第二章 第五十八話 反攻の刻、その4
作戦終了後のSIA飛行部隊はムーザンに存在するフランク軍基地で着陸を試みていた。
最初にジョルジョ、次にフリーデ、三番目にエドウィン、最後にアラカワ機が着陸する。アラカワのモンスターバードが着陸した段階でSIAの面々が四人を迎え入れた。
「よ、功労者!!」
ライムが駆け寄るなりアラカワにそう呼びかけた。
「……藪から棒になんだ」
「えっへへ、だって君ら功労者だからね!」
ライムが笑顔で発言するとアラカワは少しだけ照れくさそうな様子で返答する。
「功労者はジョルジョとエドウィンだ。俺はお手伝いに過ぎない」
「四人ともでしょ!」
そう言ってライムは満面の笑みでアラカワを担ぎ上げる。
「なにする!」
「胴上げだよ!」
既にエドウィンとジョルジョとフリーデは残りの面々に胴上げされていた。しばらく神輿のように突き上げられた後、エドウィンは満面の笑みでこう発言した。
「私は神だ」
「黙ってろ。ミスター・ナルシスト」
あまりにも不遜な発言にアラカワが思わずツッコミの言葉を投げつける。
「まあまあ、アラカワ。今は祝いだ。多少の発言はいいだろう?」
ジョルジョが満面の笑みでそう言った。
「油断しないことも軍人の必須だ」
「真面目だな。だがたまにはハメを外すのも大事だ。いつも緊張していたら全力は出せないだろう?」
「発言の根拠はわからないが、リラックスは大事だ」
「だろう。空では私ことが神だ」
「黙ってろ。空のナルシスト」
胴上げが済んだ後、アラカワは頭からビールをかけられた。ビールをかけたのはサイトウであった。
「スポーツの試合後じゃないんだぞ!」
「それが幸先のいい情報が入ってな!」
サイトウの発言に興味が湧いたアラカワはその中身を問いただした。
「情報ってなんだ?」
「レオハルトが朗報だとよ!」
サイトウが指差した方にレオハルトが立っていた。歩み寄ってきたレオハルトがアラカワに向かって全てを告げる。
「君らの活躍のおかげでツァーリン軍全体の進軍速度が大幅に下がっている」
「本当か?」
「司令部からの情報だ。確かだ」
「随分と凄い朗報だな。あの基地はそれだけの価値が?」
「その通りだ。あの基地は後続の攻撃部隊の足がかりとなる予定だったようだ。危ないところだった」
「なるほどな。ちなみにその攻撃部隊の詳細は?」
「まさかの連邦宇宙軍第三特別揚陸遊撃隊だ」
「そうか、『傷のガリーナ』か」
「その通り」
その名前を聞いてSIAのメンバーの空気が変わる。
「ならよかったわ。相手はさぞ大打撃でしょうね」
ユリコが心底嬉しそうな表情でそう発言する。
「ああ、早々に敵の出鼻を折ることができてよかった」
レオハルトがゆっくりと頷く。二人のやりとりを見てSIAメンバーの大半が殊更に換気していた。
『傷のガリーナ』の異名で知られるガリーナ・アリョーシャに手痛い反撃を咥えられたことは有数の快挙である。なぜならばSIAやごくわずかな実力者を除いて彼女の攻撃を留める選択をした兵士や士官は大抵の場合逃れられない死を与えられるか運良く生き延びても恐怖を刻まれるような経験を強いられたからだった。
『傷のガリーナは悪魔である』
アスガルド共和国に限らず彼女と敵対する戦いに参加した兵や士官はみな口を揃えていた。彼女も屈強な女傑で情けを知らない拷問の名手であるが、彼女の部下もまた精兵と呼ぶに相応しい統率された戦士の群れであった。『鋼鉄アンドレイ』の異名を持つアンドレイ・クリコフは特に優秀な部下で装甲戦闘車二台と戦車一台をたった一人で正面から破壊したことは特に有名であった。
