第一章 三十五話 内部調査、その3
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
マーストンと名乗る人物はレオハルトに語った。それは彼が調べたギルバートに関する真実と独自調査の内容であった。
「ギルバート中佐は元々黒い噂のある人物だと言うのは聞いているな?」
「ある程度は」
「どれくらい知っている?」
「彼は憂国統制派と呼ばれる派閥に所属していてある人物を消そうとしている。そしてこの国を守るために非道な手段を講じようとしていると」
「そうか。それなりには知っているだろうが、この先はもっと地獄だぞ」
「覚悟している。僕の知りうる限り子供や功労者を犠牲にするおぞましいやり方も辞さないと聞いているよ」
「それだけではない。この国の国民の何割かを死なせても仕方ないと捉えている節がある。俺はそんなやり方は認められないからここまで来た。俺は髪の色を失うほどの恐怖を味わった。だがそれはそんなやり方のためじゃない」
そう言ったマーストンの表情は怒りが滲み出たものをしていた。
「わかった。なら聞かせてほしい。僕もそんなやり方は許すつもりはない」
「まともな人で良かった。人の良さそうな若造だと思ったが協力は一人でもほしい」
「ありがとう。精一杯頑張りたい」
そう言ってマーストンとレオハルトは握手を交わした後、互いの情報を交換した。
レオハルトは協力者の情報と自分が知る範囲のギルバートの情報を、そしてマーストンからは自分の知るある恐ろしい情報についての詳細を話し始めた。
「……なるほど、俺の知っている情報に関しては知らないようだな。そして……情報屋か。中堅どころといったところだな。まあいい……俺がギルバートの本性を知ったのは俺が髪の色を失った時からだいぶ経った時のことだ。奴は確かに愛国者だがどこか歪んだ一面があると思った俺は彼に関する調査を同僚に依頼した。だが、調査を頼んだエージェントが断ったり最悪、行方不明になったり……」
「行方不明?」
「消されたんだと思う。それか敵に降ったか……」
「……その恐ろしい情報というのは?」
「すまない。話が逸れたようだ。先ほど言っていた情報というのは当然ギルバートの計画のことだ。信頼できる人物にスパイの役目を任せると彼があるデータを持ってきたんだ」
「それは?」
「……実際に見た方が早いだろう」
レオハルトはマーストンの僅かな変化を見逃すことはなかった。
共感覚。レオハルトは人の感情の変化を舌で感じる瞬間を有していた。苦味。しかしその苦味は冷たさすら伴っていた。これは恐怖の味であった。
レオハルトは集中する。マーストンの視線と表情が僅かに揺らいだところに恐怖のサインが存在していた。それがレオハルトの感じた苦味の正体であった。
「……いいでしょう。見ます」
レオハルトが感じた恐怖の味の正体はそのカードにあると彼は悟っていた。
「……」
「どうしました?」
「あ、ああ、気にしないでくれ。考え事が……」
レオハルトはその場をどうにかごまかすことにした。無闇に相手の警戒心を煽ることのないように無難な答えを返すことにした。
「このメモリーカードの中身を見れば考え事も吹っ飛びますぜ。悪い方に」
「覚悟する」
レオハルトはユキから渡された安物の旧式携帯端末にメモリーカードを挿す。そして、動画のデータに触れて再生を行った。
それはおぞましい映像だった。
カードの中にあった映像には『ある実験』が映されていた。
「被験体の調子はどうかね?」
ギルバートはそれに対して部下に意見をする。
「数値は安定しております。実験は四から九まで耐えることは可能です」
「結構、この実験が成功すれば我々の護国は大きく進歩する。エクストラクターどもに食い荒らされてきた我が国にとって大きな進歩となるはずだ」
「その通りです」
「では予定通り始めろ」
「は!」
研究員らしき部下が何か装置のレバーを引き上げた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
カプセルの中で女の悲鳴が聞こえた。
カプセルの中から何かが蠢くような音が聞こえる。
その映像を見ていたレオハルトは酷く狼狽した。
「……これはなんだ……!?」
その声の主は若い女であった。歳はヴァネッサと変わらない十代であるように聞こえる。聞こえるというのは、姿はカプセルの中に収められていて視覚では分からないので聴覚情報だけが手がかりだったからだった。
その代わりカプセルの内部を叩くような音が響く。
ドンドン!
ドンドン!
ドンドン!
ドンドン!
