第二章 第六十八話 コルマルの戦い、その8
地下での戦闘が苛烈を極めているのとは対照的に空のフロート部隊は静穏な状況にあった。
周辺空域の哨戒と地下から地上へと逃走した敵の掃討を部隊は行う。フロート部隊は地上部隊の作戦の成否を祈ることしかできなかったが、幸か不幸か彼らは現時点では非常にリスクの低い状態であった。
「……敵が逃げ出しているなら、だいぶ上手くいってそうだな」
「そのようだ。向こうの指揮は雑だからな」
「だろうな。脱走している部隊に混じって後退する車両部隊がいる。まあそれもサンダー隊があらかたやったが」
「後退する部隊に混じってではなくて?」
「逃亡兵のほうが多いようだな。ユキから情報が入ったろう?」
「ああ……だがそれでも組織的な抵抗自体はある」
「だろうな。そこは厄介だぜ」
「俺らの実力自体は十分だ。地獄だって鼻歌まじりに散歩できる猛者ばかりだ。だが、ここまで大規模な作戦は初だ。兵員の消耗が心配になる。……味方を失うからメンタルもな」
「……ああ、センスあるな。その意見。言い回しもクールだ」
「だろ?」
冗談まじりに味方の心配をしているジョルジョとエドウィンの無線にアラカワも入る。
「……今は自分のことが問題だな。ガリーナが来る可能性がある」
アラカワ曹長が二人の軽口に忠言を挟みながら周囲に目を向けていた。
制空権を確保した今ではスチェイが地下への援護に向かえるほど状況は穏やかな状態が続いていた。
「ラジャーだ。サンダー隊は途中から突入部隊の応援に入ってる分、俺らがなんとかしないとな」
「ああ、AFが来たら厄介だ」
「地下はきつそうだな。地下に途中参加のスチェイには同情するぜ……ん?」
不意にジョルジョが怪訝な表情になる。彼の変化した様子を見てアラカワもなにかに気がついた。
恐ろしい敵が雪煙と共に迫っていた。間違いなく敵の援軍であった。
「ち……このタイミングか!」
「しかもあの部隊の動き……速いぞ!」
「全機散開! 散開!」
ジョルジョの指示と共にウィスキー、ヴァイパーの全機が敵に狙われぬよう回避機動を行う。だがそれでも不運な味方が二機も撃ち落とされる。
「しま……やられ……」
「ダメだ、ダメだ! うわ!」
無線機越しに味方の断末魔の叫びが聞こえ、ジョルジョが怒りと闘志を燃やす様子になった。
「やりやがったな!!」
ジョルジョのフロートは非常に凶暴な動きで敵を翻弄する。だが、それにも限界はあった。敵のフロート部隊の中にAFが混じっていた。
「やべえぞ。AFがいる!」
「味方をやったのはそいつか!」
ジョルジョの発言と敵と味方の位置関係からエドウィンが的確に状況を理解する。エドウィンの理解は正しいものであった。敵のAFは二機存在していた。そして彼らこそがフロートを一撃で撃墜していた。
「スナイパータイプか……」
アラカワがそう言って敵に向けて高速で迫る。他の僚機が敵から距離を取る中、アラカワの機体だけが猛スピードかつ地表付近の低高度で敵の距離を潰していた。
敵AFは小銃を思わせる武装でフロートを狙う。
二機ともアラカワの方に照準を向ける。だが弾丸が機体を射抜くことはない。地表近くを飛ぶことで雪煙や岩石などで相手の狙いを上手く逃れていた。加えてフロート自体の速度も速く、腕の良い狙撃手での狙うのが困難であった。
狙撃するチャンスを徹底して潰し、アラカワが先手に回る。
アラカワのフロートが粒子機関砲で果敢に挑む。だがツァーリン側のAFは構造が比較的単純な分、頑丈な作りになっていることが特徴で生半可な攻撃で無力化は至難であった。そこでアラカワ機は敵に可能な限り接近して、驚くべき攻撃に打って出る。
