第一章 二十九話 意外な再会
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
オリバーが初めに取り掛かったことは通信記録を紙に印刷することであった。
モシンスキーとマクシミリアンの会話が記された複数枚の紙が警察署のプリンターから吐き出される。その後、レオハルトとオリバーはその書類を元に事細かな分析を始める。
「……」
「……」
「……藪から棒に何かね?」
ギルバート中佐は露骨なまでに困惑の表情を浮かべる。
「情報収集だよ。僕は無知、状況を何一つ知らない。だからこそ貪欲に学び情報を集める。推理の精度を極限まで練り上げるためにやるべきことは全てやるのさ」
「……やれやれ」
ギルバートの呆れたような表情とは対照的にオリバーは黙々と書類と格闘していた。
「レオハルト君」
不意にオリバーが不意に声をかけた。
「何か?」
「現場の資料はあるかな?」
「了解した。グレイ警部補」
「ああ」
レオハルトはすぐにオリバーに資料を手渡した。
「……ダニーおじさん、いいかな」
「構わん」
「マクシミリアン少佐は実行犯の男と三日前に通信を行なって、ある組織について話していた。共和国軍内部の演習や外国宙域への派兵、海賊対策やテロ対策の警備日程などね」
「そうだ」
「そしてその後、司法庁長官を暗殺を支持したと」
「そうだ」
「そうなると一つ気になるのは動機だね。なぜ、軍の人間が司法のトップを暗殺する理由になるのかな?」
「それについてはレオハルトの方が詳しいだろう。教えてやってくれ」
ダニーはレオハルトに目配せをした。
「非常に恥ずべきことだが軍には数年前から醜聞があるのです」
「ほほう……それは?」
探偵はレオハルトに好奇の笑みを向ける。レオハルトは冷静だった。
「軍内部に武器の横流しをした輩がいるという問題で、それをやったのは第三方面艦隊の海兵だと聞いています」
「ちなみに部下とマクシミリアン少佐の関係は?」
「そこそこ良かったようです。モシンスキー大尉の旧友だったとか」
「なら、逆恨みの犯行とも考えることは十分可能だね」
「警察はそう見ています。しかし、兄は厳格な人です。むしろ部下の不祥事に怒り狂っていました」
「どうだろうな。坊ちゃんはそう思うだろうが、今回の犯罪は知能犯の要素もある。あらゆる思い込みは排除すべきだろうね」
「失礼、知能犯の要素とは?」
「横流しされた武器は国内にいるギャングやアズマの極道組織に使われていると聞いている」
「タカオ、それは本当か」
レオハルトの問いにタカオは頷いた。
「……ああ、こないだの銀行強盗もいきなり機関銃を持っていたな。まあ、ぶっ飛ばして警察に引き渡したから問題はないが。その時の銃、確かアスガルド製だったな」
「お前は大丈夫か」
「別に問題ないだろう、『俺』に普通の銃弾が効くとでも?」
「……そうだったな。スーパーヒーロー殿にうっかり遭遇したその銀行強盗には同情するよ」
アズマ国が誇る銀河最強戦力の一人『タカオ・アラカワ』による圧倒的絶望を体感したであろう銀行強盗に一抹の同情を覚えつつ、レオハルトは話を戻した。
「さて、警察は武器の横流しに我が兄が関わっていると?」
「そう見ている。その証拠もあるからな」
「……証拠、それがこの記録ですか」
「ああ。ここを見てみろ」
ダニーは通信記録のある一点を指差した。
それはマクシミリアンの一言とその返答であった。
「……ポイントAに武器と弾薬、手筈通り配備頼む」
「了解であります。他に知られないよう注意を払います」
記録にはこう書かれていた。
「……」
「失礼だがポイントAとは?」
オリバーがそう質問する。
「アズマ国に存在するアズマ国領惑星『ヒノモト』の大都市『サガミ・シティ』」
「なぁ!?」
レオハルトは大層驚愕する。それはアオイ・ヤマノのスカウトのために経由した地点の名前であった。
「おやおや、驚いているようだね」
「ある任務で経由したことがある。よりにもよって……」
「それはすごい縁だねえ……興味深いね。当時の行動を聞いてもいいかね」
「ここにいるアオイ・ヤマノ嬢を我が軍の特殊船団の一員にスカウトするためにサガミシティへと寄港した。港は食事を取った後、『マツヤマ町』へとすぐに向かった」
「滞在時間は?」
「移動時間を除くと正直のところ三十分もいなかった。当時の記録もあるから見てほしい。本来は秘密だが、探偵君もこの資料を見て納得してくれるだろう」
そう言ってレオハルトはアオイ氏スカウト時の任務報告書を提示する
「……なるほどね。でも、アズマ国で作戦か……一歩間違えたらお縄だろうね。そこのタカオ君によってさ」
「だろうな。だが政府関連の決定とはいえ人命を奪う真似は心情的にも法律的にも許さないから親友の秘密作戦に関しては多めに見ただろうとも言わせてもらおうか」
「そこも考慮している。だからある程度手荒な真似をしても許しただろうね」
「理解が早くて助かるよ」
「そこが僕の取り柄だからね」
そう言って探偵は飄々とした微笑を浮かべた。
「だがこれで筋は通るな。残念ながらマクシミリアンの兄は……」
「待ってくれ」
レオハルトがダニーに対して声をあげた。
「……なんだ?」
「……もう一人確認を取りたい」
「もう一人?」
「……これだけの大掛かりな密輸だ。アズマ国の警察だって動いていてもおかしくない」
「何を根拠に……」
