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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第七話 改造女神事件、その2

ケンシン・アメミヤ師範は竹林のある場所にて木刀を素振りをしていた。

彼は黙々と素振りを続けていたが、その回数が五〇〇になったタイミングでそれをやめる。

「……久しぶりだな」

「お久しぶりです。師匠」

「アメミヤ師範、お久しぶりです」

アメミヤ師範は一見すると木刀を持った大柄の中年男性程度の見た目だが、鍛錬をしている時の彼の雰囲気には威圧感や怜悧さが宿っていた。

「……ふぅ、相変わらず修羅場を潜っているようだな」

師範は息を吐きながら二人をじっと見つめている。

「おかげさまで、五体満足です」

「鍛錬が役に立ちました」

二人がそう答えると彼はお茶目ににっと笑みを浮かべる。

笑顔は朗らかさすら感じさせるものだったが、その奥でどこか異様な圧を与える雰囲気も内包していた。

「さっそくだが、手合わせ願おう」

「ぜひ」

「はい、師匠」

そう言ってレオハルトは構え、シンは足を前に出した。

「相変わらず無手の構えか」

「これが一番ですので」

シンはそう言って仕掛ける。

師範とアラカワの戦いはなんと師範が優勢であった。アラカワは非常に力強く破壊力のある殴打と蹴りの手数と速さを見せる。が、師範は隙のない戦い方でアラカワの攻勢をすべて巧みにいなしてゆく。

「うむ、成長したな」

師範は満足げに頷きながらアラカワの体を一度吹き飛ばす。

だが、アラカワも体を転がしながら再度攻撃態勢を整える。レオハルトもそれに乗じて神速の一撃を加えてくる。メタアクトなしでの動きであったが、それでも二十代とは思えないほど熟達した戦いぶりである。だが師範はこれも的確に迎撃してゆく。

「……焦りが見えるぞレオハルト。随分と苦労したようだが戦場ではそうはいかん」

そう言って師範は不意に蹴りを交える。レオハルトは迎撃し切れなかったが攻撃を受け流すことはできていた。

「常人より強い。二人ともだ。だがお前らはそれでは満足しないだろう?」

「はい」

「はい」

「そうだ。君らには夢がある。そのために精進しろ。半端は人を腐らせる」

そう言って師範はメタアクトを使わないレオハルトとシンの攻撃を完璧に迎撃する。組み手をしばらく続けた後、師範はこう叫んだ。

「やめ!」

そこでレオハルトとシンはぴたりと止まる。そして残心。

その段階で二人はある方向を見た。

「うむ、二人もだいぶ成長したな……そこの、出てこい」

師範は竹林の方に向かって呼びかけると男が現れる。

「…………」

男は共和国系とアズマ系の混血だと一目でわかる見た目をしていた。

黒い短髪、着流しを身に纏った無駄がなく鍛えられた肉体と薄橙の肌、鋭い緑眼のある整った顔、そして最も目を引くのは脇差と黒い大刀。

男は時代錯誤の格好をしているようにも感じさせるが、その威圧感と表情から『本物の人斬り』であると三人に感じさせた。

「御用は?」

レオハルトがそう声をかける。無論隙は見せない。

「…………強者との死合い」

そう言って男が抜刀する。二刀流だ。

「変わり者だな。だが、面白い人だ」

「レオハルト。ここは……」

シンは構えるがレオハルトは片手で制止する。

「君は待て。彼はあの軍刀との対話が望みらしい」

「……大丈夫か?」

「問題ない。僕は勝つよ」

レオハルトは穏やかに笑いながら稽古中に置いていた軍刀を手に取る。

「君、名前は?」

「アルバート・ネイサン・イノウエ」

「レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ」

「……いくぞ」

「いつでも」

そう言って二人が沈黙する。

「……」

「……」

レオハルトはどこか違和感を感じていた。これまでの戦いと違う異質な質感がレオハルトにあった。相手がこっちを既に理解しているような異様な動き方をしていることにレオハルトが気づく。

「……そうか」

レオハルトは初めから最高速で斬りかかる。神速の唐竹割りである。

「……ふん」

アルバートは斬撃の軌道を初めから分かっていたように受け止める。そこでレオハルトは理解した。距離をとった彼はアルバートの顔を見る。そして、落ち着いた口調でこう言った。

「そうか。それが君の能力か」

レオハルトの一言でイノウエが不敵に微笑む。

「……気づくか」

「そうだ。君は何秒か先の未来がわかる。アイギスオーダーのアイテール系メタアクトと似た能力があるね」

「正解だ。秒数まではこの剣に聞いてみろ」

「そうさせてもらおう」

その後の両者は再度沈黙する。

正眼の構え。レオハルトは軍刀を構えて相手を冷たく俯瞰する。その時のレオハルトの表情はカール・フォン・シュタウフェンベルグを思わせる冷徹なまでの剣客の風格が存在していた。

