第二章 第七十八話 戦場の女傑、その10
カトリーナとアルバートの二人は対照的であった。
アルバートは愛刀と自分の調子を見るだけに留めていた。一方でカトリーナは面白グッズと称したあらゆる装備や投擲物を器用かつ素早い点検を進めていた。
「……何してんだ貴様」
「オメーこそそんなんでいいんかよ?」
「愛刀と我が身さえあればいい」
「へぇ……一発芸突破型かよ。一周回っておもしれーな」
「どうとでも言え。俺は小細工は好かん」
「なにいってんだ。卑怯と罠とユーモアこそ戦場の華だろ? そんなんじゃオメーずる賢い卑怯怪人天狗マンの多彩なカラシ罠戦法にかかっても知らねーぞ。暴君クラスの辛味だってあるだろうからな!?」
「……貴様は何を言ってるんだ」
出鱈目な発言を繰り返すカトリーナにアルバートは辟易していたが、その一方で彼はなにか引っ掛かるものを感じていた。
「……随分とやる気だな。サボりとジョークの化身かと思ってたぞ。こないだの鍛錬の時も遊んでいたからな。まあ、レオハルトの温和さも吹き飛ぶほどお仕置きされていたな」
「失礼な。ケイティちゃんだって宿題やる時はやるんだぜ。直前まで放置することが多いけどな?」
「……鍛錬の『た』の字もないのにどういう風の吹き回しだ?」
「前にさ。セントセーヌがひでえことになったろ」
「ああ」
「アタシのお気に入りのバーが潰れてやがったのさ」
「……ああ」
「ツァーリン軍のせいだとよ。バーテンも死んじまった。逃げるところを背中からズドンだってよ」
「…………ああ」
「子供がよ。遺体に縋り付いて泣いてたんだよ。アタシもセントセーヌに来た時は良く遊んでいたわ。あいつおもしれーやつだったな。アタシが言った冗談でゲラゲラ笑ってたっけな……あとバーテン良いやつだったよ。近所のどうしようもない酔っ払いの愚痴聞いたりしてたっけな。アタシも悩み聞いてもらってたっけなぁ」
「………………」
「はは、あのバーテンてさ。街でもやっべー経験慣れてて不死身とか呼ばれてたんだぜ……なんで死んじまうかな。ツァーリン軍はヘボな指揮で散々アタシらにやられてたろ……割が合わねえよ……なんで死んじまうかね……」
「………………」
「ぷっ、あはは……あ」
「?」
「しまった。目にカラシ入ちった。わりい。顔洗ってくる」
そう言ってカトリーナがその場を立ち去る。その場にはアルバートだけが残される。
「……ああ、戦場の常と言え……な」
そう言ってカトリーナが女子トイレに入ったのをアルバートは横目で見ていた。
カトリーナはトイレ内で涙を流した。その後、顔をむりやり洗面台の水で洗った。
「……畜生が」
彼女は苦々しく鏡を見つめる。すると彼女は奇妙な違和感に気がついた。
「……あ?」
元宇宙海賊の勘か、あるいは修羅場慣れした経験のためか、カトリーナは背後に映るものへの警戒度を上げた。それは一見するとなんの変哲もないトイレの風景であった。
「……いやがるな。こりゃ」
そう言ってカトリーナが護身用の小型ピストルを引き抜いた。
突如、すると何もない空間がカトリーナのいた空間を切り裂いた。否、光学迷彩で隠れていた敵工作員がカトリーナを襲撃したのだった。
「四人か。こりゃ骨折りすぎて激痛だぞ?」
飄々とした口調とは裏腹にカトリーナの表情は形だけの笑みと憤怒の形相とで彩られていた。
まず一人が襲いかかる。
光学迷彩で覆われた肉体が俊敏なナイフ捌きでカトリーナの頸動脈を狙う。
その瞬間だった。カトリーナはナイフを止めた。彼女は精密なヌンチャク捌きで見えないナイフの刀身を受け止めていた。
