第一章 四話 運命の時(その3)
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
壮年の軍人と少女。
二人分の殺気が相対する。外見上ではあまりにも差がある。だが、間近に見た人間にとってはこの状況の異質さを痛感しない者はいない。鍛え抜かれた軍人の領域を逸脱した殺気と少女の姿から滲み出る寒気にも似たおぞましい殺気。その二つを目撃したレオハルトはただただ震えて見る事しか出来なかった。
「……なん……だよ、……これ」
「にひひひひ……会いたかったよ。お師匠?」
「レオハルト!そこを動くな。いいな!」
カールは抜刀する。
サーベルだ。シュタウフェンベルグの片刃刀。アズマの業物に匹敵する切れ味をもつ軍刀だ。そして特別な軍刀。これを与えられる人間はシュタウフェンベルグ家の歴史の中でもほんの一握りしかいない。アスガルド軍だけでなく外国の軍でもその刀剣の伝説は伝わっていた。
実力に裏打ちされた名刀を構え、カールはかつての弟子と相対する。
「……馬鹿者が、こんな事をさせるために武術を教えた訳ではないぞ」
「それをさせたのはあなたなんだけどねー」
「覚悟はいいか?」
「ないと思ってた?」
「大人をからかうな……」
ヴァネッサの手から光の粒子のようなものが集まる。それは手のひらに収束し細長い金属を生成する。片刃刀だ。彼女も片刃刀を装備していた。片刃刀の鍔の付近。その近くにサファイアに似た結晶が存在した。
ヴァネッサとカールは互いに剣を向け、一目散に突進する。
「ぬぅん!」
「ヤァッ!」
かけ声と共に二人の影の間に火花が散る。
金属と金属がぶつかりあう音が室内に反響した。
それは二度や三度ではなかった。
十、二十。高速の斬撃が互いに交差する音。
時に斬撃が止まり、鍔で競り合いになる場面も起きる。
鍔迫り合いだとカールに分がある。だが、動かれるとヴァネッサに利があった。技術ではカール。身体能力ではヴァネッサが上だった。
「……魔装使いは心身が貧弱だと思ってがな」
「悩む事は弱い事じゃないよ!」
「弱さだな。克服されてこそ人は強くなる」
「逃げたっていいたいの!?」
「そうだ」
「だから、あんたを斬りたいの!」
斬撃が何度も続く。
不意に剣が弾かれる。
弾かれた剣は円を描き地に刺さった。
ヴァネッサの剣であった。
「く……」
「勝負ありだな?」
「と思うじゃん?」
「!?」
剣がヴァネッサの左手に向かって引き寄せられる。目に見えない引力によって。
カールが切り伏せようとする。袈裟切り。
少女の身体から鮮血が溢れる。
「……キヒッ」
「……」
「知ってるでしょ?コアを……宝玉を……壊さないと殺せないって!」
斬られたはずの少女は片刃剣を手に取り横なぎに切る。
「ぐ……」
カールの右腕に刃が食い込む。
「勝負ありね」
「……」
「これで……」
「……と思ったな?」
「なに!?」
レオハルトに渡そうとした儀礼用の拳銃。カールは片刃刀を捨て、懐からそれを取り出そうとする。
「!!」
ヴァネッサは剣を引き抜こうとするがカールがそれを阻止する。引き抜こうとしたタイミングで右腕の筋肉を強張らせる。
「……は、離せ!」
カールは滅茶苦茶に撃つだけで良かった。
弾丸は一発だけ掠った。剣の宝玉に。
ヒビの入ったサファイア状の物体から気体のような光るものが漏れる。
「あぎゃあああああああッ!」
ヴァネッサが悶えながらその場を転げ回る。
その拍子に剣が引き抜かれた事で右手から血が吹き出る。
赤。
鮮やかな赤。
鮮やかな赤が床に広がる。
「ぐぅ……ぐ……」
「ひ……ひぅ……痛い……痛い……」
ヴァネッサの目から流れるものがあった。だが構えを解いてはいない。剣から手を離してはいない。咽びながらも戦う意思を手放してはいない。
