第一章 四十話 内部調査、その8
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
人質の救助を行なったレオハルトら本隊と証拠品の引き渡しを行うと同時に保険衛生大臣を確保した別働隊は作戦の二時間後に合流した。
「引き渡しはどうです?」
ダルトンに対してレオハルトは情報の共有を行なった。
「順調に。あと保険衛生大臣もこの案件に関わってました」
「それもスキャンダルのようで」
「そっちもか?」
「ええ、こちらもとんでもない情報を得ました」
レオハルトはそう言ってあるものを取り出した。
「これは?」
「この国の汚職に関わる案件です」
「……大きな話になったな」
「保険衛生大臣だけでなくある人物もテロ組織に関わってました」
「誰だ」
「……統一共和党のジョン・K・ダグラス議員です」
統一共和党。アスガルド共和国の政党の一つ、保守系政党で軍隊出身者や兵器産業、辺境出身者、重工業メーカー、神樹教徒などを中心に支持される。ダグラス議員は保守政党である共和党の中でも軍需産業との関係の強い新保守派と呼ばれる派閥に属していた。
ダグラス議員は統一共和党の中でも古参の議員であり、第二次銀河大戦を経験した戦中世代と呼ばれる世代の一人であった。また、彼自身が老舗銃器メーカーの『レミー・アームズ社』幹部の家系であり、軍需産業業界にコネクションを持つ議員の一人であった。
「……随分と厄介な人物が出てきたな」
レオハルトはため息をつく。
「面識が?」
イェーガーの疑問にレオハルトとスペンサー大尉がそれぞれ答えた。
「あの人は過激なところがある。こうは言いたくないが……猪突猛進で無責任なお人だと思いますね」
「俺を『チャーリー』とか『お坊ちゃん』と呼んでは甘ちゃん呼ばわりしてくる拗らせた老害だ。正直関わりたくない」
厳格なスペンサーや温和なレオハルトにもそのように言わせる人物、それがダグラス議員の人物像であった。なぜならば彼はスペンサー家やシュタウフェンベルグ家に人脈を持てるだけの家柄であると言えたが、彼自身の人柄に関しては愛国心が強いが共和国の社交界で黒い噂の立つ人物であると有名であった。
権威的で自尊心が強く、部下や外国の人間に対して高圧的な態度を取ることも珍しくなく、とある大手貿易商社の幹部からも「私の友人に対して失礼な言葉を投げつけた上に人間らしい態度を取らなかった」と憤る声すらあったと言われる。その一方で大変な愛犬家で、犬に関する話題だと非常に機嫌を良くするというお茶目な一面もあるとも言われている。大手商社の幹部との問題も愛犬の話題をきっかけに機嫌を直し双方が歩み寄る姿勢を見せたという逸話も存在する。
総評するとダグラス議員は外国人に対する猜疑心や敵愾心を抱えているが人間的な一面をも不穏な一面をも抱えた複雑怪奇な政界の古参議員と言えた。
「彼は今どこに?」
「警察が捜索しています」
「自宅は?」
「既に」
「議会場や党本部は?」
「捜索中ですが、いないものと」
「……」
レオハルトはしばしの沈黙と共に思案した。
「心当たりあるようだな」
彼の表情を見てダルトンがそう発言する。
「そうだ。僕なら分かる」
レオハルトはその場にいた全員を引き連れてダルトンのいるであろう場所へと向かう手筈を整え始めた。
「もしー?」
「……うん?」
軍用車に乗り込んでいるレオハルトらに話しかける女性が現れる。
彼女は軍服を着崩した状態であり、服の間から豊満な乳房が垣間見える格好をしていた。顔の化粧は濃く、女性軍人というよりミリタリーファッションのギャルであるような印象を周囲に与える。
「……君、所属と名前は?」
レオハルトが落ち着いた声色で返答を促した。敵対的勢力の人物であることを警戒し、彼は軍刀の鯉口を切った状態にしていた。
「えっと……共和国軍国防軍曹長のレイチェル・リードです。よろー」
あまりに軍人らしからぬ態度に横にいたスチェイが怒号じみた声を上げた。
「貴様!その格好と態度は……」
「待て」
「しかし少尉!」
「君は僕らの協力者だな」
その言葉を聞いたレイチェルが真剣な表情に切り替わる。先ほどまでの飄々とした態度とは様子が大きく変化していた。
「……誰の紹介?」
「ドロシーだ。ドロシー・アーリー大尉」
するとレイチェルはゆっくり頷いた後に車の扉を開けた。
「やっほー戻ったよ!端末の鳴り方考えると穏やかな迎え方で正解だよね?」
「そうだ。教官殿に感謝しないとな」
「ねー、本当にあの人準備万端ですごいの!」
中にウーズ人の少女が微笑みと共に手を振っていた。ライム・ブロウブであった。
「ライムだったね?」
「当たり!」
「人の名前に関しては得意だ」
「でもどこで?」
ライムの問いにレオハルトは淡々と答える。
「ドロシー大尉がレイチェルの名前を出していた」
「それだけで?」
レイチェルが感嘆の声を上げた。
「違っていたら、あんな反応じゃないだろう?」
「確かにね。やるぅ」
レオハルトの言葉にレイチェルが眩しいほどの笑みを浮かべる。レイチェルは拍手をしながらレオハルトの観察力に敬意を感じる様子を見せていた。
「気遣いのできる人って素敵じゃん。婚約者いるんだっけ?残念」
「ええ、将来を約束した人がいる」
「生き残らないとね」
「そうだね」
レイチェルはレオハルトと肩を組むようにして仲良しの様子を見せる。堅物のスチェイが注意しようとするが、レオハルトがその度に『待った』の仕草を見せていた。
