第一章 三十六話 内部調査、その4
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
シン・アラカワとロジャー・J・ダルトンの二人が大統領の方へ証拠を渡す作戦をレオハルトは立案していた。それと並行して人質にされると想定されるドロシー、ソニア、ペトラの三人の救出をレオハルトは立案していた。
「その件だがまずいことになってそうだ」
民間の探偵見習いであるサモンはやや苦々しい口調でレオハルトにそう話していた。
「殺されそうか」
「御明察。ギルバート中佐は巧妙な手口で三人を葬ろうとしている」
「なら急いだほうがよさそうだ」
「待て待て。巧妙とオイラが言ったのは単に救出しようとしてもすぐに抹殺されるという寸法だ」
「……続けてくれ」
「ギルバートは参考人として形だけの尋問を行い裁判所に移送すると見せかけて自分の息が掛かったブラックサイトへと連行する」
「ブラックサイト……」
「輸送の警備も厳重だ。無理に襲撃すればアンタらが犯罪者として社会的に抹殺されるという二段構えでな。な、巧妙だろう?」
「……確かにそうだ」
ブラックサイトとは所謂『秘密軍事施設』を意味する用語である。その存在は共和国軍でもオカルト雑誌や陰謀論系の噂程度にしか語られていなかった代物である。だが、レオハルトが特殊船団の所属として活動するようになるとその存在は決して架空の噂ではないと知ることになった。
「それにしてもお前は民間だろう?どうしてこんな情報を?」
「軍関係に知り合いがいてな。彼から特ダネを知らせてくれたんだ」
「本来は違法だが……ことがことだ。感謝する」
「いえいえ、オイラは探偵として新参者だが情報なら任せてくれ」
「末恐ろしいな」
「旦那には敵いませんって、これから大仕事なんでしょう?」
「そうだ。連行の途中で人質を救助したい。今の居場所は?」
「まだこの街から出ていない。それは確かですぜ。詳しい場所までは流石に厳しいですがね」
「十分だ。絞り込みはできている」
「ハハ……やはり旦那はいつか化けると思いやす。幸運祈ってるぜ」
そう言ってサモンはその場から姿を消した。
「……そのまで連れて行かれたら厄介だ。追尾できなくなる」
「そして場所がわかった時には既に手遅れ。あのクソジジイ狡猾なやり方しやがって」
「女相手にそんなやり方しやがって……あの狸ジジイ」
「どっちかっていうと狐だな。どっちだろうと許さねえが」
事情を理解した戦友たちは怒り心頭だが、特にサイトウとジョルジョは女好きであり、女の子に対し紳士的であることを好むだけあってその怒りは極限の状態にあった。
その一方でダルトンは冷静であった。
「……こういう時ほどやることに専念しろ。警備の人間を傷つけずに人質である三人を救助する。その手筈を考えるんだ。なるべく迅速に」
「それができれば苦労はしねえ」
「だがやるだろう?」
「……ああ、そうだろうな」
サイトウの反発にダルトンは冷静さを崩すことなく反証する。それに対してサイトウは彼の言葉にゆっくりと同意した。
「……そういえば情報によれば、ドロシーにはもう一人部下がいるそうだな?」
「はい、彼女の方は問題はないでしょう」
「結構。ならば我々のやることは二つだ。人質である三人の所在と救助方法の確立、これに専念すべきだな」
「ええ、それについてはこちらで策があります」
レオハルトはダルトンに対しそう発言した。
「レオハルト。今は新米少尉の浅知恵だろうとすがりたい状況だ。聞かせてほしい」
「ありがとうございます。まず、我々のとるべき手段はユキの調査結果を待つことです。シン曹長の相方である彼女はハッキングの腕が一流だと聞いてます。そうですね?」
「そうだ」
レオハルトの発言にシンが頷いた。
「ありがとう。彼女の調査結果次第ですが、我々はドロシーらを一時的に拘束している場所については調べがついております。そこは共和国警察本部を中心に半径3キロ地点に限定されると推察されます。この厳戒態勢の上に人通りや警察、軍関係者の目もある中で連れ出すには相応の手続きが必要なはずです」
「だろうな」
「そして警察や軍関係の建物に限定して洗い出すと3カ所となりますが、廃倉庫などに秘密裏に移送するとなると6カ所となります。廃倉庫ならこのメンバーと先ほどのドロシーの部下による強襲ができます。もし警察や軍関連の施設なら少人数の隠密行動とそのバックアップによる救助が可能です」
「具体的なプランは?」
「3カ所の廃倉庫に集められている場合はいずれも単純な構造でブービートラップや爆弾の可能性を視野に専門知識のあるサイトウと僕、イェーガー、シンを中心に突入します。他の3カ所に集められた場合は僕、スチェイ、ジョルジョ、スペンサーの中から二人組を作って潜入します」
「分散されるリスクは?」
「監視が難しくなるのでその可能性は低いと考えるべきです。ドロシーらが戦力として十分なので厳重な装備と人員が必要なはずです」
「お前らは少人数で抑えたのだろう?」
「貴方ほどではないとしても、我々は高度な訓練と経験を積んだ人員です。一兵卒程度の戦力ではないのはわかっているでしょう?」
「……確かにな。レオハルト・シュタウフェンベルグ。剣術、戦術論、メタアクト戦闘訓練でトップだと記録があり、最近は飛ぶ鳥を落とす勢いの若手のエースとして期待されているな。そこにいるサイトウとアラカワ、そこいるBも百戦錬磨の猛者で、イェーガーに至っては軍でも有数の腕だと有名だな」
