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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第一章 レオハルト覚醒編
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第一章 二十四話 新たなる混沌・その2

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

タカオと出会ったレオハルトはしばしの雑談を交わした後に現地へと向かっていた。

タカオとの会話自体はとても楽しいもので内容も何気ないことや趣味、近況のことが主であったが、弟シンのこともあり彼自身にはとても彼は不安を感じていた。

それでも、タカオから慰めの言葉をもらったことやマリアや家族を大切にするように善意のアドバイスをもらったことでレオハルトはどうにか任務へと向かうことに気持ちを集中することができた。

「ありがとうな。マリアに関しては大丈夫だから」

「お前は幸せ者だな。恋人は大事にしろよ」

「何度言うんだよ。当然だろう?」

「楽しんでこいよ。アズマは悪くない国だからな」

「良い国でしょう。文化が好きだからね」

「そういえばお前のサムライ被れは変わらないな」

「君も植物と山に関して相変わらずオタクで安心した」

「まあな。最近はどうにかやれているって感じだ」

「良かったよ……あ、マツヤマ町ってここで合っているか?」

「あそこな……地図データ、渡しておく」

「サンクス!ありがとね」

レオハルトは端末でタカオのデータを受け取った。彼は礼を言った後、会話を切り上げ、タカオと途中で別れた。

レオハルトは高速バスに乗り、いくつかの田舎町を経由してようやくレオハルトは辿り着いた。他の面々はギルバートと共にヘリで来るか、別方面のバスから到着していた。

「観光客になりきるためとはいえ……別々と言うのは大変では?」

「それだけの理由はしっかりある。見ろ」

「これは……!?」

レオハルトはギルバートがヘリから運び出したものを見て心底驚いていた。

ギルバートがケースの蓋を開けると中には対物ミサイルランチャーが分解された状態で収納されていた。

「イェーガーやサイトウの銃もスチェイには簡易型のウィングスーツを用意している」

「知られたら刑務所ですよ」

「そういう任務だ」

「アオイはそれほどの相手と」

「そうだ。君は……軍刀だったな。丈夫で良いものを用意した」

「……確かに良い品です」

レオハルトはギルバートから差し出された軍刀を見てひどく驚いていた。

アズマ国は銃刀法が銀河でも非常に厳しく、軍用の装備を用意できる存在はとても限られているとレオハルトはタカオから聞いていた。それだけに彼は今いる場所で見るものに我が目を疑っていた。

「わかっているな?」

「……はい」

レオハルトは緊張していた。これから接触する人物は人智を超えた存在であると彼は強く覚悟していた。これほどの装備でも心許ないと感じるほど強大な相手を仲間にする。その難しさをレオハルトは既に予想していた。

アオイ・ヤマノ。

彼女に関するデータは少ない。わかっているのは戦闘時には人と蜘蛛の合わさった絡新婦の姿をとると言うことと、敵対者は神経毒にやられるか身体中の骨を折られて倒されていたと言うことだけであった。

「……」

サイトウが剣呑な表情を浮かべる。

「……サイトウ」

「アオイさんだったか」

「ああ」

「美人だよな」

「……は?」

レオハルトが思わず目を見開く。サイトウの言葉の意外さにレオハルトは度肝を抜かれていた。

「この状況でそんなこと言うか」

横からスペンサー大尉が口を挟んだ。

「だ、だってよぉ……」

「だってもへちまもあるか!」

「えー……でも、アズマ美人って感じで清楚な見た目だし」

「お前は何を言っているんだ」

スペンサーはいつも通りのサイトウの言葉に思わず頭を抱えていた。

「サイトウ」

「なんだよ、ジョルジョ」

「俺妬ましい、サブロウタだっけか。こんな美人の恋人とか妬ましい。ぐぎぎ」

そう言ってジョルジョはサイトウにアオイの画像を見せる。

「お前らいい加減にしないか!妖怪が俺たちを待っているんだぞ!」

「……なんだこれは」

「聞くなアルベルト・イェーガー、頼むから」

スペンサーは頭を抱え、イェーガーは無表情ではあるが困惑の言葉を口にしていた。

レオハルトはこの状況に感謝していた。彼はある時点で気がついていた。サイトウはアズマ国で火器を振り回すことに困惑するレオハルトに対してリラックスさせる意図があった。レオハルトの聡明さと他者への観察の習慣が、彼自身にこのような気づきを与えていた。

武器は用意したレンタルカーに積み込みアオイのいるであろう場所にレオハルトら一行は車を移動させていた。

「中佐、少しよろしいですか」

「どうした?」

「今回の任務、アオイに関する情報の入手経路は?」

「信頼できる人物からだ。ミス・アオイに関する情報は手に入れたかったからな」

「信頼できる人物ですか……それはどのような人物です?」

「アスガルド国籍の人物とだけ伝えておく。信頼できる知的な紳士だ」

「承知しました。アオイはなぜ命を?メタビーングというだけで命を狙われるとは考えづらいですね」

「そうだ。彼女は凶暴な性質と敵対した人物への残虐性、先ほど伝えた身体能力や毒などの危険な要素。確保できれば戦力になるが、それができるのは我々だけだろうな」

「……」

レオハルトはギルバートの話し方から微かな違和感を感じていた。

確保。そう発言するギルバートの声に僅かな揺らぎが存在することである。

「……」

「そろそろ着く。交渉は穏やかにしようか」

「賛成です。それが一番良いかと」

「それは良かった」

ギルバート中佐は不敵に笑みを浮かべていた。

そう言って一行は辺りを見渡す。アズマ国のドラマ作品や映画で見るような穏やかな田舎がレオハルトたちの一行に存在していた。

広い田地に木製家屋の近くに点在する木々、青々とした山々、清涼とした小川に古ぼけたバス停が年月の移ろいを感じさせる。アズマの芸術観で『侘び寂び』と呼ばれる質素で枯淡な雰囲気を表現される価値観が存在するが、レオハルトたちの目の前にはそれが存在していた。