襲撃者は驚愕のあまり、動きを止めるがそれは致命的だった。彼のこめかみにヌンチャクの強烈な一撃を貰う。
「ガァあああああああ!!」
激痛のあまり襲撃者はトイレの床でのたうち回る。
その瞬間カトリーナの背後にもう一人、透明な襲撃者が同じようにナイフで襲いかかる。だがこれもカトリーナは器用に往なす。それどころか、カトリーナはまるで見えているかのように器用な手つきでヌンチャクを敵の鼻っ柱に叩き込む。
「ホァチャァッ!!」
「ガァッ!?」
怪鳥のような奇怪な絶叫と共に敵を叩き潰したカトリーナは突然、持っていた小型ピストルを横に撃つ。すると光学迷彩で隠れていた敵の脳髄と血飛沫がその場に散らばった。
「ば、バカな……ッ!?」
「オメー……ツァーリンのバッドエンド信者だろ?」
「は?」
「は、じゃねえよ。歯医者かテメー。いいからこっち来てバーの経営論と美味しいコーヒーの作り方語り合おうぜぇ……?」
「何ってんだオゴォ?!」
そう言って首を掴まれた透明な男はカトリーナによって力づくで呼吸を阻害される。
「ヒ、ヒュー……ご……ゴ、ゴボ……」
見えざる襲撃者は必死に抵抗したが、強烈な握力に逆らえずとうとう意識を投げ出してしまった。それによってカトリーナは戦闘に勝利し外にいる仲間に呼びかけた。
「出会え出会えぇ!襲撃者ぞぉーッ!」
カトリーナは最初にそう叫んだ。しかしトイレには誰も来ない。
「コラァー!さっさと来いアルバート・ネイサン・イノウエェ!」
そう叫んだタイミングでようやく女子トイレの踏み込んだアルバートが目の前の光景にギョッと驚愕の表情を浮かべる。
「……さっきから……は? なんだこの光景は?」
状況を飲み込みきれないアルバートにカトリーナは怒鳴る。
「三秒で来いよぉ!」
「日頃の行いだ」
「ひどぉ、というか無線しろや!」
カトリーナが怒って叫んだタイミングでアルバートがようやく状況を理解する。
「HQ、こちらアルバート。レオハルト中佐へ。カトリーナが刺客を無力化した。至急何人かよこしてくれ。どうぞ」
アルバートは無線でレオハルトの状況を説明した。
「アルバート、こちらHQのレオハルト。承知した。……サイトウに何人か連れて向かわせる。どうぞ」
「アルバートよりHQ。すまない。恩に着る。どうぞ」
「HQよりアルバート。気にしなくていい。そばにいるのはカトリーナだろう。こちらとしてはそういう事態も予想していた。どうぞ」
「アルバートよりHQ。了解、レオハルト中佐に感謝を。通信終わり」
そう通信終了したタイミングでサイトウがアルバートのそばに現れた。
「……なんだと?」
「レオハルトに準備しておけと言われてな。そういうことだったのだな?」
「……隅に置けない人物だ」
「俺のことかぁ?」
「お前じゃない。レオハルトだ」
サイトウのボケにアルバートがツッコミを入れる。
一方のサイトウはアルバートの発言に朗らかに笑いながら兵士たちに指示を飛ばす。兵士たちは手早くかろうじて生きている敵工作員たちを拘束していた。
「工作員は三名確保、しかし一名の死亡を確認しました」
「ご苦労。尋問は慎重に頼むぞ」
「は!」
共和国軍兵士がサイトウに敬礼して去る。サイトウは兵士たちの手際の良さを労いつつアルバートとの話に戻った。
「レオハルトはこの事態を予期していた?」
アルバートの質問にサイトウが頷く。
「ああ、内部に敵アサシンが潜んでいると情報を受けたらしい」
「出所は?」
「イェーガーとペトラだ。両方、その手の人脈にコネがある」
「コネだと。どういう組み合わせだ?」
「どっちも裏社会だな。イェーガーは昔やり合ったアサシンや傭兵と情報交換することがある。ペトラは言っていたろ?」
