第一章 二十三話 新たなる混沌・その1
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
戦艦シンシアはアズマ国領惑星『ヒノモト』の大都市『サガミ・シティ』へと停泊していた。
理由は二つ。艦船の物資補充とある特殊な任務に赴くためであった。
レオハルト、イェーガー、ジョルジョ、サイトウ、スチェイ、スペンサーの六名はギルバート中佐に連れられてある地点へと集合していた。
そこはサガミシティの在アズマ国宇宙軍基地を離れ、電車を乗り継いで行き着いた先は長閑な田舎町であった。
「……アズマの田舎は慣れないな」
虫除けスプレーを念入りに体に振り撒き続けるギルバート中佐とは対照的にスチェイことスチュワート・メイスン少尉は歓喜した状態で団子や田舎の風景を堪能していた。
「も、もしもーし、メイスン少尉は観光モードですか……?」
高揚したスチェイの様子にたまらずサイトウはスチェイに問いかける。
「団子!団子!団子!団子!アズマ・カルチャーの庶民的菓子を味わうことなく何が任務か!」
「俺をツッコミ役にするな!お前だろう!」
「俺に役目押し付けるな!」
「だからってボケるな!!」
普段の毒舌と真面目さはどこへやら、スチェイのアズマ文化好きは暴走していた。彼の様子にサイトウは普段の変態キャラを封印してツッコミに回るほどの異常な様相を呈する程である。
「ニンジャか妖怪もいれば完璧だ!……いなさそうだが……」
「情緒不安定か!ボケるなボケるな!」
サイトウの苦労を他所に、一方のジョルジョは平常運転であった。
「そこの美しいおねーさん、僕とお茶しない?」
「古典的なナンパしてるじゃあないッ!すみません!」
見かねたスペンサーがジョルジョのナンパに横槍を入れていた。
「なにかねこれは?」
「中佐、僕も同意見です」
ギルバートの意見にレオハルトは間髪入れず賛同の言葉を送っていた。
彼らが冷静な状態になるのは旅館に到着し、宿泊する部屋を決めてしばらくするまでかかった。惑星地域標準時で正午になったので一行は庶民的な飲食店で食事をとった後、ギルバートはスチェイら三名にやや怒気を溢れさせながら微笑と共に簡単な作戦会議を始める。
「さて、君たち問題児どもが冷静になるまでここまでかかった。そのお仕置きは後で覚えておくように……」
「……はい」
「……はい」
「……はい」
「……なんだこれは」
「聞くなイェーガー」
あまりにも奇天烈な様相に沈着なイェーガーや指揮官として修羅場に慣れているスペンサー大尉も困惑した様子を隠すことはなかった。
借りてきた猫のようにおとなしくなった三人の様子を見た、ギルバートは今回の任務の概要を伝達する。しかしその手段は口頭ではなく神経接続によるものであった。
ギルバートとスペンサーは首元に付けている装置の同型をレオハルトたちに渡す。首輪にも似たそれを五人は装着すると、顔を覆うように装置が変形を始める。その装置が全員の顔を覆うと首元の回線が会話よりも早く脳内の言葉の情報を読み取り始める。
これは『テスラ型電脳トランスミッター』と称される装置で、民間では義体手術を受けた人物とそうでない者が仲間内での遠距離連絡に利用される。だが、軍用ではその匿名性と秘匿性から機密性の高いやり取りに専ら利用される。それは非サイボーグではない人物がサイボーグと高速でやり取りをするのに適している理由もあるが、口頭を交えないことで距離に関わらず情報を交換できるという利点も有していた。
「今回の任務はスカウトだ」
「交渉ですか?」
「そうだ。ある人物を我々、『共和国軍特殊探査船団』へと引き入れる。ここにいるレオハルト君のようにな。だが、一つ厄介なことがある」
「それは……?」
「その人物は二人いるが、一方はメタビーングだ」
ギルバートは平然ととんでもない事実を口にした。
「む……」
「なに……!?」
「何……?」
「今回の任務はMBの保護と人材の確保の両面を兼ねた作戦だ。観光客を装いながらある人物と接触する。質問はあるか?」
MB、メタビーングを意味する略称である。一般人がいる時にはそういう隠語を交えて会話を交わすのは五大国家の特務機関のエージェント同士ではよくあることであった。
「その人物とは?」
ギルバートに質問を投げかけたのはスペンサー大尉であった。
「まずアオイ・ヤマノ、これが今回注視すべき人物。そして果物取引会社『フルーツ・マツさん』の9代目経営者で自身も果樹農家である『サブロウタ・マツノ』だ。二人は婚約の関係にある」
「……」
「途端に不景気な顔をするな、ジョルジョ」
「……羨ましくない。あるものかよ」
スペンサーがそう言ったジョルジョを張り倒そうとしたのでレオハルトは割って入った。
「なぜ止める」
「大尉殿。僭越ながら、何故二人を保護するか、はっきりと結論を示さないと士気に関わると考えます」
レオハルト少尉の意見にギルバートとスペンサーの両名が納得する。
「それもそうか、ただカップルのキューピットになりなさいでは確かに士気は低いだろうな……感謝するぞ、少尉」
「レオハルト君のいうとおりだが……士気は発揮してもらおうか、ジョルジョ君?」
異様な殺気を放つギルバートを見てジョルジョは完全に怯えた表情をした。
「ヒ、ヒィ……」
青ざめたジョルジョを尻目にサイトウが言葉を投げかける。
