第二章 第六十九話 コルマルの戦い、その9
アラカワのAFは雪原の中で後退と制圧射撃に徹した。
そうしながら鹵獲した機体の武装を彼は大急ぎで確認する。AF用狙撃銃、機体胴体部の機関砲、手投弾型クラスター爆弾がアラカワ側の小型モニターに表示される。
「なにもかも旧式だが……使える」
シンはコックピット内で既に戦略を組み上げていた。
彼は敵だけでなく未来も見据えていた。
「……くだばってたまるか」
シンの目には煌々と異様な眼光がギラギラと輝いていた。
今すぐ戦えるのは自分だけ、その事実が彼の今持てる力の全てを最高潮に引き上げていた。
彼は全神経を狙撃することに集中させる。
隊長機だけが彼の殺意を鋭敏に予期したのか、激しく逃げ回るように動く。だが、シンの狙いは端から隊長機ではなかった。
「一機」
そう言ってシンは敵AFのコクピットを精密に射抜く。
即死であった。
抵抗すら許さずアラカワという男は敵の命を刈り取った。精密さでイェーガーにどうしても劣るアラカワが選択したのは敵の不意を突くことに集約されていた。
その時点をもって、敵の動きに明らかな混乱が起きていた。
作戦司令部ではほとんどの人員がアラカワがもたらした戦法に困惑の表情を浮かべていた。画面を見つめるルードヴィヒが困惑した様子で呟く。彼にしては珍しくその状況を注視するほとんどの気持ちを代弁した。
その時、彼の疑問に答える者がいた。
「……恐怖だ」
レオハルトがそう呟く。
「なに?」
「彼は……才能がある。敵に恐怖を与える才能だ」
レオハルトの発言に同調したのは彼の相棒で情報戦や電脳戦のスペシャリストであるユキ・クロカワ女史であった。
「私も同意します。彼は得意な戦法を全面に出しました」
二人の発言にルードヴィヒが困惑する。
「頼むからわかるように言いたまえ。私は君らと違ってアラカワに詳しくないのだ!」
ルードヴィヒの困惑から出た絶叫にレオハルトは明確な答えを出した。彼は自身の経験と人間に対する理解度の高さからくる結論をルードヴィヒに提示した。
「彼が多対一の戦闘に滅法強いことは君も知っているだろう」
「……え。それが……どういうことかね?」
「初歩的なことだよ。彼は不利な状況であればあるほど強い。ああ、もっと簡単な言葉に直すよ。……アラカワは自分一人だけで戦うことにあまりにも慣れすぎているんだ。今から彼は本来の戦い方を全面に押し出すことなんだ。彼だって命は惜しい。まだ救っていない命を救わずに死ぬことは彼にとっても不本意だってことは聞いてるよね?」
その発言にルードヴィヒは心底目を丸くしていた。
「い、いやいやいや。死にたくないのは誰だって同じだろう? 何もアラカワだけが特別って訳では……」
「ルードヴィヒ君」
不意にレオハルトがピシャリと毅然とした物言いに切り替わった。
「はい!?」
「彼のようなタイプは珍しいからよく見ておくといい。彼のような目的のために自分の命すら惜しまないタイプは希少だ。なぜなら……そういうタイプの大半は平然と自殺同然と手段をとって死んでしまうからだ。彼は……正真正銘の『生き残り』っと思うべきだろうね」
「ど、どういうことだ。我々の見てるのはドラマや映画の映像ではないのだぞ!?」
「それ同然のことが起きる。……わかるね?」
「へ?」
そう言って困惑する様子のルードヴィヒを尻目にレオハルトはアラカワの戦い方の様子に注視する。戦況は既にアラカワの側に傾いていた。
アラカワは敵の一人を射抜いた後、隊長機に流れるように照準を向けた。
その動きは冷徹ながら非常に的確で隊長機が呆然とするタイミングをひどく的確に見抜いていた。
アラカワが再度引き金を引いた。だが隊長機も手練れにふさわしい反応速度であった。被弾したもののコクピットを射抜かれる最悪だけは免れていた。
この時点で撃墜二、中破二、健在一という状況に敵は追い込まれていた。
三機もの敵が慌てふためいた様子で激しい回避機動を繰り返す。それは円を描くようでありながらジグザグににも動くような予測させない動きを確かにしていた。だが、その動きをもってしてもアラカワの目は誤魔化せなかった。
「教本通りの軌道。……それほどの強敵ではないか?」
そう言ってアラカワは隊長機の脚部を的確に射抜く。
ここでアラカワの狙撃銃は弾切れとなるがそれでも敵の被害は甚大であった。だが物理的な被害よりも相手に与えた心理的な影響の方が甚大であった。敵は文字通り逃げるだけで手一杯となっていた。
だが隊長機らしき機体は非常に勇敢でアラカワの狙撃に臆することを忘れ猛然と突撃を行なってきた。
「こっちは弾切れでか……やるな」
そう言ってアラカワは機体のエンジンの出力を調整する。格闘戦に臨む姿勢となった。そのタイミングで隊長機とアラカワのシモノフが激突する。
そのタイミングであった。アラカワの機体と隊長機の機体が戦闘による接触で通信回線が接続された。それは状況が状況なだけに互いを驚かせた。
「……お前とはな」
「!?」
アラカワは露骨に驚愕する。その理由は隊長機のパイロットにあった。
隊長機のパイロットはガリーナ・アリョーシャ少佐本人であった。
アラカワは最初に敵のフロートを機体の右腕で掴み取った。
それに気がついたガリーナ機が小銃型の粒子砲でアラカワを仕留めに掛かった。
だがアラカワは速かった。棍棒のように振り回しながらガリーナ機にぶつける。当然フロートはガリーナ機と激突すれば衝撃による誘爆は必須であった。ガリーナ機は爆炎と衝撃に包まれたが機体は無事であった。衝撃の瞬間に両腕部と銃で防御し、機体の基幹部を守っていた。
