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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第一章 レオハルト覚醒編
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第一章 三十二話 ギルバートの闇

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

レオハルトら四人はソニアら三人娘とドロシー大尉に招かれて、ようやく聞き取りが可能な状態へと落ち着いていた。

「さっきの攻撃ですが、あれは誰を警戒していたのです?」

レオハルトはドロシーへそう聞いた。

「特殊船団のエージェントが来ると聞いてね。もしレオハルト少尉とその知り合いだと知っていたらそんなことはしなかったけどねぇ……」

ドロシーは電子的な音声でレオハルトにそう告げていた。

「特殊船団がどうしてあなたがたを警戒させるのです?」

「同じ共和国軍でも信用できない奴らがいると言ったら?」

「まさか……」

「そういうこと。内部に厄介な事案を抱えているのよ。私たち」

「……ギルバート中佐ですか」

「貴方は流石に気づいていたようね。流石はスピードとインテリのレオハルト坊ちゃんね」

「茶化さないでくださいよ」

レオハルトはドロシーの優しい物腰に深く困惑していた。

「元々はこういう性格なの。私にも立場や任務があるのでねぇ」

「理解しております。私も覚悟の上でこの地位に就いてますので」

「分かっているわよ。レオハルト少尉」

「ええ」

「ところで……ギルバートと特殊船団の目的について聞いているかしら?」

「私は何も」

「流石にそうだわよね。でもアラカワ曹長はどうかしら?」

ドロシーは頭部パーツのカメラをシン・アラカワの方へと向けていた。彼は至って冷静な態度でこう答える。

「我々の目的は共和国に仇なす勢力の調査とその勢力を殲滅するための長い下準備の完遂だ。そのためなら星間航行法やある程度残虐な手段も辞さない。それが俺のいた部隊の目的だ。その目的のためなら人員ですら道具として扱われる。無論、俺自身も」

「……貴方も?」

「そうだ。だがその恩恵はある。学ぶのは医学やAF用の機械工学を始めとした最新科学に加え、あらゆる生物や兵器に対する殺傷と破壊の純然たる戦闘技術で、赴くのはこの世の地獄、孤独と絶望の命が慟哭の声を上げる真の最前線だ。ただそこで生き残るだけでも十二分の経験となるような場所に……俺はいる」

「…………あっさりと答えるのね」

ドロシーの方がシンに対し非常に驚いていた。シンの胆力と精神力は若いながらも卓越していた。彼が屈強で年齢の割に場数を踏んだ精兵ことを差し引いても、もはや常軌を逸していた。

「俺は俺の目的と理想のためにそう発言するだけだ。特に俺はその現場に立つことは何よりの望みだと確信している」

驚愕する周囲を横目にシンという男は平然とそう返答する。

「……いつ知った?」

比較的冷静なイェーガーがシンにそう質問する。

「一七歳だな。もっとも一六の冬の時点である程度察していたが」

「……随分な覚悟だな」

「お前からそう言われるとはな。イェーガー」

「俺はただの狙撃屋だ。不死の戦闘マシンじゃない。お前じゃあるまいし」

「共和国軍切っての『死神』の言えた義理か」

「俺の任務は単純作業みたいなものだ」

「お前だけだ」

イェーガーの毒舌混じりの言葉にシンも軽口で返した。

「……相当な覚悟だな。君をそうさせるのは……」

「少尉殿、すまないですが」

「分かった。兄貴のことがあるということだね」

「感謝します」

『これは母と親友のためでもあります』、『彼と同じ苦しみを背負った人間を救うためには力が必要。そう思ってこの共和国軍にいます』と以前シンが言っていたことをレオハルトは心の中で反芻していた。

