第二章 第六十五話 コルマルの戦い、その5
レオハルトは自身に降りかかった事件について幹部メンバーや同盟国の指揮官らと共有した。
急転直下の事態にその場にいた全員が動揺していたが彼の毅然とした物腰をみてどうにか冷静さを取り戻していた。
「……この場で僕を襲撃したのは三名、アレクサンダー・アイケ、ネーナ・シュヴェーゲリン、そしてディヴィッド・スミスです。いずれも高度な訓練を受けた我が国の工作員です」
「彼らに襲撃を仕掛けた老人たちは君の国の軍高官だろう? どうしてまた……?」
アディル上級大将はレオハルトに質問をした。
「ええ……、ジョンソン大佐、バーグマン准将、ケネディ中将の三人は我々側の人間と目されていましたがご覧の通り突如として私にアレクサンダーらに襲撃を仕掛けました」
「そういえば、君はその襲撃者らと面識があったようだな……それについても説明を求める」
「アレクサンダーとネーナの二名とはゴードン・グリフィン中佐との縁で面識があります。ディヴィッド・スミスとは軍の業務で何度か顔を合わせたことがあります。目立たない男でしたが仕事はそつなくこなします」
「グリフィン中佐は今どうしている?」
「……別の作戦に参加中と。それ以上の報告は受けてません」
「なら……この戦いの後に問いただす必要がありそうだ」
「グリフィン中佐をですか?」
「奴の部下なのだろう? ならば……無関係とするのは不自然だ」
「……グリフィン中佐は……父の戦友だと伺ってます」
レオハルトの表情の曇りを見抜いたアディルが彼の目を見て諭すように語りかける。
「レオハルト中佐……僭越ながら、あらゆる可能性を想定すべきだ。今は戦時。敵はあらゆる卑怯な手を使ってくると思ったほうがいい。部下が複数も君の暗殺未遂に関与したならば彼も疑うのは自明の道理だろう。違うか?」
レオハルトは苦悩する素振りを見せる。だが、彼は意を決した表情で彼の申し出に賛成した。
「……分かりました。グリフィン中佐には作戦後任意同行をしてもらう。宇宙軍犯罪捜査局にはこちらで連絡しておきます」
「君も大変だろうが、手伝えることがあれば言ってくれ」
「ありがとうございます。気持ちだけで十分です」
現時点でできることを済ませた後、レオハルトは再度『コルマルの戦い』における計画立案を進めた。彼が何かを始める前にランドルフが一枚の書類を手渡す。レオハルトは意を決した様子で語り始めた。
「これで我々が取るべき作戦は一つとなった。軍内部で新たな妨害が想定される以上、救援を要請するのも危険だと判明した。……それに加えてたった今、ツァーリン軍内部で大きな動きが見られたことが判明した」
「……どれだ? それとも全部か?」
シンが質問するとレオハルトが次のように答えた。
「そう、全部だ。ユキ、ダルトン、イェーガーの調査で動きや情報あり、ランドルフからも裏付けの確証がある」
「裏付け?」
「傍受した通信記録だ。ここだ」
ランドルフの記録のある一点をレオハルトは指さす。その記録にはガリーナ率いる連邦宇宙軍第三特別揚陸遊撃隊含めた援軍が近いうちに奪還に来る準備を進めているということであった。
「我々に時間の浪費は許されなくなった。そこでSIAの大部隊と惑星海兵隊特殊コマンド、フランク連合王国王立騎士団などの多国籍軍側の部隊と合同で地下基地の主導権を奪う作戦を目標とする。地下基地は当然閉所で大規模な組織的抵抗が予想される。だからこそ我々は基地内部に直ちに突入し基地機能を奪取・無力化することを目的とする。なお、本作戦では基地の構造を活かした罠の存在も大いにありうる。慎重に侵攻することを各自推奨する。内部の情報は大急ぎで解析を進めているので無線通信の内容に注意されたし」
