第二章 第二話 百足が来る! その1
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
レオハルト大尉は軍用機でアズマ国に入国する計画を立案しつつ、アズマ国における軍備の状況をまとめながらユリコ・ミカミに関する情報を集めていた。
「……そっちはどうだ」
「順調よ」
アオイの回答に対してレオハルトは心底驚いた。なにせ軍の情報では何一つ有力な情報がなかったからである。
「すごいな。流石に人脈の違いは大きいか」
「あのね。私たちメタビーングの連絡網は極秘なの、だって命に関わるでしょう?」
「そうか。狩られることがあるからだな」
「わかっているじゃない。わたしだって大変なんだから」
アオイ・ヤマノはそう言いながら手紙の束を読んでいた。
「……ずいぶんとアナログなやり方だな。この発想はなかった」
「でしょ。星間ネットやメジャーなメッセージアプリじゃメタビーング以外にも見られるからね。それにアナログなやり方というのは案外有効じゃない」
「なるほど、だからアナログにと」
「そういうこと。変に追跡されるリスクも比較的低いでしょ」
「確かに。手紙なら発信機の心配だけすればいいからな」
「機械に強い奴は多くないから。そういう側面もあるの」
「ああ。そういうことなら尚更だな」
そんな会話をしているとアオイの背後に見知った男が立っている。
「だーれだ」
サブロウタ・マツノは爽やかさすらある満面の笑みでアオイの両目を手で覆った。
「男らしい眉と優しい目が素敵ないい男」
アオイは目を覆いながらも恍惚な笑みでそう答えた。
「正解。君になら食べられてもいい」
「うふふ……食べずに愛するわ」
そう言ってサブロウタとアオイは情熱的な接吻を交わす。恋愛にオープンなアタリア共和国やフランク連合出身者のカップルですらここまでのラブラブぶりは思わず赤面するほどの情熱が二人に存在した。
「ごちそうさまです」
恋人のいるレオハルトですらそばでじっとりした生暖かい目線を送るほどだった。彼ですら呆れた目線を向けるほどの熱愛である、当然通り過ぎる兵士や軍属たちには嫉妬の対象だったことはいうまでもない。
「……えっと。なぜマツノさんは?」
レオハルトの困惑した質問にマツノは紳士的に答える。
「アオイの許可をもらって交渉人として参加することが決まりまして」
「交渉人?」
「アオイの夫というなら手出しをする確率はいくらか減ると思います。それに……」
「それに?」
「……僕らは二人で一つです」
彼の目は据わっていた。表情が数秒前とは比べ物にならないくらい引き締まり、目つきも戦地にむかうような真剣な表情がそこに存在していた。
「そうか。すまないね。なら……」
レオハルトはある方面を向いて言葉を発した。
「彼にも同行してもらおうか」
すると物陰の方からシン・アラカワ曹長とアルベルト・イェーガー曹長が現れる。
「……いつからです?」
「交渉人という言葉の辺りからかな。イェーガーは直前までわからなかったが」
「……感謝します。もう少し鍛錬を積まないと」
「ストイックだね君は」
レオハルトの褒め言葉にもシンは謙遜の混じった態度を示した。
「いえ……俺は潔癖で臆病なだけです」
「臆病?」
「……すみません。個人的なことなので」
「任務に差し障る可能性は?」
「ありません」
「わかった。なら……こちらの作戦に参加してほしい」
そう言ってレオハルトは二人に助力を申し出た。
「御意」
イェーガーはそう答えた。
「ぜひ。渡に船です」
シンもそう言って頭を下げた。
「君も向こうで用事が?」
「ええ、向こうの兄貴にも挨拶を」
レオハルトの疑問にアラカワ曹長は答える。
「そうか……君はタカオの弟だったものな」
レオハルトはもの悲しい目をした。だがシンは至って平然としていた。
「ええ。ですが俺は俺の目的のためにカール・フォン・シュタウフェンベルグ少将の部下となったのです」
「なぜ父と?」
「銀河最高峰の軍隊格闘技術、AF等搭乗兵器の各種免許取得、特殊部隊の戦術ノウハウに、銃器や爆発物、多様な地形への適応するための知識が目的です」
「興味深いな。その理由が聞きたい」
レオハルトの疑問にシンはまっすぐ見据えて答えた。
「はい。カール・フォン・シュタウフェンベルグ少将と同じ理想のためです」
「それは?」
「……それは『孤独と絶望をもたらすあらゆる敵意や悪意に備えること』です」
抽象的な表現ながら彼の毅然とした目的意識の強さにレオハルトは圧倒されていた。
アラカワの真意を測りかねながらもレオハルトは二人の同行を正式に許可した。
そこから軍用機で惑星間を短期間航行し、アズマ国の山岳と森林の惑星『シン州』にある共和国軍基地から陸路で該当のポイントを目指した。運ぶ装備も小銃を避け拳銃、軍刀やナイフなどの刃物ものはなるべく二重底の特殊なバックに隠蔽するなどしてトラブルの要因を極限まで排除していた。
「ここが……」
寂れた寒村には古ぼけたアズマ国式の家屋と田んぼや畑が存在した。村の中央にはいかにも有力者が住むような屋敷が存在し、いかにも因習と迷信に満ちた僻地の村といった有様であった。
「……アラカワ」
「正直わからない、この辺は俺の地元ではないからな。……すまない」
レオハルトの問いかけにシンは申し訳なさそうに苦い顔をした。
「……」
「アオイ?」
「……え、ああ心配しないで」
サブロウタはアオイの変化に戸惑うがその正体を掴みきれずにいた。
