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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第一章 レオハルト覚醒編
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第一章 二十八話 混沌からの帰還

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ少尉は白い異空間から帰還した。

彼が異空間で別時空のメタビーングら二名にお灸を据え、フリーマン教授に引き渡してから五分後のことであった。

「……変な夢を見た気分だ」

レオハルトは片手でこめかみを抑える。だが、隣にアオイとタカオ、車椅子のフリーマン教授が当然のように並んでいるのを確認してから、彼はそれまでのことは紛れもない現実の出来事であったと強く感じていた。

「……そうか」

「少尉、報告を」

「……は、私レオハルト少尉は現地特務機関員であるタカオ・アラカワ教授の協力のもとアオイに危害を加えうる敵性存在と会敵、やむ終えず撃破しました」

「その敵性生物とは……?」

レオハルトはタカオの方を見る。タカオはゆっくりと頷いた。

「敵は10代の人間女性とそっくりでアズマの民族衣装と七支刀で武装していました。見かけは大変古風ですが戦闘能力は脅威的で三次元的な移動手段と高度な身体能力。人間と類似した精神構造を有したものであります」

「そうか……あの時見た、飛行する少女はそれか」

「ええ……土煙で見えづらいとは思うでしょうが」

「問題ない。さっき我らもそのような人物を目視で確認しているからな」

ギルバート中佐はそう苦々しく発言した。

「ですが、問題ありません」

「処理したのか」

「彼が無力化してくれました」

「……フリーマンか」

フリーマン教授が微笑を浮かべてギルバート中佐を見た。対してギルバート中佐は苦々しい表情を露骨に浮かべていた。

「……やあ」

フリーマンは優しい笑みを浮かべながらギルバート中佐に手を差し出した。

「握手はいい……まさかお前がいるとはな」

「ははは、帝都ヘイキョウ大学で面白い研究をしていてな」

「どうだかな……」

ギルバート中佐は穏やかなフリーマンとは対照的に苦々しい表情を浮かべていた。レオハルトから見たギルバート中佐の様子はげんなりとした印象であった。

額が苛立ったように歪み、口元の愛想笑いは微妙にぎこちない。それは厄介な顧客を相手に接客するセールスマンを思わせるような表情をしていた。

「……」

レオハルトはその表情の意味を思案したかったがそれを許さない事態が目の前に迫った。

「少尉」

レオハルトに声をかけたのはスチェイことスチュワート・メイスン少尉であった。

「スチェイ、すまないが緊急ではないなら後ほど……」

「いえ、緊急です」

「……要件は?」

「ニューフォートで政府関係者が暗殺されました」

「な……何ぃ……」

レオハルトは唖然とした。

アスガルドの首都で『暗殺』。それは由々しき事態であった。

ニューフォート。

通称は『プレジデント』、『頭脳都市』とも呼ばれる。

国立記念公園、ニューフォート大学、ニューフォート理学研究所に加え省庁、最高裁判所、議会議事堂、大統領官邸『フラッグハウス』、世界各国の大使館、宇宙軍本部、など軍関連の重要施設、多数の大使館などの重要な施設がある。

そんな共和国の中枢で暗殺、あまりに異常な出来事であった。

「状況は?」

「銃撃戦で多数の警官が負傷、……司法省長官が死亡したと」

「……長官が」

その場にいた全員の表情に緊迫したものが浮かんだ。

「……ああ、バーリンが逝ったか」

ギルバートはそう呟いた。レオハルトは彼の表情から言葉の真意を読むことはできなかった。

「……メイスン少尉、長官の情報を。大至急でお願いします」

「了解、今から送ります」

メイスン少尉は持ってきたノートパソコンと無線を用いてその場で集められる情報を集めようとした。そこにタカオも加わる。

「俺も手伝わせろ」

「タカオ!?」

「他国の事とはいえ嫌な予感がする。俺にも少し手伝わせろ」

「アズマ国の方は?」

「心配ない。俺も向こうに用があるからな」

そう言ってタカオは電話で何かを話し始める。しばらくしてレオハルトたちの手元には事件と長官に関する情報が集まった。


その事件は朝の十時に起きた。

サミュエル・バーリン司法省長官が午後に行われる協議に備えて各省庁と調整のために外出した時のことであった。通行人に混じっていた一人の男が機関銃を持って長官に叫んだ。

「バーリン!死ねやあ!」

「な、がああ!?」

粒子機関銃の弾雨を受けて長官は即死、通報を受けて駆けつけた警官も肩と足に銃撃を受け、病院で治療が必要なほどの大怪我を負った。さらに応援で駆けつけた警官隊に対しても男は銃撃を敢行し、応援の警官が十二名が負傷する惨事となった。実行犯はその後、SWATとメタアクト対策特別チームによって射殺され、身元は現在も調査中というのが事件の概要であった。


首都警察の本部。その応接室の一つでレオハルトはある人物を座して待っていた。

「……」

ソファーにてレオハルトが黙して待っていると、口髭の生えた中年の警察官がレオハルトに声をかけながら向かい合うようにソファーへと座った。

「久しぶりだ。レオハルト」

「グレイ警部補もお元気そうで」

「アズマ国まで任務だったそうだな」

「ええ、情報を握る人物を確保するために。任務は終わって補給のために艦は帰還したまでです」

「そうか……それは因果だな」

レオハルトはメイスン少尉から聞いた話を元に警官の知り合いと直接会話を試みていた。場所はニューフォートの西部にある首都警察本部で思わぬ再会を果たしていた。

「それにしても……地元愛の強いあなたが他の応援で来ているとは」

「馬鹿言え、ここは国の首都だぞ、周辺の警察にも応援の要請があるに決まっているだろう?」

「状況が状況ですからね」

「司法のトップが暗殺とはな。冗談きついぞ」

ヴィクトリア市警のダニエル・グレイ警部補を含めた応援チームが慌ただしく業務を行なっていた。

交通規制、業務の引き継ぎ、各種書類の整理、マスコミの応対に加え、犯罪への対策や治安の維持のような業務を警官たちは慌ただしくこなしていた。

「警部補は大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。だが、ここに来たのはお前ら軍に用事があるからだ」

