第一章 四十四話 ホワイトフェザー交戦、その2
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
レオハルトはホワイトフェザーの構成員と斬り合っていた。
敵は素人の斬撃だが、問題は速度であった。加速された斬撃は訓練されたメタアクターの武術家でなければ対処の難しい相手であり、その相手をレオハルトがするのが必然の流れであった。
そして何より、レオハルトは冷静だった。その様子にダルトンもアラカワも意外そうな表情を浮かべる。
「辛いならやるぞ」
「無理は禁物です。少尉」
だが、レオハルトは毅然と叫ぶ。
「我が名はレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ!我が父と父の友ヴァネッサはあらゆる悪に利用されて死んだ!なぜそのような理不尽に耐えねばらならかったかを知りたい!そのためならこのレオハルト、四肢が削ぎ落とされようともあらゆる不条理や暴力に反逆する所存である。もし私の進路に立ちはだかるなら敵対と見なし、総力を上げて排除する。我が進路を開けよ!若き戦乙女よ!」
毅然と凛々しく彼はそう答えた。
だが、魔装使いの少女は彼の凛々しい決意と懐疑に嘲笑で返す。
「ククク……実に愚かだね。お前ら大人は他人を切り捨てて生きてきた。それが社会というものだわ。そんな社会に人間は二種類いる。強いか。弱いかだ!私は強者として生きて弱者を踏み台にのし上がる。それが世界の真理だ!世界は弱いものを許さない。弱い奴は見捨てられるだけ。だから私はこの社会と腐った大人どもを切って捨てる。そこのゴミみたいな弱者みたいにな。命乞いの言葉が笑えたよ。娘だ?家族がいるだ?ハハハ、笑えたねぇ。前に会ったギルバートとかいう軍人のおっさんの通りになったわねぇ。何もかも」
「…………そうか。君はそうやって喜んで人を殺したのか。君に罪の意識は?」
レオハルトは俯いた様子を見せる。
「あるわけないでしょう!?ククク、社会が滅茶苦茶になるのは気持ちいいわぁ……」
「……わかった。宣戦布告と見なす」
そう言ってレオハルトは軍刀を構える。
刀剣にはシュタウフェンベルグ家の家訓が彫られていた。
『世界を学び、希望に生きよ』と。
「戦場にいる以上、覚悟してもらう」
レオハルトは真っ直ぐな視線と共に軍刀を構える。正眼の構えである。
「ふぅん。やっぱイケメンだね君。でも……化けの皮剥がしてあげる!」
少女が刀剣をもう一つ何もない空間から取り出す。すると周辺に泥のような物体がアスファルトから迫り出してくる。いな、それは少女が亜空間から質量を取り出した彼女に忠実な遠隔操作型の半実体である。『使い魔』彼女らはそう称する存在である。
レオハルトはメタアクトを発動させ変幻自在な動きで幻惑させる。そしてすれ違うようにして使い魔たちを両断した。それに合わせるようにドロシーが全員にレオハルトの援護を指示する。
「撃ちなさい!」
サイトウ、アラカワ、ダルトンが拳銃で援護射撃を行う。使い魔の足止めを行うことはできても少女に着弾させることはできなかった。
「このアビー・バーンズの能力は加速と治癒!当たろうと当たるまいと私は殺せない!」
「……チッ」
シン・アラカワの前にアビーと呼ばれる少女が刀剣を振りかぶった。
「がは……」
だが、アビーは蹴り飛ばされる。シンの冷静な迎撃が彼女を吹き飛ばした。
「殺せないなら、相応の対処法がある。それに……」
シンは拳銃をアビーへと構えた。
「魔装使いはコアを潰す。それが定石だ」
一発。
二発。
コアは潰せないがシンは彼女の足を射抜く。
「どこ狙っている!」
「イェーガー、くれてやる」
「な……」
銃声。電磁式狙撃銃の銃声がアビーのコアを貫いた。それに連動するように使い魔も溶け落ちるようにして消滅していった。
「しまっ……た……」
アビーは糸が切れたように崩れ落ちる。
レオハルトは事切れたアビーに近寄ると彼女の見開いていた目を閉ざしてあげていた。
「……少尉。彼女は敵です」
「それでもだ。人間としての慈悲は捨てたくない」
「……わかりました。尊重します」
「ありがとうイェーガー」
「礼にはまだ早いです。まだ仕事ですから」
「ああ。これ以上被害は出させないようにする」
そう発言した時だった。
「……少尉。誰か来ます」
「む……」
全員が銃や得物を構え、音の方角に警戒する。
「戻りました!……ってうわわ!?」
「ライムか。無事で何よりです」
「何よりだ……じゃなくて銃!銃口!」
「失礼。敵かと思いまして」
「もー……」
ライムと一悶着になった後に、ソニア、ペトラも合流する。
「重大な情報がわかりました」
「ソニア、ペトラ。何がわかった?」
「今回の事件の首謀者です。彼女は今最前線で正規軍に被害を出してます」
「……誰だ?」
ダルトンが珍しく食い入るような目線を向ける。
「……『リィ・ファ』です」
「!!」
ダルトンの表情が強張る。
彼の表情を見たレオハルトは嫌な予感がした。『リィ』という苗字に聞き覚えがあった。ワンチョウの文化や名前に関して知識はなかったレオハルトにも脳裏に過ぎる最悪の可能性が存在した。
「……ダルトン。リィ・ファというのはまさか……」
「……遺伝工学の天才『リィ・ヨン』女史の……妹だ」
「……なんて……ことだ」
最悪の可能性が的中してしまった。リィ女史の妹の存在。その妹がテロに加担しているという事実。そして……。
