第一章 四十一話 内部調査、その9
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
ダグラス議員は露悪的な調子の皮肉っぽい笑顔と共に口を開いた。
その言葉は露悪的な口調を交えつつも過去に対する追憶や今は亡きカール・フォン・シュタウフェンベルグ少将に対する後悔が混じっていた言葉を彼は紡いだ。
「馬鹿な奴だよ。あいつは母のマリー大佐を誰よりも誇りに思っていた。だがその気持ちが強すぎた」
「おばあちゃんを」
「ああ、あの男はな。良くも悪くもプライドの高い男でな。家の誇りと人間を守るためになんだってやる男だ。だがやりすぎた。あいつの高すぎるプライドと身内意識があいつ自身の命を滅ぼしちまった。本当に馬鹿だよアイツは」
そう言ってダグラスは机の葉巻に目をやった。
「おらよ、おっさん。随分といい葉巻だな」
ジョルジョがその葉巻を手に取りダグラスへと差し出した。
「ああ、オズ連合の特上でな」
「最後の葉巻になる。楽しんでおけ」
「そうさせてもらう」
ダグラスは葉巻をゆっくりと味わった後、カールの事件についてゆっくりと話し始めた。
「アイツはある『犯罪組織』を追っていた。共和国は『魔装使い』と『有感情生物を用いた因果律動力機関』を全面的に禁止している。その厳しさは五大国家で有数の厳正さである。にも関わらずこの国におぞましい組織が存在している。少女だけの犯罪組織だ」
「少女だけの?」
サイトウがその言葉に反応する。その言葉に何か思い当たる節があった様子であった。
「ああ、その組織は両方の二の腕にタトゥーをする。『女神』のエンブレムだ」
「女神……」
「それも『刃物の傷で血を流す蒼穹の女神』だ」
「神樹教のか」
「フランクの聖女教にもある……かの聖女教会の聖典においても言及があるな」
スチェイとレオハルトの発言にダグラスが頷いた。
「どっちも正解だ。スチュワート君の発言とレオハルト君の発言をよく考慮したまえ」
そう言ってダグラスはある古い写真をレオハルトらに手渡す。
蒼穹の女神。あるいは祝福の聖女とも言われる横顔のエンブレムであった。
共和国においてそのシンボルは歴史的にも文化的にも重大な意味を有していた。
その女神自体は共和国を中心に活動する宗教組織『神樹教』やフランク連合王国の国教『聖マルタ教会』を初め宇宙の船乗りたちや軍艦の乗員にとって守護神として崇められる対象である。
「俺は宗教に関してはさっぱりだが……カルト絡みか?」
サイトウの発言を皮切りにレオハルトらは意見を出し合った。
「可能性はある両方に詳しい人物が必要だ」
「宗教学の権威でも呼ぶか」
「時間がかかるが考慮はしておくべきだな」
「センシティブな話題だからガチの神職者相手だと拗れそうだ」
「宗教系は敬虔な人がいるからよ、気をつけておくべきだぜ」
「それお前が言うのか。ジョルジョ、アタリアは神樹教の総本山あったろ?」
「俺はそれほどだから気にすんな。まあ、アタリア系の知り合いには黙っておく」
「ありがてえ、つまりそういう繊細さを気にしなくていい人に聞かないとな」
「シン。お前は知っているか」
「生憎、宗教関係者の知り合いには乏しい」
「スチェイ、お前は?」
「敬虔な人と神樹教関係者は……聖女教に関してはあまり」
「……壁にぶち当たっているな」
「誰かいないか?」
しばし沈黙した後、口を開くものがいた。レオハルトだった。
「……一人いる」
「誰よ?」
「……」
レオハルトはその名前を出すことにしばしの躊躇があった。だが真実を得るためには相応のリスクが不可避であると覚悟した彼はついに口を開いた。
「……サミュエル・スティーブン・フリーマン」
「物理学の権威の?」
「ええ、あの人は専門分野以外にも博学強記で宗教に関しても知識があります。……もっとも本人は宗教関連のことに関してはやや忌避的なところがありますが」
「『共和国の生き字引』の異名は伊達ではないと」
「すげえ……」
「そんなスーパーインテリがいるんだな……現実に」
頷くスチェイ、驚愕するジョルジョ、目を白黒させるサイトウと三者三様だが驚いた様子な点は共通していた。
「……なるほど、君の兄以上のインテリの出番ということだね。アラカワ」
「ダルトン、兄貴が無条件で尊敬する恩師だからな。俺は納得だ」
ダルトンとシンは落ち着いた様子でやりとりを行なっていた。二人に共通するのは納得の表情である。
そのタイミングでレオハルトは丁寧に『教授』への謝罪を行なった。
「フリーマン教授、大変心苦しいですが、博学なあなたに教えていただきたいことがあります。貴方に宗教関連の話題はトラウマがあり非常に不得手であると承知しながら貴方の見解を聞きたいと考えております。浅学な我々をお許しください」
「……個人の意見に過ぎないが構わないかね?」
「ええ、裏付けはこちらでします。が、せめてきっかけをください」
「……きっかけか。僕の意見で本当にいいのかな。神職の方々から見ると取るに足りない素人意見に過ぎない意見だろうけども」
「ええ、それでも俯瞰的な貴方の意見には価値があると僕は考えます」
「……よろしい」
「ありがとうございます」
フリーマン教授は全員の顔を見渡すとゆっくり口を開いた。
「血を流す蒼穹の女神……冒涜的な意味合いがあるだろうね」
「冒涜的?」
「悪魔崇拝、と言い換えてもいい」
