第二章 第六十三話 コルマルの戦い、その3
パイロットスーツに身を包んだシンはユキに各種報告を受ける。
「ガウスから預かった子の様子はどうだ?」
「アンナでしょ。落ち着いてはいるけど寂しそうにしてるわ」
「分かるのか」
「私も似たような生き方だし」
そう言ったユキの表情には少しの陰りが滲んでいた。
「ユキ。あの時ことは気にするな。お前は悪くない」
「……ええ」
「良し。それと本作戦で乗るのはフロートだったな」
「そうね。改造型で寒冷地仕様」
「ほぉ、やってあるのか?」
「既にやってある。もともとが機体自体が寒冷地仕様にチューンしてあったから」
「完璧だ。ユキ」
「ありがと」
ユキがわずかに微笑む。シンもそれにつられるようにして表情が柔和となる。
「機体の後で悪いがアンナの面倒を頼む」
「もちろんよ」
ユキがそう言って笑顔で機体の側で作業に移った。シンが機体のエンジン部分などを点検するとユキの言う通り機体は寒冷地仕様にチューンされていた。
フロートとは、反重力機構によって低高度を浮遊することを前提とした乗り物である。険しい地形や障害物、原生生物などを避ける必要がある惑星では重宝され民間にも広く普及していた乗り物である。欠点としては複雑な機構と浮遊するという性質上エンジントラブルが人命に関わるため、ある程度の制限高度を滑空できる機種はAF操縦士技能証明書や星間船操舵技能証明書、大気圏機操縦士技能証明書などの高高度での飛行機体の免許が必要であった。
本作戦におけるフロートはその制限高度以上での作戦行動を想定しているためAF操縦技能を持つ兵員が中心となる編成であった。
フロート部隊はジョルジョを大隊長として、スチェイ、エドウィンを加えた三人を隊長とした三個飛行中隊で構成された大規模な編成で隊長機の下には十四機もの僚機が存在していた。シンはジョルジョの副隊長として彼の補佐を担当していた。
一方、地上部隊はサイトウやユリコ、グレイスなどを指揮官とし、残りのSIAの幹部も小隊長などに組み込んだ飛行部隊以上に大規模な布陣であった。
基地内では先陣を切るフロート部隊の整備のために整備兵たちが慌ただしく動き回る。
「違う! そっちのレンチだ!」
「火器の調整は済んだのかよ!? ワイヤーもだろうが!」
「その部品は位置がおかしいだろが! 静音性考えろ!」
「チェックリストをこっちに見せろ! ワイヤーは大事な部品だから二度チェックしろ!」
整備班たち全員が機体のを万全にすべく慌ただしく動く中、ジョルジョたちパイロットもまた自分たちの機体の調整と自身のスーツの調整を急いでいた。
「寒冷地仕様だから調整も手間だな」
「ポムはともかくライノとエドウィンが寒さに弱いからきちんとしないとな。万が一落ちた時がやべえ」
「同感だ。あ、そこの調整もちょっと頼むぜ。凍死とか冗談じゃねえからな」
「そういうことだ。銀河一美顔の英雄と同胞がせっかく活躍したのに凍死とかセンスのないシナリオだ」
そう言ってエドウィンが髪に似た器官を手で払うようなポーズを取る。
「カッコつけるのは終わってからにしろ。まだ始まっていないだろう?」
スチェイがエドウィンのスーツのサイズを調整しながら彼の発言にツッコミを入れる。
「おいおい、僕の発言が伏線だぜ」
「なんのだよ」
「この戦闘神エドウィン様の登場で地は裂け、天が雷に満ちた末、ツァーリン軍は阿鼻叫喚の末に爆炎に包まれるのさ。レオハルト中佐に満面の笑みで感謝され共和国の凱旋では僕宛の黄色い歓声が……」
