第二章 第六十七話 コルマルの戦い、その7
タカオとアンドレイの戦いは読み合いから殴り合いの段階へと徐々に移行した。
最初に仕掛けたのはアンドレイであった。
「貴様さえ倒せばぁぁ!!」
そう叫んでアンドレイがタカオに猛烈な突進と殴打を繰り出す。彼の両腕から繰り出される攻撃全てが一撃で人体を易々と粉砕する危険な打撃力を有していた。サイボーグ技術と当人の恵まれた身体的適正、そして戦闘の才能が組み合わさりタカオを思わず感嘆させるほどの圧倒的な猛攻を彼は行っていた。
「ふむ……やるな」
タカオは自身の肉体の損傷を可能な限り軽微になるよう立ち回りながら、相手を観察することに全神経を費やしていた。視線は片時も外れることなく、その上、攻撃は正確無比に受け流しながら相手の戦略を暴くことに集中し続けていた。
足捌き、攻撃の挙動、目の動き。
全てをしばし観察後、タカオはため息をついた。
「だが単純だな。負ける方が至難だ」
タカオの発言を聞いてアンドレイが苛立った様子で踏み込んだ。それは悪手であった。
アンドレイの次の一手は最大出力で繰り出された単純な殴打であった。改造された身体から繰り出される打撃は自動車どころか装甲の薄い軍用車ですら粉砕するほどの威力が込められていた。事実アンドレイが踏み込みを行った段階で床がひび割れ、拳の風圧はもはや対物ライフルと同等のものであった。到底人体に耐えられない一撃がタカオに迫っていたはずだった。
だが彼の殴打はタカオの顔面から十数センチの位置で止められていた。
「!?」
アンドレイは信じられないものを見たかのように目を見開く。
彼の渾身の一撃はなんと、タカオの指一本で止められていた。
「サイボーグ仕込みでここまでなら素晴らしい一撃だ。……だが俺の敵ではないな」
敵の鍛え抜かれた一撃とここぞで切り札を切る手腕を称賛しつつ、タカオ・アラカワは自信に満ちた発言をしていた。表情にも一切の陰りはなく、勝負にならないといわんばかりの宣言すらしていた。
「くぅ……!?」
アンドレイがとっさに後ずさる。これは良い判断だった。しかし状況が悪いと言わざるを得なかった。
「逃げるな」
タカオがアンドレイの首を掴もうと背後に回る。
「ええい、こんな相手が!!」
アンドレイが腕から何かを射撃する。小口径の火薬式による拳銃弾だが、タカオの皮膚を傷つけるどころかタカオの皮膚や顔で止まって短く縮まる。威力を失って落下した鉛の弾丸がひび割れた床へポロポロと落下する有様であった。だがこれは有効な戦法であった。アンドレイがもし一対一の戦闘だったならば十分な時間と距離を稼ぐことが可能だった。だがここは銃弾飛び交う乱戦で彼の敵である多国籍軍が優勢であった。
「では、ここで眺めるとしよう」
アンドレイが驚いて周囲を見る。するとユリコ・ミカミが横から短刀を振りかざす寸前であることに彼が気が付く。
「くっそぉ!」
アンドレイの頬を刃が掠める。タカオほどではないがユリコの一撃も常人相手ならば致命のものであった。アンドレイの皮膚は軍用の特殊な樹脂に置き換えられていたがユリコはそれを安易と短刀で切り裂く。
「なんだぁぁ、この女ぁぁぁぁ!?」
アンドレイは驚きながら見事な早撃ちを見せる。だがユリコも見事な身のこなしでアンドレイの目にも留まらぬ攻撃をスレスレで回避する。
ユリコはそこでアンドレイの腹部に強烈な蹴りを加える。強化された身体にも関わらずその一撃を加えられたアンドレイは吐血した。常人を凌駕したユリコの身体能力もタカオほどではないが非常に卓越した威力の攻撃を可能としていた。
「ごめんあそばせ」