対するアルバートも二つの刀を構えながら不敵に微笑む。彼の足取りは軽く強者の余裕を周囲に感じさせるほどの太々しく自信に満ちた戦い方だった。

次の瞬間、シンは彼の大刀の持った手を不意打ちした。

アルバートはギョッと目を見開きながらも脇差を巧みに振り回して牽制する。

だが愛刀の一つである『黒星綱宗』をはたき落とされたことはアルバートに少なくない動揺があった。それが勝負の趨勢を完全に決めた。

無慈悲なまでの高速移動をするレオハルトは脇差を持った彼の手もつかむ。そこから彼はその手を起点にアルバートを投げ飛ばした。

「ぬぅお!?」

アルバートは受け身を取った。勝負にはそこで決する。レオハルトは軍刀の刃をアルバートの首元に突きつけた。

「ぬぅ……殺せ……」

「必要はない。君の力が欲しい」

「ここまで無様な戦いなのにか?」

「最後に見せた脇差の使い方、あれは厄介だった。動きが速く予想がつかない刀さばきだった。見事」

「世辞はいい」

「世辞ではない。事実だ。だから僅かに君を無力化する手順が遅れた」

「それでも勝負は徹していた」

「だが、数秒の差は大きい」

「その根拠は?」

「戦場では大勢の手勢が互いにいる。数秒もあれば勝負は変わる」

「…………」

「一対一で戦うだけが戦ではない。大局を制してこそ我が活人剣は成立する」

「何が望みだ」

「もう一度言う、僕の部下になれ」

「……くく、おもしろい」

アルバートは笑みを浮かべる。

「俺を部下にしてどうする。俺はただの人斬り包丁だ」

「十分だ。君のような……才気ある戦士が必要だ」

「できることが斬ることだとしてもか?」

「そうだ。他にない戦いをする人物が、強者や恐怖に左右されない安定した戦力がいる。このアラカワもそうだが、そういう人材は揃えておきたい」

「なぜ?」

「戦から我が民と未来、希望を守る。そのための力は必要だ」

「……だから俺のような男も頼ると?」

「少なくとも、正規軍寄りの人物より柔軟だと考える」

「ならひとつ聞いていいか?」

「いいだろう」

「将棋は好きか?」

「好きだ。チェスもだが、将棋はいいな」

「くくく……気に入ったよ」

そう言って、アルバートは跪き首を垂れた。

「我、アルバート・ネイサン・イノウエはレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグに臣従を誓おう」

レオハルトは満足げに頷いた。そしてレオハルトは彼の手を取った。

「ここでそうしてるのもなんだから酒を飲んでいくといい」

「ありがたいですが、我々は次の仕事がありますので」

師範の言葉にレオハルトは申し訳なさそうに拒否する。

「むぅ……それは残念だ」

「戦が迫ってますので。大きな戦が」

「……己を守れ。それさえできればいい」

不器用ながらアメミヤ師範が気遣いの言葉をかける。

「ありがとうございます」

「感謝します。師範」

「……」

無口のアルバートにも師範は言葉を投げかけた。

「お前もだ。お前ほどの男が無闇に命を落とすな」

「……感謝する」

三人は共和国軍基地へと戻る準備をした。

「そう言えば師範、こちらでは女の子が人攫いされる事件は起きていませんか?」

「いや、ニュースにも知り合いにもそんな話はないな。……外国ではそんなことが?」

「若い女性ばかりを狙った組織的な犯行です。ここ最近、銀河中で起きていることから大規模な組織だと判断しています」

「うむ……こちらでは力になれそうもないな。ヤマモト最高師範もそんな話もしないし、あったとしても彼はアズマ国自衛軍の元帥の立場もある」

「そうですか。わかりました。ありがとうございます」

レオハルトが踵を返した時だった。

「待て」

アルバートが呼び止める。

「アルバート?」

「碌でもない知人だが、俺の仕事上の知人も攫われている」

それを聞いてアルバート以外の三人がギョッと目を見開いた。

「その話、詳しく聞かせてくれ!」

「いいだろう。まずは基地に着いてからだ」

シン、レオハルト、アルバートの三人は急いで基地へと帰還する。

帰還後のレオハルトは共和国へ戻る軍用シャトルの中で幹部たちを一度集合させた。

「新入りが増えるんだっけか」

「男か。まあよろしくなぁ」

ジョルジョとサイトウがそう言ってアルバートと握手する。

「イノウエだ。アルバート・ネイサン・イノウエ」

流暢な共和国語に驚きつつ、二人は彼と挨拶する。

「サムライ! アズマニーズ・サムライ!」

「どうした急に……ああしまった」

急にテンションを上げるスチェイの様子を見てジョルジョとサイトウが全てを察した。

スチェイはSIAのツッコミ役であり、冷静で厳格な中間管理者である。だが、無くて七癖、彼にも奇妙な趣味と言えるものが存在していた。アズマ文化、とりわけ古き時代に存在していた武士階級の文化や文学、そして忍者にまつわる伝説に関しては目がなかった。

「サインしてくれ、サムライに出会うなんて初めてだ!」

「…………まあいい」

「やった!!」

やや困惑するアルバートだがサインには応じた。サインを受け取ったスチェイは歓喜ではしゃぐが横にいたミリアにどつかれる。

「さて、このアルバートはアズマ国でも同じ事件が起きていると証言できる人物だ」

「ここでも誘拐が?」

「そうだ」

一同に困惑が広がる。そのタイミングでアルバートが簡単に説明を行った。

「俺の仕事仲間……といっても迂闊でどうしようもない女だが、最近『ミカミ・コーポ』なる外国のアズマ系企業の人間とやりとりをしていたのを思い出した。その翌日だ。彼女に連絡をしていたのだが通じんしメッセージの既読機能の反応がなかった」

「忙しいとか?」

「いいや、重要な仕事の連絡を欠かすことはない。なにしろ彼女の事務所が荒らされていた。秘密の事務所に何人かで踏み込んだ形跡があった。しかも共和国にそいつが渡航した記録が残っているときた。きな臭いだろう?」

アルバートの言葉に全員が息を呑んだ。

「……ユキとドロシーの調査結果も踏まえた方がいいな」

「ああ」

レオハルトの言葉にシンも頷く。

レオハルト大尉含むSIAメンバー一同はアルバートの発言を聞いて共和国内に倒すべき敵の拠点があることを実感していた。

共和国に潜む邪悪……新たな仲間と共に真相を探る……。


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