河の民間軍事会社もしくは警備会社ではメタアクトを用いない警備員・社員はサイボーグ処置を受けている場合が多く、多くの企業においてはサイボーグ処置を受けた人員の部隊の運用が想定され時に危険な業務に従事することも珍しくなかった。そんな彼らは定期的な生体データの報告と定期的な健康診断が義務化されており、企業と国に届け出ることが法律で定まっていた。

言葉や筆記以外で残した無線通信の生体記録は貴重な証拠である。

「…………」

「こいつ……脳のヒスタミンが一時的に断絶している?」

誘拐時に無力化された警護のデータ上に明確で異常な症状の反応が存在していた。人の脳はヒスタミンによって覚醒状態が維持されているが、それが何らかの理由で欠けてしまうと覚醒状態が維持できず眠気を催すことにつながる。

厳重なサイボーグ処置をされた兵士の脳から不自然にヒスタミンが抜け落ちる現象に対してSIAの面々が下した結論はひとつだった。

「外部からのヒスタミン合成の妨害」

「つまり……」

「メタアクトによる阻害。それが一番手っ取り早いやり方じゃない?」

ライムとソニアはペトラの発言に頷いていた。

「そういう病気だった可能性は?」

「ない。警護の体調は任務時もモニタリングされているのにその時だけ不調を起こす可能性は極小だ。意図的にやられた可能性を考えた方がいいだろう」

「……だとしたら厄介だ」

サイトウの発言を即座にスチェイが否定する。

「だが、脳内物質の操作はなかなかに繊細なコントロールが必要じゃないか?」

「そうだな。メタアクトであることを考慮しても近くに怪しい人物がいる可能性は大きい。半径十メートルとして不審な人物の捜索を集中させる必要がある」

スペンサーの問いに対しレオハルトが頷く。その言葉を合図にユキが映像データを一瞬で調べた。

「……ありました」

「素晴らしい。さすがはアラカワ曹長の相棒だ」

「ありがとうございます。その怪しい人物というのは……」

そう言ってユキがホログラムにその映像を投影する。

「ここからです。この人物」

その人物は一見すると異なる服装をした別々の人物に見えた。だが、巧妙に誤魔化されているものの、当該人物の背丈は似ている。その上に彼の動き自体も怪しいものだった。

「……この時間は屋敷の周りを歩き回っています。ちょうど……警備員を……はい。殴り倒した人物は別ですが、その間に服装を変えています。そしてここからはスーツで行動しています。複数人による計画的な犯行ですね。データベース失礼します」

ユキが映像データから男の顔の情報を割り出す。

「……ありました。犯人は海外系ギャング『デビルアイ』幹部の『ガルシア・マドラッゾ』です」

そしてユキは実行犯の情報を割り出した。

「海外ギャングか。……背後関係、黒幕を知りたい。なんとしても捕えろ」

「ライム、ソニア、ペトラ。仕事よ」

レオハルトとドロシーは即座に全員に指示を飛ばす。

「承知」

「はーい」

「了解です」

ソニアら三人がドロシーに返事を返す。

それに合わせてその場にいるSIA関係者が慌ただしく外へ出た。彼らはマドラッゾの居場所を探るべく首都ヴィクトリア・シティ中を駆け回ることになった。

そして、国内警察のデータベースにある拠点と衛星データ、そして局員たちの尽力でマドラッゾの居場所が判明した。

「全員に通達。マドラッゾの居場所が判明したアルファ・フォート地区ウェストゲート駅周辺二キロ圏内にいる。今から地図データを送信する」

無線でレオハルトが呼びかける。局員は送られた地図データを基づいて現地に集合した。

まず、スペンサー、ドロシー、ユキの三名は本部で作戦指揮をとる。

サイトウ、スチェイ、グレイス、ランドルフ、レイチェル、アンジェラは小銃や軍用プロテクターやナイトヴィジョン・ゴーグルなど装備を固め付近に潜伏いたが、他は様相が違っていた。

