第二章 第三話 百足が来る! その2
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
長老の言葉にレオハルトが反応する。
「失礼ですが……アラカワ中尉と面識が?」
長老は驚くべきことを告げた。
「アラカワの坊ちゃんが幼い頃に一度だけ、坊ちゃんのお父上とは面識がありますねぇ。息子を倒すとはお強いですな」
「金砕棒のあいつか」
「ええ、そうです。どこの村にも力自慢で元気の良い若者がいるものですが、うちの息子はそういう子に育って嬉しいものですよいやはやアラカワの血族は武芸者として名高いと恐るばかりですよ」
「確かにな。度胸も腕っぷしもそこらのやつとは比べ物にならない。いろんな組織の人間に会ってきたが逸材だな」
「そうでしょう。私が鍛えたのですよ……災いに備えてね」
「災いとは?」
シンは怪訝な顔を浮かべる。
「ダイゴ、入ってきなさい」
「へい」
囲炉裏の間に金砕棒の男が入ってくる。
「この男がシン・アラカワですか」
「そうだ。当主のタカオ様の弟君だ」
「いやはや……アラカワ宗家の末弟が凄まじい豪傑に育ったと聞くが見た目とは裏腹にお強かった……」
「これダイゴ、失礼な物言いをするでない」
「親父、すんません!」
シンは親子二人に仲裁する。
「気にするな。小男だから便利なこともある」
「むう……シン坊ちゃんがそういうなら」
「ありあとあす!助かりあした!」
金砕棒のダイゴが砕けた口調でお礼を言う。スポーツ系のお兄さんがいうような砕けた『ありがとう』にレオハルトは思わず友の顔を浮かべた。アーノルド・J・ワトソンは教師として立派にやっているだろうかとレオハルトはどこか懐かしい気持ちに浸る。
「さて……なぜ彼が」
そう質問した時、ダイゴが服を脱ぎ捨て上半身を見せる。
「これは……!?」
「む……?」
「うへぇ……」
レオハルトとシンは驚いた表情を見せる。サブロウタに至っては露骨に気味の悪そうな顔をした。
ダイゴの上半身には何かの噛み傷のような跡が無数に残っていた。それはケロイドを思わせるような忌々しい古傷でアオイ以外の四人の表情を強張らせるには十分であった。
「これはね……ユリコ様の禁足地に入った代償なんです。あの森の中にある神社の禁足地には出るんです……化けて出るんですよ」
「山神様が出るような物言いですね」
「ええ、もっと恐ろしいものですよ。ユリコ様は恨みの化身。それはあそこに出入りしなければ死ぬこともないんです」
「……恨み」
「そう……あれはこの星に入植して間もない頃です。再興歴一〇〇年はテラフォーミング技術も不完全なもので星の気候やら風土病やら原生の猛獣やらで当時は多くの若者が死にやすかったと聞きます。それだけならまだいいんですが、人間というのは良い人ばかりではなく曲がった性根の人間もいるもので他者を食い物にして成り立つ手合いもいたと先祖の話から聞きます。悲しい話なんですがね。……さてそんな厳しい時代には栄えていた村があったんですよ。名を『ミカミ村』と言いましてね。ええ、ミカミ一族という神職を司る血族によってあの山の向こう側を隔てた場所にある村があるんです。今はともかくウ昔は栄えていたそうなんですがね。あの悲しい出来事以来、あの村は実質滅んでしまったんですよ」
「実質?」
「ええ、ですが『ミカミ村』には現在でも化物が住んでいると聞きます。おぞましいことです。なので今でもこの村では男たちに武装させて山の化け物たちに備えているのですよ」
「一体何が?」
「あの村には代々不思議な能力に目覚める女性が生まれるんです。そのような巫女を村の戦力兼象徴として村の結束を高めておったのです。それによって小さな村でありながら財をなし、当時のアズマ国の帝都にすら影響のある会社を作ったと聞きます」
