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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第一章 レオハルト覚醒編
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第一章 三十話 マクシミリアンの部下

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

レオハルトらがまず取り掛かったのはマクシミリアン少佐の通信機の解析である。

ユキがサルベージした情報からマクシミリアン少佐のデータが改竄されていること、そしてその作業に正体不明の妨害が入ったことがユキの口から語られた。

「軍艦の通信網だろう?改竄なんて……」

サイトウがユキの言葉に首を傾げていた。

「通常は無理、軍だってセキュリティに予算も人員も用意しているはずでしょう?」

「そのはずだが……内部に裏切り者がいるようだな」

シンの発言に全員の表情に緊迫する。

「単独のスパイ?」

「もしくは複数犯の線もありうる」

スチュワートがそう発言した。彼の表情は思案と苦悩のためか固いものとなる。

「このシステムに関わっている部署ってどこだ?後ろから罠にかけられるのはごめんだぜ」

「ジョルジョの言う通りだ。俺も早急に対処が必要だと思うが?」

サイトウもジョルジョに賛同する。

「待って、情報はこれだけではないわ」

「どういう意味だ?内容は会話なんだろう?」

サイトウの質問にユキが答える。

「大尉と少佐は単純な雑談をしていた訳ではなさそうよ。ここ」

「ここって……」

ユキが指差したのは彼らの雑談の一つであった。


「それで、例の件はどうなっている?」

「ええ『ベイカーズ』の準備は進めてます」

「年代物だろうな?」

「ええ。準備万端です。大酒飲みが来ても問題ないように」

「ジョークはその辺にしろ。粗相はなしだ。わかるな?」

「ええ、客人のもてなしはきちんとできます」

「俺は現地に行けないからみんなでやってくれよ」

「は、ソニア、ペトラ、ライム、ドロシーを連れて行きます」

「それでいい。ヘマはするなよ?」

ユキが指差した会話は以上の箇所であった。


モシンスキー大尉とマクシミリアン少佐は一見するとジョークを交えた雑談を行なっているようにしか見えなかった。

「酒の話題じゃねえのか?」

「女の子まで連れやがって……ぐぎぎ」

だがユキは次のように続けた。

「……妙ね」

「どの辺がだ?」

「……人選が不自然ね」

「何……?」

サイトウが驚愕し、その名前を見る。

「……不自然なところは……あれ?」

「なんだよ!明らかに軍の女の子を連れて飲み会じゃねえか!」

女の子の話題で頭の働きが鈍ったジョルジョが喚く。

「……ドロシーって名前の女性士官いたかしらね?」

ユキの言葉にシンを除くその場にいる全員が何かに気がついた。

「ほぅ……」

ギルバートは不敵に微笑む。

「いないんだろう?電子データで予め調べてあるはずだ」

「艦内の人員の記録はたたき込んであるわ。いないはずよ。該当は一つだけ」

「誰だ?」

「個体番号MW-9992000901、医学を学んだ労働補助ドロイド。ここまで言えば分かるわね?」

「ぐ、軍医の……だがな、ドロイドのドロシー殿は飲食する機能ねえぞ!?」

「そう、なぜ彼女をわざわざ連れてゆくの?二日酔い対策?真面目で小言うるさくて苦手な人も多いのに?」

「ぐ……俺がそうだよ……」

ジョルジョがゲンナリした顔をしていた。

アスガルド軍には特異な軍医が一人存在していた。より正確にいうなら一個体だけ、自我を持った知的ドロイドが優秀な軍医として勤務している例が存在していた。

彼女はドロシー・アーリー。

銀河でも有数の自我を獲得した知的変異ドロイドであった。

ドロシーの経歴は元々が作業用人型知的自律機械であることを考慮しても奇妙であった。

ドロシーが製造されたのは再興歴200年9月1日のことだった。

当時、アーリー型労働補助ドロイドは船内作業や通信士の業務補助、清掃、土木作業や工場労働や事務、介護などあらゆる分野で進出し、その後は低コストな簡易演算型のドロイドの台頭により、アーリー型は処分され溶解炉に消える運命にある、はずだった。

