第二章 第六話 改造女神事件、その1
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
スチェイの妹ミリア・メイスンは可憐な女性であった。
金髪のボブカット、色白の肌、くりっと丸い茶の虹彩の目、口元のほくろが特徴の愛らしい共和国系の美女である。少女のような印象すら与えるその女の子はスチェイを見るなりこう言って飛びついた。
「お兄ちゃーん!」
毒舌男に可憐な妹がいたという事実にジョルジョが人間臭い嫉妬をむき出しにする。
「マジかマジかなんだこりゃ、こんなん卑怯だぞ。お前はいいなこの毒舌男、なんでっこんな可憐な妹抱えてんだこの毒舌魔人、卑怯だぞマジで。このリア充野郎、男のロマン体現者、一度散々な目にあった挙句アフロ髪になりやがれこの毒舌爆弾!」
「……やぶから棒になんだ」
「甘々妹キャラだぞ。毒舌ロマン野郎」
「別に普通だろう」
「俺は兄弟しかいねえ!」
サイトウはそんなジョルジョにまあまあとなだめる。
「まあいいじゃねえか。姉や妹とは結婚できないからいいんじゃねえの?」
「変態キャラのお前に倫理説かれるとはな。あーでも、お兄ちゃんって言われたいだろうがい!」
「まあね。兄弟いないからどっちも羨ましいぜ」
「お前にそう言われると重い!」
サイトウとジョルジョのやりとりにスチェイも加わる。
「サイトウいじめんなよ。この色ボケ狼」
「オメーもだよ! 毒舌魔人!」
そんな様子の三人にミリアが声をかける。
「ジョルジョさんだよね」
「え、あ、はい」
「お兄ちゃんから聞いてるよ。親友でスケベで軟派の人!」
「…………」
「…………」
サイトウとジョルジョが真顔になる。一時、周囲を沈黙が支配する。
「……スチェイ」
「ああ、うちの妹は銀河一可愛いだろう?」
「サディストとかそういう次元じゃねえよ!」
半泣きでジョルジョが喚く。
「畜生、やはりお前の妹だな!」
「はっははは、だろうね」
そんなやりとりの後、レオハルトが口を開く。
「そこまで。これから情報部のミリア軍曹に状況説明と自身が体験したことを皆に説明する。すまないが説明を」
その指示と共にミリアは皆の前で口を開いた。
「これね……任務の性質上お兄ちゃんにも言えなかった事件なんだけど。いろんな国で二十歳前後の女の子が拐われているの」
その言葉にスチェイだけでなく、スチェイの親友である三人も反応する。
「……ギャングとか地下組織か?」
サイトウが真っ先に候補を述べるが、ミリアは首を横に振って否定する。
「それが……ウチの部署にもマフィアやギャングの動向に詳しい人がいるんだけどそいつらと違った形跡がいくつもあるようなの。奴らじゃないって」
「どういうことだ?」
ジョルジョの疑問にミリアが頷く。
「おかしいの銀河中でそういう事件が起きてるって」
「銀河中……確かに変だ」
ブラウンが首を傾げる。彼の言葉にサイトウが続く。
「……これほどの大規模な人身売買だといくつかの大規模な組織が思い浮かぶが、そいつらがバレるような誘拐をするか……?」
「……ミリア、拐われる人の傾向は?」
「……バラバラね。だけど一番多いのは共和国系の人が多いみたい。美人で20代前後ぐらいなんだけど」
「……これほどの事件なのに報道もされてないのは妙だ」
「ランド。俺もそう思う。テロ組織がらみか?」
ブラウンとサイトウの言葉に全員が頭を悩ませる。その疑問を突き崩したのはレオハルトだった。
「その疑問に応えられる人物がいる……ミカミ、すまないが」
レオハルトに促され、ユリコが答える。
「結論から言いましょう。……彼女たちは人体実験をされているでしょう」
ユリコの発言にその場にいた大半の人物が仰天する。流暢な共和国語を話したこともだがそれ以上に人体実験という言葉が出てきたことにもあった。
「……その根拠は?」
ミリアの発言にユリコが順を追って説明を始める。
「資料の内容、医療技術の情報と金の流れからからある人物を尋問したのです……私とレオハルトでこの案件を調べる以前に私の父が経営していたミカミ製薬の出資者を調べました。その出資者の大半がペーパーカンパニーであり、あまりに実態のない出資者でした。しかも……」
そこでブラウンが待ったをかける。
「待った。もう情報量が多いが……君はミカミ製薬、ミカミ一族の関係者か」
「ええ」
「君はどこでその情報を?」
スチェイの質疑にミカミは平然と答える。
「レオハルト大尉とアラカワ曹長はすでにご存知かと思いますが、私の祖父を筆頭に私の一族は外道の集まりです。私は元は人間ですが祖父や父に裏切られて死にかけました」
「それでメタビーングに」
「まさしく」
「失礼だが……君はいつの生まれで?」
「再興歴百二十年です」
「…………なぬ?」
「今がまだ三二五年の十二月ですので二〇五歳になりますわね」
その発言にその場にいる面々の大半が仰天する。
「その見た目でか!?」
「嘘だろ!?」
「メタビーングすげえな……」
仰天してなかったのはアラカワ、レオハルト、イェーガー、スペンサーである。
スペンサーは冷徹なまでに平然とした様子で一つ質問を投げかける。
「その間は何を?」
「あら、そこを聞くのね」
スペンサーは冷徹な態度を崩さぬまま質問を続ける。