「……シン、俺は今でも反対だ。俺はお前を……」

「兄貴、これは俺の問題だ。気持ちは分かるが」

「分かってない!戦場にいるんだぞお前は!」

「不安にさせるのは申し訳ないと思う。だが俺にも引けねえ理由があるんだ」

「死人のために死ぬなんて馬鹿だ!」

「兄貴!親友を侮辱するのはやめてくれ!」

両者が言い合いになったタイミングでレオハルトとドロシーが割って入った。

「そこまでだタカオ」

「これは俺の家庭の事情だ!邪魔しないでくれ!」

「彼だってむざむざ死ぬために行くわけではないだろう。それに共和国の軍隊は強い。どうか僕に任せてもらえないか?」

「……今は医療があるから腕や足は治るだろうが、心は治らねえ、お前だとしても責任取れるのか!?」

「約束を違えたことはないだろう?任せてくれ」

「…………弟はきちんと守れよ?」

「当たり前だ。我が親友」

「……やれやれだ」

レオハルトの言葉もあり、どうにか納得した様子でタカオは普段通り冷静な状態へと戻っていった。

「少し話を脱線してしまってすまなかった」

「複雑な状況なのでしょう?気にしなくていいわ」

タカオの謝罪にドロシーはどこか懐かしい様子でそう返答していた。

「教官殿、改めて聞くが貴方はなぜギルバート派と対立を?」

レオハルトの問いにドロシーはゆっくりと答えた。

「……ギルバートは……とんでもない男よ」

「察しはしていた。だが、殺し合いまでやる理由は?」

「未来の人類の定義すら捻じ曲げかねないからです」

「……それはまた壮大な理由ですね」

「小説やゲームの話ではないの。彼は冗談抜きで危険なことをしようとしているの」

「具体的にはどのように?」

「……メタアクター以外の人間を兵器化しようとしてるの」

「……!」

レオハルトの目に驚愕の色が出る。

「……おい、兵器化ってまさか」

冷静沈着を地で行くシン曹長もこの発言には顔色を変えていた。

「……戦闘に耐えうるレベルのメタアクター以外は義体化手術か、生物兵器として改造される」

「……やれやれだ。あの男、手段を選ばないとは思っていたが」

「兵器化って……この国の兵士をか!?」

「それどころか、国民もね。何せ相手は『エクストラクター』と『リセット・ソサエティ』、『ブラット・クロス党』を始めとしたテロリストやマフィアどもだからねえ」

「……狂っている」

レオハルトは怒りの形相でそう発言した。

「坊やは許さないだろうね」

「こんなのは国が許さない。許されないはずだ」

「どうだろうね。政界にもギルバートの意見を支持するものは多いはずだよ」

「……敵対勢力を滅ぼす戦力が一気に手に入るだろうが、それは子供の命すら兵器にするやり方だ!国のためとはいえ、こんなおぞましいやり方が通るか!」

「ギルバートは通すだろうね。詳細を誰にも伏せたり、議員の買収をしたり、あの手この手でね」

「そうなると詳細は不明だが、協力者はいると」

「私の仲間が政界の人物にコンタクトを取ったが始末されたわ。未だ連絡がない」

「……そんなことが」

「だから分かるでしょう。見知った部下や同志たちでやるしかないの。この案件だけは」

「…………一つだけ質問させてほしい」

「ええ」

「……サミュエル・バーリン司法省長官の殺害の件は絡んでいるのか?」

「いいえ。あれこそギルバートの仕業よ」

「だが、モシンスキーとあなたたちが関わりがあることが音声記録から証拠が出ています。ここにいる三名も。それについて何か知らないでしょうか?」

「モシンスキー大尉ね確かに彼の指示で準備を進めていた。でも罠だった。大尉は……敵の手でクラッキングされて意志を操作されていたの」

「……クラッキング……侵入経路に心当たりはありますか?」

「……モシンスキーはサイボーグ処置を受けていたわ。定期的に処置をする軍医がいたはずよ。モシンスキーの脳に処置できるとしたらそれしかないわね」

レオハルトはドロシーの発言を聞いてシンに目配せをした。超一流の電脳技術者との繋がりがシンにあったからだ。

「アラカワ曹長、彼女に調べてもらうことは?」

「ユキか。問題ない、彼女の腕なら時間はかからない」

「問題は遺体でしょう。警察が調べているでしょうが、クラッキングされていることまでは盲点かと。それに厳重に保管されているだろうから調べるには苦労しそうです」

「……場所も厳重に秘匿されているだろう。付き添いには警察官……待て」

「何か?」

「グレイ警部補に付き添い頼めるか?」

「なるほど、持つべきは逆境の友ということだね」

「そういうことだ」

「助かる。いずれにせよドロシー大尉らにもご同行願います。無論、危険がないようにこちらも対策を練りますので」

「坊やなら心配ないだろうね。ただ、イプシロンとリーには注意して」

「……その二人は、レオハルトのお父上だったカール少将の部下だな。今はギルバートの指示で動いていると聞いているが」

「……かなりの切れ者よ。警戒するに越したことはないわ」

「了解です」

「理解が早くて助かるわ。ソニア、ペトラ、ライム。三人ともさっきの戦いは存在しないつもりでいてちょうだい」

「了解です」

「了解です」

「……うう、了解」

ライムは液状の状態でモゴモゴと蠢いていた。人間でいうなら体を掻きむしっているような状態だった。

「ライム、催涙剤が効いているようね」

「中和剤を渡しておく。これを使うといい」

シンはライムに薬剤のようなものを手渡す。ライムは彼の態度に不平不満を告げた。

「……曹長、あなたのせいだからね」

「いきなり襲う方が悪い」

「ぶー、もう少しこう……手加減とかさぁ……」

「ライム人の手練れに手加減の余裕はなかった。それだけのことだ」

その様子を見てドロシーは呆れたようにこう発言する。

「その状態で連れてゆくのは悪手みたいね」

「ぶー、かゆいよぉ……あ、だんだん楽になるね」

液体状のライムは痒そうに悶えながらシンから手渡された中和剤を摂取する。それを摂取してしばらくしたライムは人間態の姿へと徐々に戻っていた。青く透き通った肌が段々とアスガルド人やフランク人の肌と遜色ない色彩へと変化する。赤みのある核が見えなくなり、濃い青の短髪以外が人間らしい姿を形作っていた。彼女はどういうわけか洋服の質感まで細密に再現していた。

「ふー……楽になったけど流石に休んでいいよね」

「本来は駄目。と言いたいけれど、別件の仕事があるから許可するわ」

「へ?別件?」

ドロシーはライムに何か小さな端末のような機器を渡した。それは非常に小さなモニターと呼び出し音のなる装置が連なった小さな機械であった。

「アナクロな機械だけど渡しておくわ。それが鳴ったら『迎え』をよこしなさい」

「うん?迎え?」

「レイチェルがいいわね。彼女に聞けば手順を整えてくれるはずよ」

「はーい、了解」

「返事は明瞭に」

「はい」

しばしの間、ライムは液状に戻って安静にしていた。

ライムを拠点に待機させつつ、残りの面々はギルバートの元へと向かうことに決定する。

己の中に不穏な感情を抱えたまま、レオハルトはギルバート中佐の前で話すべき事項を脳裏で反芻していた。

ギルバートの不穏な目的。レオハルトは難解な局面に立たされる……。


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