「……軍に?」

ダニエル警部補はじっとレオハルトの目の奥を見つめてくる。

レオハルトはダニエル警部補は軍の人間を疑っていることを即座に実感した。

「……どうしてです?」

「軍はどの程度関与している?」

「どういう意味です?」

「……実行犯は……軍人だ」

「むぅ……」

「これは軍の暗部が噛んでいるのか?」

ダニエルの発言はレオハルトに少なからず動揺を感じていた。

レオハルトはギルバートの動向を怪しく思っているだけに少なくない疑念を抱いていた。だが、これまでの『教師志望の頃』とは違い、今のレオハルトは軍の人間としての立場があった。

「それは……本当なんですね」

「ああ、省庁のデータベースに記録があった」

「実行犯の素性は……?」

「本名はアレクサンダー・モシンスキー、階級は大尉、宇宙軍第一方面艦隊に所属する。任務に忠実で人望も厚い人物だったと聞いている」

「……ええ、彼のことは聞いてます」

「君の兄貴の親友だったな」

「彼は自分の仕事をツァーリン系アスガルド人の地位向上と元々の夢を叶える誇り高いものであると語っていました。面識もあります」

レオハルトは兄マクシミリアン・フォン・シュタウフェンベルグのことをふと思い返していた。

兄マクシミリアンはレオハルトに勝るとも劣らない才人で学業、武道、礼節や教養、更には機械の知識に関しても秀でていた。将来を嘱望され、シュタウフェンベルグ当主としての道約束された人物であった。

彼を人物像を一言で言い表すならば『厳格』となる。

レオハルトは他のシュタウフェンベルグ家の人間の例に漏れず柔軟で温和な人を愛する理想主義者である。対して、マクシミリアンは父カールと似て勤勉で責任感が強く現実的な思考を重要視する傾向があった。

「兄は鍛錬がとにかく好きでしたから、モシンスキーのような硬派な人物とは相性が良かったのでしょう。彼と競い合う話には事欠くことはありませんでした」

「だろうな。彼とは仲が良かっただろう。俺も二人のことを知っている」

「……モシンスキー大尉のことはよく知っています。本当に残念です」

「そうだな……だが、悪いニュースはこればかりではない」

「…………というと?」

レオハルトは本能的に胸の奥から嫌な感覚が込み上げた。それは直感に近い危険信号であり、脳の奥から発せられる嫌悪すべき予感でもあった。

「君の兄についてなんだが……」

「……聞かせてください」

レオハルトは己の予感を噛み殺しながらグレイ警部補の言葉を聞いた。

「我々警察はマクシミリアンを一連の黒幕と疑っている」

「………………え?」

レオハルトは言葉の意味が理解できなかった。彼自身の心が理解を拒絶していた。

「兄さんが……な、なぜです!?」

「俺だって信じがたい。お前らシュタウフェンベルグ家の人間に関してはよく知っているからな」

「あり得ませんよ!?」

「気持ちは分かる」

「そういうことではありません。兄は第三方面艦隊の士官です。所属が違います!コンタクトなんて取れませんよ!」

「証拠がある。モシンスキーがマクシミリアンとなんらかの作戦を行なっていたことをな」

「証拠って……」

レオハルトは動揺した。それを見計らうようにある人物が二人のそばに歩み寄る。

「私だ。私が提供した」

ギルバート中佐はそう発言する。それを見てレオハルトは呆然とした表情を浮かべた。

「中佐?」

「残念なことにある組織と君の兄は繋がっていた」

「ある組織?」

「国家間を超越した政治結社だよ」

ギルバート中佐はそう言ってある書類をレオハルトに見せる。

「……これは?」

「少尉、これは通話記録だ。君の兄マクシミリアン少佐とモシンスキー大尉のな」

「通話記録……端末は軍艦の通信システムですね」

「そうだ。軍内部の通信システムのセキュリティは非常に強固、外部から改ざんや抹消は不可能だ。こうして記録が残っているからな」

「……では」

「そういうことだ。君には酷だろうが協力をしてもらいたい」

「……」

レオハルトは沈黙した。

その時、別の人物がゆったりと乱入する。

「待て待て待て待て……随分と結論を急ぐねえ、軍人のおじいさん」

「……誰かね?」

その人物はいささかレトロな背広と帽子に身を包んだ上品な変人であった。

「ダニーおじさん、貴方はなぜ黙っているのかな。君がレオハルトにこの事件を知らせたのは納得していないからだって」

「オリバーか。お前ってやつはとことん野次馬根性を」

警部補の苦々しい表情とは対照的にオリバーは飄々とした微笑を浮かべていた。

「物は言いよう……、知的好奇心と言ってもらいたいものだね。おっと、レオハルトさんと会うのは初めてだねえ。改めまして……僕はオリバー・グレイ。ヴィクトリア・シティの私立探偵です」

「ご丁寧に……レオハルトです」

レオハルトはこの時予感していた。兄を巻き込んだ司法長官殺人事件は複雑な闇があるということを感じ取りながらレオハルトは部屋の外を見た。

空は不都合なまでに晴れていた。

混沌が終わり、陰謀が始まる……。事件の真相とは?


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