夕方の光景であることもあり、その景色はまた格別なものとなっていた。

「おお、ブラボー……これぞアズマ国の夕方の田園風景……実に美しい夕日だ!」

その中でもスチュワートことスチェイの感動は際立ったものだった。

「……僕も武道の先生はアズマの人で、この辺りにも行ったことがあると聞いている。想像以上に見事だ」

「武道の先生ですか?柔道とか?」

「さらに古い武道だ。古武道と言って銃ではなく刀剣や弓矢で戦っていた頃のね」

「……へえ、コブドーですか……きっと名の有る武人でしたのでしょうね」

「そうだ。父と顔見知りの有名な人だったよ」

不機嫌そうな表情をしながらギルバートは横から次のように言った。

「ヤマモト・ギンジ、四代目銀狼だろう」

「そうですヤマモト狼神流の……あれ、ギルバート中佐もご存じで?」

「有名な人物だからな、それよりこの辺にしておけ。ここは虫が多くてかなわん」

そう言ってギルバートは目的地に向かう足を早めた。

「ギルバート中佐は田舎が苦手なのでしょうか?」

怪訝な表情をするスチェイに対し、スペンサーはこう答えた。

「ええ、彼は惑星ヴィンセントのアルゴンシティ出身ですね」

「僕はあまり知らなかったが彼はそうだったのか」

「ええ、休みの日は人とあまり関わらないもので、ボトルシップを作るか本を読んでいるかって言ってましたね」

「なら独身か」

「俺らと同じだな」

「サイトウ、ジョルジョ。貴様らのお仕置きを楽しみにしておくといい。ついでにスチェイ、連帯責任だ」

「ノォォ!!」

アズマの穏やかな田舎にスチェイの悲鳴が響いた。彼らが過ぎ去った後のその場にはカラスの鳴き声だけが響いていた。






レオハルト一行とギルバートは目的地のある事務所にたどり着いた。その事務所は田舎に不釣り合いなほどおしゃれな外装で看板にはこういう文字が表記がされていた。

『フルーツ・マツさん』。

ギルバートがインターフォンを押すと男の声が答えた。

「はい」

「ギルバートだ。こちらにいらっしゃるアオイ・ヤマノさんに用がある」

「……ちょっと待ってくれ」

しばらくして事務所の扉が開かれる。中から紳士服の男が出迎える、『サブロウタ・マツノ』だった。

「ようこそ、ギルバートさん。さあこちらへ」

「……ふむ」

ギルバートがそう言って玄関に足を踏み入れようとした。そのタイミングでレオハルトが割って入った。

「待て」

レオハルトが刀の鯉口を切る。

居合一閃。

虚空かと思われていた場所に糸のような光が現れる。それは見事に切断され床にはらりと落ちた。

「……」

「……サブロウタさん、これは?」

「……アオイ。外国には行かせたくない。ましてや兵器などには」

「貴方は勘違いを……何!?」

レオハルトとジョルジョは何かを悟った。

「不味い、避けろ!」

その言葉とともにギルバートとスペンサーを除く全員が一斉に跳ねた。

「わあああ!?」

「グゥ!?」

スペンサーとギルバートは反応が遅れ、蜘蛛糸に絡め取られてしまっていた。

「大尉!中佐!」

スチェイがそう言って事務所の方を見ると何かが不気味に蠢いていた。

「!?」

ジョルジョは顔から血の気がひいていた。彼の眼前には虫が存在していた。しかしそれはただの虫ではなかった。

着物を着た女性の半身と蜘蛛の半身。

丸い腹部と八本の足の中央に存在する女性の表情には人間の目が存在しなかった。代わりにあるのは複眼。人の眼窩があるであろう場所には虫の複眼が存在していた。

「どうか許してほしい。我々には平穏か……さもなければ死が必要なのだ」

そう言ってサブロウタは女郎蜘蛛ことアオイ・ヤマノに抱き抱えられて一向を見下ろしていた。

「イェーガー、待て!」

「しかし」

「撃つな!僕に任せろ!」

イェーガーがライフルの照門を女郎蜘蛛に向ける。そのタイミングでレオハルトはまずイェーガーを制止させる。

「スチェイ、来い!」

「了解、カバーします」

「他は隠れて!」

レオハルトはスチェイに援護を指示した後、他の人物に退避を命じた。

「二人だけで何ができるのです?」

「二対二、フェアな条件でしょう?」

「……そうですね。ですがあなた方が不利では?」

「まず誤解を解きたい」

「信用できるとでも?」

そう言ってサブロウタは姿を急速に消した。

「消えた!?」

不意にイェーガーが叫ぶ。

「音がする!」

レオハルトは耳を澄ますとサブロウタの足音が目の前から遠ざかるのをはっきりと感じ取っていた。

「透明人間のメタアクトか!」

スチェイの言葉にレオハルトの表情が変わる。

「スチェイ、能力は使えるな」

「メタアクトですか。なぜ?」

「君の光の壁で罠を探れないか」

「……罠。ま、まさか……」

「二人が蜘蛛糸を消した可能性がある。慎重に行こう」

「……了解」

二人は背中合わせに密接した状態で慎重にサブロウタとアオイを追跡する。目の前に見えない糸がある可能性がある以上、あるいは透明でなくても強力な糸を見落とす可能性がある。そのような状況では慎重な探索と対処が必要だと彼らはすぐに理解していた。

予期せぬ戦闘。緊迫した二対二の駆け引きが始まる……。


次回もよろしくお願いします。

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