第一章 二十一話 急襲
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
その日のレオハルトの朝は早く始まった。
自身の個室の中に暖かなコーヒーを用意しながら、自分の置かれた状況を整理すべくレオハルトは何かを書き殴っていた。船舶の朝は時刻を示す数字のみ、それはとても味気ないものであった。だが、それでもレオハルトは早く起きて自分の状況を整理すべくノートと格闘していた。
そこには『父の死の真相』と書かれたある文章が記されていた。
『父の死の真相』
ヴァネッサの身元。
軍部のデータベースにて、国内の学校に通学していた。魔装使いの契約の痕跡あり。医学データ有り。精神に深刻な疾患。原因、人間関係の可能性?
要調査。
父の任務。
ヴァネッサの兵器利用?
軍での任務の性質上、協力者、責任者、その他上層部の情報が必要な状況にある。
しかし、一切不明。軍部データベースのアクセス不可。閲覧制限。
要調査。
ギルバート中佐。
目的、不明。なんらかの情報を集めている?
要調査。
アリソン・ド・モンベリアル護衛任務。
管理主義国家勢力やアテナ銀河外の敵性勢力、『抜き取るもの』ことエクストラクターに対する牽制。友好関係を維持。二〇〇年以上生きている。彼女は歴史の生き証人。
『エクストラクター』に対する情報?
なんらかの手がかり有り。ギルバート中佐が調査している。
以上の内容をレオハルトは白紙のノートに記載していた。レオハルトがコーヒーに口をつけた。
その時だった。
レオハルトの乗る船舶『シンシア』が強烈な衝撃によって大きく揺さぶられた。空気と金属に満ちた空間のために当然轟音も響く。コーヒーの熱によってレオハルトは顔をやけどする羽目になっていた。慌ててレオハルトは艦橋に向かった。飛び込んでくる情報に対して、冷静さを保ちながらレオハルトは情報整理を始める。
「何事!?」
「敵襲です!」
そう答えたのはスチェイであった。
「状況は!?」
「二次方向、相対距離二〇〇〇から砲撃、それに合わせるように艦内に複数の侵入者が」
「……この船が罠に……だとすれば敵の増援も」
「あり得ます……まずい状況です」
「敵の正体は?僕はカオス・アナーキストの仕業だと思うが」
「戦法が戦法なので宇宙海賊の可能性が」
「いずれにせよ人命を重視しない組織ということか。白兵戦なんていつの時代だ」
「全くです。このままでは……」
そんなやりとりを交わしていた時、ギルバート中佐がイェーガーを呼んだ。
「イェーガー」
「標的は?」
「このポイントだ」
中佐は航海図のある部分を示し、イェーガーにある指示を出す。
「ジョルジョと出ろ。敵艦はお前が潰せ」
「AFも確認されているのでは?」
「ジョルジョに任せる。エースらしい仕事が必要だからな」
「了解」
「くれぐれも頼むぞ」
「ご心配なく。いつも通りです」
イェーガーとジョルジョが艦橋を出てから、ギルバートはレオハルトに指示を出した。
「レオハルト」
「はい」
「敵は海賊ではない。だが、ならず者なのは正解だ」
「中佐はどこの仕業かと?」
「カオス・アナーキストあたりだな」
「同意ですが、根拠は?」
「分析を急いでいるが、あの船は国旗をマークで塗りつぶして武装している」
「海賊ですら国旗を表記しますからね……つまり無政府主義の過激派と」
「マークの中身にもよるが……」
そう言ったところで通信士がギルバートへと近寄る。
「報告します。犯行声明により敵の正体が判明しました」
「どこだ」
「カオス・アナーキストの傘下組織です。弱小ですが攻撃を」
砲撃の閃光がヴィクトリア級戦艦『シンシア』を揺るがした。対エネルギー装甲と空間被膜があるお陰で船自体は無事だった。
「やはりな」
「艦内の敵はどの班に担当させますか?」
「君がやれ」
「僕がですか」
「そうだ。メタアクトがあるならやれるだろう」
「他の人員は?」
