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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第五十九話 反攻の刻、その5

農業惑星ムーザンの穏やかな草原に似つかわしくない重々しい軍艦の群れが広大な草原に着陸する。どの船も軍艦であるが所属は国際色豊かで様々な国から出航したものであった。

まずアズマの船が降り立つ。乗降口から自衛軍関係者が降り立つと彼らに混じって整った背広の男が辺りを見回した後に下船する。

その男の顔はシン・アラカワとよく似た顔をしていた。その証拠に口元や鼻が整った顔立ち自体はシンと類似した雰囲気を持っていた。しかし、大きく違うのは彼の目にあった。彼の目は老年の大学教授のような聡明さと貴族のような高潔さを宿していた。その目の在り方に違わず彼の立ち振る舞いはフランク連合王国の生半可な貴族出身者を赤子扱いできるほど気品と荘厳さに満ちたものであった。

シンとの違いは目にあった。

シンの目は闇を覗き込んだような暗さの中に猛禽類を思わせるような異質な鋭さが存在していた。

シンと比較すると彼の目は眠そうにも気怠そうにも見える特徴的な下三白眼であった。シンの眼光の鋭さの代わりに彼の目には誰もが驚くほどの冷静さが備わっていた。彼の挙動、特に目の動きはあまりにも無駄の削ぎ落とされた動きが存在していた。そのためか彼の挙動は大勢の大人物が集まるこの場でも変わらないことが彼自身の冷静な人格を雄弁に物語っていた。