彼女はそう微笑んで吹き飛ばされるアンドレイの方を見る。彼の肉体はコンクリートの内壁をいくつも貫通しながらもまだ原型を留めていた。そして彼は生きていた。彼は敵わないことを悟り大急ぎで後退していった。
この異常な戦闘を両軍の兵士たちは目を白黒させながら見つめていた。多国籍軍側は次第に勝利を確信し、ツァーリン側は敵の破格すぎる敵戦力に絶望し尻込みし始めていた。
ツァーリン側の将校が何人かを突然射殺し、突撃を命じると大勢のツァーリン兵たちが半狂乱で突撃を行った。意味不明な叫びを上げながら銃剣突撃する兵士たちを見て多国籍軍側はたじろぐ。何人かの味方が刺し殺されたり、自爆に巻き込まれるのを見て多国籍軍側も応戦を強いられていた。タカオも何人か助けていたが被害は広がるばかりであった。
「う、うわぁぁ、助けてくれ!!」
「や、やめ……わあああ!!」
正気を失いながら敵が突撃する。SIAの対応は冷静だった。
「神樹よ……せめて安寧を……」
そう叫んでスチェイが敵兵を銃殺しながら具現化した光体で味方を保護する。そこからサイトウとアルバートの動きが早かった。
「斬る。首を狙う」
「恨めよ……運がなかったな」
アルバートは四人の敵兵を一度に斬首した。サイトウは向かってくる敵の急所に速射する。二人が相手した周囲は比較的安定的であったが、それ以外が地獄だった。
特にレイチェル、アンジェラ、リーゼロッテの周囲は地獄だった。彼女たちは熊人間形態に変異したキャリーと共に生き延びることで精一杯で余裕がなかった。
「た、たすけ……」
味方の一人が半狂乱で突撃してきた敵兵に腹部を滅多刺しにされる。血飛沫が顔を染められたレイチェルが怒号と共に敵兵を銃殺する。
「マジふざけんなよぉぉぉ、ッそがああああ!!」
彼女は敵を銃殺し、一人味方を救助した。が、彼は息絶えていた。
「なんなんだこれええ!!」
レイチェルが涙目で反撃を続ける。その横でアンジェラがずっと怯え震えながら周りを見渡していた。が、半狂乱で向かってくる敵兵を視認し彼女は絶叫と共に敵兵を重力のメタアクトで吹き飛ばす。
「来るなぁぁ!!」
彼女は生き延びた。敵兵をメタアクトで潰すことで彼女は殺されずに済んだ。
「く……あああ、死んでたまるかぁ!!」
アンジェラが味方と共に突撃する敵の群れに銃弾を撃ち返す。地下広場での戦いはアンドレイの後退と共に大きく状況が変わる。
「全員、俺に続け」
タカオがそう言って前進する。敵が銃弾の雨を加えてくる。だがタカオの胸板で粒子弾やは無効化され、リーゼを含めた数十人のアスガルド軍部隊もそれに続く。
「わたくし、死ねませんわぁぁ!!」
敵兵の首を触腕でねじ切りながらリーゼは敵陣に向けて拳銃を撃った。誰も彼もが生き延びるか、直近の味方を助けるだけで手一杯であった。
それでもグレイス、サイトウ、スチェイ、アルバート、ロビー、アポロ、ユリコ、ソニアは冷静だった。
「グレイス、この拠点の制圧の状況は!?」
「六割ってところよ! でも急がなきゃ!」
「だろうな! 地獄にようこそだ!」
「お互いにね!」
サイトウとグレイスが叫ぶように情報を整理する。そして物陰から飛び出すように敵兵に向けて反撃を行った。真横に跳躍しながら小銃を撃ち込むと二人の銃弾は何人かの敵兵を仕留めることに成功した。
「クソが。相手の指揮官はバカしかいないのか!」
「部下が死んでも代わりがいるって考えるのが向こうの伝統よ!」
「は、これだからツァーリン軍って碌でもねえ!」
「戦ったことあるの!?」
「ある。傭兵時代はマフィアの息がかかったのをたんまりな!」