ドンドン!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
その叩く音は明らかに異様な質感の伴った音を奏でていた。女の腕一つで響かせる音ではなかった。それは無数の腕が金属を殴るような異質な音響が伴っていた。
次の瞬間だった。
カプセルから一本の肉の塊が突き破る。
「ほう……」
映像のギルバートは興味深げに微笑むだけだった。
「ぐギャがぎゃがぎゃあああああああ!!」
カプセルの中から太い肉の繊維が金属カバーを突き破って出てくる。
「こ、これ以上は危険です!爆破します」
「続けろ」
「ダメです自爆を」
そう言った研究員をギルバートは一瞬で斬首した。
カヒュッという軽快な音と刃が研究員の命を刈り取った。ギルバートは見事なアズマの刀剣を握っていた。
「……続けろ」
ギルバートは冷酷な目付きで残りの研究員に命令した。
「ギャギャカギャァァアアアアアア!!」
女だった肉塊は歪な高音を発しながら金属の殻を突き破った。そこにあったのは若い女の姿ではなかった。それはもはや人の形をしておらず、全てを飲み込むような暴力と肉の塊が存在していた。
肉塊はギルバートに突っ込む。
「ここまでだな」
ギルバートは既に納刀していた。
金属音と共にギルバートは肉塊を致命的な核と共に両断していた。
「がっかりだ。素体が強欲だからグリーフに少しは耐えると思ったがな、レベル5の時点でこの程度とはな……前の実験体は良かった分落胆が酷い。……まあいい。次だ。……準備を始めろ」
ギルバートは落胆した状態で次の準備を研究員たちに命令する。
映像はそこで途切れた。
「…………」
「…………」
あまりに冷酷な映像に見るものは完全に放心することとなった。レオハルトはマーストンと共に沈黙の中にあった。
「………………なんだこれは」
レオハルトは最初にそう言った。それは彼が普段するような好奇心による疑問を意味していなかった。それは命の冒涜に対する軽蔑と憤激の伴った言葉であった。
「……ギルバートは……こんなおぞましいことを……」
レオハルトは怒りを滲ませた声でそう言った。
「残念だが、これは事実だ。それにこれは大きな証拠でもある」
マーストンの発言は残酷だが真実でもあった。これでレオハルトが求めていた犯罪の証拠をレオハルトたちは手中にしたことを意味していた。それと同時にレオハルトはおぞましい闇の中に足を踏み入れてしまったことをも意味していた。映像を見たレオハルトは大いに動揺していた様子だった。彼の心中では今すぐ狂ってしまいたい気持ちが渦巻いていたが彼はその弱さをどうにか噛み殺した。それは彼が父の死の真実を知るという覚悟に深く繋がっていたからであった。明晰な彼の頭脳は、おぞましい結論と想像とをレオハルト自身に見せようとした。
だが彼は前々から培っていた覚悟によってそれを噛み殺すことに成功した。
「……これは預かっておく。いざって時に武器になるからな」
平然とした様子を装いながらレオハルトはそう発言する。
「感謝するぜ。俺だとまずいからな。色々と」
「……すまないがもう少し付き合ってほしい」
「何をする気だ?」
「仲間を集めたい」
「なら同じ気持ちだな」
レオハルトとマーストンは仲間を集めるために一度解散することを決意した。
レオハルトはサイトウ、ジョルジョ、スチェイ、スペンサー、シン、イェーガーの六人に声をかけた。彼らは普段通りの様子で集まり不真面目ながら和気藹々とした様子を見せたが映像を見せた途端に引き締まった様子になった。
「……俺らの上官はこんなふざけたことに関わってたんだな」
「ああ……許せねえよ」
サイトウとジョルジョは女性そのものに対して尊厳と愛情を持っているタイプの人間である分怒りは凄まじいものであった。そしてシンもそういうわけか普段以上に激怒していた。
「……カス野郎め。やはり黙っていたな」
シンは青筋を立てた状態で鋭い眼光と殺気立った雰囲気を周囲に放っていた。
スペンサーとスチェイは沈黙し消沈した様子で映像を見ていた。
「我々の知らないところで国民が……」
「そんなことが……ギルバートが……」
そして彼らのそばにマーストンが連れてきた人物二人がその映像を見ていた。
「……………………」
ロジャー・J・ダルトン。
共和国でも指折りの潜入工作員がそこで映像を見つめていた。どういうわけかマーストンはこの伝説的な人物とコネクションが存在していた。
「……こりゃあ。やばいやつだねえ」
そしてもう一人は『ジェイムズ・ジョニー・スレイド』、経験豊富な壮年の傭兵である。
彼は普段は酒好きの傭兵に過ぎないが、戦闘になれば狂気じみた戦い方で戦況を一変させると有名であった。
「血も滴る美味そうな獲物はいるようだな。できれば酒もほしいところだ」
スレイドはいつもの調子でそう発言する。だが、その問いには誰も答えない。
「ギルバートに精神的異常がある証拠をということだったな。これは、それ以上の証拠だぞ」
「発見したのはシンの相棒であるユキのハッキングだ。だいぶ苦労したようだな」
「そうか。マークしてはいたが、これほどのことをしていたとはな」
サイトウの発言にスペンサーは驚愕の声をあげる。
「然るべき部署に持っていくべきだと思うが、反対意見は?」
「残念ながらある。ギルバートの息がかかっていたら終わりだ」
「ならどうする?」
「いい案がある」
紛糾しかけた議論にレオハルトが提案を行った。
「言ってみろ」
ダルトンが発言を促すとレオハルトはゆっくりと口を開いた。
「僕が大統領にこの証拠を手渡す。そして、ギルバートの処罰を直訴する」
「危険だ。妨害の可能性は十分にあるし、慣例や法が君を許さないだろう。そして凄腕のシークレットサービスが君を射殺する可能性が大いになる」
「だろうね。速さを考慮しなければね」
レオハルトの自信ある発言に反証の言葉を告げるものがいた。
「それだけではない。メタアクターの警備兵もいるからな」
シン・アラカワ曹長がそう発言した。レオハルトはシンの方に真剣な眼差しを向けていた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