タカオ・アラカワ。

その男は名実共にレオハルトの親友であった。

「…………着いたか」

タカオがそう呟く。彼が部下に細やかで厳格な指示を飛ばしているとアスガルド共和国軍の軍艦に混じってSIAの軍艦が草原へと降り立ったのを彼は目撃した。

「久しぶりだな。タカオ」

レオハルトがゾロゾロと仲間を連れて現れる。その中にはタカオの弟であるシンの顔もあった。

レオハルトはにこやかにタカオに握手を求める。タカオはそれに応え、二人は友人らしく抱擁を交わした。

「無事で良かったよ。お前が軍人としていろんな作戦に関わっていると聞いたから不安だった」

「君ほどじゃないが鍛えているよ」

「俺と比べるな。俺は色々と特殊だ。お前が俺の徒競走の相手になること自体が異様だからな」

「まあね……」

「それより、刀は?」

「イェーガーに持たせてある。僕は軍刀を持つこと自体が戦闘の意思表示になってしまう」

レオハルトがイェーガーに目配せすると彼は二つの軍刀をタカオに見せる。

「……相変わらず美術品みたいな武器だな」

「家が家だからさ」

「権威ってやつは」

「武器としても良い武器だよ」

「なら良いがな」

「あはは、相変わらず権威嫌いだよな」

「ああ、なんなら今の政治的な役職だって戦争が終わったらさっさと捨てて生物学教授の職に戻るつもりだ」

「いいなぁ。僕はもう教師に戻れなくなったから」

レオハルトが寂しそうな表情を浮かべる。

「……悪い」

レオハルトの顔を見てタカオがややバツの悪い様子になる。

「あ、そういう意味じゃない。僕は僕にしかできないことをやるだけだから」

「そうか」

「すまないな。余計な気を使わせた」

「仕方ないさ。世の中、運で決まることは多い」

「君がそんな発言をするなんてなんだか意外だな」

「俺はギャンブルも好きだぜ」

「ああ、そういえば竜山のモージャン好きだったよな」

「やっと思い出したか。モージャンなら負けなしだ」

タカオはギャンブルに強く、賭けモージャンでは無謀な相手を素寒貧にさせるほどの実力を有していた。

「お前とやってどれだけ負けたっけか?」

「引き分けが多いね。僅差で君が強いな」

「ったく、読まれると強いからな……」

「あははは」

「……今の笑いは読めねえ」

レオハルトとタカオは学生時代に戻ったかのように微笑みを交わす。

そんなやりとりをしていると豪快な笑みが周囲に響く。

「ガハハハハハハハハハハ!!」

「わっ」

「む……アル・アディル上級大将殿」

レオハルトとタカオが振り返ると濃い褐色の肌をした威厳溢れる大男が満面の笑みで握手を求めてきた。タカオとレオハルトは困惑しつつも愛想笑いと握手をした。

「竹馬の友というものはいいものだ。互いを大事にしたほうがいいぞ!」

「ええ、そう思います」

「それにしてもフランクの風景は祖国とは違う趣があると思ったが、酷い有様になったものだ」

「戦火のためですか?」

「その通りだ。フランク人は傲慢で好かんが建築と美術には一定の評価をしていてな。それがツァーリン軍の管理主義者どもに荒らされてゆくのは流石に見るに耐えん惨状だ。その過程で女子供が殺されるのを見るのなら尚更だ。我々は戦士として弱きものは見捨てておけぬからな」

アル・アディル上級大将の声色が徐々に威厳と憤怒に溢れたものへと変貌する。

普段、豪快で陽気な笑みが特徴の色黒なオズ人の快活児は威厳溢れる大将軍の顔へと完全に切り替わっていた。豪胆な猛者揃いであるSIAにも大いに緊張が走る。

「気張ってけぃ。既に我らは戦地の中ぞ!」

アディル上級大将が叫ぶ。それに呼応して大勢のオズ連合の兵たちが一斉に「おお!」と雄叫びを発していた。たった一言で士気を鼓舞する。大国の大将軍としても格をこれでもかとアディルは見せつけていた。

「ほう……」

その殺気を前にシンは嬉々とした微笑を浮かべていた。

タカオに至ってはアディル上級大将に普段通りの態度を崩さなかった。

「気合い十分なところすまない。アディル殿、敵はムーザンから撤退し、惑星コルマルで軍備を固めている。あのやたら寒い土地で正面から戦闘をするならば大いに苦戦すると予測している」

「随分と随分悲観的だな。こちらの戦力と士気は十分だ」

「悲観ではなく現実だ。相手の方が寒冷地での戦闘に長けている。それに数の面でも圧倒的に不利になる。なにか策が必要だ」

「策か。そういうなら君も考えているのだろうな」

「ああ。敵は常に大軍で動く」

「人海戦術と縦深戦法か」

「その通り。ツァーリン軍定番のやり方だ」

「ああ……いつまで経っても変わらないな、あの国は」

過去に囚われた国の馬鹿の一つ覚えであった。ツァーリン軍は常に大軍で押し寄せ陣地を蹂躙することに躍起となっていたことはアスガルドやフランク連合王国の目線でも周知の事実であった。

「ふむ……ならばコルマルでぶつかり合うのは不可避ということか」

アディルの呟きにレオハルトが反応する。

「はい。ですので被害を可能な限り抑えることこそが最重要と思います」

「ふむ……君らしい発言だ。レオハルト君」

「アディル上級大将殿。僭越ながら平時戦時を問わず人材は財産と思います。そして、今はなおさら貴重と考えます。人員の喪失はあらゆる面で今後の可能性を縮めます。無謀な損耗は避けここぞのタイミングで行動することを重要だと思うのですが?」

「だが勝機を逃せば多くの市民が死ぬ。多少の犠牲に目を瞑ることも必要だ。それに我々は戦士だ。死ぬのも仕事よ」

「我々は軍人である以上、犠牲を払うということは避けられません。しかしそれは犠牲を肯定することではありません。今はツァーリン軍が最大限に弱る一瞬を待ってはいただけないでしょうか?」