そのタイミングでガリーナがアラカワの機体に殴りかかる。そこにアラカワは脚部で猛烈な蹴りを与えた。
「こうやるんだ。戦いは」
不遜な物言いでアラカワがガリーナを挑発する。
「調子に乗るな。アズマ人」
ガリーナが改造型シモノフの鈍重なはずの腕部で拳銃型の武装を引き抜く。目にも留まらぬ見事な早撃ちであったがアラカワの反応が速かった。機体は撃ち抜かれることなく射線から対比する。そこにガリーナが回し蹴りを加えた。
「くらえ」
ここでアラカワ機が始めて損傷した。だが、その被害は驚くほど軽かった。
「それで本気か?」
アラカワが敵機の足を掴んで振り回す。そして広い雪原に投げ飛ばすとガリーナの機体がツァーリン軍のフロートを何機か巻き添えにして地面に叩きつけられた。無数の雪原の雪が落下の衝撃と同時に波のように噴き上がる。
他の型落ちの機体なら原型を留めないほど破壊されるか機能不全のまま停止するのが当然の結果であった。だが、シモノフの単純で頑丈な構造は激しい落下の衝撃の直後でも稼働する耐久性を有していた。無論乗っているガリーナの落下の衝撃を最小に抑える機体制御技術の腕もある。だが、それ以上にシモノフという機体がもつ耐久性がガリーナの生存に大きな役目を果たしていた。
「……チッ。だがダメージはある」
アラカワは舌打ちと共に次の一手に出た。ガリーナは機体を起こそうとするのは必須である。そのタイミングでアラカワが行ったのは躊躇のないゼロ距離での近接戦であった。射撃だとスラスターの噴射によって着弾から逃れようとするのが見えている以上、アラカワがやるべき手段は相手を逃さないことであった。落下するように雪原に着地し、急速に彼はガリーナ機に飛びかかった。
「仕留める」
アラカワはガリーナ機に右腕、マニピュレーターを振りかぶった。狙いは頭部パーツ。カメラやセンサー類の物理的な破壊であった。だがガリーナは最初の一撃を回避する。雪や土砂が舞い上がり二機はもつれるように組み合った。
ガリーナはアラカワを蹴り飛ばして距離を取る。
彼は最初、銃撃戦になると思い機関砲での制圧射撃を行った。だが、その後の行動は彼が思いもよらないものであった。
ガリーナは苛烈に攻撃を加えようとする素振りを最初見せていた。だが、不意に攻撃の手を緩め、その場から離脱を始めた。
アラカワはあらゆる可能性を考え、ユキとコンタクトをとった。
「ユキ、周囲に長距離用誘導弾の発射炎はあるか?」
シンは秘匿性の深い個人間回線で彼女の意識と繋がった。ユキに渡された機器で生身のアラカワはサイボーグのユキと高速通信を可能としていた。
「ない。どうしたの?」
「敵が逃げ出した」
「どういうこと?」
「わからん。基地は罠か?」
「違う。ここには高級将校もいる。彼らにとっても重要な拠点であったはずよ」
「なんだ……ガリーナはなぜ退避している?」
「調べている。……チッ、防壁も多くて危険よ」
「突破できないか?」
「一回やったけど、雑な音声が拾えただけよ。ノイズまみれ」
「後で分析しよう」
「そうね。それより貴方は大丈夫なの?」
「俺は問題ない。それより火器管制員が死んだ」
「そうね……彼のことは残念よ」
「ああ……鹵獲した機体が役に立てばいいが」
「……後、気になることがある」
「なに?」
「ガリーナほどの有能で人望がある士官がなぜ少数のAFとフロートで攻めてきた?」
「そうね……そのための対策もしてあったのに」
「……向こうはなにかゴタゴタしてそうだな」
「かもしれないわね。ノイズを除去したら知らせるわ」
「頼むぞ」
不可解な戦況に二人ができたのは首を傾げることだけだった。
ガリーナはまだアラカワと勝負し、多国籍軍側の戦力を削る余地があったはずであった。
だが、彼女は撤退を選択した。否、攻撃可能であるが攻めることを上官から許可されなかったようにアラカワが感じていた。
そのタイミングでアラカワの無線に作戦司令部からの通知がされた。
「基地作戦完了。飛行部隊およびSIA各位は帰投せよ。RTB、か…………まぁ、兄貴がいるなら必然だな」
アラカワがそう呟いたタイミングでスチェイの機体が戻る。
「全機帰投命令だ。ここは正規軍が引き継がれる」
「了解」
スチェイがそう発言したタイミングで無数の輸送用フロートが基地周辺へと着陸する。
後続の多国籍軍部隊と入れ替わるようにしてSIA含めた突入部隊がフロートへと乗り込む。それを見届けてからウィスキー、ヴァイパー、サンダー各隊は元いた秘密基地へと離脱を始めた。
「……地上波どうだった?」
「激しい抵抗があった。味方も何十人もやられた。そっちも大変だったそうじゃないか」
「ああ、こっちの火器管制員は即死だったし、何機も落とされた」
「……そうか。味方をやられたことでライムがひどく取り乱していた」
「……戦場の常だ。誰も死なない戦場などありえん」
「そういうな。仲の良い顔見知りだったようでな……」
「……わかった」
厳格な性分のアラカワもこの時ばかりはライムに同情を禁じることはできなかった。戦場の非情さと理不尽を噛み締めながらアラカワも僚機と同じ空を飛んで帰路へとついた。
激戦が止み、雪原に静寂が戻る……
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