第一章 二十話 高速対執念
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
エリアスは斬られても斬られても立っていた。
それはレオハルトが殺さないように加減していたことも大きかったが、エリアスが自身の再生能力で浅い傷を瞬時に治してしまうことも要因であった。
レオハルトは鍔迫り合いに縺れ込みながら思案した。
再生能力をもつ以上生半可な手は通じない。かと言って無理に周りの手を借りれば仲間を死なせる可能性がある。しかもエリアスという男は吸血種を殺害するためならば手段を選ばず殺傷する危険性が一秒ごとに増している。そして目の前にはレオハルトを斬り倒してでも背後の護衛目標を殺傷するという意志がある。それは自身の痛みどころか周囲の人間を殺傷してでも吸血種を根絶するという狂気じみた意志が宿っていた。
「殺すべし。吸血種」
レオハルトは回避不能の斬撃を加えているにも関わらず、相手の方が有利に振る舞うという奇妙な状況に陥っていた。
「お前は甘い。だからここで敗北する」
エリアスはそう言って何かを投擲した。
それは一見すると閃光手榴弾だが、レオハルトはその意味を瞬時に理解する。
それは吸血種にとって有害な紫外線を発する特殊な閃光手榴弾であった。
「く!?」
レオハルトは加速する。そしてその閃光手榴弾を窓の外へと投げた。
アリソン・ド・モンベリアルは無事だった。しかし彼女に追撃が加わる。
手裏剣状の武器。吸血種にとって紫外線と同等に猛毒である銀製の武器であった。
レオハルトは左手に持った拳銃でそれを撃ち落とす。その一瞬が致命的だった。
「片腕をもらうぞ」
エリアスの狙いはこれだった。レオハルトの片腕を両断すること、しかも悪辣なことに左腕を狙っていた。レオハルトの身体能力に制限をかける狙いとマリアの指輪の嵌っている方の腕を切り落とすことでレオハルトの心を折る狙いがあった。
悪辣なやり方だが、的確な一手であった。
しかし、それは叶わない。
「ぐぅぅ!?」
銃声。
上階から電磁加速の弾丸がエリアスの振り上げた両手を精密に撃ち抜いた。
鮮烈さすら感じさせるその神業的銃撃を成したのはイェーガーであった。彼に撃たれたエリアスの両手は粉砕され、鮮血に染まった刀剣がカランと床に落下した。
勝負がついたが、ここからが問題だった。
「そうだ。僕はまだ余りに未熟。だがその僕を信じてくれる人物がいる」
「彼もそうか」
エリアスは狙撃手を、イェーガーの方角を向く。
「彼だけではない。僕には僕を信じてくれる人が沢山いてくれる」
「…………」
「エリアス、君のなすべき仕事は本当にこれか?」
「……」
「君が倒すに値する外道は……ここにはいない。いるのは僕の重要な証人だ」
「なんの証人だ?」
「吸血種すら霞むほどの外道を知る手がかりなんだ」
「……」
「僕のことは聞いているだろう?」
「親父さんのことは残念だった。仕事を斡旋してもらったこともある」
「なら……」
「勘違いするな」
「……」
「今は引く。他に優先すべき標的がいるなら消耗は賢明ではないからな」
「……感謝するぞ」
「……礼などいらぬ」
そう言ってエリアスはどこかへと消えていった。
「……」
「……」
「……」
「……任務完了だ」
アリソンを庇うようにして呆然としている三人とは対照的にイェーガーは淡々と銃の調子をチェックしながらそう発言した。
「お前って本当どうかしている」
「お前こそ、よく反応できたな」
「それはこっちのセリフだ。よく狙撃なんてできたな!?」
「両者の動きが固定されて敵の動作が予測できた。タイミングは一瞬でいい」
「それがゼロコンマの間でもか!?」
「問題ない。コインを射抜くのと変わらねえ」
「……お前の銃の腕が常軌を逸しているのはわかっていたがよ……」
「あの場で反応できただけでも大したものだ。狙いもぼんやりではあるが定めていたのはグットだ」
「褒めるなら二人もな。ジョルジョのカバーとスチェイのメタアクトにも助けられている」
「守りは完璧だな」
イェーガーはそう言ってスチェイとジョルジョの方を見る。
「……お前らは早回しで動ける能力でもあるのか?」
「俺は違う。俺は目が良いだけだ」
ジョルジョは肩をすくめてそう言った。それを見てスチェイは発言を付け加える。
「ジョルジョは分かる。お前は腕利きのパイロットだし、こないだの任務でも助けられたからな。他はなんなんだ」
「俺だって付き合いは長いだろう?スチェイ」
スチェイの発言にサイトウが苦笑を浮かべる。
「お前が戦闘経験豊富な元傭兵だって知っている。凄腕なのもな。化け物だとは聞いてねえ」
「悪いな。バケモノで」
「そこは否定しろよ、やりづらい」
「人殺しの戦闘マシンもバケモノも対して変わらねえだろう?」
「そう自虐するなよ。いつもみたいに言い辛えよ」
表情に陰りが宿ったサイトウに対してレオハルトがフォローする。
「サイトウ、気楽に……な?」
「旦那、そう単純じゃありゃせんぜ」
「俺だって親父を救えなかった親不孝者だ」
「救おうとするだけいい息子だよ。俺とは違う」
「このメンバーに引き合わせてくれたのはお前のお陰だ」