「被害が多い。多くは回せんし、主戦力は艦外の敵で手一杯だから期待するな」
「了解」
レオハルトはギルバートの命令を受諾し、艦内を高速で駆け抜けた。青い残像とともに所定のポイントに向かうとそこには毒々しい色合いの船外服を着た怪しい連中がレオハルトに銃を向けてきた。
レオハルトは雑魚に時間をかけなかった。
青い残像の後、袈裟斬りにされた敵、レオハルトの軍刀の煌めく一閃だけがその空間に存在した。敵の数は八人。彼らは小銃を構えたが引き金を引くことなく両断され絶命した。
レオハルトは納刀した後、敵の人数を確認する。
「こちらはウィンド、感度良好、どうぞ」
「こちらCIC、ウィンドへ艦内侵入者の状況報告を求む。どうぞ」
「ウィンドよりCIC、艦内敵侵入者八名を排除。どうぞ」
「CICよりウィンド、侵入者は全部で十六名いる。うち一名メタアクターであると報告を受けたし、艦内スキャニングにもデータあり、艦内警備隊が苦戦している故、十分に警戒せよ。どうぞ」
「了解。引き続きウィンドは残存敵侵入者の捜索を続行する。通信終わり」
「了解。幸運を」
レオハルトは通信を終え、拳銃の安全装置を外した。
敵に位置を悟られないよう、能力での高速移動を避け、ゆっくりと身を隠すように移動した。
途中で味方と敵の遺体をレオハルトは確認した。
敵の遺体は四。味方は十はあった。
「ウィンドよりCIC、艦内に銃殺された遺体確認。どうぞ」
「こちらCIC、遺体の詳細を求む。どうぞ」
「こちらウィンド、遺体を確認、乗員一〇、敵戦闘員四。どうぞ」
「了解。残敵に警戒せよ」
「ウィンドより……待て」
「ウィンド、どうした」
レオハルトは音を殺すようにして近くの物陰へと移動する。すると敵と思われる集団が死体に念入りなとどめを刺しながら談笑していた。
「ウィンドより……敵の接近を確認。数は四」
「指揮所より、十分注意して処理せよ」
「了解。通信終わり」
レオハルトは銃とナイフを構えてゆっくりと敵の近くに忍び寄る。能力なしのレオハルトの動きも流麗そのもので敵を二名を慣れたようなナイフ捌きで葬り去った。
残り二。レオハルトは隊長のそばにいた一名を射殺した。隊長はすぐに距離をとってレオハルトの方を見る。
彼とレオハルトは互いに対峙した。
「……そうか、その目」
「大人しくしろ。抵抗すれば……」
「他の同志も殺した。そうだろう」
「……ええ」
「我々のことは国から聞かされているだろう。弱者を切り捨てる無法者の集まりであると」
「……そうだ」
「それは違う。少なくとも我々はな」
「……」
「国とは何か君は考えずに軍に入ったのだろう。国のために尽くす都合の良い正義の味方として。だがそれは間違いだ。国とは利己主義であり暴力で暴力を御する組織。自らの組織を守るためならどのような非道をしてもそれを決して省みることなどないのだ!我々は人類のために古い国という機構を潰し、人類に進歩を促すのだよ!」
「国に守られている人間がそのために死んだとしてもか」
「大義のために致し方ない犠牲だ」
「……」
「お前はレオハルト、カールの息子なのだろう」
「……僕を知っているようだ」
「カールに反発している君がなぜ軍に入る必要がある。なぜ国というくだらぬ組織に仕える必要がある。必要なのは個、そして判断だ。人類は強くなるために正しい判断を下す必要がある。お前なら分かるはずだ。レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ」
「結論から言えば、ノーだ」
「なぜ?」
「一つ、国という枠や秩序に救われている人がいる。切り捨てを是とする大義は正義と呼べない。二つ、僕が軍に入ったのは自分の意志だ。父の死の真相を知りたいとは思うが、それ以上に不条理を正すべく軍に入った。そして、カオス・アナーキストは他者や国という秩序を暴力で蹴落とすことで自らの集団を幸福にしようとしている。国という組織は一枚岩ではないし、大きなシステムだから溢れることはあるだろう。だが、積極的に誰かを切り捨てる貴様らよりかは遥かにマシだ。完璧ではないにせよな」