「……ミカミ製薬」
「おお、ご存知でしたか」
「……」
レオハルトは徐々に嫌な予感を感じはじめていた。
再興歴以前から存在していた老舗企業である、ミカミ製薬はかつて非人道的な人体実験が世間に露呈し、当時の帝都警察に調査のメスが入ったと記載がある。そのことを思い出したレオハルトは自分たちがどれほどの闇にかかわるかと考えずにはいられなかった。
「……あの村の周辺は原生の猛獣や疫病にと悩まされていたのですがミカミ村だけは閉鎖的な環境と卓越した医学への理解、そして当時、巫女であられたユリコ・ミカミ様のメタアクトなる不思議な力によって作られた薬品で多くの村人が救われたと聞きます」
「……」
レオハルトは嫌な予感を感じていた。
ミカミ製薬はミカミ村の神職者や村社会と繋がっており捜査が難航したこと、そして当時のアラカワ家の当主に密命が下り、調査が行われたことをレオハルトは記録や軍で保管している歴史書で知っていた。
「ユリコ・ミカミ様は非常にお優しい子で村の女の子とよくお花畑で遊んでくれるほど子供想いのお方で村の人間もそんなユリコ様を神々しく思っていたそうです。先祖もそう思っていたそうでこの村の古文書や日記の記載にもユリコ様の優しい人柄と言動が記されています。……ですがユリコ様の不幸はそのご家族は性根の曲がった連中だったとも記されてました。……ある時、ミカミ村に百足に似た巨大な原生生物に襲撃されたのです。男どもが戦って何人も命を落としているのに心を痛めたユリコ様は村人を助けようと尽力なさったのです。ユリコ様も激しい戦いの末に巨大百足と戦い勝ったのですが、ミカミ家の当主と村の老人たちの裏切りによって深傷を与えられるのです。その当主は犬畜生にも劣る外道で『子供と巫女を生贄に村を救ったことにする』と言ってその場を去るのです。そして息のあったムカデに子供とユリコ様の下半身を食べられるのを笑って見ていたとされてました。それ以降ミカミ村の周辺では村人が殺され続け、ユリコ様と親しかったものはこの村まで逃げてユリコ様を供養するようになったと言われています。それ以降あの村はユリコ様に対抗するべく人喰いの化け物となったミカミ家の血族とユリコ様だけが存在していると言われているのです」
「……」
「……」
「……」
レオハルトは目を瞑ってその悲しく惨い昔話の顛末をじっと聞いていた。
イェーガーは苦々しい表情をしながらもレオハルトの前で静かに振る舞っていた。
シンは……眼光が強くなっていた。
「……これでお分かりだと思います。あの山の向こう行っては……」
「外道と……孤独を背負うものがいる」
「……坊ちゃん?」
「長老」
「……?」
「ユリコは保護し、ミカミ家の成れの果てに真の恐怖を刻みます」
「え……え……?」
長老は殺気だったシンを見てひどく困惑する。
「誰であろうと他者の孤独と絶望を歓迎する外道は」
静かに怒り狂ったシンは長老に顔を近づける。一泊置いてから次のように冷たく言い放った。
「この世から念入りに消そうと思います。……いいですね?」
「は、はい」
長老にシンは毅然かつ冷徹に答える。その殺気は喧嘩慣れしている金砕棒のダイゴが半泣きで怯えるほどの圧があった。そのタイミングでアオイも立ち上がる。
「私も行きます」
「お嬢さんは危険だ。ここで……え?」
長老は恐ろしいものを見るような目でアオイを見る。
「大まかにしか知らなかったけどね。……やっと全部聞いたよ。ユリちゃんの」
声色が変わったアオイもシンに負けず劣らない殺気を放ちながら般若の形相を浮かべる。金砕棒のダイゴが歯をがたがた揺らしながら、彼自身の股をじんわり生暖かく湿らせるほどの恐ろしさがあった。