レオハルトはこう通達し、フロート部隊以外の突入部隊長各位に作戦の決行を命じた。
全体の指揮をレオハルトが行い、ルードヴィヒとアンジェリカ・デ・スパダ、ウォルター・マーク・マイルズ、ユキ・クロカワ、シーシャ・オーシャンズが作戦本部で補佐や通信を担当した。
後続での補給物資の管理をサブロウタ・マツノが担当する。
サイトウ、グレイス、ユリコ、イェーガー、ドロシー、ミリア、ソニア、ペトラ、ライム、キャリー、レイチェル、アンジェラ、アポロ、ロビー、アオイ、エリーゼ、クラーラ、フリーデ、カレナ、アルバート、リーゼ、カトリーナ、セリア、エリザ、マークは突入部隊の隊長か攻撃要員として作戦に加わることとなった。無論、参加するのはSIAだけでなく各国軍の精鋭部隊や猛者が作戦参加の準備を進めていた。
前線にはタカオ・アラカワ、エンギン・スレイマン、ヴィクトル・ラ・モンベリアル、ジル・ベフトンなどといった猛者も参加し総勢50万人もの将兵が参加する大規模作戦となった。
地下基地への突入ポイントは三ヶ所あり、車両搬入口二ヶ所と一ヶ所の人員用の出入り口が現時点で判明していた。だが一ヶ所には大きな問題が存在していた。
「…………」
「ユキさん、どうかな」
「……厳しいわね。流石はツァーリン軍お抱えのハッカー部隊」
「それ相手に一人で渡り合っている時点で君は素晴らしいよ」
「おだては結構よ」
「純粋な賞賛だ。有能な人材の価値をきちんと評価するのは僕の仕事だから」
「うまいわね」
「事実だ。僕はそんなに言葉は上手くない。タカオには負ける」
「謙遜を。貴方ほど人を惹きつける言葉を使える人はそうはいないわ」
「そうでもないさ。親友のタカオは相手を説得することに関しては天賦の才がある」
「納得させることはね。でも感情に訴えかけることもまた素質でしょ」
「どうだろうね。僕よりうまい人はいるから日々勉強だよ」
「例えば?」
「君の相棒とかね」
「え、彼は結構口が悪いわよ?」
「でも優しい時の言葉遣いも上手いよ」
「確かに……でも本来の相棒はかなり口悪いわ」
「それでもだよ」
そんなやりとりをしていくうちにユキ・クロカワはレオハルトの『褒めたがり』な部分と人たらしな善性に心底ため息をついていた。
「……軍人らしからぬお人よしね」
「はは……友人にはよく言われるよ」
レオハルトが苦笑いを浮かべると横からマリアが笑いながら乱入する。
「ユキちゃん、それがこの人の良いところなの」
「まあ、貴女が言うなら……」
「えー、なんか斜に構えてない?」
「……善は……報われるとは限らないから……」
伏し目がちになるユキの様子を見てレオハルトとシンが発言する。
「君は軍全体で大変助かっている。敵側が奇襲しそうなタイミングで情報をもたらしてくれる。それで事前に対処できた事案は多い。大変助かっているよ」
「それほど有能な人材を使い捨てにする組織自体が異常だ。俺としてはお前が相棒として相応しいと何度も言っているだろう?」
「……そうね。ありがとう。二人とも」
二人の気遣いにユキは微笑む。シンの顔にも僅かに笑顔が浮かんだ。彼女はやるべき仕事を完璧に完遂した後、ランドルフや共和国軍側のハッカーに引き継ぎを行った。
「……よかった」
レオハルトが安堵したタイミングで、マリアがユキに抱きつく。
「はーい、ユキちゃんちょっとおいで」
「え?」
「美味しいもの食べれば余計な考えも飛ぶから、ね?」
「あ、そうね。ありがと」
「ふふ、味見させたいやつ色々あるからね!」
