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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第一章 レオハルト覚醒編
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第一章 三十四話 内部調査、その2

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

レオハルトは軍刀に手をかけた状態で質問を投げかけた。

「……僕を監視していた様ですがいつから?」

「ずっと前から、あんたが士官学校にいた時からな」

「あなたは父の部下だった。父の死について知っているね?」

「……」

「そうか、答えないか」

「御託はいい。そのカードを渡せ」

レオハルトは首を横に振った。

「そうか……」

レオハルトはイプシロンについて様々なことを知っていた。

イプシロンというコードネームには様々な意味がある。彼に関することは多くはないがそのコードネームを用いる人物・エージェントは複数人いたとレオハルトは認知していた。その全てがメタアクターだとレオハルトは父から聞いていたがその詳細を多く知ることはない。

目の前の人物はイプシロンというコードネーム以外に『エリック』と呼ばれることがあるとレオハルトは知っていた。そして彼の能力が『無機物と人間に対する視覚共有と透視』であることも父カールから聞いていた。

レオハルトは既に悟っていた、生半可な攻撃はメタアクトによって知覚され回避されることを。

無表情のまま、イプシロンは拳銃を素早く引き抜いた。もし、相手がレオハルトでなければ致命的な銃撃を浴びせられたはずだった。だが、レオハルトの居合いはそれ以上であった。

「カァァア!」

カシュッ。

甲高い叫びと共にレオハルトの軍刀は拳銃を持っていた彼の腕を容易に両断した。運動エネルギーのメタアクトと合わさったレオハルトの斬撃は人間が反応できる領域を遥か彼方へと置き去りにした。

「がああ!?」

音を置き去りにするほど素早い斬撃によって片腕を切断されたイプシロンは混乱した状態で悲鳴をあげた。切断された断面から鮮血が飛び散っていた。反応より感覚より早くイプシロンをレオハルトは制圧した。

「もう一度聞く。僕の父はなぜヴァネッサに裏切られた?答えろ」

「……カールは甘かった。シュタウフェンベルグの人間はみんなそうだ」

「何が言いたい」

「我が共和国は重度の病人だ。エクストラクターや魔装使いども以外にも排他的な異星人集団に、外国マフィア、ギャング、並行世界の襲撃者にテロ組織、守るべき国民や国内企業ですらエゴのために牙を剥く。非情になるべき時にカール少将は焼きが回ったんだよ!」

「……知ってるよ。そんなことは」

レオハルトの目はどこか悲しげなものが宿っていた。

「何もわかってないな。甘ちゃんめ。軍の中では既に計画が始められている!国民をコントロールしてあらゆる悪から祖国を守護するための計画がな!」

「計画?」

「国を憂い、全てを監視する。悪魔と同じ目線でなければ悪魔の奴隷に成り下がる!全てはコントロールされるべきだ!思想から芸術まで!我らは共和国憂国統制派!カール少将とは違う!」

レオハルトはそこまで聞いた段階でユキに通話を試みた。

「……もしもし、早速だが宇宙軍憲兵隊と警察へ連絡を頼むよ」

「何があったの?」

「僕たちの知らない派閥がメモリーカードを奪おうとした」

「……なんですって」

ユキの声色に驚愕の様子が滲み出ていた。レオハルトはイプシロンの止血をした後、無事な方の手に手錠を掛けた。







レオハルトが取り調べから解放された後の警察本部は慌ただしい様子になっていた。

彼が解放されたのを見計らうように一人の警官が話しかける。

「共和国警察の総本山で刃傷沙汰とはどういうことなんだ!レオハルト!」

ダニエル・グレイ警部補。立派な口髭の彼は怒りで顔を真っ赤にしていた。

「……勘弁してください。銃で襲われたんです」

レオハルトはグレイ警部補の怒号に狼狽えるが、すぐに冷静さを取り戻してから反論する。

「お前らの内紛で警察本部を血の海にされたらたまらねえよ……もっと穏便にできなかったのか?」

「いきなりだったんです。メモリーカードを寄越せと」

「メモリーカード?」

「我々が調査する予定の資料です。彼は透視のメタアクトによってそれを知った様です」

「なぜ分かる?」

「彼は死んだ父の部下でした。状況的にそれ以外ありえないと」

「お父上の……メタアクターの部下がか」

「彼は父の死の真相について知っている様です」

「……おい、レオ坊。俺にもその捜査を噛ませろ」

「危険ですよ」

「は!犯罪者を捕らえる現場はいつだって戦場だよ。軍人とはいえ、知り合いの若造に心配される覚えはねえ」

「協力に感謝します」

「……んで、協力者はいるんだろう?」

「はい、まずシン曹長、スチュワート少尉、イェーガー曹長の三人とシンの相棒のユキです。スチェイと仲の良いジョルジョ少尉とサイトウ軍曹にもいずれ知らせようと考えてます」