だがドロシーはある家庭で愛されていたことで彼女の運命は大きく変わった。

ドロシーは愛された。アーリー型ドロイドの自我の獲得や暴走に端を発する『AGUアーリー型暴動』によってドロシーはある老夫婦に匿われた。

ドロシーは医師である老夫婦に愛され、医学や自身の身の守り方を学びながら彼らの業務を手伝う。聞けば、その老夫婦はかつてドロシーが仕事で関わっていた若い女の子の祖父母であった。ドロシーはその女の子と両親にも愛されていた縁で老夫婦にも認知されていたのである。

ドロシーにとってその老夫婦との日々は世相に反して最高の日々であった。老父婦は優しく彼らとの知的にも充実した日々をドロシーはどこか楽しんでいた。

だが、暴動が収束した時期のある朝、その老夫婦に殺害された。犯人は世間を賑わせていた連続殺人鬼『スマイリー・ジョニー』で老夫婦は快楽だけのために殺害されていた。孫娘を逃すために囮となって死んでいた。

ドロシーはその時の惨状をきっかけに自我に覚醒した。

そしてドロシーは『スマイリー・ジョニー』を追跡し見事、警察に引き渡した。そのことをきっかけにドロシーは息子夫婦とその娘と共にアスガルドへと渡った。そして彼らの生活を支えるべく医師として働くことを彼女は決意する。そこでもドロシーは老夫婦譲りの名腕の医師として成長し、アスガルド軍の知人を頼って軍医としての業務を行なっていることが記録されていたのである。

