第一章 三十三話 内部調査、その1
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
レオハルトらは次の方針を話し合う。
ドロシーらを引き渡すかどうか、引き渡すとしたらそれ以前にやっておくべきことの詳細を彼らは話し合っていた。
「……引き渡すべきだな」
「イェーガー曹長、この判断は慎重に検討するべきだ」
「……命令が出ている。上官命令は絶対だ」
「それは上官がまともである時に限られるだろう」
「メイスン少尉、ギルバートは精神を病んでいるとは考えづらい、敵組織と繋がりがあるとも立証もできない。……今の時点で命令を拒絶は不能だ」
「もし引き渡せば彼らに危険が及ぶ可能性がある。最悪口封じを目的とした抹殺という線もあり得る」
イェーガーとスチェイが大いに議論を進めたところでアラカワ曹長が口を開いた
「……そうさせないようにすべきだろう?」
「策が?」
イェーガーの問いにシンは頷いた。
「ユキに監視をさせる。俺とユキで護衛を行うから少尉らに行って欲しいことがあります」
そう言ってシンはレオハルトの方に目配せをした。
「僕が?」
「レオハルト少尉殿にはギルバートが軍や共和国に致命的な害をなす証拠を手に入れてほしい。無論極秘で」
「なぜ僕が?」
「どちらでもいいが、人望があるレオハルト殿の方が立ち回りが有利に進められる。一方メイスン少尉はどうもサイトウとジョルジョの同類だと思われている節がある」
「僕が有利?」
レオハルトが首を傾げる。
「えぇ!?」
メイスンは驚きのあまり目を見開いていた。
「曹長!その発言は承伏しかねる!」
メイスンはカンカンに立腹した様子でこう答えた。
レオハルトが間に入ろうとするが、シンが片手で制止した。
「……その、少尉殿は特に動乱期や中世のアズマ文化や時代小説がお好きなようで」
「それがどうした!戦国時代のアズマ国と中世アズマ国封建時代は浪漫の塊だろう!」
「ええ、我が国の歴史研究は先進的で文献情報が細密に残っているのは有名です。しかし、少尉殿はいささか歴史浪漫にお熱すぎるようですな」
「それが悪いか?人様の趣味を侮辱する謂れはないぞ!」
「いいえ、立派な趣味です。ですが今のあなたを見る限りあまりに好事家の性分が前に出過ぎていると思います。こないだのギルバートはやや呆れたような様子でしたので」
「ぐぐ……、それを言われたら……」
「メイスン少尉も客観的に見たら十分に変人の部類です。保守的なギルバート中佐は信頼しないでしょうね。ですが、レオハルト少尉はどうでしょう?」
正規軍時代から毒舌家として有名であるメイスン少尉もシン曹長の的確な指摘の前ではなす術なしであった。
「レオハルト少尉は士官学校でも成績優秀で実戦においても肝が据わっておいでと聞いております。現場でも仕事を順調にこなしその優秀さを立証している彼なら幾分かギルバートの懐に入り込めるでしょう」
シンの述べる根拠にレオハルトはまだ首を傾げた様子であった。
「しかし、僕は若輩者で経験も浅く、理屈だけ訓練成績だけの未熟者です」
「確かに経験は浅いですがそこまで謙遜されなくても良いのでは?少なくとも俺は『シンシア・シティ大演説』の功績の一点で十分凄まじいと感じています」
「買い被りすぎだよ」
「いえ、一時期過激になった共和国正規軍一個旅団を相手に演説を行い、民衆と部隊の一部を味方につけた手腕は流石だと思っています。誇るべき偉業でしょう?」
レオハルトの過去をイェーガーは高く評価する言葉を述べた。
「僕は必死だっただけだよ。人死を少しでも減らすことは正義であると信じたまでだ」
「そこです。俺もその一点で尊敬しているのです。普通の人間はビビってそんなことはできない。無論、ただ血筋が良いだけの人間であっても」
「僕はシュタウフェンベルグの人間として何ができるかを考えただけだから……」
「イェーガーが尊敬するのはわかります。あの大演説で多くの市民と兵の命を救って見せました。その後の趨勢すらも。だから敬意を表するということです」
「私もアラカワ曹長の案に賛成です」
「スチェイはどう思う?」
レオハルトの問いにメイスン少尉も頷いていた。
「決まりです。我々が三人の安全を確保するので、レオハルト少尉は祥子の調査をお願いします」
「分かった。曹長も無理しないでくれ」
話がまとまったところでドロシーが声をかける。
「頼みの綱はレオハルトのようだね」
「ええ、教官殿」
「くれぐれも気をつけるんだ。ギルバートは裏切り者に対して冷酷だからね」
「……怪しまれないようにします」
「レオハルト」
「はい」
「……隠密活動の基本は三つ。相手に普段通りだと思わせること、信頼されること、慎重に振る舞うこと。この三つを忘れないように」
「はい、教官殿」
「あなたに全てを託します。必ず証拠を見つけるのです」
「了解」
レオハルトはドロシーを連行させる体裁でシンたちと別れる。
「……」
レオハルトが一人で路地裏へと進む。彼の背後に追尾する人物が存在していた。
「出てくるんだ」
彼がそう発言するとその背後から男の声が響いた。
「面倒は嫌いなんだが……しょうがないねえ」
彼は頭足類の肌と人の形をした種族レムリア人であった。
レムリア人はAGUやオズ連合の一部地域を生活圏とする知的種族である。近年はアスガルドにも経済的な成功を求めて移住することを選択するレムリア人は決して少なくなかった。彼らは手先が器用で知能もあるため技術職や頭脳労働に従事することもあり、彼らの海洋系文化が大都市ヴィクトリアや首都ニューフォートにおいても確かな影響が存在していた。
