第一章 二十六話 新たなる混沌・その4
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
タカオ・アラカワはアズマ国最強である。
走れば弾丸より速く、力は宇宙戦艦の発動機以上の馬力を誇り、単独で高山すらひとっ飛びの跳躍すら可能。一個人でありながら彼はそれほどまでの能力を有していた。
規格外。目の前の人物を見たその場の誰もがその言葉が脳裏をよぎっていた。
「ちょっと見ない間に……メタビーング並みの身体になったのだな。……一体、何を食べたらそうなるのかな?」
「食事はいつも通りだ。だが、俺は紫電を……グリーフ・フォースの真髄を極めた」
「はは、……相変わらず、冗談が通じないようだね」
軽口を叩くレオハルトの頬に冷や汗が流れていた。
レオハルトは即座に軍刀を抜く。愛刀でない刀剣で立ち向かうのは分が悪いが贅沢を言えるような状況ではなく、レオハルトは身体と軍刀に意識を集中させる。
「僕は今手加減できない」
「奇遇だな。俺もだ」
その言葉を皮切りにレオハルトがタカオに飛びかかる。
「やああああああああ!」
叫びと共に繰り出された神速の斬撃はタカオの首元に迫る。
だがタカオは即座に回避する。
「速いな」
次にタカオが何かを構える。それは拳銃にも警棒にも見える異質な武器である。
「お前相手に素手は流石にキツいからな」
タカオは軽快にそれを振り回しながら変幻自在の攻撃を加える。
「ふッ!」
レオハルトは軍刀でそれを受け止める。
「零式拳銃杖だ」
そういうとタカオは武器の形状を変形させ引き金を引いた。
「遠慮がないな」
レオハルトはそう言いながら弾丸を回避する。
弾丸はレオハルトの背後のアオイに向けて飛来するが、スチェイが光の壁で防御してくれていた。
「小細工は効かないか」
「そう言いながら!」
レオハルトはタカオの腹部を蹴り飛ばす。だがタカオも自分で飛ぶことで蹴りの威力を体から逃していた。
「やはり鍛えられているが、これは!」
タカオが拳銃杖なる武器の引き金を連続で引く。
三発繰り出された弾丸はレオハルトの頭部を狙ったが、全て当たることなく虚空へと飛んでいった。
「親友を殺す気か!」
「大人しく渡せよ!」
「冗談だろう!」
レオハルトはアオイの糸にやったように面の斬撃を作り出す。
「ここだ」
タカオはある一点を拳銃杖で突いた。
恐るべきことにレオハルトの刃が止められ、鍔迫り合いのようになる。
「ぬぅ!?」
レオハルトは距離を置くと、タカオが再び銃撃を喰らわせる。
レオハルトは即座に高速移動を行い弾丸の狙いから回避を行う。
「……タカオ、お前は親友を殺す気か」
「そのつもりはない。だが、国家の敵になるなら排除する」
「冷たいな。前までのお前は……」
「俺の母が隣国のテロリストに殺害されたことも、シンが悲惨な思いをして帰ってきたことも言ったろうが!」
「シンのことか……」
「会っただろう。お前の父の部下になっていたことを」
「……黙っていたな」
「俺はアズマの公僕で守護者だ。国家に仇なすならば潰す。それだけだ。俺の家族を守るにはそれしかない」
「メタビーングだからって見知らぬ婦人を殺すのか」
「奴らは元々は異民族で異形の血を引いている。歴史的に野蛮な者に人権なんかないんだよ!」
「いい加減にしろ!親友が差別感情に飲まれる姿なんて見たくないんだよ!」
激憤したレオハルトは剣を構える。
タカオも拳銃杖を変形させ、出力を上げる。グリーフ・フォースがエネルギーとして組み込まれたその弾丸は駆逐艦程度なら一発で沈める威力が秘められていた。
「次はない」
「こちらのセリフだ」
両者は殺気を込めて互いを睨んでいた時だった。
「その辺にしなさい」
紳士然とした穏やかな男の声が両者の空間から割って入った。
熱帯域出身者の黒い肌、年季の入った白髪、知的で温厚そうなシワのある表情。上品そうな紳士服とトレードマークの赤いネクタイをしたその紳士はまるでずっとそこに何事なく存在したかのように両者を見る。車椅子型の装置に乗りながら、彼は次元の切れ目のような空間の歪みから出現していた。
サミュエル・スティーブン・フリーマン教授。
ヴィクトリア中央大学の物理学教授である。
彼は互いに争う両者を見てとても悲しそうな表情を浮かべる。
「き、教授!?」
「フリーマン教授!?」
タカオとレオハルトは共に目を白黒させていた。
特にタカオの驚き方は冷静沈着な普段と違い、甚だしいものであった。
「感情に飲まれすぎているよタカオ君、僕は他者を差別しろなんて教えた覚えはない。僕は悲しいよ」
「……ぐ」
「レオハルト君も、刀を向けるのは不味かったね。まあ、君は後ろのご婦人を守るので余裕はないだろうが……親友と争うのは悲しいことだ」
「ええ……僕も思います」
それを聞いてフリーマンは頷いた。
「感情に呑まれてはいけない。タカオ君の怒りは最もだが、怒りのままに破壊の道を進んではならないよ。……シン君は今の君を恐れている。何故だと思う?」
「……シンは外国人だから敵だと思うなと言っていました。何度も」
「それはね。君が外国の人間を恐れ、拒絶しすぎるからだ。シンが出会った親友もフランク王国の出身者だと聞いているだろう。そもそも、レオハルト君はアスガルド人だろうが親友だろうからね」
「……ええ」
「ならば、国は違えど分かりあう可能性を捨ててはならないよ。弟君が悲しむ。僕にとってもいけないことだと思うよ」
「そうか……」
「……感謝します。教授」