「調子乗るのもここまで来ると一周回って頼もしいな。このナルシスト野郎」
そのやりとりにジョルジョが乗っかる。
「おうおう、この空の支配者であるジョルジョ・ジョアッキーノを差し置いて主役宣言かよ」
「仕方ねえのさ。この僕は世界一の美顔だからね」
「いいや、銀河一のエース兼モテモテ大魔王の俺を忘れるなよ?」
「ほう……そうか。不遜にも僕のライバルを名乗るか」
そう言ってエドウィンが芝居かかった大仰なポーズを取る。それに対抗してジョルジョもセクシーなポーズを取り始める。
「……スチュワート・メイスン。二人は何をしている?」
「不審な行動」
スチェイは側で見ていたアラカワの質問に身も蓋も無い返答をぶつけた。
ユーモアと皮肉を交えながらSIAは機体の整備とスーツと制御システムの調整、各種武装のチェックを済ませて寒々とした寒冷惑星の空をフロートで飛び立つ。
フロートはタイタン・エレクトロニクス社製の民間モデルを改造した機種で大出力での浮遊と機動性、小回りの良さが長所であった。二門の粒子砲と対地攻撃用の誘導弾、それと輸送用とワイヤーが機体に追加されていた。
軽快な上昇と共にジョルジョ機が先陣を切る。残りの機体もやや遅れて離陸と上昇を開始する。大半はアスガルド軍人が中心の攻撃チームであったが、傭兵とフランク連合側の人員も混成された部隊であった。選ばれた人員は全員、経験も技量も十分で作戦の根幹を任されるに十分な勇猛な兵士、士官で構成されていた。
その指揮は司令部で行われ、レオハルトとルードヴィヒ、オペレーターはシンの相棒であるユキ・クロカワが担当した。彼女はシンと違ってSIAの中核メンバーではないが、本作戦において重要な支援要員であった
「各位、今作戦ではヴァイパーだぞ? ミルキーのチームはウィスキー、ランタンのは……」
「サンダーだ。そろそろおしゃべりはそこまで! AFや戦闘機だとバレるからフロートで来ただろうが!」
「ランタン、わりぃ!」
スチェイに叱責されるジョルジョにシンがため息をつく。
「……隊長殿、作戦中は頼むぞ」
「分かってるって!」
フロート部隊が先行して敵地上部隊に空対地攻撃を行い、戦車、装甲車と輸送車およびそこに同乗した歩兵部隊で構成された大規模部隊による陸空での両面作戦がこのようにして行われた。
「おいおいおい、既に敵兵器が展開してるぜ」
「でもやるだろう?」
「そういうことだ。ヴァイパー2!!」
シンの問いかけにジョルジョが勇猛な返答を返す。
ジョルジョたちヴァイパーチームは眼前に無数の敵車両に加えて大型兵器の登場を目撃していた。重装甲にキャタピラ、大型の対車両用砲塔と6門もの粒子機銃を備えたシンプルな構造だが、要塞を思わせるような大型で重厚な外観は圧倒的な視覚的な威容を備えていた。一機でも厄介な敵大型兵器は10機展開されていた・。
「早速暴れるぜ。侵略者どもを叩き出せ!」
「地上部隊の輸送車が見つかる前に仕留めるぞ。戦車じゃ分が悪い!」
「同感だ! やるぞ!」
フロートが空から無数の粒子砲の弾雨を降らせるが堅牢な対粒子弾装甲はフロートの大型の粒子砲でも全く歯が立たなかった。
作戦司令部でもその様子は中継されユキの口からその様子が告げられる。
「飛行隊より打電、航空攻撃を実施。しかし大型兵器に未だ被害なし」
それを聞いたルードヴィヒが大いに取り乱す。
「ダメだ、中止か……いくらなんでも想定外だ!」
ルードヴィヒが尚早な判断を下すが、レオハルトは冷静だった。
「いや、これは想定内だ」
