第二章 第六十四話 コルマルの戦い、その4
フロート部隊が低空で雪原を横断すると彼らの眼前にツァーリン軍基地が広がった。
低空を高速で飛来する味方の機影がツァーリン基地を横切るように飛ぶ。すれ違うように叩き込まれた空対地誘導弾によって格納庫と弾薬庫が爆散する。ジョルジョ機の鮮やかな早技の爆撃である。そこにシンやエドウィンが誘導弾を叩き込む。遅れて、スチェイらが攻撃を開始する頃には基地全体に警報が鳴り始めていた。泡を喰う様子でAFなどに乗り込もうとするがエドウィンらの粒子機銃の掃射によって反撃する前に機体を破壊する。
まともに反撃できたのは基地周辺の対空銃座のみであった。だが士気の下がり切った状態でまともな反撃が成立するはずもなく、反撃するだけの的になるだけがせいぜいであった。
当然、狡猾なエドウィンがそれを見逃すはずがなく後続のために軒並み叩き潰される。
「ちょ、ボクらの仕事がなくなる!」
無線でライムが叫ぶ。が、シンとエドウィンが呆れたように言葉を返す。
「心配するな。俺たちの仕事は君らが楽に内部を占領させるように道を整理することだ」
「そういうことさ。ヴァイパー2は僕と同じくらいにセンスあるな」
「ヴァイパー1もな。あの反撃は助かる」
「なんのことかな? あそこに機銃座なんてなかったぜ。ついでに対空戦車も」
「そうだな。お前壊したからな」
「バレたか」
軽口を叩きながらシンとエドウィンが戦果を上げるが、それ以上にジョルジョが激しい猛攻で敵を苦しめる。
「凄えな。ウィスキー1の空戦スキルは俺以上のセンスだぜ」
「餅は餅屋。スペシャリストの飛び方は効率と年季が違う」
「そういうことか。プロ中のプロはちげえな」
シンとエドウィンの飛び方は風に慣れた動きであった。だがそれ以上にジョルジョの動きは強風すらも味方につけた空ならではの戦い方であった。ジョルジョ機が風と踊るかのように軽快に飛ぶと敵の対空迎撃は完全に翻弄される。
シンとエドウィンの回避は自発的な動きであったが、ジョルジョの動きは大気すら味方につけた飛び方をしていた。その差は大きく、グダグダな反撃でも僅かに弾丸が掠ったシンとエドウィンの機体と比べてジョルジョのフロートは傷一つない状態で継戦していた。
ジョルジョ機を見た敵、特に機体のシンボルマークを目撃した敵の怯えようは尋常ではなかった。
「……鷹だ。鷹だ。『赤い鷹』だ!」
「『ノヴァーラの赤き鷹』……」
「なんだって……トップエースの……」
「じ、じゃあ、脇を固めてるのは……」
「俺は見た! 『カラス野郎』も『ナルキッソス野郎』もいるようだ!」
「だ、駄目だ……空はダメだ!」
「ちくしょう!地下だ!地下に逃げ込め!」
兵たちは地上から一斉に地下へと逃げ込む。そのため地上では敵兵の銃撃や砲撃が消え、敵の姿自体が完全の見えなくなった。だが、地下から迫り上がってくるドローンや砲台が代わりに多国籍軍に強襲を仕掛けてきた。
戦況が一時膠着した段階で共和国軍の軍高官が集まり、地下に籠るツァーリン軍への対処を話し合う運びとなった。
「……」
当然、レオハルト中佐は大きな決断を迫られることになった。
地下の敵を始末するべきか、それとも安全のために地上で相手に消耗を強いるべきか。レオハルトの取るべき選択は二つに一つであった。
地上に留まって兵站の断絶を狙えば兵員の安全は確実に保証できる。しかしツァーリン軍に時間的に優位性を与え、味方は敵陣地を包囲するために兵員をその場に長時間束縛することになる。そうなれば部隊の士気の維持も課題であった。それに加え長期間一定の戦場に留まることによって他方面の敵援軍部隊から攻撃を受けるリスクも存在していた。
その分、地下への攻撃を行えばリターンは大きい。敵部隊の組織的抵抗を無力化さえすればこの地における確実な勝利と味方部隊の次の作戦行動の余地を確保ことができる。そして他方面の敵部隊が攻めてきたとしても反撃に専念できることも大きかった。
しかし、後者には大きなデメリットが存在した。地下における敵の苛烈な抵抗と罠のリスクである。
「レオハルト中佐。ここは籠城する敵を始末すべきでは」
ルードヴィヒの判断に共和国含めた軍高官から猛反対が起こる。
「ルードヴィヒ、『相変わらず』君は状況が碌に見えていないようだ」
「……」
「敵勢力は健在。組織的抵抗も未だ存在する。この状況で深追いは悪手だよ」
「……」
「脆弱なツァーリン軍にこれ以上の反撃は不要。我々は反撃に対する対応さえしていれば問題はあるまいな? ……まあ、家柄だけの愚かな将校に言ってもわかるまい」
そのタイミングで反論の言葉が飛ぶ。それはなんとレオハルトの発言であった。
「お言葉ですが、確かに時間をかけて包囲し敵に消耗を強いれば我々は安全に勝てる確率は高いでしょう。……援軍が来なければですが」
「レオハルト!?」
ルードヴィヒ本人ですら思わぬ助け舟に目を白黒するばかりであった。
「レオハルト中佐!?」
「貴様、どういう了見か!!」
「狂ったか。レオハルト中佐!!」
三人の強硬な高官が苛立った様子でレオハルトを怒鳴りつける。
だがレオハルトの顔に怯えはなかった。それよりも彼の目には焔のような眼光が宿っていた。
「……貴君らは重大な見落としをしている」
レオハルトの声色は既に静かな、しかし確かな迫力が宿っていた。彼の静かな変化に何人かの勘の良い人物とSIA関係者が引き攣った顔をする。