「……覚悟は出来てるな?」
「…………ひ……ひぅ……殺すの」
「……」
「必ず……殺す……」
カールは左手の軍刀を握りしめる。
「……やめろ」
「……おい、……邪魔するな」
「やめろ」
二人の前にレオハルトが進み出る。
「……あんた……何すんの……」
「やめろ……君もだ」
「オイ!レオ!いい加減に!」
レオハルトが撃った。粒子の弾丸が天井を射抜く。
粒子拳銃の冷却音が静寂を呼ぶ
「やめろって言ってんだろ!!」
「よせ……」
「……」
「……父さん……僕は……分かってた。あんたがこんな人間だったってことは……」
「おい……何を……」
「僕の父さんは人殺しだ……。僕の父さんは……人を殺して家族を養う男だってことは……」
「……今更気づいたの?」
「……もっと前から……そうだ。殺された部下の家族が……だから……」
「……それが戦争だ。レオハルト」
「……」
「何かを得るためには犠牲はつきものだ。野蛮な種族や誰かのわがままから……大勢の人と国から守らなくてはならぬ……これもそうだ……ヴァネッサは……認められたいがために……」
「だからって殺すのか!!女の子を!!」
「……それが軍と言うものだ。お前だって知っていただろう?」
「……ヴァネッサ……あんたはこれでいいのか!?」
「……」
「僕には分かるんだよ!!君はあんたを殺したい訳じゃない事を!あんたは本当は!!」
「言うな!!!!!!」
ヴァネッサが絶叫する。宝玉を傷つけられた時よりも痛々しげな叫びをあげた。
「君は褒められたかった!!認められたかった!!一人の女の子として!!君がどんな過去を抱えて生きてきたかはわからない!でも!分かる!本当の君は――」
「言うな!!」
銃撃。
大腿部を撃ち抜く音が制御室内に響き渡る。
カールがヴァネッサを撃ち抜いた。
「うぐあ!?」
「二人とも動くな……絶対だ……」
「……なんで……なんで……」
「仕事だからだ」
「……カールは私の事を一言も褒めてくれなかったよね……魔装使いの仲間を売ったり、……スパイとして仕事をしても……暗殺をした事もあったな。あのときの私凄かったよ……あの厳重な警備を切り抜けて……悪い独裁者の首を世界にさらしたり……」
「…………」
「褒めてくれても良いでしょ!?私は……私は……」
「捨て子だった。道ばたで餓えて、……死にかけたお前を……俺が救った」
「そうよ……でも、私は人殺しの道具になりたかった訳じゃない!私は誰かの子供でいたかった……私はカールに拾われて嬉しかった!でも、まだ褒められていない。これじゃ孤児のときと変わらない!!」
「…………」
「……やはり」
「どうして……どうして……」
「なんで分かったんだ?……レオハルト?」
「……父さん。僕を舐めてもらっては困るよ。僕は元々教師を目指していた。若い人間の……特に子供の心理は……分かる。子供は認めてもらいたいものなんだ……父さんは不器用すぎる……だからこんな事になるんだ……」
「……かもな」
「もうやめろ……先生と生徒の間柄じゃないか……もう止すんだ……師弟の殺し合いなんて見たくない……僕は……」
「……」
「……」
カールは拳銃を手放す。装飾の入った拳銃が床に置かれた。
「……ヴァネッサ。この装置を止めるんだ」
「…………うん」
ヴァネッサは泣いていた。
泣きながら笑っていた。暗く青いの宝玉から白い光が輝く。ひび割れてはいたが、この世のどんなサファイアよりも美しく見えた。
ヴァネッサは手を伸ばす。停止用のスイッチに。
刹那。
宝玉が射抜かれる。
「…………え」
レオハルトもヴァネッサも呆気にとられていた。
入り口付近に、二人の魔装使いが立っていた。
撃ったのは、そのうちの一人だった。
「…………お……とう……さ……」
「ヴァネッサァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!」
ヴァネッサは崩れ落ちた糸が切れたように。
カールは銃を持った方に照準を定める。
カリン。
あっけなく砕かれる命の音。
魔装使いのコアが砕かれる。
「な、貴様ぁぁああッ!」
魔装使いの一人が斧状の武器を生成する。
カールを斬りつけていた。
いつの間にか。
「と、父さぁん!」
「ぐ……」
腹部を裂かれ内蔵がはみ出る。それを左手で抑えながら。床の剣を手に取った。転がるようにして。
「うぉおおおおお!」
「こ、この……裏切り者のヴァネッサが……アイツのせいで!」
「お前らぁあ!」
斧の女がカールを蹴り飛ばす。
「この!この!大人が!大人が!大人さえいなければ!偽善者が!のし上がってやる!何人殺してでも!全ては神であるあのお方のために!」
「父さんから離れろ!!」
「うぜえぞ!殺されてぇか!?いや、殺す!」
「!!!」
パシュ。
空気がわずかに焼けるような音。
胸元の真ん中。斧の少女の真ん中が焼けていた。
「…………」
「あ、……ああ……」
「……残念でしたぁ!本体はこっち!」
斧少女の右手に宝玉が掲げられる。ガーネットのような色をしていた。
「親切でありがたいな……」
「な……」
粒子が宝玉を貫く。
宝玉の破片が辺りに散らばった瞬間、斧の少女はぐったりと倒れた。その顔に生命の気配が感じられない。完全に息絶えていた。
「……レオ……ハルト」
「父さん!今止血を!」
レオハルトは自分の服の一部を使ってカールの腹部を抑える。胃腸が傷ついていた。はらわたを腹部の元の位置に抑えこみ、どうにかして服で巻き付ける。
「くそ……血が……血が……」
レオハルトは青ざめた顔でどうにか手を打とうとした。
「父さん意識を保て!まだ、装置が!」
「連れ……てけ」
「え……」
「はや……く」
「ああ、くそ!」
レオハルトがカールの体を抱え、制御装置のそばに連れてゆく。
カールがヴァネッサだったもののそばの装置を操作する。そしてレバーに手をかけた。スイッチではなかった。
表示を見ての行動であった。カールは全てを悟った。
「……先に……」
「父さん!」
「今回……くらい……聞け……」
「……分かったよ!それまでくたばるなよ!」
「……」
レオハルトが制御室から出る。
その瞬間、隔壁が閉ざされる。
「と……父さん?」
「……レオ……なるべく……離れろ……」
研究所の非常放送からカールの声が響く。
「父さん!!」
「機関の……加速……は……止め……だが、粒子……加速炉……の、……制御……は……とめ……られ……」
「うあああ!開けろ!開けろォォォォ!」
「自爆……させ……て……被害……を……」
「う……うう……」
レオハルトが父を想った最初で最後の瞬間であった。レオハルトの頬が濡れる。
「いけ……い……け……た……のむ……」
レオハルトは走った。精一杯走った。
人間の走る速度は百メートル走が十秒ぴったりでも時速36キロであった。そして全力疾走には限度がある。ふらつきながら、進み。進んではふらつく。
死の炎が炸裂のときを待っていた。
「……離れろ!みんな早く!」
レオハルトは叫ぶ。
施設を出たレオハルトに閃光が待っていた。
光が、レオの視界を覆い尽くした。音が、はち切れんばかりの音が聞くものの鼓膜を揺るがしてゆく。そして波動。波動は研究所を起点に広がってゆく
爆発は施設の一部を焼いただけで済んだ。
だが、同時にレオハルトの意識を揺さぶった。
致命傷ではない。だが、細胞を揺るがす波動がレオハルトを昏倒させる。
「とう……さ……」
レオハルトの意識は光から闇に沈んだ。
久しぶりの投稿となり、申し訳ございません。ようやく投稿の目処が立ちました。
次回はレオハルトに『目覚め』の時が訪れます。次回もよろしくお願いします。