エフゲニー・スミルノフも彼に劣らない寡黙な強者であった。ナイフの名手で音もなく十二人の兵士を三秒で殺害した伝説はアスガルド軍でも知られている。
幹部クラスもとんでもない猛者であるが部下も精強と知られていた。アスガルド軍情報部の調査結果によれば『ガリーナの部下は末端であっても鍛えられ死を恐れない』とすら評価されていた。
ジョルジュら立役者たる四人を迎える面々はお祭り騒ぎであった。
既に戦略的に非常に大きな勝利であったが、レオハルトは意外にも厳格な態度で全員に次の作戦を告げる。
「まだだ!」
レオハルトの厳格な呼びかけにその場が静まる。全員が引き締まった表情となった。
「休むのはいい。だが次の作戦が重要となる」
「なんだ?俺の仕事に不満だってのか?」
ジョルジョがレオハルトに凄む様子を見せる。だがレオハルトは微笑を浮かべて次の言葉を告げる。
「逆だ。ジョルジョ・ジョアッキーノはもっとやれる」
レオハルトの言葉を聞いたジョルジョは大いに笑った後、一転してレオハルトに友好的な物腰を見せる。
「フッハハハ……いうじゃねえか。んで、次の作戦ってのは?」
ジョルジョが次の作戦の詳細を問いかける。それに感化されて全員がレオハルトに視線を向ける。レオハルトはゆっくりと次の作戦の内容を告げた。
「次の作戦はシンプルだ」
レオハルトは一拍時間を置いてからこう告げた。
「我々は『ツァーリン連合第五方面艦隊所属第一〇三遠征打撃群』が保有する『潜宙艦トリグラフ』を破壊する」
その発言に恐れ知らずのSIAの幹部たちも響めきの声を隠せずにいた。
「こんなことばっかだぜ。随分ヘビーだな最近」
そう言いながらもサイトウの顔には闘志のこもった凶悪な笑みを浮かべていた。
「ああ、トリグラフの破壊には周辺部隊の弱体化とフランク連合王国の支援という二つの課題が問題だったがそれを解決した今、反攻を行う千載一遇のチャンスだ」
レオハルトも自分の周りが歓喜する様子を見て、微笑を浮かべる。唯一違うのは状況を深く飲み込めてないルードヴィヒのみであった。
「え、え、え。どういうことだ。レオハルト」
「前までの我が軍はガリーナの特殊部隊とツァーリン軍によって攻めることも退くこともままならぬ状態だった。だが我々SIAの活躍によって大きく体勢を立て直すことができた。なので、敵の主力および中枢として機能している第一〇三遠征打撃群の攻略が現実的となった」
「邪魔な敵がいなくなったからか?」
「その通り。前作戦での敵部隊を叩いたことで敵の補給路の断絶と敵支配領域の縮小に成功したことが大きい。これは後方、特に第三特別揚陸遊撃隊の妨害が完全にない今だからこその状況だ」
「それほどの存在なのか。その女士官は?」
「……ルードヴィヒ君は我々の中に女性幹部が多いことをお忘れか?」
ハッとなってルードヴィヒが周りを見渡す。魔物の群れと見紛うような異様な威圧感と凶悪な笑みを女性メンバー全員が浮かべていた。ルードヴィヒは恐ろしい雰囲気の彼女らに包囲されたことに気づき、恐怖で凍りついたような様相となった。
「うぎゃー、お、お許しをぉぉ……!!」
威厳皆無の命乞いを始めたタイミングでレオハルトが宥める。
「その……敵の戦力の再分析は必要だ。それ以上怖がらせなくていい」
レオハルトのフォローで女性メンバーたちがおとなしく下がる。ルードヴィヒの恐ろしい体験に今回ばかりは他の男性メンバーたちが同情的になる。
「……酒、後で奢る」
無愛想なイェーガーですら彼の肩に優しく手を添えていた。
「その……元気出せ」
「今回ばかりは同情するぜ」
「あの発言はセンスゼロだが……流石に可哀想になるぜ」
