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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第一章 レオハルト覚醒編
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第一章 二十二話 過激派の男

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

パトリックを勾留した後、レオハルトは艦橋へと舞い戻っていた。

「レオハルト少尉、敵は?」

ギルバート中佐がレオハルトに問いかける。

「確保しました」

「素晴らしい。外患はともかく内憂を断つことができた」

「ジョルジョとイェーガーは?」

「通信士に聞いてみろ」

ギルバートの報告を済ませたレオハルトは通信士から戦況を確認する。

「二人はどうだ?」

「無事なんてレベルじゃありません。ジョルジョの暴れっぷりとジョルジョの狙撃は凄まじいですよ」

「被害状況は?」

「我が艦は損傷軽微、敵艦はすでに撃沈し、敵機は二〇も大破しております」

「……凄いな。エースだと聞いていたが」

「ジョルジョは共和国飛行軍のエースですからね。渾名まであります」

「渾名?」

「『ノヴァーラの赤き鷹』ですよ」

「アタリアの……そういえばAGU出身だったな」

「13歳で宇宙暴走族と張り合ってますからね。ピーキーな旧式小型機で」

「……なるほど、彼は天才と」

「そういうことです」

「戦闘データも見せてくれ」

「ええ、凄いですよ」

レオハルトは通信士が見せた画面を覗く。その内容を見て彼は絶句した。

「……驚いたな。これは第二次銀河大戦の戦闘さながらだ」

ジョルジョの飛び方は三つの点で悪魔的であった。

まず今現在、シンシアと敵艦がいる地点は小惑星帯の真ん中でドックファイトには非常に難度の高い領域にある。にも関わらずジョルジョの飛び方はどこにも小惑星がないかのように自由であった。これがジョルジョの恐るべきところの一つ目である。

二つ目は敵を仕留める速度も異常で、出会いかしらに五機を誘導弾で撃墜した後、一度に九機を相手してしぶとく飛び回っていた。その間の三分の間に全ての敵機をジョルジョは撃墜していた。

そして最後の三つ目は小惑星や敵機、敵艦の残骸すら敵を仕留める武器に変えることだ。恐ろしいことにその場にある残骸で敵機を押し潰すように誘導し、回避した敵もAF形態の射撃兵装で蜂の巣にしていた。機動兵器への、特に高速戦法を取りやすい機体への理解度が異常な上に、さまざまな状況に瞬時に適応する強さが彼にはあった。

敵の練度の低さと相手の悪さが仇となり、敵AF部隊はたった一人の機体に殲滅されていた。

また、イェーガーの戦果も鮮やかなもので、AFの撃墜に貢献したのがジョルジョならば、敵艦船への攻撃の戦果はイェーガーに集中していた。

イェーガーはAFのカメラ越し、それも数十ピクセル程度のドットと化した敵影に狙いを定め的確に潰していた。これも神業、いわば死神の技巧であった。

小惑星と距離、宇宙空間での視認の難解さ、戦闘での銃火など閃光。あらゆる不確定要素をクリアしてイェーガーは敵艦の『艦橋』を微細な操作で潰した。他の護衛艦も同様であった。

「……はは、見れば見るほど現実離れしているな」

通信士から見せられたデータを見てレオハルトは深く感心しながらため息をついていた。イェーガーとジョルジョの戦闘能力は優秀以上であった。

不意に通信機からジョルジョの呼びかけがあった。通信士が応対する。

「……船の方は無事か?なんだが随分とリラックスしているようだが?」

「問題ありません、レオハルト少尉が一人で潰しました」

「あのハンサム少尉が?やるな!」

「そちらの状況報告を求む」

「終わった。帰投する」

「了解、周辺に注意せよ」

「了解だ」

通信機からジョルジョの歓喜した声がする。

「首尾の良い決着だな。幸先の良いことだ」

ギルバートはそう満足げに頷きながらレオハルトの方に歩み寄る。

「そして証人も得た。……君は人心に長けていると聞く」

「ええ、学生時代は趣味で心理学も習いましたので」

「趣味で?」

「夢だった仕事を目指す勉強の一環でした」

「元々は教師志望だったな。そういう話も聞いている……やってみるか?」

「是非」

レオハルトは落ち着きを取り戻した艦内のある一室を目指した。

その途中で船外の功労者二人とレオハルトは出会った。

「少尉殿!今日の俺どうよ」

「お見事です。貴方のお陰で安心して船内に専念できました」

「おう、もっと褒めると良いぞ」

レオハルト褒め言葉を前に勝ち誇るジョルジョにイェーガーが横槍を入れた。

「……ジョルジョ、この人が誰かを知っているだろう?」

「げ……狙撃の死神様が」

「誰が死神だ」

イェーガーはジョルジョに物凄い雰囲気で詰め寄った。

「ぎゃー俺功労者!たすけて」

「それでは僕は捕まえた捕虜を尋問するので」

助けを求めるジョルジョにレオハルトは軽い調子で自分の今後を伝える。

「ぎゃーこれ絶対やべーやつ……ぎゃあがが!」

「行ってらっしゃいませ」

レオハルトは面白おかしい様子の二人に見送られて、尋問室へと向かった。通路を歩くまでの間、この襲撃の理由についてレオハルトは考えていた。戦艦シンシアと偶発的に遭遇して戦闘を仕掛けた可能性も考えたが、もし計画的に襲撃を加えたとしたら不明な点が多いと彼は疑問を持っていた。