「その人員と正面から対等にやりあう人物です。その辺の一兵卒が背中を見せたらただでは済まないでしょう」
「確かにな。ドロシーも旧式の身体だというのに生き残れているのはそういうことだな。そしてその部下は……ソニアとペトラだったな。ライムの居場所は不明だが、ソニアとペトラの二人だけでも十分な化け物だな」
「……なぜ知っている?」
「俺のことは知っているだろう?」
「共和国でも有数の秘密諜報員というのは本当のようだ。流石だ」
「話が早くて助かる。調査なら任せてくれ」
「……ならひとつ聞かせてください。ギルバートは保守的な手を打つタイプですか」
「変わった聞き方をするな?だが、その発想は鋭いな。ギルバートは万全なやり方を好む。可能性があるとすれば廃倉庫へ連れて行くだろうな」
「その根拠は?」
「ギルバート中佐は狡猾なやつだ。任務を何度か共にしたことがあるが、準備は入念で計画を邪魔されることを心底嫌う」
「ありがとうございます。ならば倉庫を狙います」
ギルバートの手口を知ってレオハルトは絞り込みが進む。
そのタイミングだった。
「人質の場所が分かったわ」
ユキがパソコンの前から皆の前に舞い戻った。そこにシンが反応する。
「ユキ、奴らの居場所は?」
「海沿いの廃倉庫ね。港に近いポイント・チャーリーね」
チャーリー、Cを意味する隠語である。3番目の候補が奇しくも正解の場所であった。
「警備は?」
「多いわ。三十人はいる」
「装備は?」
「最新式の粒子機関銃にサブマシンガン、ショットガン、マークスマンライフル、火炎放射器、対物バズーカ砲まであるわね」
「罠は?」
「流石にないわね。場所を移すことを考慮して銃器の充実を優先しているようだわ」
「流石だ」
「素晴らしい腕だ。早速ブリーフィングだ」
レオハルトは周辺の地図を広げた。
「みんな見てくれ。ここがドロシーらを収容しているポイントだ。時間がない。拷問されている可能性を考えてこの場の戦力だけで急行する」
「了解。手筈はどうする」
「まず僕が先行する。そこで敵の配置を伝えた後、コウジ、ジョルジョ、スチェイが僕と共に内部に突入する。マーストンはイェーガーと共に指定ポイントにて待機。追って指示を待て」
その言葉にダルトンは驚愕の表情を浮かべる。
「お前が最前線に?大丈夫か?」
「僕は『運動エネルギーの操作』のメタアクトがある。銃撃程度なら問題ありません。それに戦闘において情報は重要です。可能な限り多くの敵を抑えつつ、居場所と敵を抑えてきます」
「……なるほど、ありがたいが後方からの指示役も必要だろう?」
「スペンサーとユキをオペレーターにします」
「いいチョイスだ」
「イェーガーとマーストンはこのポイントで援護をしてほしい」
「……ここからか。だがイェーガーなら可能だろうな」
全員の視線がイェーガーに注がれる。イェーガーはいつも通りだった。
「……問題ない。この位置、この距離なら全域をカバーできる」
「ありがとう。みんな、装備で必要なものをすぐに提言してほしい。今のうちにここで整えておこう」
レオハルトの提案にサイトウがまず名乗りを挙げる。
「頑丈な分隊支援火器とスモークグレネード、それと拳銃と弾薬をくれ」
続いてジョルジョが挙手する。
「最新式のウイングスーツとバックパックの部品、そして対地ミサイルの発射装置とサブマシンガンを頼む」
スチェイは多くは提案しなかった。
「僕はメタアクトがあります。装備は標準で大丈夫です」
シンは次のように答える。
「……メディカルキットと『WR-416』と『ロベルタM9』のカードリッジ。そしてよく研いだナイフをくれ。ナイフの切れ味が悪くてな。あと、光学迷彩対応型のボディスーツを」
レオハルトはその要請を全てメモに記載する。そして準備した装備を一人一人ずつ彼は手渡す。シンのナイフすら良質なものを既に用意してあった。
「知り合いに頼んであらかた用意しておいてよかった」
レオハルトは安堵の表情でそう言いながらシンにも弾薬とナイフを二本、手渡した。
「準備がいいな。感謝する」
シンはナイフの切れ味を確かめながら感謝の言葉を告げた。
シンはクルクルと自在にナイフを振り回しながら、柄の握り心地を確かめたそして彼はコピー用紙一枚取り出すとそれを瞬時に両断する。
「いい切れ味だ。良質だな」
白紙の半分が切れて地に落ちた。
「準備はいいな?各員、行動開始!」
レオハルトの号令と共にサイトウたちは装甲車へと乗り込んだ。運転はスチェイ、砲台の操作はマーストンが担当した。シンとダルトンは別の軍用車両で大統領府へと向かった。
それに合わせるようにレオハルトは刀を手に取ると瞬時に光となった。
青白い地上の稲妻が装甲車より速く目的地へと駆け出した。そのスピードは亜音速で、近隣に衝撃波を出さない程度のスピードで急行する。
「CPこちら、ウィンド。感度良好。どうぞ」
「ウインドへ、こちらCP。感度良好。どうぞ」
先行するレオハルトにユキが応答する。
「CP、ドロシーらの様子は分かるか?どうぞ」
「今のところドロシーらは健在と判断。ただし尋問の様子あり。至急急行されたし。どうぞ」
「了解。指定ポイントへ急行する」
レオハルトは十数秒の間に目的地の近隣へと足を踏み入れていた。その周辺には目つきの悪い傭兵らしき連中が武器を抱えて巡回している様子のをレオハルトの目は確実に捉えていた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