レオハルトの忌憚のない発言にアディルは興味深げに頷いた。

「ふむ……私を前に随分と大胆だな」

「はい。部下の命に関わりますので」

その言葉を聞いてアディルが大いに笑い声を響かせた。

「ガッハハハハ! 気に入ったぞ若造。これからが楽しみだから生き残れよ!」

「それは……つまり……」

「気に入った。君の提案は聞こう!」

それを聞いてオズ連合の兵士たちは大いにざわめく。レオハルトはそんな状況の渦中でも平然とした態度でいた。

「是非。作戦立案はお任せください。我々には優秀な人材が揃っておりますゆえ」

「豪胆だな。上がこれほどの勇将ならば期待は大だ」

「お褒めの言葉。恐悦至極です」

「フハハハ、あのタカオの親友。しかも言葉で一つの争いを諌めたあのレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグならば期待しない方が愚かというものだ」

そんなやりとりの途中でAGU側の実力者たちも顔を見せてくる。その中にクティ・マニューゼットを先頭にした修行僧を思わせるような特徴的な衣装の集団が現れた。その集団はフード付きのローブの下に伝統的で質素な色彩の衣装を纏っていて軍服を着た人物の多いその場の中で一際その異質さが目立っていた。

クティはその集団になにか目配せするとアイギス・オーダーの集団は一糸乱れぬ動きで特徴的なお辞儀をおこなった。

「貴女がクティ・マニューゼットさんですか」

「ええ、お初にお目にかかります。レオハルトさん」

「今作戦では合同作戦ゆえ、協力すべきことが多いと思います。よろしくお願いします」

「こちらこそ……至らぬ部分はあると思います。ともにこの難局を生き延びましょう」

そう言ってレオハルトとクティは握手を交わした。

AGUの多種多様な種族・民族が一つの秩序の下で統率されたアイギス・オーダー。それと同じく多様な種族・出自の奇人変人エージェントがレオハルトの下で才能と頭脳を発揮するSIA。

共通項をもちつつ相違点を有したこの二つの特務機関の邂逅と協力は穏やかな握手から始まる運びとなった。

レオハルトとクティが会話と握手を交わしたタイミングでフランク側最強格の騎士が草原に降り立った艦隊とSIAを出迎えた。

「皆様、ご足労に感謝します」

只者ではない気配に全員が反応する。タカオ・アラカワですら感心するように視線を動かしていた。

「ほう……これは……」

タカオがそう呟く。彼の視線の先にいたのは『焦熱の断罪人』ヴィクトル・ラ・モンベリアルであった。高身長で筋肉質な短い黒髪のフランク人がいつのまにか草原に立っていた。鋼を思わせる筋骨隆々のヴィクトルの肉体に古風で貴族的な紳士服がよく似合う。

その彼のそばには『聖盾侯』ジル・ベフトン、『辺境伯ランベール』が両脇を固めていた。ジルとランベールの両名は甲冑を思わせるような戦闘用スーツを着用していた。

「お久しぶりです。レオハルト殿」

ジル・べフトンが恭しく敬礼を行う。それに合わせてレオハルトも敬礼を返した。

「ツァーリンの侵攻が原因とはいえ……五大国家の実力者が揃い踏みとは壮観ですな」

べフトンの言葉にアディル上級大将が反応する。

「ガハハ、同感だな。騎士団長殿。よければ後で手合わせを頼む」

「私は構いませんが……五十を過ぎた身には過酷では?」

「ほう……随分な自信家だな。我は新兵に直々に格闘術を叩き込むこともやぶさかではないぞ?」

「あいにく兵の教練は私も行う身でして。……紳士としての気配りに過ぎませんが?」

「ふっはは。……お気遣いは結構だ」

べフトンとアディルの間には穏やかな言葉の裏にひりついた緊張が滲んでいた。そのために全員が異様な空気に気圧されるが、レオハルトはその奥にある複雑な関係性を感じ取っていた。それはタカオも同じなのか彼の表情にもどこか苦々しそうな感情が宿っていた。

アディルとべフトン。二人の二人の間に深き因縁あり。しかし共通の敵が眼前に迫る……


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