第二章 第五十七話 反攻の刻、その3
ハイパーイーグル級AFの真価はその機動性に存在していた。
風の妖精の名を冠する高性能発動機『シルフィードエンジン』を二基搭載し、マイクロミサイルや近接専用のナイフを標準装備し、さらに操縦者の得意な戦法や状況に応じて多彩な武装に換装できるほどの汎用性に優れているという点でこの機体は他の機種と隔絶した性能差を有していた。
渓谷の間を通り抜ける機体は四機、主力のホーネット二機にアラカワのレイヴン・モンスターバード、そしてジョルジョのハイパーイーグルである。
「全機、俺に続け。ここは俺を参考にしろ」
「了解だ。よろしく」
アラカワが冷静に答える。
「了解。飛び方のチョイスは任せるぜ」
エドウィンも珍しく他人に全てを任せていた。空あるいは宇宙を飛ぶということにジョルジョはそれほどの卓越した才が存在していた。
「了解。続きます」
フリーデ・フォーゲルも返答を返す。
渓谷の間を空戦仕様AFで低空飛行するという難題を前に誰一人として躊躇や恐怖を見せるものは存在しなかった。それどころかエドウィンとジョルジョは嬉々としてこの状況を楽しんでいた。
四機の飛行部隊は緻密に繊細に岩の間を飛び抜ける。
「全員生きてるな?」
「ああ、それにしてもアラカワとフリーデがここまでできるのは意外だ。空挺部隊じゃなかったか?」
「空挺部隊でもAFは扱う」
「それでも空戦仕様じゃないだろう?凄えな、お前」
「いくつか無茶したからな」
そんな会話を交わしながらも四機は際どい飛行を続けてゆく。高度六〇〇メートル以下という状況で全員が高速で敵の防空網の死角である地点を通過してゆく。
「第三地点、通過」
フリーデが淡々と状況を告げる。その時も彼女の操縦桿の精度は仲間の誰よりも正確無比であった。
「やるな」
普段あまり人を褒めることのないアラカワが彼女の操縦技量を褒める。それだけ彼女の操縦技能は異常な水準であった。
「……珍しいわね。あなたが誰かを褒めるなんて」
「良いものは良い。それが分からぬならそいつは真性の愚か者だ」
「……そうね」
そんなやりとりをしながら四機は狭い渓谷を難なく通過する。
軽妙なやりとりと共に岩壁にふれることなく、高速で通り抜けるAFは飛行軍出身者が見たら唖然するか見惚れるほどの超絶技巧であった。
無論、この中で卓越した技量なのはジョルジョであった。効率的で無理のない飛行を行うのがフリーデの飛び方ならジョルジョの飛び方は派手で破天荒な飛行法であった。一見するとジョルジョの飛び方は見栄え重視の狂った飛び方であった。しかしジョルジョの飛行方法はフリーデ以上に効率を重んじた飛び方でもあった。フリーデがリスクを徹底して排除する保守的な飛び方ならジョルジョの飛び方は常識とリスクへの恐れを徹底して排除した狂人の飛び方であった。当然、ジョルジョの機体は初めから推力ノズルから煌めきを発していた。
「……速いな」
「当然だ」
アラカワから漏れた言葉にジョルジョが不敵な笑みを浮かべていた。
「嘘でしょ……こんな……」
フリーデもその異様な飛び方を観て言葉の端々に悔しさを滲ませていた。
「真似はするな。あいつの飛び方は狂ってないと出来ない」
「……了解」
アラカワの忠告にフリーデは従うほかなかった。その飛び方は空戦のトップエースに相応しい水準に存在している以上、フリーデに勝てる道理は存在しなかった。よって彼女は早々に張り合うことをやめアラカワの意見に従うことを選択する。
「気にすんな。イーグル4は初めて組んでこれだから天才だぜ。後、イーグル3。お前はお前で落ちながら戦う狂人だろうが」