「あれ、これってカチコミかな」
サブロウタは冷や汗を流しながら苦笑いするばかりだった。
「長老、猟銃の業者を紹介してくれ。それくらいはツテがあるだろう。心配するな狩猟免許はある」
イェーガーは普段通りの様子であった。ただし戦時の状態にある。
「すみませんね。場所さえおしえていただければスカウトがてら村の周辺から脅威を消しときますね」
レオハルトは不気味なくらい紳士的に振る舞っていた。
「あれ……あれ……?」
長老は自分の話がかえって山に行く決意を固めた五人の様子を見てひどく困惑するばかりだった。
そこから武装を固めた五人は長老の教わったルートに従って中腹まで山を登る。五人は登山に適した服装と武器を携えながら山奥のミカミ神社とミカミ村を目指すと彼らはひどく陰鬱で不気味な雰囲気をしたトンネルへと差し掛かった。
「ここまできたらスカウトする。まずは本人と出会わないとね」
「えっと人材確保なんだよねこれ……あれ?」
「そうだ。サブロウタ。すまないが慣れてくれ」
「そのうち俺ら『妖怪屋敷』とかいわれそうだなぁ」
「……どうだろうね」
ぼやくサブロウタを尻目に他の四人は周辺に警戒しながら移動を続ける。
周辺は自然豊かで木々が覆い茂っている、獣の気配とは別の強大な気配と視線ともイェーガーは同時に感じ取っていた。
「ユリコは近い」
「なんでわかる?」
「巧妙だが気配がする」
「さすがはプロだな」
「慣れればお前でもできる。音、肌、温度、匂い、地形の変化や違和感が俺に教えてくれる」
「簡単にいうね」
「こればかりは場数だ。経験すればわかる。今日のことは覚えておけ」
「了解だ」
イェーガーの言葉に他の四人が頷く。
「参考になるよ」
「レオハルト様もお気をつけください」
「ありがとう。でもこういうのは訓練を思い出す。懐かしいな」
トンネルに五人は足を踏み入れる。トンネルには『百足穴トンネル』という寂れた名札が設置されていた。
トンネルは暗く一寸先は闇であった。なのでアオイの除く全員が暗視ゴーグルを着ける。
「アオイ」
「大丈夫。私は見えるから」
そう言ってアオイはゴーグルを拒否する。
すると突然、彼女はにっこり微笑みながら奥の方に手を振る。
「アオイ?」
イェーガーが『止まれ』のハンドサインをする。
「来ます」
シンもレオハルトも息を呑む。イェーガーは銃を構えそうになるがアオイに止められる。サブロウタに至っては後退りを始めていた。
ガサ……ガサ……。
シンは静かに踏みとどまる。アオイを除く四人が緊迫した面持ちとなる。
ガサガサ……ガサガサ……。
何かが這ってくるような異質な音がトンネルに響く。
だが暗視ゴーグル越しでも四人は音の正体を掴めずにいた
ガサガサ……ガサガサ……。
ガサガサ……ガサガサ……。
ガサガサガサガサガサガサガサガサ。
ガサガサガサガサガサガサガサガサ。
シンは上を見る。サブロウタは怯えたまま尻餅をつく
「……出てこい。話がある」
「…………」
レオハルトら三人はトンネルを進みながら辺りを見回す。
「…………」
「僕たちに敵意はない。お前と話にきた。ユリコ・ミカミ」
しばし呼びかけると声が返ってくる
「……ひひ」
「?」
「ひひ、ひひひひひひひひひひ!」
不気味な女の笑みが辺りに響く。
その時、百足とぼろぼろの巫女服を着た女性とが合わさったような異形の存在が五人の前に現れた。ユリコは待ち伏せしていた。だが、背後から異様な音の正体が迫る。トンネルを覆い尽くさんばかりの百足の大群が迫っていた。
恐怖が……ユリコが迫る!?
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