そんな奇妙な経歴と医師としての腕の良さからアスガルド軍でも有名なドロイド軍医として知られていた。

「そのドロシーである根拠は?」

ギルバートがそう質問する。

「データベースによれば、アスガルド軍にドロシーという名前の女性士官は三二〇〇人いますが、軍医で第一方面艦隊にいる『ドロシー』の件数は『彼女を除いて皆無』です」

「なるほど、彼女で間違いないようだな」

ユキはデータに基づいた確固たる意見の述べる。それを聞いたギルバートは満足げに頷いていた。

「ドロシーは有名だ。僕も士官学校時代、彼女から講習を受けたことがある。応急処置や医学的知識。博聞強記な学者でもあったからギュンターも何かの縁で慕っていたな」

「経歴を見る限り捜査官としても一流ね。『スマイリー・ジョニー』は当時の警察が手を焼いた知能犯だもの」

「彼女の格闘技術、射撃技術も一流と聞く」

「学習能力も高いから順応も早いって有名だな」

「当たり前だろうジョルジョ。彼女は知的変異ドロイドの伝説だからな」

「俺の教官だった。人より厳しいドロイドだが」

ジョルジョはややゲンナリした様子でそう言った。

「僕の教官でもあります。教官殿がお元気そうで何よりです」

レオハルトは明るい顔でそう明瞭に発言した。関わり方が違いそうな様子であった。

「レオハルト少尉殿は優しくされて何よりですねぇ……」

「ジョルジョ殿はどうやら厳しくされたようですね」

「そ、そりゃ厳格な先生だからよ!うう……苦手だぁ……」

そんな二人をスルーしてシンはユキの方へ向き直った。

「ユキ、ドロシーはどの辺にいる?」

「……いた。ニューフォートからそう離れていない民家にいるわね」

「なら……話を聞く必要がある」

そして、レオハルト少尉、シン曹長、スチュワート少尉、イェーガー曹長の四人がドロシーの聞き取り調査へと向かった。

残りは別件で調査を行なっていた。残りの三人の行方である。彼女らに関する情報は現時点ではあまり存在しなかった。






四人は素手の状態でドロシーのいるであろう民家へと車で向かっていた。

全員が周囲の変化に警戒してあたりを見回す。

「静かすぎる」

イェーガーがそう呟いた。彼の鋭敏な感覚はすでに周囲の危険を察知していた。

「アラカワ曹長」

「何か、少尉殿」

「……お兄さんといなくていいのか?」

「問題ありません。任務に専念します」

「ああ、そういうことではなくて……」

「……?」

「……君とタカオは仲が良かったはずだ。君を危険かも知れない任務に向かわせることに心を痛めていたよ。いいのか?」

「……これは母と親友のためでもあります」

「親友?」

レオハルトは怪訝な表情を浮かべた。

「自分は母を失いテロリストに少年兵として売られた後、親友となった人物がいました。彼は……いい人でした。僕より年上で」

「それは……一体どうして?」

「……彼は、どこの人か知りませんが、僕に良くしてくれました。親友として同じ苦難を味わうものとして……だから、彼が死んだときは母と同じくらい悲しく苦しいものでした」

「……」

「彼と同じ苦しみを背負った人間を救うためには力が必要。そう思ってこの共和国軍にいます」

「……そうか」

「少尉殿、そろそろ」

「わかった。アラカワ曹長、無理しないでくれ」

「善処します」

四人は拳銃を抜けるように準備しつつ、扉の前へと静かに近づいた。

「共和国軍のレオハルト少尉であります。教官殿!いらっしゃいますか!」

レオハルトは扉をノックして大声でそう呼びかける。

だが返事は返ってこなかった。

「アーリー教官殿!レオハルトであります!」

レオハルトは再度叫んだ。

次の瞬間、イェーガーが叫んだ。

「離れろ!」

イェーガーはレオハルトとシンを庇うように覆いかぶさった。スチェイも飛び込むようにして何かから逃れていた。

何か、それは粘性と弾力性のある透き通った青の液体が民家の屋根から四人へと襲撃してきた。

「……ちぇ、勘のいい奴らだね」

少女の声が目の前のドロリとした粘液状の物体からする。

「の、のわあ!?なんだ!?」

スチェイは仰天した様子でそう叫んでいた。

「……ウーズ人か、通商連合・大アンクシャ星系の知的種族だな」

「ご名答!」

ウーズ人の少女はそう叫んで人の形になった。

スチュワート少尉とは対照的にアラカワ曹長は冷静だった。落ち着いた様子で拳銃を構える。

するとシンは転がるように何かから身を翻した。シンのいた場所には何か鞭のようなものが地面を叩いていた。シンの反射神経は異様なほど鋭かった。鞭のあった方をみるとウーズ人の少女とは別に異様な女性が立っていた。

「あらあらぁ?一際勘の良い坊やね?」

シンが構えた先にはもう一人いた。長身で長い髪の彼女はシンの方へと不気味に微笑む。彼女は植物と人間の女性の特徴を併せ持っていた。

髪は赤みがかった長い頭髪に見える、だが、ところどころに花が咲いていた。それは頭部に飾ってあるというより頭髪から変化しているようにも見えた。そして彼女の一番特徴的なのは緑の全身から蔦のようなものが巻きつくように存在していたことにあった。シンを攻撃しようとした武器の正体はその蔦であるとその場で察することが可能であった。

レオハルトの通信機が音声を響かせる。

「レオ!俺だ、タカオだ!」

「タカオ、どうぞ」

「そっちに調査対象の三人がいる!警戒しろ」

「もう会っているよ。援軍頼む、オーバー」

レオハルトはそう言って通信を切った。そして彼は軍刀を構えた。

「もう一人、そこにいるね?」

「…………お見事です。軍刀の方」

「ウソぉ……」

「あらあら、刀の坊やはなかなか手練れみたいね?」

ライムは驚愕し、ペトラは感心したように不敵に微笑んだ。

スチェイやイェーガーが警戒している粘液状の少女でも、シンが相手する緑の肌をした妖艶な植物の女性の方角でもなく、レオハルトは民家の影の方角を見た。

そこから何者かが現れる。濃紺のワンピースと特徴的なフリルのエプロンをした女性であった。戦いの現場に不釣り合いなほど可愛らしい服装とは裏腹に、彼女の佇まいは明らかに戦闘慣れした動きであった。

漆黒の闇が如く、従者の服装を着用した存在がレオハルトへと歩み寄っていた。

思わぬ戦闘……三人娘の正体とは?


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