「これくらいは空挺なら普通だ」
「空挺の普通は他部隊の異常。お前はそれ以上の何かだ」
「何かってなんだ?」
「存在がバグかなんかだ」
「随分だな」
「褒めてんだぜ」
「どういう褒め方だ」
「今にわかるさ」
第四通過予定地点を飛びながらアラカワとジョルジョは軽妙な会話を交わしてゆく。だが、彼らの交わした会話の軽妙さとは裏腹に通過する渓谷の狭さと複雑さは熟練したパイロットですら苦い顔をするものであった。曲芸のように狭い隙間を通過しながら四機は爆撃予定地点へと向かう。
「ふはは……天才の僕でもこれはヘビーだな」
「その機体でここ飛べるだけ大したモノだぜ。信頼してなきゃそもそも指名しない」
「感謝するよ」
エドウィンは普段通りナルシシズム全開な様子を見せるが、表情は流石に強張っていた。それでもホーネット級で狭苦しい渓谷を軽快に飛べるだけにこのインセク人が凄腕AFパイロットであることに疑いの余地は存在しない。現に作戦司令部ではレオハルトとスペンサー以外の人員は青ざめているか表情をこわばらせているかのどっちかであった。ルードヴィヒに至っては両方であることに加え、動転しているのかしどろもどろに口を動かしながら作戦を眺めていた。
四機のAFは一番の難関である第四地点までの道のりを高速で飛来する。
旧時代の航空機ですら至難の地形をなんと彼らは容易にその道のりを通過してみせた。
「第四地点通過。敵基地を視認したぜ」
ジョルジョが高揚感を隠さない様子になる。
「こっちでもだ」
エドウィンもHUDとヘルメットのバイザー越しに笑みを浮かべる。
「全員いるな。派手にやるぞ」
「ウィルコ!」
「了解だ」
「了解」
ジョルジョの指示で四機のAFが熾烈な爆撃を敢行した。
「イーグル1、ライフル!」
「イーグル2、ライフル!」
「イーグル3、GPB投下」
「イーグル4、GPB投下」
無線でのコールと共にジョルジョ、エドウィンの機体からは空対地ミサイルが放たれる。アラカワとフリーデの機体からは誘導式爆弾が投下された。轟音と共に敵基地が爆炎に包まれ、ツァーリン軍パイロットたちは泡を吹いてAFを起動させる。
しかし、それを見逃すほど四機の強者たちは甘くなかった。特にエドウィンが真っ先に勘づく。
「イーグル2、ライフル! ここでもう一発やるのがセンス!」
エドウィンの一手は敵に痛烈な打撃を与える結果となった。滑走路が敵の残骸で塞がれた敵AF部隊は慌てて粒子機関砲で撃ち返す。しかし、敵の粒子の弾丸は四機のAFに一発も掠めることすらなかった。
かくしてツァーリン軍はイーグル隊の手で正確無比な爆撃を一方的に味わう結果となった。
「隊長! 弾薬庫が!」
「だ、ダメだ! 狙い撃ちにされる!」
「ちくしょう。よりにもよって襲撃のタイミングがドンピシャで最悪だ!」
ツァーリン軍の無線は最悪の瞬間に訪れた襲撃によって混沌としていた。整備作業と弾薬の搬入、特に爆撃機用の爆弾の用意を行っていたまさにその瞬間にイーグル隊の襲撃を受けたのだった。消火作業が必死に行われるが、焼石に水とはまさしくこの状況であった。
ただ一度の爆撃で敵であるツァーリン軍は既に総崩れとなる。敵前逃亡を行うAF部隊の一団が逃げようとする。
「潰さないか?」
「ここで逃すのがセンスだ」
アラカワの提案にエドウィンが笑顔で返事をする。事実、エドウィンが逃した敵の一団がきっかけとなり、敵の士気までもが崩れ始めた。
無論、反撃を加える敵も存在したがエドウィンが的確に機銃掃射を加えた。
「イーグル2、ガンズガンズガンズ!」