「銃のない狙撃手、若い軍士官、女郎蜘蛛、糸目のチャラ男、俺は小男」
普段のスチェイを彷彿とさせるシンの毒舌にイェーガーが神妙な顔をする。
「藪から棒になんだ。お前はスチェイか」
「イェーガー、このメンツは怪しんでくださいと言わんばかりだ」
「だろうが行くしかないだろう」
「なら覚悟しろ」
「しょうがないだろう。……わかっている」
「お前わかるか?」
「不明。四十人はいる」
「俺は四十五人前後だと思う」
「根拠は」
「向こうにもいる」
「ああ、なら四十二か三といったところか」
「ああ、準備しておけ」
そう言ってイェーガーとシンが周囲に警戒する。その様子を見てレオハルトも軍刀の鯉口を切った。
「えっと、レオハルト大尉?」
サブロウタはまだ気がついていない様子だがアオイが彼を庇う体勢をとる。
「サブロウタさん。いるわ」
「いるって、……え!?」
レオハルトら五人は四十二人もの村の男たちに囲まれる。彼らは農具やナタ、斧などで武装している。年齢は30代から60代まで様々だった
「よそ者だ」
「よそ者がいるぞ」
「何者だ」
「災いを呼ぶやもしれん」
村人は血走った目で武器を構える。
サブロウタが穏便な態度で説得を試みる。
「あの、僕らはある人を訪ねて……」
だが、興奮気味の村人の一人が叫ぶ。
「やっちまえ!」
その言葉を合図に村人が一斉に飛びかかってくる。
その瞬間だった。レオハルトが蒼き風になったのはまさにその時である。
レオハルトはいつの間にか村人の間を駆け抜けるように瞬間移動していた。
「峰打ちだよ」
レオハルトは呟くようにそう告げ、納刀する。
すると糸が切れたように十人もの村人たちは倒れた。血飛沫はなかった。
なんともなかった残りの三十人はひっと怯えた声を出す。
「僕らに敵意はない。……いいね」
レオハルトは穏やかに告げる。それは純粋に村人を安心させるための振る舞いだった。だが、彼の言動は却って村人たちの戦意を恐怖でへし折った。
「ひ、ひぃぃ……」
「お、お許しくださいぃぃ」
「な、なんまんだぶなんまんだぶ……」
だが巨漢の村人が祭具の一部であろう金砕棒を持って現れる。
「なんでてめえらだらしねえ……おいそこのチビ」
「……俺か?」
指差されたシンがゆらりと歩み出る。
「てめえ、女や隣のチビより強い血の匂いがしやがる。てめえから砕いてやるよ」
そう言って大男が襲いかかる。
「ぎええええええッ!!」
甲高い男の猿叫と共に金砕棒が振りかぶる。
だがシンの頭に当たることはなかった。
「フー…………」
シンは短い吐息と共に男の一撃を回避する。シンは横に体を逸らし金砕棒の殺人的な一撃から逃れた。
「セェッ!!!!」
地を震わすような大音声と共にシンはすれ違う様に男の腹部を思い切り拳で突いた。
「ごぉぁぁッ……!?」
その男は2メートル近い巨漢でシンとは三十センチ以上もの差があった。当然体重も違っていたはずだが、巨漢はシンの一撃によって完全に吹き飛ばされていた。
「……他にいるか?」
シンがそう言って村人の群れを見る。村人たちは怯えた顔でシンを見る。
「そこまで」
長老らしき男が村人の間から割って入る。
「アラカワの血族を連れるとは何者ですかな?」
「……レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグと申します。共和国特務機関の長官を務めております」
「……若いのに長官ですか、さぞ優秀なのでしょう」
「いえ、まだまだ浅学非才の身なので日々修練を積むばかりです」
「ほっほっほ。それにしてもこの辺鄙な村になんの御用ですかな」
「ある人を探しているのです」
「人を?」
「……ユリコ・ミカミ」
それを聞いた次の瞬間、村人と長老の顔から血の気が引く。
「貴方は、正気ですか」
レオハルトは毅然としてこう答える。
「彼女を我が組織に招こうと思いまして」
「……悪いことは言いません。命が惜しければお引き取りを」
「なぜ?」
神妙な顔のレオハルトに長老が一つ昔話をした。
「……あの山の上にある小さな隣村の昔話がありましてな。そちらの元号でいうなら……再興歴百二十年頃の話ですかね。そこで悲しい話がありましてな」
「それはユリコのことですか」
「いかにも……屋敷までお上がりください。寒いでしょうし長くなるのでの」
そう言って長老は屋敷まで身を翻した。
「レオハルト様、どうします?」
レオハルトはしばし思案した後こう決断した。
「聞こうか。これはチャンスだ。皆はどう思う?」
「私はレオハルト様の指示に従います」
「俺は構わない。二人は?」
「……私は構わないけど。覚悟してよ」
「不吉だなぁ……アオイの勘は当たるんだよ」
そう言って五人は長老の屋敷に招かれるままに脚を踏み入れる。古風な囲炉裏のところに長老が座って待っていた。
「……覚悟はよろしいですか」
「……はい」
レオハルトがそう答える。長老が口を開く直前シンが声をかける。
「待った」
「お客人、どうしたのですかな?」
「……質問を」
「質問?」
「ユリコ・ミカミは孤独だったか?」
その問いに長老とアオイがハッとした表情を浮かべる。シンの目には異様なまでの眼光がギラギラと宿っていた。
「鋭いですな。……流石はアラカワの坊ちゃん」
長老はどこか懐かしむような声でそう呟いていた。
ユリコの名と伝承。二百年以上を生きたメタビーングの行方は如何に……?
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