「どこがだ。ミサイルは基地のためのものだ。攻撃には使えんぞ!」
「任せてくれ」
レオハルトがルードヴィヒを宥め、ユキに次のように告げた。
「飛行隊へ。ワイヤーを使え」
「了解。そう伝えます」
ユキの通信でそう伝えられると飛行部隊隊長が僚機に指示を飛ばす。
「全機。ワイヤーだ。敵の『動く塔』を倒壊させてやれ!」
「こちらヴァイパー4、具体的にどうするんだ?」
「今からヴァイパー2が実演する。できるものは彼の真似をしろ」
その指示の後、シンの機体が地を這うように低空かつ高速で敵大型兵器に迫る。
「ヴァイパー2、ワイヤー射出!」
「了解! 撃ちます!」
アラカワの指示で後部座席の火器管制兵がワイヤーを射出する。するとキャタピラの車輪の部分にフロート後部から射出されたワイヤーが引っ掛けられた。後部のワイヤーが繋がれた状態でフロートが旋回を始める。
敵弾から逃れるようにしてアラカワのフロートが回転するとバランスを失った敵大型兵器が横転を始めた。そのタイミングでアラカワがワイヤーの接続部の切断を指示する。
「よし。切れ」
「イェッサー!」
アラカワ機は敵大型兵器を横転させたタイミングで敵の真横を薙ぐようにして弾幕から逃れた。塔を思わせる装甲兵器は地面に向かって横転するとなにも身動きできない状態で底面のエンジンブロックを露出、無力化された。そこにエドウィン機が粒子砲を加えると大型兵器の一機はあまりにもあっけなく爆散した。
「おお、センスあるぜ……さすがヴァイパー2だ」
その見事な戦い方を見てエドウィンは素直な賞賛を送った。
「当然だ。できる者は俺の真似をしろ。後、九機。早い者勝ちだ」
「了解!」
エドウィンとジョルジョが早速、アラカワの戦法を完全に再現する。アラカワ以上に地表スレスレの飛行と共にワイヤーを引っ掛ける。
「せーのだ。ヴァイパー1」
「ああ、ウィスキー1」
そして2機は息のあったタイミングで二人は互いの敵大型兵器をぶつけ合うように横転させる。塔の兵器は両方とも勢いよく激突したのち、爆炎を発しながら破壊された。
「ビンゴ!」
「やるな。空の男!!」
「おうよ!」
一〇機いる敵大型兵器は既に七機まで数を減る結果となる。対空迎撃を行い始めたタイミングでスチェイ機がワイヤーで一機横転・爆散させた。残り六。
そして腕の良い僚機がそれに続くと大型兵器の群れは逃げ惑いながら対空迎撃を始めるが既に状況は取り返しがつかないほどに逆転していた。僚機の攻撃と連携は見事で対空迎撃で撃墜されたのはわずか一機のみであった。
一方、敵大型兵器と敵機甲部隊、歩兵部隊は航空攻撃の時点で完膚なきまでに叩き潰され、味方の地上部隊と接敵した頃にはまともに反撃を行えぬまま撤退する流れに持ち込まれていた。
「誰だ。落とされたのは!?」
「サンダー11。フランク軍パイロットのコンビだ。突出しすぎた」
「……残念だ。彼の仇を討つ」
スチェイの言葉には決意の声色が宿っていた。
幸いにもその二名以外はフロート部隊の死者はいなかった。一〇機目を横転させたタイミングで敵軍は完全に総崩れとなる。地上部隊のSIA幹部や多国籍軍の猛者たちがそのチャンスを見逃すはずはなく敵に痛烈な打撃を与えるべく猛追を繰り返していた。かくして、フロート部隊が鮮烈な打撃を加えたことによって地上部隊がやったのは残敵の掃討と追跡、捕虜の確保だけで終わった。
しかし、それはこれから始まる苛烈な地上戦の序曲に過ぎなかった。
雪原に破壊と死が広がる……苛烈な戦いが今始まった……
次回、戦闘激化