室内には念入りに拘束され、メタアクト用のナノマシンを注入する首輪や手錠をされた状態で彼は椅子に座っていた。室内には二人の警務班の兵卒が捕虜の監視に務めている。彼らが敬礼した後、レオハルトはパトリックと向かい合うように座った。

「……我々の船の乗り心地はどうかな?」

「……悪くないな」

「なるほど。我々の質問には正直に答えてほしい。場合によっては共和国の法で厳罰に処されるリスクがある。理解したかな?」

「……した」

「まず質問だが、君はこの船を意図的に襲撃したか?もしそうならば……」

「違う。偶然見つけた」

これは予想通りだった。真偽はどうあれパトリックがそう答えたことは想定内である。だが問題はここからだった。

「君たち襲撃者の装備だが、あれは……どこで?」

「拾った」

あり得ない答えだった。彼らの装備はどれも軍用で視覚補正装置ですら高性能な代物であった。

「嘘だな」

「その理由は?」

「共和国でこの装備は違法だ。光学迷彩の装備、船外服も近接戦闘に適した改造の形跡がある、しかも持っていた銃は共和国領内星域によっては持っていただけで州法で然るべき刑罰を受けるものだ。それを持って潜入に襲撃。この船の所属がどうであれ共和国の法で裁かれるリスクがある」

「そうかい。それでこの船はどんな船だ」

「それはどちらでも良い。今は君たちの持っていた道具が違法であるということが問題だね」

「なかなかでかい船だな」

「そうだろう。襲撃は苦労したか?」

「ああ……調べるのは大変だったぜ」

「……ほう?」

「……」

「装備についてだが、君たちは無罪では済まないだろう。それを踏まえて次の質問をしたい」

「勿体ぶるな。話せ」

レオハルトの雰囲気が変わる。

「この船について知っていることはあるか?」

「……知る訳ないだろう」

「そうか。嘘を言うなら手段を選ばない部署に任せる可能性もある。それを踏まえて聞くが……君はこの船を狙っていたね?」

「……」

「君は先ほど『調べるのに苦労した』と口を滑らせた。だから慎重に答えてほしい。この船の情報は誰が?」

「……ぐ」

「君らの組織、徹底的に調べる必要が……」

「待て」

「ふむ?」

「……この作戦はある人物から情報提供を受けてやった」

「ある人物とは?」

「……外部の人間だ。姿はヒューマン系種であることしかわからない」

「訛りは?」

「ない。流暢な銀河共通語だ」

「服装は?」

「背広、しかし顔は仮面と帽子で隠れて……そうだ」

「なんだ?」

「肌、肌が薄橙だ」

「アズマ系か?」

「恐らくは……アズマ文化の素養があった」

国際的な組織、アズマ国系列の暴力団組織や過激派結社。あるいはワンチョウ系組織の犯行、もしくは竜山連合系の黒社会の線が濃厚となった時だった。

「失礼する」

「……貴官らは?」

「私は『イプシロン』とでも、こちらは相棒の『リー』だ」

「そうか……父の」

「ええ、お久しぶりです」

室内にある二人の人物が入室した。二人は政府のIDカードをこちらに見せてくる。彼らはレオハルトの父カールの部下だった男でそれぞれ『イプシロン』と『リー』と名乗っていた。

「それで……彼にどのような用件が?」

「彼は重要事件の参考人です」

「重要事件?」

「残念ですが、公判が始まるまで極秘で」

「……そうか」

「取り調べの途中ですみませんが、速やかな引き渡しのご協力をお願いします」

「私の権限で続行は可能か」

「残念ですが……より『上』からの指示で」

「……わかった。なら最後に彼に質問させてほしい」

「……承知。一度だけです」

レオハルトはパトリックに向き直ってこう発言した。

「手短に言おう。君は僕らの船を沈めてどんなメリットがある?」

「……」

しばしの沈黙の後、彼は答えた。

「ギルバートをこの世から消せる」

「ギルバート中佐を?」

「……俺は『真の自由戦士』であるがために手段を選ばなかった。そんな俺でも彼は『悪』だよ。スラム育ちだからわかる」

「スラム?」

「……AGUのニューバースだ」

「……あそこは深刻だな」

AGU、すなわちアテナ銀河連邦はアテナ銀河において最大の国家勢力である。軍事、経済、保有惑星数、人口、支配領域とあらゆる面においてアテナ銀河連邦国は傘下におく加盟国と自治州を含めて銀河の宗主国としての地位を確立していた。

だが、その繁栄の光には影があり、極端な自由放任主義を掲げ、企業と才能の成長を促すことを重視した政策の裏で貧困への軽視あるいは格差の是認が通例として横行していた。

「……なあ、レオハルト少尉さんよ、あんたのことは知っている」

「……演説、聞いていたか」

「俺の生き方は間違っていたか」

「暴力はね」

「生きていることが罪だろう、俺みたいな奴は」

「そうじゃない。罪を犯さぬようにするなら生きる権利はある」

「……そうか。それが聞けて良かったよ」

「……」

レオハルトは彼のこの後の運命を悟った。レオハルトの知らないところでパトリックはある罪で裁かれ、処刑される。

それは法に則り粛々と命を刈り取るものであるとレオハルトは悟った。だが、レオハルトの言葉を聞いたパトリックは不思議なくらい穏やかな笑みを浮かべて退室した。パトリックは後から来た二人に連れられて格納庫の小型船へと消えた。

三人を乗せた小型船は戦艦シンシアの格納庫から発艦しどこかへと飛び去ってゆく。

その様子をレオハルトはいつまでも見送っていた。

パトリックの運命は闇へと消える。希望をレオハルトに託して……。


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