「敵対勢力はいるだろうか。もしくは二人の仲を引き裂くような要因が?」
「敵対勢力はいくつか想定しているが現時点でそれらしき活動はない。だが問題はアオイ自身にある」
「どのような……?」
「それを答えるには場所が悪い……場所を変えるとしよう」
そう言ってギルバートらスカウト部隊は旅館内の一室へと場所を移した。
「さて、質問に質問を重ねるようなスタイルで大変申し訳ないが、君たちはメタビーングをどういう存在だと思う?」
「歴史の生き証人ですげえ生物って聞いてる」
「神とか悪魔とか妖怪とかって例えられるな。でも人間と姿変わらねえのいるだろう?」
「人の姿をとることもあれば異形や神獣の姿をすることもある。あるいは両方。強大な身体能力を持っているのは確かだな」
サイトウ、ジョルジョ、スチェイが三様の答えを出した。
それを聞いてギルバートが満足げに微笑む。
「流石にある程度は分かっているようだな。レオハルト」
「メタビーングの定義は高次元的生物でメタアクトを行使可能、さらに知的水準も人類種などの高度な知的生物に匹敵、あるいは凌駕した生物であるとされます」
「完璧な解答ありがとう。さすがは教師志望だった男だ」
「ありがとうございます。先程のは教員養成プログラムの基礎講習で教わることですから……」
「なるほど、なら知ってて当然だったということだな」
「……」
「諸君らも知っている通り、人材育成や職業選択においてメタビーングは優遇されやすいと聞くだろう。何故なら彼らは賢く、身体も頑丈、特殊な能力も得ている。その能力の範疇にはメタアクトも含まれるだろう。それほどの存在が……ただ殺処分されるのは損失でしかない」
「え!?」
「……何!?」
「……」
「……」
「……そうか」
ギルバートの発言にレオハルトを除く全ての表情と声に動揺が表れていた。
レオハルトは悟っていた。この任務の失敗は人命の損失に直結するということを。
「つまり、国が……」
国。この言葉が意味するのは『アズマ国政府』に他ならなかった。
「そうだ。危険な状況にある。最悪の場合は外交問題になるだろうな。だがそれ相応の価値がある。ミス・ヤマノは重要な証人であり、優秀な戦闘員だ」
「証人とは?」
「……魔装使いとの戦闘経験がある」
「……」
レオハルトの脳裏にある光景が広がっていた。
父の顔、死体と悲鳴が渦巻く研究所、そしてヴァネッサの狂った笑顔。
レオハルトの運命が教師から軍人へと反転したあの地獄をレオハルトは静かに思い返していた。
「少尉」
「……すまない。作戦について少し気になることがある」
レオハルトはトラウマへの念慮を作戦への意気込みで誤魔化す。
「ほう。言ってみろ」
「この作戦、説得だと伺っているのですが、彼らは我々のことをどう認識しているのです?」
「私の仕事仲間とは伝えてある」
「具体的には?」
「ぼんやりとだ」
「我々の素性はどの程度明かして良いですか?」
「必要なら、だがあまりおすすめはしないだろう」
「それは我々が特務機関だからですか?」
「そういうことだ」
「でしたら、次に本作戦の妨害要因は政府系組織以外にもあり得ますか?」
「大いにある。ミス・ヤマノは敵が多い。それに彼女自身にも注意すべきことがある」
「メタビーングであることが?」
レオハルトの質問にギルバートが微笑をわずかに浮かべて答える。それは表情と心理学に長けたレオハルトだけがわずかに気づくような微かなものであった。
「鋭いな。その通りだ」
「やはり……」
「彼女は普段は美しいご婦人だが、危険が迫ったり極度の興奮を感じると理性を失った状態で戦闘形態へと変異する。女郎蜘蛛形態だ」
「女郎蜘蛛……」
横で聞いていたスチェイが目を輝かせた状態で歩み寄る。
「こっちだと神樹経典などの神話に出てくるアラクネに似ていますね」
「スチェイ、知っているのか」
「女性と蜘蛛が融合した空想上の生物でした。それにしても妖怪!ますますアズマ国らしくなります!」
「スチェイ」
興奮したスチェイにギルバートが呼びかける。
「す、すみません」
「……まあいい。仕事はきちんとしろ」
ギルバートはそう言った後、話を続けた。
「彼女の戦闘データはかなり少ないが、蜘蛛の特徴を有する以上は毒を使った攻撃を行うと予想される。無用な戦闘は避け穏便なやり方で捕縛する方針でいく。理解したか?」
「了解」
「了解」
「了解」
「了解」
「了解」
五人はそう言って首元の装置を外した。
そこからは周囲に怪しまれぬよう、現地集合の体で行動を開始した。当然メタアクトの行使は緊急時を除き厳禁とされ、レオハルトは旅館を出て、ゆっくりと時間をかけながら現地へと向かっていた。
「おい、お前!?」
「え?」
その道中、レオハルト少尉は意外な人物と再会する。
短く切られた黒髪、中背ではあるが鍛えられた肉体、質素な印象を与えるアズマ国製の背広。質実な印象を与える知的な人物がレオハルトの背後にいた。
「た、タカオか?」
「やっぱな!久しぶりじゃないか……軍人になったんだってな」
「ああ、ひたすら忙しかったよ」
「休暇でここに?」
「……そんなところだ」
レオハルトは休暇による観光の体を装ってそう偽った。苦楽を共にした親友相手ではあったが、レオハルトにはそうすべき理由が存在していた。
意外な再会と秘密作戦、レオハルトの心は思わぬ揺らぎを迎える
次回、波乱あり