「そうか……ならば」
そう言って敵隊長はロングナイフを抜いた。
レオハルトも軍刀の鯉口を切った。
両者は向かい合う。
最初に仕掛けたのは、隊長であった。
彼はロングナイフを投擲し、素早く銃を撃ってくる。クイックドロー、いわゆる早撃ちだった。それに加え一瞬のフェイントを交えた狡猾な戦法であった。
「とった」
だが、次の瞬間。隊長は袈裟斬りにされていた。
「身代わりです」
「そのようだ」
だが、隊長は絶命することなくレオハルトに突撃してきた。彼は余裕の笑みすら浮かべていた。
レオハルトが袈裟斬りにした彼を模った囮。目の前のそれは肉塊となり、隊長の本体の上半身と融合する。
レオハルトは悟った、目の前の人物はメタアクターであると。生命力が能力で底上げされていると。その時の敵の顔は不気味なほどの笑みであった。それに加えて隊長格の敵は自身の肉体を変形・変異させる能力を有しているとレオハルトは理解した。
レオハルトは眼前に迫るナイフを見る。レオハルトの超人的な感覚はその軌道を完璧に把握する。
「メタアクターか。君、名前は」
レオハルトは軍刀に手を掛けながら問いかける。隊長はにやりと答えてこういった。
「パトリック・ロングアイランド。お前を殺す男の名前だ」
その男の名前は悪名高いテロリストであった。軍人であるレオハルトはそれを理解する。
「……そうか。君は悪党か。殺人の経験は?悔いはあるか?」
レオハルトは彼に問いかけた。次の瞬間、彼は醜悪な笑みでこう答えた。
「俺は偽善者たちに現実を突きつけてからナイフや触手で殺すのが流儀でな。大義も成し遂げながら偽善に縋る弱者と強者ぶった連中を痛めつける今の仕事は最高だと感じているよ!」
「そうか。ならば……斬る。君は大義の為と称して他者の命と尊厳を軽視しているからな」
レオハルトはそう言って軍刀を構える。それを見てパトリックは果敢に突っ込んできた。
「この世はなあ、残酷なんだよ!弱いやつから理不尽に殺されるように出来ているんだ!だから国なんて組織はいらねえ!邪魔なだけだ!」
「世界が悲しいほど理不尽なのは賛同する。だがその後は賛同できない」
互いの武器がしばし打ち合った後、押し合いの状態にもつれ込んだ。鍔迫り合いである。そんな状態で二人は言葉と刃を交わしあった。
「なんとでも言え!弱いやつは死に方すら選べない。一人ぼっちで誰にも褒められることなく死ぬんだよ!言葉に意味はねえ、力こそ全て、それが自然な状態だ!」
挑発を交えたパトリックの何気ないセリフ。それはレオハルトの怒りに火をつけた。
「……褒め言葉」
「あ?」
能面のようなレオハルトの表情。その目に鬼火が如き異様な眼光が宿っていた。
「褒め言葉は、作るんだ……人を」
次の瞬間、レオハルトの剣は死の風となった。
「理解したか?」
能力も相まって繰り出される神速の斬撃は一秒の間に三十六もの死風となる。それはパトリックの肉体を残酷なまでに裁断する。
「グァアアアア!?」
パトリックは無力化された。激痛の中、体の神経と筋肉を切断される痛みを覚えながら彼はその場に倒れ伏した。
「再生能力はあるだろうが、限定的だな。ならば再生が追いつかないほど切って……こうする!」
そう言ってレオハルトはパトリックを捕縛用ワイヤーでぐるぐる巻きにした。それは数秒にも満たない早業で能力とレオハルト自身の器用さの賜物であった。そしてレオハルトはスタンガンでロングアイランドの意識を刈り取った。
かくしてレオハルトは艦内の敵を一掃し、証人となりうる人物も確保した。レオハルトは艦橋とCICに任務完了の一報を伝えると、過激派の男の肉体を担ぎあげてその場から高速で走り去っていった。
彼の去った後には青い風、残像があった。
鮮やかな剣戟。ロングアイランドの正体は……?




