第二章 第七十二話 戦場の女傑、その3
食事と酒を思う存分堪能した後のSIA主要メンバーの行動は様々であった。
サイトウとジョルジョは女の子の可愛さに関する話で花を咲かせ、アルバートとアポロはロビーの鍛錬に根気強く付き合っていた。
「シン、少しいいか?」
「どうした?」
「話があるんだ」
「分かった。場所を変えよう」
レオハルトはシンと共に人気のない場所へと移動する。
そこはレオハルトが使っている執務室で中には机や書棚などが設置されていた。
「要件は?」
「我が父のことだ」
「あまり話せることはないぞ」
「構わない。君の視点での彼のことを聞きたい」
その発言を聞いてシンはしばしの沈黙の後に答えた。
「端的に言えば、恩人だ。俺の兄はそう思ってないが、少なくとも俺は俺が学びたいことを学ばせてくれた」
「戦術や軍事学かな。我が父は実践的な内容を重んじそうだ」
「それもだが戦史も学ばせてくれた。あれは興味深い。実際の戦闘にも通じる重要な教訓につながっている」
「確かにね。僕は戦史の話題は楽しかったよ」
「士官学校にいたんだったな」
「そうだ。君は実戦に関わるまでどんな日常だったか聞かせてほしい」
「察しの通り、主に訓練だ。拳銃や小銃、手榴弾の扱いに軍隊格闘術の他に俺の故郷の武術を教わった。専門の師範をわざわざ呼んでな」
「君の動きの中に『銀狼流古武道』の動きがあった。師範はマスター・アメミヤかな?」
「よく分かったな?」
「アメミヤ先生はよく軍隊で熱心に吸収するアズマ人の若い子がいたことを教えてくれたよ。あの厳格な先生が人を褒めるのは珍しいから印象に残ってた」
「そうか。そうするとレオハルトもアズマの武道を?」
「そう。銀狼流は柔術主体で護身目的でやってたよ。でも父は武術に厳しいから甲冑組討術や真剣を使った稽古もやらされたな」
「そうか。腰の軍刀は二つある。一つはアズマの刀だな?」
シンの発言の通り、レオハルトは自分の家の軍刀以外にもう一つ帯刀していた。
「最上大業物・風切丸の一つだ。ここに銘も刻まれている」
そう言ってレオハルトが風切丸の一本を見せた。シンはその刀を非常に細かく観察した。
「なるほど、これは素晴らしいな」
シンは納得した様子で頷いた。
「君が褒めるとは!」
「良いものには相応の理由がある。俺は分かったというだけだ」
「そうだろう。切れ味も素晴らしいぞ」
「だろうな。お前なら戦艦だって両断しそうだ」
「あっはははは! 流石にそれは骨が折れるな!」
「でもできないわけじゃないだろう? そこは心底羨ましく思う」
「僕に?」
「レオハルト中佐はもっと強くなる。いつか救国の英雄と呼ばれる逸材だ」
「買い被りすぎだよ……僕は父の死の真相を知りたいだけだから」
「ならば大丈夫だ。あなたはやはり知るべきことがある」
「……何だろうか?」
「……カールは……『魔装使いの兵器利用』を調べていた」
「……嫌な予感がする」
「……」
「……」
しばし沈黙が続くが、シンは口を開いた。
「やはり聞くべきだ。……お前もだ。アンジェラ・ヘラ」
シンはある一点をぎろりと睨んだ。
その威圧感にたじろいだ彼女が物陰から逃げ出そうとする。
だが、シンは既に彼女の後ろに回り込まれていた。
「……お前は何をしている?」
「ひぃぃ、違いますって! これは純粋な創作意欲と知的好奇心旺盛なための結果ですってば、ひぃ、ひぃ、そんなに殺意漏らさないで!やばいってこれ!」
「……分かった。トイレの時間ぐらいやるから漏らすな」
「ちょっと!女子に向かってなんてこというの!」
「違ったか?」
「違うわよ! 事前に済ましてるわよ!」
「それはいい。お前はなんで物陰から俺らを見ていた?」
シンはどうにか優しい物腰で質問する。それを聞いた一方のアンジェラは最初はしどろもどろになるがやがて恍惚な様子でこう答えた。
「……美男子同士の浪漫、人類の夜明け……ああ、男同士の絆と繋がりはやがて危険な愛に」
「……待て、どうしてそうなる」
「シンレオ、シンレオは人類の黎明ね……」
「……は?」
「だぁかぁらぁ! シンレオは人類の黎明よ! ……ああ、おっしゃらないで確かにアスガルド出身同志たちの主食はレオアルね。主従の王道、禁断の恋慕、狙撃手と指揮官の甘美な繋がりは確かに胸を焼くものよ。でもね、恋慕って意外な方角に転がるものよ。それにシンだって鍛えられているわ。男だって魅了するほどにね。古傷まみれの肉体、地獄という地獄を巡って傷ついた心、鍛えられた大胸筋と腹筋の美学、血も滴る美貌……ああ、どれをとても魅力的でしょう! そこにレオハルトの優しさを……あ、ほぼイきかけました」
それを聞いて半ば諦観を込めた様子でシンは質問を続ける。
「……噂には聞いてた」
「そう!男同士の肉体と精神の奇跡。これぞまさにウフフフフ!」
「ウフフってなんだ……?」
「ウフフはウフフよ!」
ドヤ顔でなされた妄言にレオハルトとシンが互いの顔を見る。
「自慢げな事か!」
「自慢げな事か!」
とうとう二人が息の合ったツッコミを入れた。
いつも通りのアンジェラの言動にシンもレオハルトも翻弄される。彼女はいわゆる『腐女子』で美少年同士のラブロマンスを熱狂的に愛好するマニアであった。彼女のストライクゾーンは多岐にわたるが、主従関係とブラザーフッドは鉄板と日頃から彼女は公言していた。