「……彼女も魔装使いだというのか」
レオハルトは信じがたい思いを振り切るようにして疾走する。
「少尉!」
信頼されているイェーガーの叫びすら置き去りにしてレオハルトはホワイトフェザーらの眼前まで一気に疾走した。彼の『加速』のメタアクトによって地上に流星が流れるようにしてレオハルトは一瞬でそこに到達する。
「……誰だ?」
武装した十数人の少女たちの中心にリィ・ヨンに似た顔の少女を彼は確認してしまった。
「君が……リィ・ファだね?」
「誰よ?」
至極当然の質問をファはレオハルトに投げかける。
「僕は……レオハルト。レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ少尉だ。君の姉を知っている」
「……それが何よ」
「投降してくれ。君は君の姉を不幸にしようとしてる」
「他所の人間が何をいうかと思えば……」
「頼む。投降してくれ……」
「無理な相談よ。私だって覚悟の上で戦っているの」
少女たちが各自の武器をレオハルトに構える。
「……駄目だ。こんなこと」
「くどい。排除して」
レオハルトも軍刀に手を掛けた。そのタイミングで飛来する存在が現れる。
アスファルトにめり込むようにして強大な『アズマ国最強格』が現れる。それはまさしくタカオ・アラカワであった。
『賢者』と呼ばれる最強戦力はレオハルトの前に立ちはだかる。
タカオはただ立ちはだかっただけだった。それだけで彼の肉体は魔装使いの少女たちが放つ弾丸や投擲武器の防壁として機能していた。
「……それで?」
タカオはゆっくりと少女たちへと歩み寄る。それに合わせるように少女たちは射撃と後退を強いられてゆく。
「……な、なんだこいつ!?」
「ワイズマンだ!『東の賢者』が来た!」
「銀河最強が!?聞いてないわ!?」
魔装使いたちは口々に怯えの言葉を紡ぐ。
その横から銃撃を行う部隊が現れた。アラカワやイェーガー、レオハルトの仲間の援護射撃であった。ドロシーが指揮をとっている。
それに合わせるようにレオハルトはリィ・ファに説得を再度試みる。
「こんなことして姉が喜ぶのか?よく考えてくれ!」
「喜ばなくても姉のためよ!祖国もこの国も私や姉さんに冷たかった!」
「どうして!?」
「しらばっくれるな!祖国は若者にとって地獄だし!祖国と政治家のジジイどもがバカなせいで若者が差別される!なんで!私はバカな祖国の領土もアズマ国との歴史もどうでもいい!夢を叶えたいだけなのにどうしてみんなして足を引っ張るのよ!!」
「……君の夢は?」
「私は……私はバカだけど服のデザイナーになりたいの!どうしてみんなで邪魔するの!姉さんだって立派な科学者なのに!私だって賞をもらったのに!どうして!」
ファは叫んだ。その心からの叫びにレオハルトは共感の態度を見せつつ、彼女の詭弁に反論する。その言葉と気持ちに演技は存在しなかった。
「わかるよ。僕の親も軍人で冷酷なところがあったから……でも親や周り人に酷いところがあったからって過激なことをするのは違う!僕も父が憎いところがあった。でも僕は父がなぜ冷酷にならざるを得なかったがずっと引っかかっている!僕は……僕は……父を超えたい!父の悪いことも良いことも考えて前に進みたいんだ!君だってそうなれるはずなんだ!」
「わ、私は……」
ファの気持ちに揺らぎが生じていた。だがその説得に横槍を入れるものがいた。
「……ふむ、やはり若造は素直ですが感情豊かなのが問題ですね」
デミトリ・ボルコフスキー。神樹教凍土正教の礼服を着用したテロリストが悠然とレオハルトの前に現れる。拷問を聖痕と称する狂人が紳士的なお辞儀をレオハルト向け行った。
「初めまして、レオハルト君。私はデミトリ・ボルコフスキー。正しき修正者の組織で禄を食む者だ」
「リセット・ソサエティか」
「そうともいうな。この狂った宇宙の再生者、あるいは破壊者、あるいは正義の代行者、あるいは宇宙初期化推進者、あるいは真理への先導者などとも称されるな」
「……子供を戦いに巻き込んでおいてそれか」
「この宇宙は狂っている。我々も本来分かり合えるはずだった。だが戦いになった。これは宇宙が狂っているからだ」
「狂っているのは貴方の心だ。命を捨てることを強要させたのはお前か」
「……私はこの少女に真理を教えただけだ。ああそうだ。君の父上もヴァネッサも狂える宇宙の犠牲者だった。……ヴァネッサは素直な子だったよ」
「!!」
レオハルトは何かに気がついた。ヴァネッサが父カールに反逆を起こした理由は彼にあると。
「……だが残念だ。あのような結果は想定外だ。魔装使いの子らは扱いが実に難しい」
「貴様……我が父と父を敬っていた少女を殺したのは……」
「結果的には……ということになる。だが心配しなくていい。この宇宙は」
「講釈はたくさんだ!!!!」
レオハルトはデミトリの右腕に斬りかかる。だが彼の腕には特殊合金でできた仕込みの甲冑が備わっていた。
「ぬぅ!?」
「備えば万全だ。安心して講義を聞くといい」
「聞く気はない!悪党め!」
怒り狂ったレオハルトはデミトリに向かって突撃する。その姿はもはや地上の蒼き落雷であった。青い落雷は剣の疾風を伴ったまま神速の突進を繰り返していた。
デミトリとの死闘、リィ・ヨンの妹との悲劇的邂逅……。そして……。
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