そのコールと共にエドウィンが無慈悲な追撃を加える。士気を生半可に残していた部隊が残酷に破壊されたことでツァーリン軍の士気低下が深刻となる。
「だ、ダメだダメだダメだ!」
「ここはおしまいだ! 放棄する!」
「敵前逃亡は銃殺だぞ!」
「もう無理だ! 退避!」
エドウィンの的確かつ狡猾な追撃は敵に対して敵前逃亡を選択させることを強いた。当然、将校や彼らに忠実な督戦隊と思わしき部隊が味方に銃撃を加えるがそれがかえって事態を悪化させる。
敵同士で撃ち合いにまで発展してしたのだった。
「……こりゃ醜い。さっさと楽にしてやるか」
「だろうな」
エドウィンは介錯と言わんばかりに敵にトドメを加える。アラカワの機体もそれに続き敵にさらなる混沌と恐怖を与えた。二人の機体から繰り出される息の合った粒子の銃弾と爆炎のコンビネーションが敵の重装AF部隊をズタズタに破壊してゆく。
エドウィンとアラカワの猛攻によって地上のツァーリン軍は壊滅的な惨状となったが、空にはまだ敵が残っていた。
しかし空はジョルジョの領分である。
敵は五機編成で小隊規模に過ぎなかったが練度と連携は見事であった。彼らは見事な技術と熟練した動きでイーグル隊へと迫るがジョルジョを相手するにはあまりにも不十分であった。
「惜しい。相手が悪かったな!」
ジョルジョは会敵からわずか二分で優位な位置どりを確立する。そして粒子機銃の雨によって敵空戦型AFを一機撃墜した。
掃射にさらされた一機が炎と煙を吐き出しながらぐるぐると回転を伴った落下をしてゆく。それを見た残りの四機の判断は早く、それ以上攻撃の手を加えることなく急速にその場から離脱した。
そのタイミングでレオハルトから四機に無線で指示が飛ぶ。
「そこまでだ。敵戦力に対して十分すぎるほどの大打撃を加えることに成功した。現時点で任務の大成功を宣言する。地上部隊は予定通り回収地地点に向かうように。あまり二人を待たせないように。イーグル隊もよくやってくれた。RTB、帰還してくれ」
「イーグル・リーダー。了解」
その無線を聞いたジョルジョが指示を飛ばす。
「全機、帰投命令が出た。キングスピンがお喜びだ」
「いつも通り褒め言葉の洪水になりそうだ」
「いや、いつも以上だ。イーグル3」
「だろうな」
そこから四機は急速に戦場を後にする。
地上部隊を乗せたフロートを伴いながら四機は空の上で勝利を分かち合った。
「大活躍だ。これでツァーリン軍は進軍に慎重になる。時間さえ稼げれば有利になるぜ」
「その通りだ、イーグル2」
「そうとも、大局を見てこそのセンスだ」
ジョルジョの肯定にエドウィンがキザなポーズで喜びを示す。
「やれやれだ」
そう言いながらアラカワの顔には微笑があった。
「……」
フリーデだけは勝利を素直に喜ぶ様子ではなかった。フリーデは確かによく戦ったが、SIAという集団の中では幹部クラスをなんとかやれるだけの実力でしかなかった。そのことにどこか歯痒さを感じている様子を見せながら周囲を見せる。
そんな様子をしらずマーク・ウルフ・モートンとルードヴィヒを除いたSIAの他の面々は無邪気に勝利に湧いていた。浮遊翼機内では非常に賑やかな状態となるが、その中でマークもフリーデが突出した活躍でなかったことに密かに焦りを見せていた。
「マーク君?」
「なんでしょう?」
「どこか心配事が?」
「い、いえ……失礼しました」
そんな彼のどこか曇った表情をレオハルトだけが感づいていたのだった。
作戦成功、SIAが反撃の狼煙となる第一歩を踏み出す!
次回、ルードヴィヒ派の二人の苦悩に迫る?