「サイトウっていうのは女好きのアタリア系といたマッチョか」

「ええ」

「それにしても、その三人の共通項ってなんだ?ただ仕事仲間ってことじゃないだろうよ」

「はい、私と同じようにある人物から証言を聞き出した仲間です」

「……ある人物だぁ?誰だ?」

「変異した作業用アンドロイドのドロシーです。他にも腕利きの部下が三人います」

「……あのインテリロボットか」

「お知り合いでしたか?」

「まあな。あの婆さんには何度か助けてもらった恩がある。厄介ごとを押し付けられもしたがな」

「お察しします」

「まあいい……そのドロシーの婆さんのことだ。どでかい厄介ごとなんだろうな」

「ええ、とっても。今回の事件と関わりがあるほどです」

「具体的には?」

「ギルバートはドロシーを今回の事件の犯人として処理するつもりです」

「根拠は?」

「このメモリーカードとドロシーの発言です」

「……ならその中身を見てみないとなんともだな。俺にも見せろよ」

「気が進みませんが……わかりました。でも内容は」

「秘密なんだろう。だが知らなきゃ捜査もへったくれもない」

「協力に感謝します」

「証人の安全確保も警察の役目だからな」

そう言ってダニーとレオハルトは自室という名の小さな仮眠室へと向かう。そこにはレオハルトら数人分がくつろいだり仮眠を取れるだけのスペースとパーソナル端末が用意されていた。だがレオハルトはその端末を使わずユキから手渡された安物の携帯端末にメモリーカードを挿入した。

「警部補」

「わかっている」

レオハルトと警部補は同時に端末の画面を凝視した。

映像は監視カメラ越しに映るギルバート中佐に加え、イプシロンとリーと呼ばれる古参のエージェント、そしてフードで顔を隠した人物が一室で秘密裏に会合を行なっていたのが録画されていた。

ギルバートが長々と説明した後、本題であろう取引がフードの人物と行われているのが映像から確認できた。

「……以上の理由により我が国を脅かす勢力の監視と情報収集のためにソフィア・ユニットの増設を軍でも支持しています」

「……共和国軍ですら通商同盟領のカルテルどもに手を焼いているのは分かった。だがなぜそこでスーパーコンピューターが出てくる?」

「ただのでかい演算装置ではなく、高度な知能と人格を持ったAIを有した超高性能演算装置なのです。しかも、星間ネットに接続され情報処理においてこれ以上の設備は存在しないでしょう。生産だけでなく維持費も莫大ですが、それに見合った仕事をしてくれます」

「具体的には?」

「敵勢力の電子的な監視、行動パターンの予測、必要な物資、兵站、兵器や人員の数の計算に加え軍艦の情報処理も担ってくれる」

「素晴らしい。これを我々が?」

「ああ、君らに調整しやすいように新品を用意した。その見返りとして……」

「承知している。例の件に関して根回しをしておこう。ニュースが大騒ぎになるから分かるはずだ」

「助かるよ。彼の国の情勢は混沌としている。宇宙軍情報部も全貌を掴みかねるからね。サミュエル・バーリン司法省長官は職務熱心で好きな男だが、あまりにも多くを知りすぎたからね、惜しいが彼には退場してもらおう」

「気をつけろ。誰が聞いているかわからんぞ」

「聞いてても構わん。大事なのは……計画だ」

「……T計画だな。その件も十分に準備してくれ」

「分かっている。では……」

その後は取り留めのない雑談が延々と続き、映像が途絶えた。

「……『T計画』か」

レオハルトとダニーは呆然とするしかなかった。

決定的な発言に映像。続いて検証すべきは改竄の可能性である。映像記録は改竄の可能性を含めて分析されるのが通例だが、今回の映像は信憑性が非常に高かった。

「ユキ嬢が集めたデータだろう。手段はともかく抜き取ったデータは軍用端末のブラックボックスからだから改竄の可能性はかなり低いだろうな」

「……」

「レオ坊どうした?」

「何かが引っかかるんだ」

「何か?」

「順調すぎるくらい証拠が集まっていること、イプシロンともあろうエージェントが僕に負けることを想定していない様に見えること……どれも変な気がする」

「……確かにな。何か気になる」

「証拠を出すのは待とう。それに……誰かいるな?」

レオハルトはそう言って背後の方に向き直る。そして彼は再度軍刀を抜いた。

「……見事だ」

そう言って何もないはずの空間から人の姿が現れる。

「光学迷彩だと!?」

ダニーは目を白黒させながら目の前の人物に向けて拳銃を突きつけた。

「…………」

目の前の男は暗視ゴーグルを着けた一七二センチほどの男性で、全身を光学処理対応型戦闘服に身を包んでいた。

ヘルメット、暗視ゴーグル、漆黒の戦闘服とタクティカルベストに身を包み全身を武装した男は明らかに異質な出立ちであり対話の意志がない様に見えるのが普通だった。

だが、レオハルトは紳士的な姿勢を崩すことなく目の前の人物に話しかけた

「……イプシロンの姿が見えない。彼について知らないか」

「………………」

ダニーは黙っていたがレオハルトが答える

「知っている」

「レオハルト!?」

「もしかしたら、分かってもらえるかもしれない」

「ギルバートの手先かもしれないんだぞ」

「その場合はその場合だ。だがこの人は特殊船団のワッペンじゃない」

実際、黒い男のワッペンは特殊船団のものではなく国防軍の『試作兵器評価隊特別行動班』のものであった

「……別の部隊か?」

そういうとダニーはいくらか警戒心を緩めた状態になる。

「……名前」

唐突に男は名前を尋ねる。

「え?」

「……名前を聞こうか。そこの刑事は?」

「……ダニエル。ダニエル・グレイ。警察だ」

「……そっちは軍服か。所属は特殊船団らしいが……若いな、ギルバートの息はかかっていなさそうだな?」

「そうだ。僕はレオハルト、レオハルト・フォン・シュタウベンベルグ。君の名前も聞いておこう」

「……『ジョン・マーストン』もしくは『NB01』とでも呼べ」

「感謝する。そう呼ばせてもらうよ」

「どうやら交渉の余地がありそうだな?」

なんと、目の前の男はレオハルトとの対話に応じたのだった。

謎の男の正体は……?


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