第二章 第五十六話 反攻の刻、その2
ツァーリン軍の歩哨たちが温暖な惑星ムーザンの平原で雑談していた。
「……今日も配給の飯が不味いな」
「ああ、上の連中は俺たちが畑から獲れると思ってるだろうな」
「ああクソ、景気のいい話でもないか?」
「ならこんな話があるぜ」
「なんだよ?」
「SIAの部隊が随分暴れ回ってるらしいぜ」
「それのどこが景気がいいんだよ?」
「……美人が多いらしいぜ」
「マジか」
「捕まえたら……わかるだろう?」
「お前、最高だな」
「だな。おこぼれきたら真っ先に……な?」
「へへ……そりゃ楽しみだ」
「へへ……」
そんなゲスな会話をしていた二人は背後から喉元を掻っ切られて草むらへと引き摺り込まれた。敵の死体を草むらに隠蔽したグレイスとソニアがナイトヴィジョンを着けた状態でどこかへと向かう。二人の手には特殊部隊仕様の粒子弾式自動小銃である『ウィリー・エンハンスト』を持っていた。
「今日のは罪悪感感じなくていいわ」
酷く嫌悪感むき出しの様子でソニアが死体を蹴り飛ばす。傭兵経験がありツァーリン語の素養があるソニアには歩哨たちのゲスな会話は筒抜けであった。
「……何か言ってた?」
それをみていたグレイスが怒り狂った様子のソニアにただただ困惑する。好奇心を抑えきれなかったのか彼女を恐る恐る普段メイド服を着ている同僚に会話の内容を問いかける。
「知らない方がいいわよ」
「……そのようね」
ソニアの異様なド迫力な様子にグレイスはそれ以上の詮索を引っ込めるしかなかった。だがグレイスも聡明な人物であるため聞かない方がいいかと納得するだけの判断力は備わっていた。今殺した人物が悪人だと思った方が効率と精神衛生に良いと言う切実な理由もあった。
二人が合図を送ると草むらから無数の味方が進軍する。その面々の中に当然SIAのメンバーも多く含まれていた。
正規軍からも海兵隊、それも野戦に長けた強襲偵察部隊の協力を得てSIAの地上部隊は草むらから草むらへと進行する。
夜の闇に紛れて全員が静かに敵の近くへと徐々に侵略を開始していた。
「キングスピンより各員、状況を報告せよ」
レオハルトが無線で全員に報告を求める。
「……スコーピオン。問題なし」
「ヴァイパー1-1、予定ポイントに着いた」
「こちらアルファ1-1、問題なく到着」
「こちらデルタ1-1、準備完了だ」
各部隊からの応答がレオハルトら作戦本部へと伝達される。
「了解、指示があるまでそのまま待機」
各地上チームのリーダーからレオハルトに返答が返ってくる。それを聞いたレオハルトは航空部隊にも確認を行う。
「イーグル・チーム。報告せよ」
「こちらイーグル・リーダー、給油を済ませ、ウェイポイントBに向かってる」
「無理はするな。確実に全員で到着せよ」
「了解。定刻には間に合わせるぜ。オーバー」
ジョルジョからの通信はそこで切れた。
「地上部隊へ、付近の対空兵装を無力化せよ。標的の防空システムを始末すれば渓谷に防空網の穴が開き、AF部隊の攻撃が可能となる。各部隊、健闘を祈る」
「こちらスコーピオン。了解」
「こちらヴァイパー・チーム了解」
「こちらアルファ・リーダー、了解」
「デルタ1-1、了解した。メンバーに伝達する」
そして作戦は静かに遂行され始めた。
まずヴァイパーリーダーことアンジェリカが敵を一人ずつ狩り尽くしてゆく。下半身を蛇形態へと変化させた彼女は草に紛れて一人、また一人と敵の命脈を断つ作業を繰り返した。彼女にとってこれは戦いですらなかった。ただの流れ作業同然の瑣末な暗殺に過ぎなかった。