そう言ってサイトウは何人か射撃で仕留める。
「ちくしょう!」
グレイスは苦々しい表情をしながら敵への慈悲を捨てた。彼女は捨てざるを得なかった。敵は敵を道連れに死ぬか、上官に殺されるかの選択肢しかないという現実に彼女も歯痒い気分にさせられていた。グレイスもサイトウほどでなくても戦場での経験は積んでいた。それでも目の前の陰惨な戦乱の光景は二人を陰鬱にするには十分だった。
「ちくしょうちくしょうちくしょう、ボクだって死にたくないんだよぉ!馬鹿みたいにこっちくんな!!」
ライムが小銃で向かってくる敵兵を返り討ちにする。ナイフで襲いかかる敵には逆に奪い取って喉に刺した。彼女は返り血まみれになりながらソニアとペトラの姿を探した。
「ソニアぁぁ、ペトラぁぁ、無事かぁぁ!!」
そう叫ぶとペトラが返事しながら敵兵の首を蔦で捩じ切った。
「無事よ! それより避けて!」
ペトラが何かに気がついたように叫ぶ。ライムが体を軟体化させながらその場から逃げ出すと、狂った敵兵の一人が対戦車砲を至近距離で撃ち込んだ。味方すら巻き込んだ砲撃からライムは逃げ出せたが、アスガルド兵の一人が爆風に巻き込まれて瀕死となる。
「え……あ……」
「う……うぁ……熱……いでえ……」
「あ……くそ、衛生兵、衛生兵ぇぇ!!」
返り血を浴びながらライムが叫んだ。
「……ライム少尉……助け……死にたく……」
そう言って味方が息絶える。衛生兵が来た。だが既に遅かった。彼の様子を見て衛生兵が横に首を振る。
「あ……あ……わあああ、くそがああ!!」
涙目になりながらライムが絶叫と共に敵に反撃を加える。ライムが敵兵を何人か仕留めるがそれ以上の仇討ちはできなかった。敵部隊が下がり始めた。
「逃げるな臆病者! 逃げるなぁぁ!」
ライムは涙目で銃撃を行う。しかし敵は既に後退していた
「もういい。SIAは待機命令だ。危険だ!」
スチェイが深追い仕掛けたライムを制止するが、ライムが激昂し始める。
「なんで!敵が味方を!ボクが仇を!」
「我が軍の負傷者が多い! これ以上はタカオとスレイマンたちが担当する!」
「行かせてよ!」
「ダメだ!これ以上はお前が死ぬ!」
「でも、ここで死んだ味方が!!」
そのタイミングでソニアとペトラがライムに歩み寄る。話を聞いていたペトラがライムの頬を思い切り平手で叩く。
「バカ! 死んだら意味ないわ!!」
そう言って彼女はライムを抱き締める。ライムは何かが決壊したかのように泣き出した。
「ちくしょう……ちくしょうぉぉ……!」
他のSIAメンバーも陰鬱な表情でライムが声を上げて泣くのを眺めるしかなかった。
SIAの面々は全員無事であり、SIAにとっては記録上は華々しい戦果を上げた戦いとなった。
だが、この戦いでアスガルド軍を筆頭に多国籍軍は多くの死者と負傷者を出し、敵地下基地司令部の制圧はスレイマン率いるオズ連合とベフトン率いる王立騎士団、そしてアスガルド共和国軍の特殊部隊、AGUのアイギスオーダー、そしてアズマ国側はタカオ・アラカワが司令部制圧のために突入を行う流れとなった。
SIAは大半のアスガルド軍と共に地下基地中層に後詰めとして残留し、物資の搬入や基地内部の調査に従事することとなった。
この激しい戦闘によって共和国軍だけで千人にもおよぶ負傷者と二百名もの戦死者を出す結果となった。地下においては一応の終息が見られた。
しかし、空に残留するジョルジョら飛行部隊にはまだ大きな試練が残されていた。ガリーナのAF部隊が援軍としてやってきたのであった。
地上は地獄……空には試練……
次回、激戦は続く




