第二章 第六十話 反攻の刻、その6
五大国家の特務機関がムーザンの拠点で行ったことは互いの戦力情報に関する共有であった。
レオハルトの番となった時、彼が提出した書類を見ていきなり他の四カ国の長が目を丸くする。タカオですら例外ではなく、書類一枚一枚に目を通すなり創作であることを疑い始めた者すら存在した。
「残念ながら事実だ。僕は戦力の増強は一番こだわっている」
「わかっている。だがそれにしたって変な奴らばかりこうも集められたな?」
タカオが苦笑しながらそう発言する。
「直球だね。だけど事実だ」
タカオの追求にレオハルトは淡々と答える。
「当たり前だ。元から従軍経験あるメンバーはともかく、『改造されたメンバー』に関しては従軍経験自体がないだろう? 色々不便しているんじゃないか?」
「それに関しては問題ない」
「その根拠は?」
「今から見せよう」
そう言ってレオハルトがイェーガーに目配せをする。するとイェーガーが持ってきた小型の投影機がなにかを映し出した。
「……ほぅ」
タカオが冷静ながら感心した様子で頷く。他はざわめくようにしてその映像を見つめていた。
「……おぉ」
アディルに至っては少年のように目を輝かせていた。
その映像にはSIAの定期訓練の記録が映っていた。映像内での訓練の内容は陸と空の両面から敵拠点を制圧することを想定したものであったが、相手はなんとアスガルド共和国正規軍の大部隊であった。
まず目を見張るのはサイトウ、イェーガー、スパダの三人である。三人は巡回していた正規軍兵の背後を次々と取り、敵の戦死判定をもぎ取ってゆく。それは花でも手折るようにあっさりと遂行された。
三人のレベルの高さはすでに恐るべき水準に仕上がっていたが、本当の恐ろしさはここからであった。
その次はなんと掟破りの正面突破を行う部隊が存在していた。
ライム、ソニア、ペトラ、ユリコの四人が強襲を仕掛けた。
「敵襲!」
ライムがまず普段の擬態を解いて液状化した状態で敵側の注意を惹きつける。
「あぁぁそぉぉぼぉぉ!!」
瞳孔の開いた好戦的な目、そして狂気に満ちた笑顔と共に敵側の三人を一気に相手取る。三人ともベテランの兵士であったがライムは彼らとは住んでいる次元が違った。力技でベテラン兵から小銃をもぎ取り相手に戦死判定を与えた。
ペトラも普段の姿からアルルン人の緑色の肌と蔦を纏った姿へと変わり兵士から小銃を奪い取ってゆく。だがペトラの相手した兵士たちは怯まずゴム製のナイフを構えて突進する。だがここにきてソニアが両手足を獣のそれに変貌させた。
「悪くないけど相手が悪かったわね」
ソニアはそう言って兵士たちの首元に獣の腕を突きつける。
首元に鋭い爪が迫った兵士たちは完全に投降することを強いられ、作戦は次の段階へと進む。
その重要な段階を担ったのはリーゼ、セリア、エリザベス、エリーゼ、クラーラの五人であった。
「……いくぞ。今日は通常形態でやる」
「うぃ、了解だよ」
エリーゼとクラーラが光学迷彩用のオーバーコートを勢いよくめくる。同じように背後の三人もコートをめくり、動きやすいプロテクターの姿で突入を行った。
五人全員の手には傑作粒子アサルトライフルと名高いウィリー・エンハンストの模擬銃が握られていた。それだけでなく全員のプロテクターとスモークグレネードは実戦と遜色ないものが使われていた。
リーゼら五人は経歴から考えるなら本来軍事訓練の類を受けてない人物であった。だが、五人はそれを感じさせない動きで的確に基地の制圧を進めてゆく。彼女らが秘密結社から受けた改造手術といくつかの高度な訓練のためか五年間以上の実戦経験を積んだ戦闘員と遜色ない動きを見せつけてゆく。
だが、映像の中のレオハルトはまだ満足げではなかった。
「うーん。前の方が無駄がないんだよね……。でも、ここまでやれるなら今後の幅はもっと任せられそうだ」
映像に記録されたレオハルトの言葉にタカオや何人か以外が驚愕する。
「右サイド、クリア!」
「左サイド、クリア!」
双子を中心に次々と室内が制圧され、後続の部隊が後に続く。そして司令室に突入、制圧までがスムーズに完遂され、訓練が終了する。
「状況終了。悪くない。けどもっと改善できそうだ」
映像のレオハルトがそう告げたタイミングで映像が止まる。
「……凄まじい練度ですな」
映像を見たベフトンが感心深く頷く。アディルも珍しく同意見であった。
「君の部下、経歴は見せてもらった。信じられないが、ブラッドクロスらによる改造手術のためか、それとも特殊な訓練を仕込まれたのか……いずれにせよ日の浅い面々でこれなら驚異的だな。此度の作戦での突入は君らに任せておけそうだ。……これでもまだとはな」
「ええ、しかもこの時点はカトリーナは未加入でしたが、彼女も猛者です。同様の訓練だと独特で変則的なやり方ながら訓練目的を果たしてます」
「今の時点……仕上がっているのか?」
「こちら。訓練に関する記録です」
レオハルトは五大国家の指揮官たちに書類をさらに渡す。
「……これは実に恐るべき戦力だ。この傑物軍団、我が軍に欲しいほどだ。君は素晴らしい!」
「大変嬉しいお言葉をありがとうございます。ひとえに僕の部下たちの不断の努力を認めてもらえて何よりに思います」
「ガハハ、なら我が軍の情報も交換する必要があるようだな」
そう言ってアディル上級大将も小型の投影機を取り出して映像を再生する。
