第一章 四十三話 ホワイトフェザー交戦、その1
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
アルゴンシティ上空に辿り着いたレオハルトチームを含めた援軍はアルスター級フリゲート艦の後部ハッチ付近で出撃の時を待っていた。
「パラシュート、準備お願いします」
レオハルト少尉が全員に呼びかける。
「いつでも」
真っ先にシン・アラカワ曹長が答える。
「俺も問題ない。操舵してるジョルジョの分も働かないとな」
サイトウ・コウジも大口径の粒子弾式軽機関銃の動作をチェックしつつ答える。
「問題ない。俺も任務に慣れている」
ロジャー・J・ダルトン中佐はアラカワと同等に落ち着いた様子を見せる。
「ダルトンさんって空挺の人?」
「中佐でしょ!上官!」
「二人とも真面目になさい。死ぬわよ」
ソニア・ペトラ・ライムの三人がロジャーの慣れ過ぎた様子に困惑しつつパラシュートの準備を進めた。
「えっと……」
「ここはこうだ」
「ありがとうございます。パラシュート降下とは随分と古風ですな」
「生体殻降下法の設備が間に合わなかったらしい。部品に不備があったと報告を受けている。ギルバートの工作のようだ。巧妙な手だ」
ダルトンが苦々しくそう発言した。
「パラシュートは誰が用意したんです?」
「ジョルジョだ。航宙機やAF以外にも航空機のマニアだからだ」
「持つべきものは予備の手段ですか」
スチュワート・メイスン少尉がBにアドバイスを受けながらパラシュートの装着を進める。その会話を見越したようにレオハルト少尉が口を開いた。
「全員聞いてください、我々はギルバート中佐の手で本部周辺の生体殻降下法の設備に裏工作が仕掛けられていることがわかった。そして今回は都市部での降下なので揚陸艇の射出は難しい。そこで古風だがHALO降下で現地に急行する」
「高高度降下低高度開傘。そうなると持ってける装備は軽装になるな」
「非サイボーグ非メタアクターの兵員が混在した部隊ならこのやり方しかない。HAHO降下だと地上から迎撃される可能性があるから、開傘は低高度でやるしかない」
「そうなると人員がパラシュートに慣れた人員でないとならないが……」
サイトウとレオハルト、ダルトンの会話にドロシーも加わる。
「私の部下は大丈夫よ。あらゆる状況を想定しているわ」
「僕ほどではないな」
「あなたと比べるのは酷と言うものよ。ミスター・ダルトン」
「ご理解が早くて助かる。君らはどうだ、レオハルト少尉」
「メイスン少尉が不慣れですが、訓練プログラムは既にこなしているようです。他は慣れてますね」
「経歴か」
「ええ、もちろん共和国軍でもトレーニングプログラムはこなしていましたが」
「実戦は久々か。ミスしないよう警戒させろ」
「了解です。……そろそろですね。ドロシー大尉、ジョルジョと共に近接航空支援を」
「わかっているわ。心配せず大暴れしなさいな……にしても危なっかしいわねジョルジョの坊やは」
「お気遣い感謝です」
レオハルトは腕時計の時刻を確認する。シンが降下を見送る兵士の方も見たがそちらも『OK』のサインを送っていた。
「傾聴!サイトウ、アラカワ、イェーガー、スチュワート、B、ダルトン、ペトラ、ソニア、ライムは私と共に地上に降下します!事前に指定したポイントに降下後、魔装使いら『ホワイトフェザー』と交戦、アルゴンシティを奪還します!」
五秒前。
四。
三。
二。
一。
ハッチが開く。ゆっくりと開いたハッチと降下の合図を見て真っ先に飛び出したのはアラカワであった。それに続くようにサイトウ、イェーガー、B、ペトラ、ソニア、ライムが続く。スチュワートとダルトンが降下したのは一番最後だった。それに続くように後続の援軍も降下する。
自由落下。
凍える空気の暴力的な圧力を耐圧服越しに感じながらレオハルトチームは六〇〇メートル以下の時点でパラシュートを開いた。パラシュートの開いた後、チームは風を利用しながら降下ポイントである広い公園を目指した。全員が空中での迎撃とパラシュートに注意を払ったが最後まで滞りなく降下が完了した。
「全員よし。集合してくれ!」
レオハルトが周囲を見渡して兵員を確認する。真っ先に答えたのはここでもアラカワだった。
「全員、無事降下を完遂しました」
「ありがとう。曹長」
「気遣い無用です。少尉殿」
「曹長、軽装だが大丈夫か?」
「機動性が大事ですので」
シンの服装は黒一色であった。それは闇の中に潜む目的や敵に対する威圧以外にも所持している武器や手段を隠蔽する意図があることをレオハルトは感じ取っていた。
「武器はどうなっている?」
シンはレオハルトの言葉に頷いていくつか彼に武器を見せた。シンの武装は着剣した小銃とナイフ、特徴的な投擲用の武器であった。投擲武器は手裏剣と呼ぶべき代物であるが、それは黒く鳥の羽を模した鋭利な刃で構成されていた。
反対にサイトウは軽機関銃、すなわち分隊支援火器とも称される大振りな銃器を携行していた。彼は迷彩服にグレネードやナイフなどが装着されたタクティカルベストで空挺降下出来る範囲でも重武装を確立していた。
「火力だってバカにならんぞ?」
「同感だがそれはお前がやるだろうと思ってな」
「確かにな。それを見越してたか」
「そういうことだ。……他はどんなやつを持ってきた?」
「スチェイは標準装備だな。小銃に拳銃、それとグレネードだ。ダルトンの旦那はもはや潜入装備だ。拳銃2丁とはな」
「サプレッサー付きだ。光と駆動音を消すのも必要だろう」
