第一章 三十七話 内部調査、その5
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
レオハルトは敵と設備・罠の位置を慎重に探った後、行動を開始した。
「こちらウィンド01、潜入を開始します」
「了解。慎重かつ迅速にお願いします」
それと同時にレオハルトは敵二人を背後から無力化する。
「失礼」
レオハルトは傭兵の首を背後からへし折った。一瞬で二人。
そして死体を隠した後、罠を無力化した。罠は対人反応の警報やワイヤー式の爆弾を使ったブービートラップがメインであった。それもレオハルトの加速能力で脳の演算が高速化されたことにより処理が数秒で済まされた。
「よし」
その言葉と共に再度、別方面で巡回していた敵が無力化される。
レオハルトは一人また一人と敵を秘密裏に葬りながら、ドロシーらの元へと急いだ。
曲がり角を二人、その中継地点で三人。その途中でいくつかの罠を解除後、巡回にきた一人を抹殺しつつ、死体を隠す。それを行った後、ある地点でレオハルトはドロシー、ペトラ、ソニアの三人を発見した。
「隊長!このポンコツがシャットダウンしやがった!」
ドロシーはなんと自ら電源を切った状態でその場に横たわっていた。
「どうにか接続しろ!おい!」
「やってます!接続プロトコルを繰り返してます!」
「どうなんだ!」
「ダメです!起動コードが必要です!」
「はぁ?クラッキングしろや!」
「無理です。古風なのに厳重で!」
それを聴きながらレオハルトは屋上の暗がりから鉄骨を伝うように慎重に潜伏する。
「……ネズミか?だからカビ臭い倉庫なんて嫌だったんだよ!おい、さっさと起動しろ!」
「コードがないと数日かかります!面倒な!」
「……おい、メイドと植物女。このふざけたポンコツの起動コードを言え」
「……」
「……」
「ダンマリか?」
「……」
「……」
ソニアとペトラは打撲の痕が顔や体についていた。男たちに拷問されつつあるとレオハルトは悟っていた。
「なおさら慎重に……」
レオハルトは突入のタイミングを待った。
「スコーピオン、配置についた」
レオハルトの通信からイェーガーの骨振動音声が伝達される。
それに続くようにサイトウ・コウジ、ジョルジョ・ジョアッキーノ、スチュワート・メイスンの音声が響く。
「ストライカー1、スタンバイ」
「ストライカー2、スタンバイ」
「ストライカー3、スタンバイ」
全員がラペリングできる位置へと配置に着く。それは特殊部隊らしく静かで綿密な連携によって作られた結束と静寂であった。
レオハルトが周囲を伝え、指揮所のスペンサーが指示を出す。
「よし、降下」
それに合わせてスチェイとサイトウがラペリング降下を行いレオハルトは壁を駆け降りるように疾走する。レオハルトの機動性は重力すら無視する軌道を描くことすら可能であった。彼らが拷問を行うタイミング、警棒を振り下ろすタイミングでレオハルトは隊長格へと切り込んだ。それに合わせるようにジョルジョがバックパックを起動させレオハルトと共に奇襲を行う。まずレオハルトの壁を伝うように行う斬撃、そしてジョルジョの急降下射撃が合わさり敵の大部分が仕留められる結果となる。残りが反撃と人質の始末に向かおうとするが、サイトウとスチェイが見事な近接戦と共に残りの敵を掃除することに成功した。サイトウはナイフと銃器、スチェイが銃器とメタアクトの盾で敵を撃ち倒す。完璧な突入であった。そして敵は全て瞬時に無力化されていた。
こっそりと逃げようとした少数の敗残兵はイェーガーの餌食となった。頭部を撃ち抜かれる末路であった。
「クリア」
「完璧な仕事だ」
レオハルトは周囲の安全を確保した。その後、倒れているアンドロイド、ドロシーと縛られている二人の淑女のそばへと歩み寄った。
「あんたたち……!?」
「しー、縄を解くからじっとしてくれよ?」
レオハルトはそう言って顔の前に指を立てた。
レオハルトたちはペトラ・ソニアの両名の縄を解いた。その間、機械に強いサイトウとスチェイがドロシーの再稼働を行うべくじたばたと奮闘していた。
「……助かったわ。でもどういう風の吹き回し?」
ペトラが警戒感を強めた口調でレオハルトの方を見る。上品さと気性の強さを感じさせるその横顔には打撲の痕が生々しく残っていた。
「……レディにやることではないな。酷い連中なら良心の呵責は軽くて済む」
「大きなお世話よ。慣れているわ」
「慣れてはいけないことだ」
「これは仕事よ。それも誰かがやらなければならない仕事」
「……アルルン人とはいえ、身体の頑丈さにも限度はある。それに……もっと酷い拷問に遭う可能性だってあった。救えて良かったよ」
「……」
ペトラはレオハルトの方をきつく睨む。しかし、レオハルトは真っ直ぐ視線を見つめ返した。
「……チッ、予約済みなのが残念よ」
「予約?」
「マリア。貴方恋人がいるんだってね」
「そうだね」
「そうだね、じゃないわよ。貴方下手しなくても恋人悲しませる可能性あったのよ?」
「……分かっている。でも、何もわからず悲惨な事態を見過ごしたら僕はマリアに顔向けできない。それは確かだ」
「……はぁ、随分と青臭い男ね。今時珍しいくらいよ」