アラカワの機体がワイヤーを射出していた。ワイヤーを打ち込まれたAFがアラカワの機体に引き摺られて地表に叩きつけられそうになる。当然AFの方も抵抗して各部スラスターを出力し機体をを立て直そうとした。
だが、機体は不意に下降と上昇の動きをやめて突如、山の方へと機体を向けた。フェイントであった、アラカワは敵AFを山の岩肌へと叩きつける。敵の機体は衝撃に耐えきれずにバラバラに分解するようにして大破、爆散した。
「ワンキル」
アラカワがそう言ってもう一機を仕留めるべくワイヤーを打ち込む。
「……はぁ!?」
ジョルジョがアラカワの大戦果に素っ頓狂な声を上げた。それもそのはずでフロートでAFに勝利した事例は銀河の歴史でも類がなかったからだ。現に、AFを仕留めた後、敵の動きが異様に鈍くなっていた。
だがAFが果敢に突撃する。相手はフロートだからと機動性と汎用性にモノを言わせてフロートに攻撃を仕掛ける。初めは銃撃。だがこれは回避される。次に頭部機関砲が火を吹く。これもフロートの機動力で回避される。回避と同時にアラカワ機のワイヤーが敵AFの関節に食い込む。そして、アラカワ機がぐるぐると敵の周りを旋回する。
だが、一周し終える前に敵AFのマニピュレーターがアラカワ機のワイヤーを掴む。そして頭部機関砲をコックピットに向けて銃撃した。アラカワはどうにか銃撃から逃れたものの火器管制兵は最初の銃撃の時点で撃ち抜かれ即死していた。
「ち……どうにか……おい、まさか……。おい!」
アラカワが後部座席に呼びかけたが、後部の兵士は既に事切れていた。アラカワは目の色を変えて彼のドッグタグを引きちぎる。そして彼は、機体を空の方へと急上昇させた。
フロートの不意の上昇にAF側が狼狽えるような動きを見せるが、すぐに銃撃と追跡を始める。
突如として、シンはコクピットから飛び乗るようにしてAFのコクピット付近へとしがみついていた。
「仇は討つ」
そう言ってシンは自分の着ているスーツの出力を最大まで引き上げた。そして、シンはAFの胴体部、コックピットハッチの装甲板を無理やり引き剥がし始めた。シンは鍛えられていたが元々の身体能力や肉体そのものは極限まで鍛えられた人間に過ぎない。しかし、彼の肉体はパイロットスーツによって強化されていた。スーツそのものが戦闘服に匹敵するほどの出力が出るように改造されていた。
アラカワ曹長の力技によって装甲板が乱暴に解放される。殴打、殴打。そして装甲板の隙間に彼の腕が差し込まれた。なんと彼はそれを力任せに引き剥がしてしまった。
敵パイロットは信じられない表情のまま固まっていた。そこにアラカワの片腕が伸びる。アラカワは敵パイロットは機外へと無理やり投げ捨て、AFを無理やり乗っ取ってしまった。
「あああああああああああああああッ!」
敵のパイロットは甲高い悲鳴と共に雪原に叩きつけられる結末を迎えた。
「ヴァイパー2より各機、敵AFを無理やり鹵獲した」
それを聞いてエドウィンが驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げた。
「はぁッ!?」
「機体は……シモノフの改造型。狙撃兵仕様の特別製だ」
「……ちょ……おま……」
衝撃的な事実に猛者である二人も唖然とする。
アラカワは作戦司令本部にいるユキに通信を繋ぎ、指示を飛ばす。
「ヴァイパー2だ。機体識別の変更求む。元の機体は被弾し操縦不能、火器管制員はKIA、やられた」
「なんてこと……あなたは無事なの?」
「敵の機体を鹵獲した」
そう言ってシンは敵機のひとつを狙撃し撃墜した。