そんなやりとりの直後にレオハルトは今後の方針に言及する。
「我々が叩くべき第一〇三遠征打撃群は『惑星コルマル』の最奥に潜伏している。そこを現地のフランク軍と共に反攻に打って出る」
「現地の戦力で優勢なのは?」
「圧倒的にツァーリン軍。極寒の気候なのもあって向こうに分があるな」
「戦力は?」
「向こうはAFだけで三桁はいる。巡洋艦と駆逐艦に至っては四桁以上だ」
レオハルトの発言に全員が一時沈黙する。
「……具体的に聞こうか?」
恐る恐るサイトウが質問する。
「AFは一五六機、巡洋艦は六千、駆逐艦は二万はいる」
「どこ情報だ。信頼性は?」
「ああ、マークからの情報だ」
フリーデを除く全員が彼の方に視線を向ける。フリーデは無表情なのにどこかばつの悪そうな様子に陥っていた。人間心理に長けたレオハルトでなくても彼女のその様子は全員が察していた。
「……マーク・ウルフ・モートン」
サイトウが冷めた目線を彼に向ける。
「なんだよ。私は裏もきちんととってるぞ」
「それが問題なんだよ」
「これが現実だ」
「分かってる。俺たちの心が折れるってことも踏まえてか?」
「それはお前らの勝手だろ?」
「お前よぉ、もう少し、こう……手心ってやつをだな」
「安心しろ。敵には秘密兵器も良質な士官も揃ってる」
それを聞いてフリーデを除く面々の大半が呆然と口を開けていた。アラカワとイェーガーに至っては珍しく苦笑する有様であった。
「あーあ……お前、加減を知らねえなぁ」
サイトウは数々の厳しい条件にげっそりと気力を削がれた様子となっていた。だがレオハルトは気にせず発言を行う。彼には明るい情報が手元に存在していた。
「すまない。君たちには伏せていた情報がある。友軍の情報だ」
「フランク軍だろう? 出し惜しみはしないだろうがそれだけだときついぞ」
「それもだが今回はAGU、アズマ国、オズ連合正規軍も本格的に参加する。特大の戦力が入った」
「特大戦力ってのは? どうせ軍艦が増えるくらいだろう?」
悲観的な気分のためか露骨に暗い顔になったサイトウが尋ねる。
「軍艦だけかな?」
「どういう意味だ?」
サイトウが興味深げな様子となる。意味深な表情を見せるレオハルトにマークも興味津々であった。
「オズ連合軍の指揮官だが、アル・アディル上級大将だ」
「…………な、なにぃ!?」
マークが思わぬビッグネームの登場に仰天する。当然、その名前に全員が驚く。しかもレオハルトが用意したサプライズはまだ続いていた。
「AGUからはあのクティ・マニューゼットが参戦する。AGUの特務機関アイギス・オーダー屈指の実力者だ」
「うぉ、マジか……」
銀河でも有数の実力者の名前に豪胆で恐れ知らずなサイトウも仰天する様子を見せる。当然他の面々は驚愕を隠せず興奮した様子を見せていた。特にルードヴィヒはあまりに凄まじい名前の数々に口をぱくぱくと動かすことしかできずにいた。ライムはヒーローと握手できると聞いた子供のように大層大喜びの様子ではしゃいでいた。
「そしてアズマの件だが、来るのは自衛軍ではない」
その言葉で全員がハッと何かを悟る。そう、この状況で自衛軍の名前が出ないことが以上であった。そして特大の戦力。考えられる名前は確定していた。
「俺の兄貴だな」
シンの言葉にレオハルトが頷いて答える。
「その通りだ。タカオ・アラカワ。今回は僕の大親友が参戦だ!」
東の賢者、ワイズマン、あるいは『人間弩級戦艦』と称される規格外な男の名前はSIAの面々すらも興奮させた。
遂に銀河の最精鋭が集結……!!
次回、恐るべきチート級の規格外たちが満を持して登場!




