第一章 三十一話 ドロシー・アーリー
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
レオハルトは一気に距離を詰めた。
古風なメイド服に身を包んだ怪しい女を無力化すべく、レオハルトはメタアクトを発動させる。青い残像と共に目の前の女性へと彼は迫る。ソニアはそのタイミングであるものを投げていた。
ナイフ。
レオハルトは驚きつつ軍刀でナイフを迎撃した。
ソニアはそのタイミングでレオハルトの足を払うように蹴る。その彼女の蹴りを彼は跳ねるようにして回避する。ソニアはもう片方の腕からナイフを取り出し、彼の首元を狙って閃光の如き突きを放った。
ソニアはやったと確信したが、それは残像であった。
「何!?」
ソニアの表情に驚愕の色が強く出る。
「では僕の番だね」
ソニアの周囲をレオハルトは高速回転した。レオハルトのメタアクトによる身体機能は人間の動きを遥かに凌駕していた。
ソニアは腕を掴まれる。目にも留まらぬ速度で両手に手錠が付けられていた。
「よりにもよって……」
「そう、僕はレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ。能力行使の訓練も受けているからもう逃げられないぞ」
「それはどうかしらね!?」
ソニアは諦めず蹴りだけでレオハルトと戦うつもりであった。
「見事だ。でも、勝負は決まっている」
ソニアの右足は鋭かった。
足先には仕込みの鉄板。一撃一撃が鋭く変幻自在で足技の動きは良く洗練された動きであるとレオハルトは強く評価していた。それはただ戦闘訓練を受けたものの動きではなく、殺しの経験者が現場で裏打ちされた動きをしていることがレオハルトの目で理解できた。もっとも時速三〇〇キロで小走りできるレオハルトにとってはあまりにも遅緩なものであるかのように感じられた。
ソニアの幾重にも繰り出された必殺の蹴りをレオハルトは最も容易く回避することに成功した。
「……う、うそでしょ……?」
ソニアは酷く狼狽していた。
ソニアの戦闘は間違いなく実戦で使われ、敵を仕留めるのにふさわしい技術であったが、レオハルトの常識外れの機動性を前にあまりに力の差があった。
「はい、これ」
レオハルトはソニアの首元に装置を取り付けた。それは警察や軍憲兵隊などがメタアクトや電脳システムクラックなどの危険な能力を持つ人物を拘束するため脳に強制的に擬似的な感覚を見せるものである。捕縛用思考防壁発生首輪であった。
レオハルトによるソニアの捕縛はあっさりと決着がついていた。レオハルトはスチェイたちの方に加勢に向かった。
シン・アラカワはライムと向き合うなりこう言った。
「ウーズ人は格闘戦術に有利だと聞く。だから俺も大した戦いにならないと思っている。違うか?」
「うん、そうだよ?」
あまりにもあっさりとライムはこう答えた。その時の彼女の表情は子供のように無邪気であった。
「だって、君、素手でしょ?」
その笑顔そのものは子供のように朗らかで裏表のない喜びが前に出ていたが、ライム自身から放たれる圧をシンは強く感じていた。だが、シンはどこまでも自信に満ちた態度でこう発言した。
「切り札があるとすれば?」
「え?」
「俺には切り札がある。君を無力化できるほどのものだ。だがおすすめしない」
「ハッタリだね!」
ライムは人型から液状化してシンを拘束すべく、どこかへと隠れた。
「……」
彼はその場をゆっくりと歩き始める。
一歩。
一歩。
一歩。
仕掛けてきたのはそのタイミングだった。
「やぁああ!」
「甘い」
シンは飛び掛かってきたライムから凄まじい反射神経を用いて回避しつつ何かを投げつける。
「な!?」
それは羽の形をした刃の投擲武器であった。
ライムの胴体部に刺さったが、ウーズ人に対する攻撃は頭脳でも内臓でもある半透明の核以外の攻撃は無駄であった。ライムの顔が余裕の笑みで歪む。
「これが切り札なんて笑わせ……」
ライムの胴体部に刺さった羽根手裏剣からガスが噴き出した。
「ぎゃあ!核が痒い!」
「奇襲戦法は悪くないが、相手を見誤ったな」
シンは催涙剤を仕込んだ羽根手裏剣を投擲していた。着弾後数秒後に噴霧されるように改造されており、相手が素手だと侮った様子をライムが見せたその時からこの手段でいくとシンは決めていた。
シンが即興で編み出した戦法はライムを一瞬で追い詰めていた。
「よく覚えておけ、今が命の取り合いでないのが幸運だったな。もしこれが毒ガスならお前は死んでいた。油断は死に直結するぞ」
「がああ……核が痒い」
「当たり前だ。催涙剤の刺激はウーズ人だろうが、関係ない」
液体状のままライムはもぞもぞと蠢いたまま無力化されていた。
「だがその奇襲戦法は悪くない。計算され無駄のない良い動きだ。磨けば光るな」
シンはそう言ってスチェイの方へと加勢に向かった。スチェイとイェーガーは追い詰められていた。
ペトラと対峙したのはスチュワート・メイスン少尉とアルベルト・イェーガー曹長の二人であった。
「……ペトラ・ルーナ、大人しくしろ」
イェーガーは拳銃を構えた。イェーガーは狙撃の名手であり、小銃の達人でもあったが、拳銃に関しても優れた手腕を持っていた。
「メイスン少尉と……よりにもよってイェーガー曹長様ね」
「話が早くて助かる。投降しろ」
イェーガーの狙撃手としての名声は軍どころか国外で有名であった。もっとも、イェーガーにとって名声は仕事に繋がる手段でしかなかったものでもあったが。
「悪いけど私には使命があるの」
ペトラは妖艶な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
その足取りはゆったりと余裕のあるものであった。その歩調と同時にツルの鞭が飛ぶ。
ダァン!