アウス・ギギ・ムースク大尉とエンギン・スレイマン少佐を中心とした惑星海兵隊のとある作戦における記録であった。
虫の特徴をもつインセク人の強者であるアウス大尉は軍でも指折りの猛者であった。その彼が絶大な信頼を寄せるのがスレイマン少佐である。この若き指揮官は非常に有能な策士と強靭な猛者を兼ね備えた傑物で、長身な美男であることも相まって軍の内外で絶大に支持される英雄的人物であった。
作戦はシンプルで森林で駐留するテロリストの拠点を破壊することが目標である。
先陣を切るのはスレイマン少佐であった。彼は得物であるシミターを抜いて森林へと駆け寄っていった。その速度はレオハルトの速度にははるかに及ばないがそれでも軍用車両よりもはるかに速い走力があった。
「……なんだ?」
スレイマン少佐に気がついた敵歩哨の一人がそう呟く。彼にできたことはそれだけだった。二人いたテロリストは一瞬のうちに首を両断された。
「悪いが……悪党に容赦はしない」
スレイマンは伝統的な曲刀と拳銃を組み合わせた変幻自在な戦い方で次々とテロリストたちを闇に葬ってゆく。独特の風切り音と共に彼は敵を次々と両断してゆく。
「敵襲だぁ!!」
スレイマンは死の風となった。敵は慌てて小銃の銃口を向けるが既に勝ち目は存在しなかった。
「聖火に誓って貴様ら悪党は根絶やしにする!」
経験な炎星教の信徒らしい怒りの咆哮を叫びながらスレイマンが縦横無尽に駆けてゆく。褐色肌の若武者は銃弾の雨すらも苦にせず回避し敵の命を次々と刈り取っていった。
「がぁ!?」
「ぎゃ!?」
「あば!?」
スレイマンが片刃刀を振うたびに多数のテロリストの生首が飛んだ。もはや彼は人間大の意志を持った竜巻だった。恐るべきはその斬撃と動きがさらに加速することであった。スレイマンの斬撃と足がさらに加速する。
「だ、ダメだ! ダメだ!!」
「パワードスーツ兵を呼べ! 通常の装備では返り討ちだ!」
テロリストたちが散り散りに逃げながら援軍を呼んだ。すると強化外骨格に身を包んだ重装兵たちの小隊がスレイマンに迫る。小隊の武装は強化外骨格の防御能力に加え、強化された身体能力に物を言わせて重機関銃やミニガンをスレイマンに向けて乱射した。
五人もいる敵重装兵の出現によって状況は一気に悪化する、はずだった。だが、スレイマンの真価はここからだった。
スレイマンはなんと敵に銃撃を行いながら敵に背を向けて逃げ出す。
「は! ついに追い詰められたな!」
敵重装部隊が嘲笑と共にスレイマンを追跡する。苛烈な銃弾の雨を掻い潜りながらスレイマンは敵の猛攻から逃げ回る。
「ヒャハハ! もう逃げられないぞ!」
敵が背面ブースターの加速と共にスレイマンの背中に照準を合わせた。
その時だった、勝負の天秤がスレイマンに傾く。
「今だ、やれ!」
無線でスレイマンがアウスらの部隊に指示を出す。
すると五人の重装部隊の周囲に装甲車と伏兵の群れが現れる。
「し、しまった!」
「罠だ! 逃げ……」
敵小隊に向けて手投げ弾や迫撃砲や対車両砲の砲弾が次々と撃ち込まれる。当然、強化外骨格の装甲ですらその猛攻にはあまりに無力であった。スレイマンの見事な誘導によって敵小隊は無残な最期を迎える結果となった。
もはやそこからは一方的な結末であった。
非道なテロリストたちは阿鼻叫喚の有り様でスレイマンやアウスの部隊に掃討される。映像はここで締めくくられた。
「見事な攻撃ですな。動きや戦法に無駄がない」
「まさしく! 『曲刀のエンギン』に『鉄槌のアウス』、我が国にも勇将と勇者はいるのだ。例えツァーリン軍が大軍で来ようとも我が軍の猛者には敵わぬのだよ」
「では……今回の作戦には彼らも?」
「ええ。そろそろ着く頃合い……おお、早速来てくれたか!」
噂をすれば影、スレイマン少佐とアウス大尉の二人が恭しくアディル上級大将に敬礼をした。二人は銀河共通語で報告を行う。
「惑星海兵隊第一遠征軍特殊船艇隊所属のエンギン・スレイマンです、定刻通りに参上しました」
「同ジク惑星海兵隊所属ノ、アウス・ギギ・ムースク大尉デ、アリマス」
「うむ、ご苦労」
アディルは満面の笑みで二人を出迎えた。
「彼らが映像の……」
「そうだ。この二人がテロリストの掃討を行なったムースクとスレイマンだ」
スレイマンとムースクの二人がレオハルトらにも敬礼を行う。レオハルトは彼らに敬礼を返しながら、二人の立ち振る舞いの無駄のなさと用心深さに心底感心していた。タカオやクティも二人の力量を評価している様子を見せていた。
「よろしく頼む。頼もしい面々が増えましたな」
「ええ、この戦いでは私も機関の長として全力を尽くそうと思えます」
五大国の各国軍隊および特務機関は作戦前に足並みを揃えることを確約した。それ以外にも指揮命令系統の統一に作戦本部における人員の配置や兵器の運用についての事前協議に加え、物資・兵装・弾薬の補給ルートなどで議論を重ね、来たる惑星コルマルでの戦いに向けて着々と準備を進行させていた。レオハルトはアディルとべフトンらの水面下での不仲が気になりつつ可能な限り両者の仲を取り持つ努力を進めていたが、両者の溝をなかなか埋められないことに彼は歯痒いものを感じていた。
作戦はいよいよ開始する。しかし暗雲は依然として……
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