「女神なのに悪魔崇拝?」
「共和国の国歌『豊穣よ女神と共に』の一節にも出る『蒼穹の女神』のモデルとされた聖女は複数人いて今も研究と考察、議論が重ねられている……その内の一人は血を流すことを好まない平和的な人物だったそうだ。生涯流血と縁遠いことを示す逸話はあらゆる文献や記録にもある。有力で神樹教としても重要な人物だったそうだ」
「……なぜその『女神』に流血の描写が?」
「古来、流血の描写は戦争と結びつけられることが多い。戦の前に敵兵や家畜の血を捧げることは古代石器時代の人類文化・あるいは自然崇拝的な宗教文化においていくつも見られた文化だ」
「女神を生贄にするということか?」
「もっというと『神は贄とされた』とも読める」
「……」
敬虔な神樹教徒と言い難いジョルジョですらこの時ばかりは心底不快そうな顔となっていた。
「……僕が思うに犯人のグループは社会やこの世界に不満があるだろうと考える。その証拠がそのタトゥーのデザインということさ。参考になれば嬉しいよ」
「ありがとうございます。教授」
「調査の一助になれば幸いだよ。頑張ってくれ」
レオハルトは教授に謝礼の言葉を伝えた後にこう答えた。
「ところで教授、貴方はどうしてダグラス議員とここに?」
「ダグラス議員の親戚の子のことで相談があったそうでね。その子に色々と教えている」
「そういうことですね」
「仕事の一環でね」
その話を聞いていたダグラスは丁寧な口調でこう伝えた。
「教授、姪をどうかよろしく頼む」
「わかった。彼女のことは心配しなくていい」
「ああ、リィとタカオにも伝えておいてくれ。……外国の人間を頼るのは癪だがな」
「そういうな。有能な味方はいた方がいい」
「……知的で論理をわかっている人物なら信頼に足りるか」
「そういうことだ」
「少なくとも野蛮人ではないなら安心だな。外国人にしておくには惜しいぞ」
「人は生まれだけは選べないからね。もっともタカオはアズマ人として自負があるがね」
「フン……この件以外は関わりたくないな。リィ女史はともかく」
「彼は面倒な人だからね」
「あの『人の皮を被った戦術兵器』を果たして人間と呼んでいいのか?もはや『生きた災害』の類では?」
「そういう意味でもな。そうではなくてプライドが高くて口論に強くて僕の次に賢いという面でだ」
「……確かに面倒だな」
さしものダグラスも引き攣った顔でタカオに恐怖していた様子となる。彼の顔は心なしか青ざめていた。
「タカオの恐ろしさは今更論じる必要はないだろう。それより、俺は議員としても愛国者としても三流以下に成り下がってしまった。それが何より許せなくて大人しくこの腕を手錠に差し出している。……その理由を聞きたくないか」
「もったいぶるな」
スチェイがそう問い詰めるとダグラスはゆっくりと口を開いた。
「……。魔装使いの連中は実働部隊に過ぎないからだ。再興歴以前からある犯罪組織が暗躍していた結果だと言ったらどうする?」
「……なんだそれは?」
毒舌で口達者なスチェイも困惑をあらわにするばかりであった。
「……リセット・ソサエティ。再興歴前5年のテッラにて創設された組織だ」
「リセット?」
「彼らの目的は『現宇宙の破壊と再生』、彼らの主張はこうだ。理不尽まみれの間違った宇宙を初期化して正しい宇宙にすると標榜している」
「それが実在する証拠は?」
「これだ」
ダグラス議員はそう言ってあるものを見せた。
小型の端末とバッジ。スマート携帯端末とバッジの背面には円形に位置する蛇の紋様と青い斜めの十字が刻印されていた。
「これは?」
「死んだ構成員の遺品だよ。幹部級だということだけは分かっている」
「……ダルトン」
「了解。確保します」
「頼むぞ」
「はい」
そう言ってダルトンとシンは証拠品を確保した状態で待機した。
「俺はな。条件付きで脅されたのさ」
「脅迫?」
「ああ、一族全員害虫のように殲滅するとも、愛犬を焼却炉に投げ込むとも伝えられたな。なんなら非協力的だったり警察にたれ込んだら俺も殺すとな」
「……典型的な脅迫と」
「この手の脅迫は慣れてはいるがな。犬と家族まで脅すというのが気に入らん。だが、俺は屈しないといけなかった理由ができちまった」
「理由?まだ何かあるのか?」
「……」
「言え。なんだ」
「……俺の地元を……ヴィクトリア・シティをぶっ壊すと言われた」
「何?」
「……研究所があったろ?共和国特殊技術研究所、あの事件はその準備段階だったのさ。まさかヴァネッサとカールがあんなに仲良しだとはな……」
レオハルトがダグラス議員に掴み掛かる。
「答えろ。僕の父とヴァネッサはなんだったんだ!?」
「お前の父は国のためにヴァネッサを利用し、ヴァネッサもお前の父を利用した。ヴァネッサは元々は共和国側の人間だったが揺らいじまったのさ……リセット・ソサエティ幹部の『デミトリ・ボルコフスキー』と……『ギルバート・ノース』中佐によってな」
レオハルトはダグラスの手を離した。
レオハルトは項垂れ、ダグラスも苦々しい表情を隠さなかった。
「なぜギルバートは裏切った?」
「……アイツは、人類を進化させると言っていた。あとは分からねえ」
ダグラスの目に嘘はない、レオハルトはそう確信していた。
共和国の闇。その一端が垣間見える……!
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