「な、なんですって……?」
「今乗っている機体は敵から奪った。識別の変更を求む」
「了解。……あなたって時折とんでもないことするわね」
「ウィスキー1ほどじゃないさ。……今さっきヴァイパー1も敵機を五つ落とした」
「敵の数は多いけどかなりやれそうね」
「……だがキツくなりそうだ」
そう言ったアラカワが遠方に視線を向ける。するとシモノフ型の援軍が数機、戦闘地域に侵入してきた。その機体の肩の部分には特徴的な部隊章が描かれていた。
連邦宇宙軍第三特別揚陸遊撃隊の部隊章。ガリーナの部隊のものであった。
眼前に最悪の相手が乗るAFが迫るという事態に対処できる人物はアラカワだけであった。
「フロートは全機下がれ、死ぬぞ!」
シンが無線で味方に呼びかけながら敵をAF用ライフルの照準で狙う。
数は五。
熟練した相手と数的劣勢を前にアラカワが最善を思案する。
「ユキ。無人機を飛ばせるか?」
「もう急いでる」
「時刻は?」
「三分後」
三分。アラカワは精鋭の敵を前にまずその間を生き残る必要があった。幸い、相手は中距離戦仕様でアラカワの機体は狙撃仕様のカスタム機であった。遠距離での戦闘では機体だけならばアラカワが有利であった。それに加え、アラカワはイェーガーほどではないが銃の腕は良い。SIAでも上から数えた方が明らかに早いほどの腕を有していた。正規軍基準でもスカウトスナイパーとして優秀な人員であった。それに加え、AFで自分の動きや戦い方を十全に発揮できるほどAFの操縦に熟知しており、戦力としては一騎当千と称して相違はなかった。
その点で考えればまだ彼には生還の望みはある。だが、相手はアラカワに劣らぬ猛者で五機のAFで向かってくるという点が非常に苦しい状況であった。
「……」
アラカワが最初に取るべきはいかに敵を減らし、いかに敵を消耗させるかにかかっていた。
まず、アラカワが狙ったのは左右の二機であった。右翼の一機をアラカワは狙う。照準器の交差する一点、風速、コリオリ力、そして距離と弾道を計算しながら敵機を誘い込む。
粒子砲ではなく電磁加速式である以上、弾道計算も必須だった。
「……ふー」
息を吐き、アラカワは引き金を引く。
命中。
コクピットを正確に射抜くその戦果はイェーガーの仕事と遜色ないほど素晴らしい腕であった。だがアラカワにはまだすべきことが残っていた。敵は四機で回避機動を続ける。
相手の的確な動きにアラカワは舌打ちをする。そんな厳しい状況でも彼は悪あがきの銃撃を喰らわせようとした。
隊長機は外したが、左翼の一機に命中させた。だがその機体はまだ機体が動いていた。
「……イェーガーみたいにはいかないか」
シンはそう呟きながら制圧射撃を行ってゆく。それは敵を仕留めることはできなくても相手の動きを鈍らせるには十分であった。
だが隊長機は、アラカワの狙撃に臆することなく距離を詰める。殺気すら感じる隊長機の猛進にアラカワは苦笑いを浮かべる。非常に厄介な相手だとアラカワは悟っていた。
「……ヴァイパー2」
不意にレオハルトから通信が入る。
「なんだ?」
「まずいなら助ける」
そう告げるレオハルトの周囲には電気のような音と火花が宿り始めていた。
だが、シンの告げる言葉は意外だった。
「大丈夫です。勝てます」
「わかった……」
アラカワの言葉にレオハルトはただ信頼の返答を返した。敵はAF四機と多く、フロートも存在する危険な状況であった。だがアラカワの顔に焦りはなかった。
アラカワ、次の一手はいかに……!?
危機を前に彼とレオハルトができることとは……?
次回、空の死闘へ