「いやはや、お礼と言ってはなんだが、問題解決を手伝ってほしい」
「問題?」
「なんです?」
「タカオ君、近くに潜ませている部隊の内訳は?」
「それは機密で……」
「そうも言ってられない相手が来ている」
「……九九課の部隊と自衛軍の知り合いが来ている」
「サイボーグと……メタアクターはいるかな?」
「いえ、俺だけだ」
「やはり……レオハルト君とタカオ君が頼りだね」
「何をおっしゃって?」
次の瞬間、暗くなった空に不自然な色彩の歪みと雷光が出現する。
渦潮のような空間の歪みの中から現れたのは、意外にも二つの小さな影であった。それは高速で空中を飛来しながら光を纏いぐるぐると旋回しながら互いにぶつかり合っていた。
「女の子の声が?」
「レオハルト、あれか?」
「そうだ。レオハルト君の言う通りだ」
「教授、あれはなんです?」
「あれもメタビーング。しかし、そこの婦人より強大なタイプだ」
取っ組み合った二つの影はぐるぐると回転しながら地表へと落下する。それはミサイルか何かが地面を突き破ったような異様な衝撃であった。
「わああ!?なんだあ!?」
「サイトウ、何が起きている!?」
「飛翔体が野山に墜落した模様!」
衝撃と風圧に慄きながらギルバートらは混乱と混沌に晒されていた。
「……」
イェーガーもここまでは冷静だったが、敵の姿を双眼鏡で確認したときは流石に彼も驚いていた。
「………………」
「イェーガーあれは?」
「……意味がわからねえ」
「何がある!?何が!?」
「二人の少女が殺し合っている」
「はぁッ!?」
イェーガーの言葉は本当であった。事実、巫女服姿の少女二人が異様な殺気と後光を放ちながら剣戟を繰り広げていた。その駆け引きはもはや人間の目で追えるものではなく、現状すぐに対応できるのがレオハルトとタカオの二名だけであった。
「…………別のライン世界からのメタビーングか」
ギルバートが苦々しく表情を歪ませる。
次の瞬間、謎の乱入者は野山を一瞬で更地にする。
瞬間移動に次ぐ瞬間移動、それは物理法則も時空間の縛りもない。自由な暴虐であった。二つの理不尽は周囲にあるあらゆる物体を巻き込み戦闘の余波で破壊の限りを尽くしてゆく。
「教授、あれを止めろと?」
「教授、あれと戦えと?」
一拍おいてフリーマンは答えた。
「そうだ」
それを聞いた二人は神速のスピードで土煙の中へと駆け出した。
「ここで戦うな!」
「周りを考えろ!」
二人はそう言って少女の姿をした異様な存在を羽交締めにした。
「うるさい!」
「引っ込め!」
少女らはそう叫び光を放つ、レオハルトとタカオは後方へと吹き飛ばされた。
タカオは後方に飛び退き、レオハルトは吹き飛ばされた後、木を蹴って体勢を立て直した。
「教授!」
「こいつらなんだ!?」
二人はこの異様な存在の正体を教授に問う。すると彼からとんでもない答えが飛んできた。
「一方はメタビーングに魅入られた勉強嫌いで、もう一方は故郷にうんざりした村の巫女だ」
「意味がわからねえよバカかよ!」
「別次元の人間に過ぎなかったが強化されたよ。メタビーングの手でね」
「どういう現象だ!?」
「物理法則を書き換える存在だ」
「特急超次元生物とその眷属かよ。ちくしょうが!」
悪態をつきながらタカオは目からビームを放った。
眼球内部にグリーフを集中させて放つ冷却光線は本来なら周辺を凍らせて砕くが、少女を捉えることはなかった。彼女たちは互いに夢中で剣を交えている。
「なんだこれは。なんだこれは!?」
レオハルトも意味不明な敵の行動に困惑の表情を見せる。
「教授!あなたも手伝ってください!ここが街なら死人が出てます!」
レオハルトはフリーマンに援護を求めた。すると教授は優しく微笑む。
「わかった。戦い辛いだろうから手伝うよ」
そう言ってフリーマンは指を鳴らす。すると一時的に四人の人物と二人のメタビーングが地上から消えた。
レオハルトが目を開けると白い広い空間だけが存在していた。
彼のそばには自身と同じように横渡っていたタカオと車椅子で本を読むフリーマンがいた。タカオとレオハルトは体を起こし辺りを見渡す。
「……どこだ?」
「ここは……?」
二人の言葉に呼応するように女の声も響く。
「あ、あらあら……ここどこかしら?」
それに応えるようにフリーマンが本を閉ざした。そしてフリーマンは微笑みながらこう発言する。
「ようこそ……『アンダースペース』へ」
「……アンダー?」
レオハルトは言葉の意味を理解しようとしてオウム返しをしていた。
「……どこだ?」
意図を測りかねるタカオは再度そう発言した。
「……へ?」
アオイは呆気に取られていた。
「ああ、心配しなくていい。この空間はあの二柱が大暴れしても問題ないものだ」
「空間?」
「意味がわからねえよ、教授」
タカオとレオハルトは首を傾げていたがフリーマン教授は気にせず話を続けた。
「ここは次元の裏側、裏部屋とか裏庭、あるいはライン世界とは別の領域にある空間として考えてくれると分かりやすいだろう」
「ライン?」
「おっと、レオハルト君は初めてかな。ここに呼んだのは彼らの被害を抑えるためだ」
教授はそう言ってある一点を指差した。
白い空間の一点。そこでは相変わらず巫女服の少女二人が激しい斬り合いを続けていた。
乱入者とかつての恩師。混沌とした状況を前にレオハルトとタカオが翻弄される?
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