「だって、レオハルトもシンもイケメンじゃん。それに仲良しじゃん。他の部隊にも人望ある上官あるけどレオハルトは別格ね。他の部隊じゃ出る不満や喧嘩もここじゃ一切ないし。カリスマ王子って感じ!」
「……喧嘩?」
「他の部隊で誰と誰が仲が悪いとかそういう話題はよくあるわよ。だから友達が羨ましがっていたわ。ここじゃ結束が強い上に誰も欠けてないのにびっくりしていたわよ」
「……そうか。それは嬉しいな」
レオハルトがアンジェラの言葉に微笑む。誰も犠牲者が出ずに戦場を制し、結束も軍でも随一という事実はレオハルトの心を少し和ませていた。
「まあ、喧嘩ップルとかライバル同士の熱い関係も定番だけどね! ウフフ!」
「……相変わらずだな。重力の」
そう言ってシンが皮肉っぽく笑う。
「アンジェラよ。あなたってぶっきらぼうね。でもそこが素敵ね!」
「褒められるのは嬉しいが、俺を同人誌の素材にしてくれるなよ?」
「えー」
「えーではないが」
「イケメンなんだし、そんなこといわないで。ね?」
「ダメだ。作りたいならせめて実物じゃなく架空の人物にしておけ。この作品はフィクションですと明示した上でだ」
「むむ……分かった。それで妥協するわ」
「分かればいい。架空の創作までは否定しない」
「ありがと。それと……何の話をしていたのよ? 今後のデートとか?」
「違う。ツァーリンとエクストラクターが関わっている可能性だ」
「エクストラクターとか『抜き取る者』って正体不明の知的種族って言われているけど? 軍入るまで都市伝説かと思ったわ。魔装使いは実在するけどさ」
「エクストラクターも実在する。決定的な大規模犯罪の証拠と活動記録が出てないのが問題でな」
「確かにね。それと『魔装使い』の兵や士官は今の所どこの戦場にも出てきていないって聞いてるわよ。正直、可能性止まりじゃないの?」
「それを見つけるのが我々の仕事だ」
「だよねえ……はぁ……」
「お前は女子の友達やツテが多そうだ。何かわかったら教えろ」
「了解ぃ」
「あと……」
シンはアンジェラに顔を近づける。目の奥が見えるほど、顔を近づけてこう発言した。
「これは国家レベルの軍事機密だ。君には今回のことは必ず黙秘しろ」
「し、します。しないと……」
「そうだ。君は軍刑務所に送られる」
「はいぃ……」
すっかり腰の抜けたアンジェラにレオハルトが手を貸す。
「君はもう少し……手心をだな」
「事実だ。むしろアンジェラは運がいい方だ」
「……運がいいって?」
「俺はもっとやばい案件に関わったことがある。武闘派の外道マフィア、赤子も殺すテロ組織、忌々しいカルト宗教、ガーマ帝国王党派でも特に過激な残党、ワンチョウ国の過激派武装組織、とち狂った資産家のデスゲーム、イカれた殺人鬼の追跡までやった。……全部殺したがな」
それを聞いたアンジェラとレオハルトが顔を見合わせる
「……え、一人で?」
「…………そうだったな」
「え。え。マジなの?」
「父から聞いたことがある。どれもこれもこの世のものとは思えない悪魔そのものだったと。それを君が掃除していたか。優秀だとは常々聞いていたが」
「ああ……どいつもこいつも圧政と加虐が好きで自分よりも相手が弱いと分かれば戦闘から拷問に秒で切り替えるようなクズとカスとクソばかりだったよ。だから相応の対応をしただけだ」
「ええー……噂に聞いてたけど英雄ってやっぱ違うわ」
「茶化すな。俺はそんな立派な存在じゃない。……俺は一人の軍隊だ」
「……それはそれで妙な矜持を感じるわ」
アンジェラがアラカワの発言内容に目を白黒させていた。その間に、彼はレオハルトに資料の束が入れられたクリアファイルを手渡した。
「これは……?」
「軍で『アウト』だった奴らの証拠だ」
「……『アウト』、非人道的な手段をやってしまったか」
「ああ、ファイルには非常に心苦しい結果がある」
「……そうか。グリフィンおじさんは……」
「ああ……彼は彼なりに国を想っての行動だが、加担してはいけない奴らに加担している」
「……」
「……他の面々も完全に与している。グリフィン以上にな」
「……」
レオハルトはグリフィンが連れていた部下たちのことを思い返す。
かつてカールの部下だったイプシロンとリーを除くと赤い服の女に軍服の巨漢のことについては全く未知であった。寡黙な兵士。巨漢や女よりも不気味なのは一見すると平凡な一兵卒のように見えた男である。
彼は明らかに異質な殺気を隠し持っていたが、あらゆる身体的特徴を殺気よりも巧妙に軍服や覆面に隠していた。
覆面は迷彩柄で軍が支給している標準的なフェイスマスクに過ぎない。だがそれが彼の特徴を完全に覆い隠していた。
「調べよう……」
父の部下であるリーやイプシロン、そしてよく知るグリフィン中佐が影でおぞましい悪行に手を染めている事実にレオハルトは動揺を隠しきれずにいた。それだけにアンジェラの何気なく優しい気遣いがかえって彼の胸中に渦巻く暗澹たる悲しみを自覚させてしまっていた。
性癖全開な部下を連れ、レオハルトは真実に迫る。グリフィンの思惑は……?
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