「レイチェル、すまないが軍人らしい振る舞いをしてほしいトラブルは可能な限り回避してくれた方が僕も助かる」
「了解!イェッサー」
「ではすまないが案内を頼む。ダグラス議員だ」
「あの嫌な感じの?」
「そうだ。彼がテロ組織や犯罪組織と繋がっている可能性がある」
「うわ……了解!」
こうして、レイチェルとライムの車をレオハルトらの軍用車が追走する形となった。
「少尉」
「スチェイどうしました?」
「あのレイチェル曹長は大丈夫なんですかね」
スチェイの不安に対しレオハルトはこう答えた。
「大丈夫だと考えます」
「その根拠は?」
「彼女の上司であるドロシー大尉は私の教官でした。腕の良さはスチェイもご存じでしょう?」
「確かに。それに彼女は軍人に相応しくない態度ですが、諜報員として有能だという噂を聞いています」
「やはり……その詳細は?」
「人脈、戦闘力、話術、メタアクト。どれを見ても優秀な実績があります」
「……メタアクト。能力は?」
「声と言葉で人を操ると聞いてます」
「声と言葉……」
「今はリミッターを首に付けてますが、その気になれば数百人も操ることも可能です」
「恐ろしいな。そして話術なのですが、電子記録を見る限り確かに口は回りますね。フランクすぎる点が欠点ですが……」
「まあ、僕は苦手ですが、彼女のフランクな口調がある種の人間の心を開くと聞くことがあります。特に若い世代の人間を相手するときは有効でそれが事件捜査の糸口となったことも多いです。それが直接解決に繋がった事もあります」
「ふむ……やはり有用な人物でしたか」
「確かに実績も実力もあります。なのであんな振る舞いでも情報部所属という免罪符で許されていると思います。ですが……癖の強い人物ですよ?」
「十分承知しています。ですが、今は有用な人員は必要です。彼女にも仕事を割り振ろうと思います」
「了解。そこまでお考えならば支持します」
「ありがとうございます」
「ですが、重ね重ねお伝えした通り、奔放過ぎて一般的な部隊には適性が低いのでそれをよく考慮してください」
「その点に関しては問題ないです。彼女は密偵や遊撃部隊の適性があるのでその方向で指示を出します。それと彼女の経歴を後で書類で確認します。彼女の『服装違反』の理由について思い当たる節があります」
「そういう事ならば……」
「ご協力に感謝します。今度の運転は僕がしましょう」
「少尉が?」
「道は僕の方が知っていますので」
「なるほど。分かりました」
メイスン少尉はレイチェル曹長が服装などの面で軽微な規律違反を犯している点において部隊に参加させることに渋い顔をしていた。しかし、レオハルトの説得と今後の方針の提示を行なったことによって彼はどうにか納得した様子でレイチェルの参加を認めてくれた。
レオハルトはメイスンの返答に満足げに頷いた。車のキーを捻った後、彼は軍用車のハンドルを握った。
レオハルトらがジョン・K・ダグラスの別荘に到着した時、ダグラス議員はある客人と茶を飲みながら静かに議論していた。
ダグラス議員の向かい側にはサミュエル・スティーブン・フリーマン教授が穏やかにティーカップを口へ運んでいた。
フリーマン教授は彼らの姿を見るなり穏やかに頷く。
「やあ、また会ったね」
「教授!?」
レオハルトらは銃を構えてダグラス議員の方を向く。
ダグラス議員は抵抗する素振りを見せず両手を上げて大人しくしていた。
「大人しくしろ!」
「動くなよ!オッサン!」
サイトウとジョルジョはダグラスや周辺に注意を払いながら流れるような手つきで議員を手錠で拘束した。
「目標確保!」
サイトウがそう叫んで議員を拘束した。その間が不自然なほど抵抗がなかった。
「……呆気ないと思うか?レオハルト」
「そうだな。ダグラス議員」
議員の問いかけにレオハルトが静かに答える。
「葬儀以来だな」
「父か」
「カールのことは残念だった。俺もあの陰鬱な葬儀に参加したよ」
「同情を引くつもりか?」
「まさか。俺は犬と家族が好きなだけの偏屈な老害だ」
「変なものでも食べたか?自信家のお前らしくない」
「はは、俺は虚勢を張り続けただけだ。この国のためにな」
「嘘だな。お前とお前の協力者のために罪のない少女が命を落としている」
「それだよ……俺がこの逮捕に応じたのはまさにそのためだ。カールもこのことに関しては罪の意識を感じていたな」
ダグラス議員の言葉にレオハルトは思い当たることがあった。
正義の味方なんかじゃない。俺は女の子一人、ろくに救えないクズだったんだ。
カールは自身の手記の中にその言葉を残していた。それがレオハルトの心にずっと引っかかっていた。
「……」
「思い当たる節があるようだな」
「父の書いていた……ある文章から」
「マメだからな。あいつらしいな。どうせ日記の類だろう?」
そう言って議員は皮肉っぽくそう笑った。
「父は……なぜヴァネッサと……」
「は!よりにもよって俺に聞くか?」
露悪的な態度で議員はそう言い放つ。
「……分からないならいい」
レオハルトは苦々しそうな表情で連行を命じようとした。
「……聞かせてやるよ。政治屋の目線でな」
議員は真剣な目付きでじっとレオハルトを見据えた。レオハルトの方は戸惑うように躊躇った様子を見せた後に議員にこう言い放った。
「……話せ」
レオハルトはただ一言、毅然とした様子でそう命じた。
議員の語る父カールの真実とは?
次回へ……。