「相手が相手だぞ」
「その備えもしてある」
サイトウはダルトンの目を見る。彼の目には確固たる視線が返ってくるのをサイトウははっきりと読み取った。
「……オッケー、どんな秘策か知らないがダルトンの旦那に期待するぜ」
「ああ、期待しててくれ」
「やれやれ旦那は読めねえな」
「褒め言葉だな。読ませないのは諜報員にとって大事なことだ」
サイトウの言葉にダルトンは飄々とした態度をとる。その横でドロシーの部下である三人娘が和気藹々とやりとりをしていた。
「ねーねーこれから戦い?戦闘?チャンバラ?」
「ライム。ここは敵地だから気を引き締めなさい」
「むー、固いこと言わないの!ペトラ」
「……ライム?まさかレディが戦地の真ん中でふざけた振る舞いはしないわよね?」
ソニアは殺気を宿した目をライムへ敢えて向ける。ライムは心底怯えた顔で答える。
「はい!ソニアごめんなさいですぅ!」
その様子を見てレオハルトは全員に声をかけた。
「ソニア、ペトラ、ライム。三人で周辺を偵察を頼む。敵の位置を把握したい」
「僭越ながらその理由は?敵は遠距離からでも把握できるでしょう?」
「敵の手の内を可能な限り調べておきたい。なるべく被害を抑えて無力化したい」
「それなら良い判断ね。了解」
「武器の形状と性質を可能な限りまとめておいてほしい」
「了解。ペトラ、ライム。いきなり突っ込むのはなしよ」
「えー」
ライムの子供のような態度にペトラが諌める。
「えーじゃない。仕事でしょう?」
その言葉にレオハルトが反応する。
「その通り、諸君らのプロ意識に期待する」
「プロ意識?」
「つまり試されているということよ」
「あ!私の実力、疑っているね!?なら仕事を完璧にしてやるわ!」
「ぜひ頼む。楽しみにしてる」
彼の言葉を聞いたライムは子供のように駆け出したかと思うと液状化した状態でどこかへと滑るように姿を消した。それを追いかけるようにしてペトラも全力疾走でライムらしき液体を追いかけていった。
そう言ってレオハルトは柔らかな笑みを浮かべた。レオハルトの発言とペトラの補足によってライムが気合を入れていた。それを見てソニアが感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。レオハルト少尉」
「気にしないでくれ。僕は皆がスムーズに任務を遂行する手助けをしたいと思っただけだ」
「それがなかなか難しいのです。あの子は子供っぽくて気分屋なので」
「ならまだまだ手助けできるだろう」
「そういえば。先生になるのが夢でしたね」
「昔はね。今は父の死の真実を知りたい」
それを聞いたソニアが丁寧にお辞儀をする。スカートの裾を摘むような丁寧なお辞儀であった。
「あなたの夢に祝福在らんことを……」
「ありがとう」
次の瞬間ソニアは人間とは思えないような凄まじい速度で駆けた。彼女の走力は人間の限界値を極めたような洗練されたものだった。瞬発力と持続性がある走りを見てアラカワ曹長が短く拍手を送る。
「鍛えているな。芸術的走力だ」
「い、いやいや。あれサイボーグ処置しているだろう!?」
「どうだろう。あれほどの走力ならオーグメント処置やナノマシン処置をしなくても出来るやつはいる」
「いるのかよ。……って特にお前じゃねえかアラカワ」
「俺以外にもだ。サイトウ」
「……うっへえ……綺麗なメイドさんには毒も牙もあるのな。世界広い」
「……サイトウは妙なタイミングで感動するな」
そんなやりとりの後、全員が押し黙った。会話やわずかな音で敵に位置を悟られることを回避する目的があった。
アルゴン・シティの戦闘で荒れ果てた街を進みながらレオハルトチームを含めた援軍部隊は周辺を警戒する。周辺には割れたガラス片や燃え盛る車両、両断された兵士の遺体に市民が撃ったであろう火薬式火器の薬莢が転がっていた。
「なぜ、火薬式のが?」
「市民も自衛のために持つことは少なくない。アルゴン・シティはそういう街だ」
大半の共和国居住惑星は大都市であるなら治安は良く、首都星ヴィクトリアのヴィクトリア・シティと首都ニューフォート、そして首都星ヴィクトリア周辺宙域近海やその採掘拠点コロニー、それに近い温暖惑星の田園地域ですらその治安は保たれていた。だが、悲しいことに首都から遠いローザエンゼルやフォスターシティなどの絶妙に離れた惑星では自衛のために銃を持つ文化が根強かった。周辺に散乱している薬莢はその市民たちの名残だった。
近いぞとシンとイェーガーがハンドサインを出す。
すると女子高生らしき少女がこっちに駆け寄ってくる。
「……に……を」
少女は何かをぶつぶつと呟いている。
「……要救助者か?」」
レオハルトは要救助者かと思いかけたが、すぐにヴァネッサと亡くなった父のことを思い出す羽目になった。
「違う!レオハルト少尉!」
アラカワが何か異変に気づいた様子で叫んだ。それに合わせ全員が直ちに厳戒態勢を取る。
少女はなぜか不気味な笑みを浮かべた後、猛然とレオハルトらへ突進してきた。
少女の走力は明らかに人間離れをした速度をしており、風よりも早かった。
「共和国軍、この腐った政府に……誉れある死を」
少女は何もないはずの空間から刀剣を取り出して、レオハルトに斬りかかった。レオハルトは運動エネルギーのメタアクトを発揮して少女の刃を迎撃する。彼女の胸元には白い羽を模したバッジのようなものが付けられていた。
「魔装使い!ホワイトフェザーだ!」
レオハルトは鍔迫り合いの状態でそう叫んでいた。
少女がまさかの敵……!?
次回、激動の展開へ