イェーガーはツルの鞭に妨害されながら発砲する。彼の拳銃から放たれた鉛玉はペトラの額へと飛来した。だが、ペトラから生えるツルが鉛の弾丸を直接捕まえそのままボトリと落としていた。
「怖いわねぇ……妨害しなかったらど真ん中ね」
「……チッ、だが二度目はない」
イェーガーは露骨に舌打ちをする。
ダァン!
これもペトラの額へと飛来するがこれもぎりぎりでツルの鞭で止められる。
「あったわね。二度目」
ペトラは呆れたようにそう言った。
その時だった。
「どうかな?」
スチェイの腕から何か光る実体が伸びる。それは人間大ほどの金槌の姿をとった後、ペトラにフルスイングする。
「てゃあああ!」
スチェイの叫びと共に光る金槌がペトラへと直撃する。
「ぎゃあ!」
形勢は完全に二人のペースであったはずだった。
「……ふふ」
口から血を流しながらペトラは笑っていた。
不利であるにも関わらず、その状況が二人にえもいえぬ不安を与えていた。それもそのはず、植物と人類の特徴を併せ持つアルルン人は自然と罠の才覚を持った狩猟民族としての能力が銀河でも知られていたのだった。
「メイスン少尉、お気をつけを。アルルン人は搦手の才能があります」
「そうだな……慎重に攻めなければ」
スチェイはペトラを慎重に攻めるべく防御を固めながら前進していた。
光の盾、あるいは鎧というべき光体の膜を彼は形作りながら前進する。
だが、それこそがペトラの狙いであった。
「……クク、教科書通りの攻め方ね。メイスン少尉」
「上から目線の余裕はここまでだ」
「それは……どうかしら?」
ペトラはそう微笑む。あるタイミングでイェーガーが何かに気がついた。
「メイスン!下だ!」
「え?」
スチェイはイェーガーの声に対して反応が遅れてしまっていた。
その瞬間、彼の足には植物の根のようなものが巻き付いていた。
「わああああ!」
スチェイは完全に足を掴まれた状態で宙吊りとなる。彼は根やツルにぐるぐる巻きにされた状態でとても彼一人では抵抗できる状態ではなかった。
「メイスン少尉!」
「これで人質を取ったわね。ふふ、無駄な抵抗すれば彼がどうなっても知らないわよ?」
「グ……」
任務とはいえ人死を出すことはできない。
自分一人では完全なチェックメイトだとイェーガーは考え始めていた。だが、そこに加勢する影と閃光があった。
青い閃光はメイスンのツルやツタ、木の根を両断し彼を救助する。影はその隙にペトラへと何かを投げた。それはライムの時の催涙弾型羽根手裏剣であったが、耐毒性に優れたアルルン人のペトラには効果はなかった。だが煙幕としての効果はあった。
「な、なに?」
「メイスンは取り返した。これ以上の戦いは不毛だ」
「ライムとソニアを倒したというの!?」
仰天するペトラにレオハルトは笑みを浮かべて答える。
「やり手だけど相手は悪かったね。超高速のメタアクターと凄腕の戦闘員相手には分が悪かったということだよ」
「ぐぐ……」
「俺たちは無駄に戦う必要はない。大人しくしてくれ」
「黙れ、黙れ、黙れ!私を甘く見たらどうなるかわかってないわね!?」
ペトラは大人びた余裕をかなぐり捨て激情を露わにする。彼女はそう言った後、ペトラは全身に渾身の力を込めようとした。
その時であった。
「待ちなさい」
家の中から電子的な音声が響く。それはペトラに対する言葉であった。
「ドロシー大尉!?」
「無駄に怪我を負う必要はない。それに……興味深い客人だ」
民家の中からギイギイと金属質な歩行音が聞こえる。ドロシーが民家にいた。
金属質な音を立てる彼女はある方角を指差した。そこにはタカオが浮遊した状態でドロシーたちを睨みつけていた。
「タカオ・アラカワ。アズマ国から厄介な相手まで来ているね。今戦うのは悪手だよ。ペトラ」
「は、すみません」
「判断力はこれから鍛えればいい。今は無理に抵抗するなよ」
「承知しました」
人間に例えるなら古傷だろうか、全身に掠れたような痕のあるドロイドがレオハルトの方を見た。古風な民間モデルの人型機械が彼らのそばへと歩み寄ってくる。その振る舞いは壊れかけのドロイドというより激動の時代を生きた元老兵のような貫禄を周囲に感じさせる挙動であった。
「……レオハルトの坊ちゃん。君も貫禄が出るようになったねぇ。それなりに修羅場を経験したようだ」
ドロシーは納得したように頭部ユニットをゆっくりと揺らす、彼女は頷くようにレオハルトの方を見た。
「教官殿!お久しぶりです!レオハルト少尉であります!」
レオハルトは敬礼する。
「ここでは大尉と呼べ」
「失礼しました。大尉殿!」
「結構、良い目をするようになったねえ。レオの坊ちゃん」
「これも大尉のおかげであります!」
「うむ、教え子の成長は嬉しいものだ」
「大尉殿。我が兄マクシミリアン少佐とモシンスキー大尉のことについて伺いに参りました」
「分かった。部下が迷惑かけたようだからお茶も出そう。着いてこい少尉」
「了解です」
こうして四人は交渉のテーブルに着くことができた。
同じ軍関係者による不可解な迎撃、兄とその部下の事件、ギルバート中佐のこと。
レオハルトがドロシーに聞くべきことは数多く存在していた。
思わぬ戦闘を終え、真実を知る……?
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