ペトラは呆れた様子で指先に目を向ける。人と変わらない大きさと形の手、緑色の肌をした指先に絡まっていた蔓がウネウネと踊る。その目はどこか物憂げなものを見るものに感じさせた。
それを見てレオハルトは真っ直ぐにこう言った。
「ペトラ、この世界は残酷だろう。僕は親友と違って青臭いだの甘い認識だの偽善的な理想主義者だと言われても仕方ないところはあるだろう。でも、僕は少しでもこの世の中を良くしたい。軍人の父とも前の自分とも違うやり方でこの世界を少しでも変えていきたい、そのためには真実を知りたいんだ。君らだってきっとより良くしたいことが……」
「……」
レオハルトの真摯な主張を彼女が聞き入ったところで横からサイトウが割って入った。
「お取り込み中すまない。すまないがドロシーを起動させたい。コード知っているだろう?」
「……」
「……パスコードは『キャサリン』」
「ソニア!?」
目を見開いたペトラに対しソニアは淡々と返答を返す。
「随分と青臭い言葉の数々だけど嫌いではないわね」
「ありがとう」
ソニアはスカートの端を摘むようにして仰々しくお辞儀を返した。
「どういたしまして」
彼女の動作は無駄がなく洗練されていた。黒いワンピースとフリル付きのホワイトエプロンといった清楚で古風な使用人の服装と相まって、彼女を見る者に上品で清廉な印象を残した。それを見たサイトウとジョルジョは感嘆の声を上げる。
「お、おぉ……ブラボー……」
ジョルジョはソニアの本格的な使用人の振る舞いに見惚れる。
「……ソニア様、お願いがあります。俺を踏んでください」
それを聞いたスチェイはサイトウの頭を締め上げた。
「ヤツの頭のネジ、締めておきますね」
「ぎゃああ……」
「二人とも……掛け合い漫才はその辺にしておいてくれ」
レオハルトはそう言った後、ドロシーの起動コードを入力する。ドロシーの起動は成功し、彼女の機械の目がまじまじと周囲を確認する。
「ドロシー教官殿、ご無事で何よりです」
「だいぶ寝ていたようね。それにしても奇天烈な光景だ」
レオハルトとドロシーの目の前には、サイトウを締め上げるスチェイとそれに呆れるソニアとペトラ、そしてジョルジョが彼女らの方を見て満面の笑みで跪き、二人を讃える言葉を延々と述べていた有様が存在していた。
「…………これはなんでしょうね」
さしものレオハルトもこの混沌とした状態には頭を抱えていた。
「ギギギ……スチェイ、そろそろ勘弁……」
ようやくヘッドロックから解放されたサイトウが口を開く。
「じょ、冗談はこの辺にしてこの場を離れた方が良さそうだと思うんだが……」
「待て、幾つか調べたいことがある」
レオハルトが冷静さを取り戻しつつ、そう口を開いた。
「大丈夫か、少尉さんよ」
「敵は全て排除した。相手の方はまさか切り札が無力化されているとは思わないだろう。調べるなら今のうちだ。敵に関して手がかりがあるかもしれない」
「そういうことか。なら仕方ねえな」
そして、その場にいるレオハルトらは敵の死体、奥の書斎、ドロシーが接続されていたパソコンに対して分担して調査を始めた。
まずサイトウは敵の死体を調査する。敵の銃器、装備の質、死体の肌や目などの特徴から彼らが国際的で大規模な傭兵集団であると推測していた。
「どうだサイトウ?」
「敵は金があるようだな。これを見てみろ」
サイトウはそう言ってレオハルトにあるものを投げて渡した。
「……これは?」
「手帳だな。ご丁寧に自分の身分を証明するものを持ってやがった」
それは手帳であった。手帳と言っても一般的な代物ではなく、高耐久・防水性に優れたタクティカルノートブックであった。
「……どこでこんな……え……?」
レオハルトは驚愕していた。その中に書かれていたのはアスガルド共和国軍から受け取った資金の額と受けた任務の内容の一部であった。
「……なんてことだ。この傭兵たちは」
「そうだ。本来なら我々の味方ということになる」
「道理で潤沢な装備を持っていたはずだ。祖国の味方であるはずの謎の敵とはな」
そんな会話の後、書斎からソニアが戻ってきた。
「レオハルト少尉、こちらに興味深い書類がありました」
「興味深い書類?」
「ええ、なんでも『合同作戦とか記された書類』が」
「合同作戦……その相手とは?」
「……『統一人間主義コスモ解放戦線』やアズマ国の『山龍会』、それに複数のテロ組織や過激派の名前があります」
「……なんだそれは」
レオハルトは目眩を覚えるような感覚があった。共和国軍にテロリストや犯罪者と秘密裏に繋がって何かを計画する人間がいることがこれで確定した。そして現時点でそれを行う可能性が高いのはギルバード・ノース中佐に他ならなかった。
「……パンドラの箱というレベルではない」
だが情報源はまだ一つ残っていた。
それはドロシーに接続しようとしたパソコンであった。そしてそれはジョルジョの手で調査が続けられていた。
「どうだ?」
「遠隔でやってくれてます」
「遠隔?」
「ユキさんが俺の端末を通して調べてくれています。……あ、終わるそうです」
「中身は?」
「端的に言います。スキャンダルです」
レオハルトは顔から血の気が引くのを自覚した。しかし彼は決意を固めた。ジョルジョにパソコンのデータについて追求を行う決意であった。ジョルジョはしばらく迷ったように目を動かした後、その中身について答えた。
スキャンダル。その中身とは……?