シン、ミリア、キャリー、ライム、ソニア、ペトラは警戒されない普段着で目立った武装すらしておらず、ロビーとアポロは警察が治安維持活動に使うようなライオットシールドだけを持っていた。

イェーガーは指定された地点で機会を待っていた。

「イェーガー」

「ええ、『サプライズ』準備完了です」

「サイトウ班は?」

「いつでも」

「ではアラカワ。令状はある。思い切りやってくれ」

「了解」

フードを深く被った格好のシンは集合住宅のある一室の前に向かう。そこでシンはチャイムを鳴らした。

「……だれだ?」

インターホンから荒っぽい男の声が響く。

「使える女、連れてきた」

「んな報告聞いてねえぞ」

「最近はごたついてるからな。いいから開けろ。ボスの命令だ」

「……ちっ、ブラッドクロスの連中と組んでからボスも荒いからなぁ」

そう言ってギャングの男は扉の施錠を外した。ギャングはシンの言葉を完全に信じ切っていた。

「SIAだ!全員その場に伏せろ!」

シンはそう叫んで拳銃を取り出す。彼は鉄製の扉を無理やり蹴り飛ばして中に押し入った。扉は蹴り一つで変形し吹き飛んでいた。吹き飛んだ扉に激突したギャングの一人がぎゃっと悲鳴をあげて気絶する。

「女の敵の皆さんご機嫌よう!」

「とりあえず、顔面陥没しよう!」

「地獄へようこそ」

ペトラ、ライム、ミリアの三人がサディステックな笑みと共にシンの後ろから現れる。三人の女は銃を持ったギャングどもを捻り潰していた。

「ひぃぃっ! 野蛮な男ぉぉ!」

キャリーがそう叫んだと同時に彼女の肉体は能力によって変貌する。服が破ける音と共に気弱な彼女の容貌が激しく荒々しい生物の姿へと移り変わっていった。彼女の全身の筋肉の隆起と共に金色の体毛が増加する。細く華奢なキャリーの肉体は熊と人の合わさった姿へと変貌していた。

「グォォオオオオ!!」

キャリーの雄叫びにギャングたちの顔色はさらに悪くなった。

「クマァァァァ!!」

「わぁぁあああ!」

突然の事態にさしものギャングたちは面食らった状態で逃げ出そうとするが、それはドSな三人に阻まれる結果に終わった。そのタイミングでサイトウ班も突入する。

「SIAだ。武器を捨てろ!」

「SIAだ!動くな」

何人かのギャングの拘束に成功したタイミングでレオハルトらは慎重にマドラッゾの行方を追う。彼がこの場に潜んでいることは明確であるため思わぬ反撃や逃走のリスクを可能な限り減らして突入部隊は捜索を続行した。

厄介な敵もいたが熊状態のキャリーから繰り出される猛攻によって撃沈する結末が待っていた。

「待って」

「?」

「離れて」

不意にミリアがクローゼットの方に手をかざす。すると誰も何もしていないにも関わらずクローゼットにノックの音が唐突に響く。

それに驚いた中の人物が拳銃を扉に向けて放った。

二発。弾丸が扉を射抜くものの誰の命を奪うことなく壁に着弾して止まる。

扉が開かれ中から手が垣間見えるタイミングでレオハルトが中の人物を拘束した。青い残像の伴う彼の早業であった。

「目標確保。ガルシア・マドラッゾだ」

「了解。ジョルジョに向かわせる」

無線で目標の確保を伝えた後のSIAは早かった。まず現場とその後始末を後続に潜む警察突入部隊に任せる。その後の彼らはメタアクトと全身の自由を奪ったマドラッゾと共にその場を後にするのだった。

「早いな」

驚いた様子のジョルジョが装輪装甲車で指定の場所に現れる。拘束したマドラッゾとアラカワ、サイトウが後部座席の搭乗しその場を離れた後、残りの面々も音もなくその場から姿を消した。

現場には警官たちがギャングどもを逮捕したり犯罪の証拠を確保すべくその場を躍起になって動き回っていた様子だけが残されていた。

標的確保。ギャングとテロ組織の恐るべきつながりとは……?

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