「そうかもな」
「なら良いやつだ。僕はそう思うよ」
「……どうもな」
そんなやり取りの間にジョルジョが割って入る。
「だぁ、辛気臭いな!」
「なんだよ急に」
「こういう時はな好きな女の子の話でもすんだよ!いつもならよ。あちらのアリソン嬢あたりので盛り上がってんじゃねえか!」
そう言ってジョルジョはアリソンの方を見る。
「……男同士で何を盛り上がっとるんじゃ」
物陰に身を隠していたアリソンの発言にジョルジョは急にしんなりした
「……永遠の青い果実かぁ、俺はもっとダイナマイトでも……ぶへッ!」
ジョルジョの発言にアリソンは跳び蹴りを加える。
「誰がちんちくりんじゃ!阿呆!」
「あででで!」
その様子を見てサイトウが一言言った。
「ジョルジョ、今すぐ俺と変われ」
「なんでだよ!?」
「ロリータちゃんにいじめられるなんてうらやまけしからん」
「……」
「うん?」
「誰がちんちくりんじゃって?」
アリソンがサイトウのそばにいつの間にか立っていた。そして見事な掌底打ちでサイトウの体を軽々と吹っ飛ばした。壁に叩きつけられたサイトウは満面の笑みを浮かべてこう発言した。
「あ、足でやってほし……か、ぐほ……」
アリソンは気絶したサイトウを見て満足そうに頷いた。
「スチュワート少尉、イェーガー曹長、なんですこれ?」
「いつものです」
「いつもの状況です」
レオハルトの問いにイェーガーとスチェイがそう返答した。
護衛任務を終えた五人をチャールズ・A・スペンサー大尉とギルバート中佐が出迎えた。
「相変わらず仕事は完璧でしたね。……その後のふざけたやりとりはやや問題だったが」
「良い。護衛はなされたからな」
サイトウとジョルジョのネジの飛んだやりとりについては護衛対象の無事であることとその後、アリソンから得られた情報によって不問とされた。
「ギルバート中佐、この護衛任務で得られた情報とは?」
ギルバート中佐はレオハルトの問いかけにゆっくりと答える。
「抜き取るものに関する情報だ」
「!?」
「それも有力な情報だ。奴らには協力者がいる」
「……」
抜き取る者、エクストラクター、エクビー、彼らを示す名前は複数存在する。
カールとヴァネッサの運命を狂わせた張本人とされていて、共和国の歴史で多くの不都合と危機をもたらした知的種族だとされる。その存在を示す証拠は存在しておらず、都市伝説や噂、あるいは『魔装使い』達の証言でのみその存在が語られるのみだ。しかし、その存在を立証するにあたる証拠、とりわけ彼らと魔装使い達の端末とされる個体の捕縛に関してはいまだに確保することはできなかった。
「……協力者ってそんなことはあり得るのですか?」
「裏は取れている。団体だ、共和国内にも活動しているほどのな」
「それは?」
しばしの沈黙の末、ギルバートは答える。
「ブラット・クロス党、あのテロリスト集団どもだ」
ブラットクロス党、あるいは単にブラットクロスと呼ばれる組織はアテナ銀河に全体主義、あるいは管理主義による一党独裁を目標に活動する過激派集団である。
『統一規格で管理された強者階級』による全ての生物個体に対する絶対的な支配と服従、搾取、あるいは玩具化や道具化としての隷属を強制するための体制を全次元に構築すること。これを目標に銀河で暗躍するだけでなくテロ事件を主導したり、果ては民間人への虐殺や惑星に対する破滅的な破壊活動を行う事例がしばしば報告される。
その破滅的で特異なイデオロギーのためにアスガルド共和国に限らず銀河内の全ての勢力だけでなく、パータリプトラのようなアテナ銀河外の星間国家や果ては並行世界や同じ管理主義を標榜する国家勢力にすら敵視されている。
彼らはあらゆる集団に対して攻撃的だが同時に国家以外の協力者を有していることも共和国軍の情報部によって把握されていた。
「……抜き取る者とブラット・クロス党、ありうる繋がりです」
「そうだ。イデオロギーに共通項がある以上組む可能性はある。その後はどうなるかはわからないが」
「互いに潰し合う可能性が……」
「ある。それでも同盟を組むということはそれ相応の何かが……近いうちに起きる」
「……時空管理庁はなんと?」
「一切不明としか言われないだろうな」
「…………つくづく得体の知れない」
「私が知るのはこの程度だ」
「感謝します。では……」
そう言ってレオハルトはスペンサー大尉と共にチームメンバーの方に向き直った。
「皆のおかげで作戦は順調に完遂された感謝する。指示があるまで休んでくれ」
スペンサー大尉はその場にいる部下にそう告げた。レオハルトを含めた五人は敬礼をした後、艦船内にあるそれぞれの寝室へと戻っていった。
レオハルトはマリアへの通話を終えた後、日記にこう記していた。
『本日の任務は護衛、古い知人と交戦する。彼はとんでもない殺戮者へと変わっていた。俺の知らないところで知らないことが起きている』とだけ書いてレオハルトはベットに体を投げ出した。
意外な再会、混沌とする状況。レオハルトの心に影が残る……。
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