無警戒な敵兵は見廻どころか呆然と業務程度の見回りをしている程度の敵にSIAの精兵が遅れをとる要素自体が存在し得なかった。
「どれだけやったっけ?」
「まだ七人でしょ」
「だよねー、少な……」
「じきに多くなるわよ」
「だといいけど」
ライムとペトラのやり取りにソニアが口に人差し指を添えるジェスチャーを行った。それをみて二人も納得した様に頷いて見せる。それを確認したソニアが先行して敵の陣地へと足を進めた。
当然狙いは対空車両であった。敵の抵抗が激しい中で一〇台の車両を無力化するのは通常の戦力なら非常に至難であったが、SIAの面々なら十分な見込みがあった。
「どうも、地獄行きだ侵略者のボケどもぉぉ!!」
先陣を切ったのはライムであった。ライムは球技のボールを投げ込む様に柄付手榴弾を投げつけた。大爆発と共にツァーリン軍に向けて彼女は最初の混乱をもたらした。
「侵略戦争やらかしたゲスにはちょうどいい目覚めってやつだよね!」
ライムの形相は羅刹の如きものに変貌していた。普段、愛想笑いと少年の様な愛嬌に満ちた表情は鳴りを潜め、見開かれた目には猛獣の眼球を思わせる様な気炎と殺気で爛々と輝く危険な光が宿っていた。
「げぇ、ウーズ人のライム!?」
「こんな僻地に!?」
ツァーリン軍の兵士たちが出鱈目に銃を乱射するが、逆に同士討ちのリスクを上げるばかりだった。ライムの動きはそれを誘発させることを狙ったものであった。
「だわば!」
「ぎゃば!」
「あば!」
味方の銃弾が当たって敵兵が崩れ落ちる。ライムは左右に動きながら敵を叩き潰すだけで十分であった。敵は満足な攻撃ができず、ライムらは存分にその攻撃性を発揮することができる。その上、遠距離から心強い援護が飛来する。
銃弾。
極長距離から敵の頭部が粉砕される。
銃声が遅れてくるほど遠くから最高の援護がライムたちを助けていた。
「ナイス!」
その時点でライムは既にたった一人で小銃を持ったツァーリン軍人を素手で十人も始末していた。
続いて、サイトウがナイフで敵四人の首を正確に掻っ捌いていた。
「遅えんじゃボケが!」
サイトウがそう叫んでいた時には敵兵四人は首から夥しい血飛沫をあげてどうと倒れていた。
その後にロビーとアポロが続く。
「覚悟せよ、雑兵ども!!」
「オラァァ!!」
巨漢コンビであるロビーとアポロの大暴れは凄まじいものであった。ロビーは一撃で敵兵四人を十五メートル先まで鉄パイプで吹き飛ばし、アポロは敵二名に銃を使わせるまもなく頭部を殴りつける。敵の頭部は胴体までめり込み、完全に絶命していた。
「て、敵襲だ!」
敵兵がそう叫んだ時にはロビーは銃を持った敵三十人を吹き飛ばし、アポロは素手で装甲車を横転させていた。
敵もとうとう機銃を向けて掃射を行うが巨漢二人の動きは凄まじく、物陰を利用して銃弾から逃れたかと思うと、石礫を機銃を撃つ敵兵にむけて投擲する。敵兵の頭部はなんと石礫によって完全に粉砕されていた。
その間にライムが敵二名の頭部を完全に蹴り砕いていた。
「こ、こいつを殺せば……俺の出世……ごぉ!?」
物陰からライムを狙っていた敵一名をユリコが殺す。ユリコは合口を敵の頭蓋へと深々と突き刺していた。
「ツァーリン語はわからないけど、きっと皮算用ね」
そう言って下半身をムカデ状態へと変化させてユリコは敵集団の背後へ高速で回り込む。敵は八人いたがユリコはたった一人でその全てを始末していた。
敵が混乱し後退を始める。
「ば、化け物だぁぁ!!」
「退け、退け!!」