「あなたには開示すべき情報がいくつかある。まず君はミカミ会長とミカミ家の悪行を認知し関わっていたか、君はメタビーングに成った一九〇年前後もの間何をしていたか、そして、君はこの悪行をどのタイミングで知ったか?」
「……」
ミカミが呼吸を整えるのを見てレオハルトが割って入る。
「その質問には私が答えよう」
「レオハルト様、しかし……」
「一、ユリコ・ミカミ本人は完全なる被害者であることがこっちで判明している。ミカミ・ユリコは戸籍上では家の裏切りにかかって既に死んだことになっているので共和国の軍法に則って共和国民として帰化・保護した。二、彼女がメタビーングに変じた後の行動も調べたが、彼女は山奥で隠れるように暮らした後は肉体の代替的制御法を独自に確立して人間として銀河各地を渡り歩いていたことも判明している。情緒が不安定な頃は肉体の操作どころか精神を酷くやられていたこともあり何十年と心身ともにひどい状態だったと聞いていた。そして三、悪行に関して知ったのは最近で復讐のために近くに潜伏していたところを我々と鉢合わせたと確認している。我々はミカミ一族の護衛だと思われたようだ」
「護衛だと?」
「その日はブラッドクロス党の幹部戦闘員が来る予定だったとミカミから聞いている」
「信用できるのか、レオハルト大尉」
「すでに裏はとってあります。その件だけでなくブラッドクロス党の一派は組織本部の意向を無視して複数の技術の獲得と今回の誘拐に関わっているとも」
「つまり今回の事件はブラッドクロス党の事件と?」
「はい、本件の首謀者は『ドクター・ミュラー』と彼が率いる『改造女神信奉派』による犯行であると言われています」
「改造女神?」
ブラットクロス党とはアテナ銀河でも有数の多国籍秘密結社である。
武力での統率と全体主義の復権を標榜するテロ組織で全ての国家を隷属させ力と流血による統制を主たる主義とするとされていた、早い話か世界征服である。
危険な大規模組織であるが、この組織は大規模な上に下部組織を力で無理やり押さえつけるのを好んでいるために、彼らの間から異端思想をした一派が時折現れているとユリコの独自調査で判明していた。
その一つが『改造女神信奉派』である。
「メタビーングに変じていた祖父も『平穏な不老不死』のためにと彼らから技術と医療の提供を受けてたのを何度も目撃したわ」
「……つまり君は君を嵌めた祖父への復讐の過程で彼らの存在とその内情を知ったと?」
「私にできることは多くないけど、彼らは祖父の検診と祖父の依頼をこなしていたことぐらいは分かったわ」
「……」
スペンサーはレオハルトとアラカワを見る。二人が迷いなく頷くのを見るとスペンサーが呆れたように吐息を吐いた。
「……分かった、信じよう。それとレオハルト大尉」
「……ああ、分かっている」
スペンサーの視線にレオハルトが頷いた。
「それとユリコを中心にチームを編成する必要がある。レオハルト大尉にはその人員の選定を頼む」
「無論それもこっちでやっておく」
「頼む、こっちは頭の硬い政府役人や老害どもの相手で手一杯だ」
「ありがたい。十分だ」
レオハルトは調査のために一度、シン以外の全員と別れた。
「……」
「アラカワ」
「大尉?」
「僕も同行しても?」
「構わない」
「君は色々とツテがありそうだから紹介してほしいね」
「厳しい人です。アズマ国を出る前に挨拶をと思いまして」
「大丈夫。そういうのは父で慣れてましたので」
「承知……俺がこれから出会うのは『師匠』です」
「師匠?」
「カール少将のとは別系統の戦い方の基礎を叩き込んだ。私の武術師範です」
「君の戦い方を見るなり……『アマミヤ・ケンシン師範』か『ヤマモト・ギンジ最高師範』のどっちかだね」
「二人をご存じで」
「ああ、やはり。実践だと時折軍隊格闘プログラムに『銀狼流古武道』の動きを混ぜた戦い方をしていたからね。しかもかなりの技量で隙も少ないからお二人のどっちかだろうと」
「なるほど。なら戦い方をもっと工夫しないとな」
「あれ、バレてほしくなかったんだ」
「すぐに手の内が察せられてしまううちは未熟だと思ってますので」
「ストイックだな」
「いえ、俺はアメミヤ師範と比べれば……」
「なるほど、君にとっても良き師範だったのだな」
「はい。『半端は人を腐らせるぞ』が口癖でしたので」
「確かに。彼は完徹させることに関しては厳しい先生だからな」
銀狼流古武道は再興歴以前の古い時代に成立した武道の一派で、投げ技を主体とした流麗な技が特徴の『合戦の流派』として知られていた。
そのため、多数の敵や大柄の敵を相手することを想定した合理の戦闘技術であり、アズマ国内の武術・武道界において非常に重要な流派の一つであったが、厳格な稽古を行うことでも有名で門下生の数は他流に劣るのは否めなかった。
「ではヤマモト最高師範らと?」
「会うのはアメミヤ師範だけです。先生は近くに来ていると伺ったもので」
「なるほど……僕も久々に会いたくなったな」
「ぜひ、先生も喜びます」
そう言って二人は基地を出発し、近くで稽古するアメミヤ師範の元へと向かった。
誘拐事件の解明に武術師範はどう関わるか……?
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