「……レムリア人の追跡者とは珍しいな。私を監視していたか」
「金払いが良くてな。あんたの行動はしばらく逐一で報告するように言われててな」
「誰が?」
「それは機密だぜ」
「なら、ギルバートだな」
「おっと……ハッタリかましてもそうはいかねえぜ。見逃してくれよ」
「ダメだ。君の報告のせいで人が死ぬことになる」
「駆け出し探偵とはいえ、俺も仕事や義理があるのでな。餓死したくはねえからな」
そう言って男は木の杖のようなものから刃の一部を見せる。男の持っているのは仕込み刀であった。レオハルトも軍刀の鯉口を切るようにして臨戦体制に入る。互いに居合いの構えをとっていた。
「オイラはサモン・リュマ、悪いがこれも仕事でね」
「レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグだ」
「へぇ……平和を願う若者が今は軍人か。父の死がきっかけかい?」
「ほぅ……察しがいいね。ただの探偵ではないようだね」
「探偵兼金貸し兼情報屋といったところだ。メインは情報屋でな。ま、何でも屋といったところだ」
「それは殺しの依頼もか?」
「いいや。厄介な時だけだ。マフィア絡みの情報とかヤバい時ぐらいだな」
「……斬り合いをやったら死ぬことになる」
「試してみるかい?」
両者は互いに睨み合う。
沈黙と共にあたりにひりつくような異様な緊張感が漂っていた。
レオハルトとサモンは互いにゆっくりと動く。戦闘態勢を解き、ゆっくりと歩み寄った。
「……一ついい案があるぜ」
「それは?」
「一回だけ見逃してやる。リスクがあるから対価をもらうが」
そう言ってサモンは白亜色の指で『三』を示した。
「三千じゃないぞ」
「三万リブラか」
「そんなところだ。支払い方法は現生か電子通貨で頼むぜ?」
「分かった。通貨はネットコインでやる」
「ありがたい。面倒ごとが減り懐が温まる。みんなレオハルトの旦那のような手合いなら仕事が楽でありがたいがね」
「情報が漏れたら真っ先に……分かるね?」
普段通りの愛想笑いと穏やかな口調の裏でレオハルトは殺気を滲ませた声色でそう迫る。レオハルトの目には鋭気が宿っていた。
「義理は守るさ。じゃあな、指定した口座に頼むぜ」
そう言ってサモンは名刺を渡した。その裏には書いてあるアドレス、数字と文字の羅列、口座名が書かれていた。彼は飄々とした態度を崩さずにレオハルトから離れていった。
「……内心はどうであれ、表面の態度を崩さなかったのは流石だな」
人間心理に長けていたレオハルトはサモンの挙動と表情に僅かな恐怖が混じっていたことを敏感に察知する。それでも、表面的とはいえ恐怖した様子を感じさせることのない態度を演じた一点で彼はサモン・リュマという人物を評価していた。
レオハルトがギルバート中佐のいる首都警察の本部へと足を踏み入れていた。
「報告はアラカワ曹長から聞いている。ドロシーは確保したようだな。しばらくは休むといい」
「ありがとうございます。中佐」
「大きな事件の後だ。しばらくは休み次に備えるといい。これから忙しくなるからな」
「……しかし、ドロシーとマクシミリアン少佐に一体どのような関係が?」
「ああ。……詳細は不明だが、それはこれから聞き取りをする。そこで分かるだろうな。後は尋問担当のエージェントに任せておけ」
「……」
レオハルトはギルバートの表情と声色の微かな変化から明らかに嘘をついていると確信した。このままだとドロシーらは拷問か脅迫に屈することになるとレオハルトは理解した。
「……どうしたかな?」
「いえ、休憩がてら本でも読みます」
「うむ」
その会話の後、レオハルトはギルバート中佐と別れた。
その足で彼はユキ・クロカワの姿を探す。警察本部内では警官たちが忙しなく動き回っていた。
彼がユキを見つけたのはギルバートから別れて十五分後のことであった。
「ユキ・クロカワ殿、すまないが……」
「ユキでいいわ。少尉さん、何か?」
「調べてほしいことがある」
「私の相棒は知っているの?」
「ああ、シンも知りたがっていることだ」
「それは?」
「ギルバートの端末を秘密裏に調べてほしい」
「……正直危険すぎるわね」
「承知の上だ」
「シンも彼のことは怪しんでいたわね。調査自体は前からやっているけれども……」
「そうか。結果は?」
「厳重すぎて成果はないわ。ただ……」
「何かあったのか?」
「……これを渡しておくわ」
ユキはレオハルトに小さなものを渡す。パーソナル端末用のメモリーカードであった。
「見ておく」
「背後に気をつけて……見られているかもしれないわ」
「気をつける。極力、端末も探知されないよう独立したものを使う」
「なら、これを使って」
「助かる」
ユキに手渡された使い捨ての携帯端末をカードと共に受け取ったレオハルトはユキと別れ、データを見るために自室へ向かおうとした時だった。
「少しいいかな?」
イプシロン。父カールの部下だった男がレオハルトに声を来た。現在はギルバート中佐の部下である。
「……お久しぶりですね。イプシロンさん、何か?」
「そのメモリーカードを渡してください」
「それは無理ですね」
「なぜ?」
「軍の機密事項です」
「……渡せ。カール少将の息子だろうと容赦しないぞ」
軍服の胸元に手をやりつつ、冷徹な口調でイプシロンは要求してきていた。彼が胸元にナイフや拳銃の類を隠し持っていることをレオハルトはその場で察知していた。既にレオハルトの方も持っていた軍刀に手をかけていた。
緊迫に次ぐ緊迫……!?
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