そう叫んでツァーリン軍人たちはパニックになって逃げ惑う。だが、彼らが逃げた先にはペトラが罠を仕掛けていた。
「な、なんだこの蔦!?」
「た、助けてくれぇぇ!!」
「た、蛸のなにかが、ぐげぇ!?」
「うぎゃああ、待ち伏せだ!!」
ツァーリン軍人たちはペトラから生えてきた蔦の鞭やリーゼの触腕によって締め殺される結末を迎えた。そこから逃げ出した連中にはソニア、グレイス、レイチェル、アンジェラ、エリザ、スチェイによる一斉射撃が加えられる。
「ここだ! 撃てぇ!」
スチェイの叫びと共に小銃や機関銃の銃弾が敵兵の肉体に突き刺さった。アンジェラ・ヘラは銃弾に加えて、引力のメタアクトを発動させる。
「弾薬箱とそこの、引っ付け!」
アンジェラがそう叫ぶと弾薬の入った木箱が敵兵に向けて飛んでいく。
「く、来るなぁぁ、うぎゃああああ!!」
敵集団のど真ん中で弾薬箱が派手な轟音と共に地面と周辺の空気を揺るがしてゆく。火花と銃弾の破片などが敵に二次被害を広げていた。
「スチェイ、ナイス指示!」
「当然だ、アンジェラ。これぐらいやらないとライムやサイトウと並んでいけないからな」
「あー……すごい大暴れ……キャリーも凄いよね」
そのタイミングで熊形態の変身したキャリーが対空車両を谷底へとひっくり返していた。キャリーが落とした車両は落下地点で派手に爆炎と轟音を響かせていた。
「…………わ、わーぉ」
レイチェルが同期のはちゃめちゃな大暴れに素っ頓狂な感嘆の声を上げていた。
「サイトウ、対空車両の数は?」
指揮所からの無線はスペンサーの声が響く。
「八台潰した。だが二台そっちへ逃げたぞ!」
残りの対空車両は戦闘の激しい場所から逃げおおせたかのように見えた。だが、それはSIA全員の予想通りであった。
「そうか、だからイェーガーは……」
その瞬間、先頭の対空車両のタイヤがパンクしたかの様に破裂する。否、それは非常に遠くから狙撃されていた。制御不能となった対空車両は横転して谷底へと転落する。ツァーリン兵の悲鳴の後、落下した車両が完全に爆散する音が辺りに響く。
ツァーリン兵が怯えて車両を大急ぎで後退させる。
だがそこに爆弾が投下される。AFやフロートの仕業ではなかった。
両腕を蝙蝠形態に変えていたセリアによってその爆弾は投げ込まれていた。爆炎と炸裂音と共に最後の車両が爆散する。
その様子を見届けてからアルファリーダーことスチェイが無線で対空車両の排除を告げた。
「こちらアルファ・リーダー。敵対空車両を始末した。敵基地の爆撃を行う障害は排除された。オーバー」
「了解。直ちにイーグル隊を向かわせる。アウト」
地上での無線通信が終わった後、スペンサーがイーグル隊に指示を告げる。
「こちら作戦本部、地上の脅威が排除された。奇襲の準備が完了だ。直ちに攻撃目標へと急行せよ。オーバー」
「こちらイーグル・リーダー。了解した。敵にきついお目覚めをプレゼントするぜ。オーバー」
「作戦本部了解。幸運を祈る。アウト」
そう言って四機編成の空戦型AF小隊が渓谷の低空飛行を始めた。
「イーグル各機、落ちるんじゃねえぞ」
「もちろんだとも」
「了解だ」
「了解」
ジョルジョの問いにエドウィン、シン、フリーデが平然と答える。彼ら目の前には渓谷の隙間が待ち受けていた。仲間の協力のもと防空網に開けられた死角を四人は繊細に飛び抜けることを求められていた。
仲間が作った攻撃機会。しかし道のりは狭く……!
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