特に驚いていたのはイェーガーである。彼はレオハルトが明らかに見たことないほどに怒っていることに珍しく動揺した様子を見せていた。
その次に甚大な動揺を見せていたのはシン、ユリコ、サイトウ、ジョルジョ、スチェイ、スペンサー、ランドルフ、ギュンター、ドロシー、ダルトン、エドウィンなどであった。レオハルトと付き合いの長い人物か、人間に対する経験の深い人物がレオハルトの急激な変化に何かを察していた。
残りはそれに気づかず、良くて不審に思う程度である。
一番落ち着いていたのは公私に渡ってパートナーを務めているマリア・フォン・シュタウフェンベルグのみである。彼女は一時は目を見開いたが納得した様子で逆に高官たちを睨みつけていた。
だが不幸なことに三人の高官、年功と階級だけが立派な老人たちは彼の僅かな予兆に気づくことなく無神経な発言を繰り返す。
「君にはがっかりだよ。人を見る目があると思っているが、まさかこのような愚物を庇うような真似をするとはな」
「今は大事な局面なのだ。君の若い感傷とおままごとに付き合う余裕はないのだよ」
「ああ、カールがこの場にいればシュタウフェンヴェルグの凋落を嘆くだろうな……まぁ、この場には死人はいないが」
その瞬間、レオハルトは激怒した。
「貴様ら……我がシュタウフェンベルグ家と父を侮辱するか……!」
レオハルトは殺気の籠った目で老人を睨む。老人たちは呆れた様子で自分の腹心を呼んだ。SIAの面々だけが一様に警戒態勢となった。シンとイェーガーとサイトウは特に冷静でレオハルトを庇うようにして前に出る。彼らの目は高官三人に対する呆れと蔑むニュアンスが込められていた。
「仕方あるまい……『アレクサンダー・アイケ』。仕事だ」
「ならばこちらも……『ネーナ・シュヴェーゲリン』、来い」
「然り、レオハルト君は用済みだ。どうやらこちらも『スミス』を出す必要がある」
そして彼らの腹心が一斉にレオハルトらに襲いかかった。その面々にレオハルトは見覚えがあった。
「……君らはあの時の」
軍服の巨漢、赤ドレスの女、そしてもう一人。特徴的ではない中肉中背の兵士然とした不気味な男がレオハルトをじっと睨みつけていた。ルードヴィヒ派でありゴードンやイプシロンやリーと行動していた六人目の男。ディヴィッド・スミスである。
その時はいくつかの業務で顔を合わせている兵士であり、特徴の薄い男に過ぎなかった。しかし今は殺気を極大にまとったディヴィッド・スミスがレオハルトを一瞥する。
「……特徴を覚えられないのが仕事なんですが……やはり人付き合いに厚い人物は無理です」
そう言って彼は他の敵対者と同様に得物であるナイフを引き抜いた。それに合わせてアイケと呼ばれた巨漢もナイフを器用に振り回す。
「うふふふ、どうやら楽しい戦いになりそうねぇ……」
シュヴェーゲリンと呼ばれた赤ドレスの女が二本のナイフを抜いて怪しげに笑う。明らかに何人も殺害している無駄のないナイフの扱い方であった。
「……仕方ない粛々と戦闘を完璧に行う。それが仕事ですから」
スミスはナイフに加えて拳銃まで取り出してきた。
他の国の面々が驚き距離を取る中、二人だけ異様な速度で苛烈な戦いの中に飛び出してきた者が存在した。
「……ここにいたか……赤い悪女が……」
『モンベリアルの火光』『火刑子爵』『火責めヴィクトル』『火炙りヴィクトル』『火刑人ヴィクトル』『火刑の申し子』『焦熱の断罪人』『燃える厄災』などの二つ名で知られるフランク連合王国の処刑人が津波のような凄まじく巨大な殺気と共に弾丸の如く突撃する。
モンベリアル子爵が目を異様に見開いた状態でシュヴェーゲリンへと飛び出す。
それを見た彼女は主人である老軍人と共にその場から這々の体で逃げ出し始めた。
もう一人はタカオ・アラカワである。突如としてレオハルトとシンに襲撃を仕掛けたことに激怒して彼も戦いの現場に乱入する。
「これはこれは……タカオ・アラカワが相手とは!!」
嬉々としてアイケがタカオに向かって拳銃の見事な早撃ちを見せる。その弾丸はタカオの胸部で鉄壁に弾かれたように跳ね返る。しかしそれを見てもなおアイケは感動したように笑う。
「ヒュー! さすがだぜ!!」
「そこまでにしろ。……流石に間が悪かったか」
そう言って老人の一人がなにか筒状のものを投擲する。それは筒の底面から白い煙がシューという音を発しながらその場で老人たちと腹心の六人の姿を掻き消す。それは煙幕で毒性は存在しなかったが、一瞬の隙を突かれたレオハルトらや五大国側が距離を取る。
「……逃げたか」
レオハルトが苦々しげにつぶやいた頃には敵の姿は完全に消えていた。
「バカな……この一瞬でか?」
「……シュヴェーゲリンの能力だな」
ヴィクトルが敵の逃走手段を看破する。
タカオやレオハルトだけでも逃走しづらい状況でそれを達成した事実が目の前で起きた以上、敵はなにかしらのメタアクターであったことは確定していた。一瞬の戦いの後、慌ただしく兵士たちが敵影を探るべく周辺を見渡すが彼らに出来たことはなにもなかった。
突然の高官の暴走、グリフィン派軍人のレオハルト暗殺未遂。激戦の裏で陰謀の予感……?
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