マリアとユキが笑顔で意気投合しながら厨房の方へと足を進める。彼女たちの様子を見て二人は安堵しながら作戦会議を進めた。
「すまない。ユキは前にな……」
「わかっている。国の英雄として期待された落差で罵詈雑言とは酷い話だ」
「……その件は……正直理性が飛びかねない」
シンの目に異様な光が宿りかけるのを見てレオハルトは話題を変える。
「わかった。作戦のことに専念しよう」
「……ああ、どうするつもりだ?」
「基地の構造と罠の位置は判明している。作戦遂行には十分な情報が揃った」
「ユキとランドルフのおかげだな」
「その通りだ」
そう言って二人は自軍の編成と装備について議論を重ねる。その装備の内容には軍用車両やその燃料や弾薬のことも含まれていた。
地下基地の車両搬入口でツァーリン軍の兵士たちは周囲を見張っていた。
「……もう動きねえんじゃねえか?」
「ガリーナさん来てくれれば楽勝っしょ」
そんなやりとりをしていてたツァーリン軍の歩哨たちだった。だがある瞬間から寒気に似た予感を感じとる。そしてそれは正しい感覚であった。
「お、おい……あれ……」
「う、うぁぁ……なんだ、あの軍団……やべえんだけど!?」
彼らの眼前には正真正銘の絶望があった。
「…………あぁぁそぉぉぼぉぉ……?」
殺意のこもった満面の笑みでライム・ブロウブがゆっくりと歩み出る。その目はセント・セーヌの惨状と市民たちの怨嗟と慟哭のこともあり憤激の感情がこもっていた。
「SIAよ。外道の侵略者たちは全員死んでもらう」
ソニアが短機関銃を両手にライムと歩調を合わせるように歩く。
「お花とツタたちの肥やしになってもらうわ」
ペトラも本来の姿に戻りツタを纏った状態で微笑む。しかしその目は怒りの火が宿っていた。
「……全員斬る」
アルバート・ネイサン・イノウエは抜き身の愛刀を抜いてゆっくりと敵のそばへと歩み寄る。彼の殺意はもはや空気まで鋭利なものに捻じ曲げていた。
「侵略者ども、貴様ら、ここで死んで詫びてもらう」
ロバート・アーサー・チェンとアポロ・ローレンスは普段こそ豪快と温和の名コンビだったが今は憤怒と義憤の名コンビであった。
先鋒はこの六人。後詰めは層が分厚くその光景は百鬼夜行を思わせる異様な光景であった。
「と、扉を。とび、とびぎひぇ!」
「フン……」
アルバートの斬撃は素早く敵兵に閉鎖の指示を出す隙間すら与えずにサイコロステーキ状に裁断した。そのタイミングでロビーとアポロのコンビが搬入口の扉を蹴破った。その金属扉は銃弾を防ぐほどの厚さであったが二人はその扉をゴミ箱のように軽々と蹴り飛ばす。すると扉から五メートルそばにいた敵兵三人が下敷きとなって潰れた。周囲に鮮血が飛び散る。
「SIAのロバートだ。ゲスめが、うぬらは楽には殺さんぞ!!」
「……SIAのアポロだ。貴様ら……観念しろぉ!!」
そう言って二人は敵の軍勢を蹂躙し始めた。二人がそう叫んだタイミングでサイトウが憤怒の表情で先鋒に混じって突撃する。彼は仲間の隙間を縫うように現れた。
「テメーら……今日で人生終わりだとよ」
サイトウは三人の敵兵の首をへし折った。
それを見てなおツァーリン軍は怯むことなくサイトウらへと飛びかかった。
「全軍かかれぇ!」
「ウラァァァァ!!」
「ウラァァァァ!!」
「ウラァァァァ!!」
将校の号令の下、ツァーリン軍兵が人数にものを言わせて突撃する。彼らの手には銃剣の着いた小銃があった。だがアスガルド軍とSIAの猛者たちは後退どころか悠々と前進した。
両軍が今、激突する……!!
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