ダニーの横からある人物が声をあげた。レオハルトの無二の親友タカオだった。
「俺のことか」
「君は……最近仕事が忙しいって言っていたね」
レオハルトの問いにタカオはゆっくりと頷いた。
「そうだ。政府の高官は頭悪いからな。官僚は自分達の懐と出世しか考えていないからうんざりだって言ってたな」
「その前。仕事の途中で僕を見たって言ってたよね」
「それは秘密だって言ったろう?」
「……もしかして君は調査していたんじゃないか?アズマ国の犯罪組織と横流しをしていたモシンスキーらの調査を……」
「……そうだ。慎重に捜査する必要があったからな。誰にも伏せておきたかった」
「その時、僕の兄は見かけましたか?」
レオハルトが思い切って声をあげた。
しばしの沈黙の後、タカオは返答を返した。
「いなかった。当然といえば当然だがな。……リモートの可能性もあるだろう?」
「いいえ、そもそも兄は懐疑論者で現場での行動を重視している人物のはずです。部下と機械に全てを任せるでしょうか?クラッキングによる妨害、現地でのアクシデント、あらゆることを疑う人間のはずです」
「任せないと?」
「僕はそう思います。警部補」
「…………」
「なるほど、僕もレオハルト少尉の意見を信頼することにしよう」
「オリバー、お前らしくないな」
「筋は通っている。それにその人物にふさわしくない可能性が出たなら検証を行うべきだ……中佐、コンピューターに詳しい人物はいるかな?」
オリバーの質問に中佐は頷いた。
「ほう、その可能性は予想していた」
そう言って中佐はリモコン状の機械で合図を送る。
数分もすると二人の人物がどこからかその場に現れた。
「お呼びですか?」
「お前……」
タカオはその人物を見て酷く驚いていた。
シン・アラカワ曹長。アスガルド軍特殊探査船団第二機動班の一員で卓越した戦闘能力を持つ優秀な兵士である。そして、タカオの弟であった。
「……兄貴」
「お前、どうして軍に?」
「……必要だからだ」
「そんな危険な仕事をか?」
「母の死、ミッシェルの死、それ以外にも決着をつけるべき孤独と絶望がある。必要だから俺はここにいる」
「シン、家に戻れ。お前まで失いたくない」
「……その気持ちには感謝する」
「そういうことじゃない」
「兄貴すまない。俺には使命がある」
「冗談じゃない。天国の母が悲しむぞ」
「母のためだ。それとこの世に神も天国もない。……兄貴らしくない言い方だ」
そう言ってシンは自分の相棒らしき少女の方を見る。
「ユキ、すまないが当日の通信記録を調べてほしい。危険なプログラムが残っている可能性も考慮してくれ」
「……」
「……ユキ?」
ユキと呼ばれた少女はレオハルトらの方を一瞥する。
帯刀した共和国軍人、飄々とした探偵、気難しい刑事、筋骨隆々で軍服のアズマ系の兵士、軽薄そうな女好きらしき男、若々しい将校に、恋人同士らしき男女。
良くも悪くも個性的な面々を見てユキはこう言った。
「人間は良くも悪くも多様ね。そう気づくのに私は時間がかかり過ぎた気がするわ」
ユキの自嘲混じりの言葉にシンは淡々とこう返答した。
「それでも、ユキは気がついた。今はそれでいい」
「……相変わらず、相棒に対して尊大な物言いね」
「立場があるからな。上官として必要な振る舞いがある。……すまないな、相棒」
「了解。合わせる」
少女はゆっくりと頷いてからそう答えた。
「感謝する」
このやりとりした後に、ユキはノートパソコンと自分の後頭部のユニバーサル端子にケーブルを接続した。
「こ、コード?」
面食らったスチェイに対して、シン曹長はこう答えた。
「彼女はサイボーグだ。そして人造人間でもある。だが心配しなくていい。彼女ほどの優秀な電脳技師は銀河を探してもほとんどいないだろうからな」
「この子、ただの人間ではない……?」
「そうだな。だが見た目ではそれほど違わないだろう。そして、優秀だ。何も心配しなくていい」
「り、了解」
スチェイは無理矢理納得している様子で彼女の行動をまじまじと見た。
サイボーグはAGUなどの国では珍しくない存在であったが、人体に対する機能向上だけを目的とした機械化手術はアスガルド共和国やアズマ国においては保守的・慎重である地域が多く、サイボーグの数はこの二カ国においてそれほど多い存在ではないというのが現状であった。
もっとも、ジョルジョとサイトウはスチェイほど驚いてはおらず、彼女の容姿をまじまじと堪能できるチャンスだと考えかけた。だが、シンが異様な威圧感を放っているのを肌で感じ取ってから二人はしおらしい態度で目を伏していた。
ある時点でユキはコードを引き抜いた。すると、シンが即座にユキの方を見た。
「ユキ、俺が見えるな?」
「ええ」
「俺がわかるな」
「シン・アラカワ。私の相棒で階級は曹長」
「情報は?」
「十秒前に分かった。この事件、マクシミリアン少佐に見せかけた犯行のようね」
「根拠は?」
「あのやりとり少佐ではないわね。乗っ取られているわ」
ユキの答えに対して、横で聞いていたレオハルトが頷いていた。
自身の兄が犯人ではないことを彼は確信していた。そんな彼にとって、兄を濡れ衣を着せた人物の正体だけが最大の問題であった。
シンとオリバー。再会と邂逅。トリックスターが二人が真実へと向かう。
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