「ああ……イェーガーはレオハルトに会うまでは随分な生き方をしていたようだな」
「お互い様だ。俺だって元傭兵だしな。俺もアラカワも少年兵経験者だ」
「……どうもSIAはしんどい過去に縁がある人物ばかりのようだな」
「なんだろうな。レオハルト中佐は見抜いているだろうか?」
「……ありうる」
「まあ、驚かねえよ。中佐はとにかく察しが早い。SIAの扱いが変わるのはそれほど遠い日じゃねえだろうさ」
「理由は?」
「二つある。一つは正規軍が一目置いていることだ。情報部の連中ですら俺らを無下に扱わねえことが増えたろ」
「使えると思っているだけかもな」
「それにしては随分と助けてくれるな。おまけに理由はそれだけじゃない」
「ふむ?」
「ツァーリン軍さ。奴らマジでよその土地だからと好き放題しまくってるからな。凶悪で冷酷な振る舞いをし続ける上に数だけはやたら多いから正規軍でも手を焼いている」
「なら尚更、厄介仕事を押し付けられているだけだな」
「それがな。お互い様になりつつある」
「その理由は?」
「向こうがわざわざ装備や設備や兵器を回してくれるようになったろ。前だったらこっちが力を持つようなことは避けていたどうにな?」
そう言ってサイトウがニヤリと笑う。
「向こうも我々が必要に思うようになったと?」
「ああ、これは現場の俺らが暴れているだけではこんなに扱いは良くならねえ」
「……そういえばレオハルトはサブロウタやスペンサーと一緒に正規軍に出向くのはよく見るな」
「ビンゴ、どうやら三人が説得してくれたようだぜ?」
「……ならサイトウの意見が正しいようだな。確かに扱いは変わっている。だがそれが続くかはこれからの俺ら次第だ」
「ああ、頑張って戦果を出さないとな!」
そう言ってサイトウがご機嫌な様子でカラカラと笑う。
「随分と楽しそうだが、準備は済んだのか?」
「え……うぉ、噂をすれば影!」
サイトウは目の前にサブロウタが現れたことに驚いたが、すぐにご機嫌な様子で彼と握手を交わす。
「どうだったよ?」
「なんの話かな?」
「正規軍との交渉だ」
「はは……おたくらにはバレるか」
「そりゃそうだ。現場のことは詳しいからな」
「なら、ご想像通りだ。今度いい装備が手に入るぞ」
「やったぜ。さすがサブロウタの旦那!」
「レオハルト中佐やスペンサーさんや現場のサイトウらが頑張ってくれたからさ。これでアオイからキスはいただきだ!」
「そういえばそんな仲だっけか」
「前からな。アオイがメタビーングだとしても、それを含めて愛してる」
「良かったな。だが一個忠告がある」
「なんだ?」
「……その……ジョルジョは嫉妬深いからあんまり自慢げになり過ぎないようにな」
そう言ってサイトウが気まずそうな様子を見せる。するとそこでサブロウタがハッと何かに気がついた様子を見せた。
「あー……前それで不機嫌だったのか」
「あーあ、遅かったか。まあいいや。何かあるときは俺も一緒について行ってやる」
「ほんとか。助かる!」
「気にすんなよ。ジョルジョが女に振られるのは恒例行事だぞ」
サイトウの発言にカトリーナが爆笑する。それを聞いてサブロウタも関心を見せる。
「へぇ、随分と彼に詳しいんだな」
「ああ、親友だからな」
サイトウとカトリーナの顔にはやんちゃな少年のような明るい笑みが宿っていた。彼らの様子を見てアルバートも微笑を浮かべていた。
残酷な戦乱の時代。それでも……希望と笑みは輝く
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