第二章 第五十五話 反攻の刻、その1
戦闘終了後の艦内にて、レオハルト・フォンシュタウフェンベルグとジル・ドゥ・ラ・ベフトン侯爵が互いに顔を合わせていた。
「貴君の助太刀、本当に感謝する」
「お構いなく。それにジル・ドゥ・ラ・ベフトン侯のような高潔な紳士を失うことは世界の損失だ」
「ジルか、必要ならジル・ベフトン侯でいい。我はまだまだ道半ばだ」
「いいのかな?」
「かまわぬ。軍隊内でもジル・べフトンで通っている。戦場では爵位や生まれなど関係ない。我もまた一人の戦士に過ぎぬ」
「わかった。君の意向を汲むことにするよ」
「感謝する」
「僕もだよ。お互いこの難局を乗り越えるべく知恵を出し合いましょう」
そう言ってレオハルトが右手を差し出す。ジルは穏やかな笑みでその右手を握った。
その後の二人は互いに今後の方針に関して意見を交わし合った。
「今後は我々アスガルド共和国領の惑星ロードまで一時後退し装備を整える必要があるよ。そこで艦に乗せている民間人を下ろして軍の兵站担当班や整備班の要員、衛生兵・通信士など後方支援要員を増員する」
「ローザ・エンゼルスか。確かに本国ならな」
「ええ、そちらで弾薬や燃料などの物資補給と新兵器や艦船の受領を済ませた後、反攻作戦に加わる予定でね」
「本当にすまない。貴公への恩は必ず返すつもりだ」
「そう肩肘張らないでくれ。フランク連合王国は一番割を食ったのだから」
「ううむ……それでも恩は返したい。困ったことがあったら一報を頼む」
「ではお言葉に甘えることにするよ」
「かたじけない」
レオハルトとベフトン侯に丁寧なお辞儀をした。両国の実力者が対等な関係で話し合う姿にSIAの面々ですら改まった様子となった。その様子を敏感に感じ取ったレオハルトは全員に向き直って発言した。
「みんな聞いてくれ。フランク連合王国の王族や関係者の避難を済ませ、市民の大半の退避行動を援護・救護することに成功した。ここからフランク連合王国軍はSIAと歩調を合わせてくれる。だからここからはツァーリン連邦の侵略に対する反攻を行う友軍・仲間として扱ってほしい。だから堅苦しくしなくていい。連携が大事だ」
その言葉に提言を投げかける者がいた。リーゼロッテ・フォン・ホーエンハイムとマーク・ウルフ・モートン、それとアルバート・ネイサン・イノウエである。
「まず、リーゼから聞こう」
「そう言いましても私含めて貴族出身者には気位のある面々もおります故、ある程度やり取りの内容を決めておく必要はあると思います。部隊全体の士気にも直結しますわ」
「確かに。ただ戦場での意思疎通という性質上どうしてもやむを得ない側面も多々想定される。歩調を合わせる必要はあるが必要なら全面的に協力も求めることになる。事前に話しておくのは賛成だ」
レオハルトはリーゼの意見に同意しつつ、激化する状況を鑑みてフランク連合の貴族出身者にも一定協力を求めることを強調した。
「指揮系統は誰が優先されるだろうか。リーダーはアスガルド側か? フランク側か?」
「あくまで協力であって、指揮系統は所属する国家の命令系統に準ずるべきと思う。今この状況でこっちの命令で動けは不可能だから引き続きそうした方がいい」
「そうなるとこっちが行うあらゆる要請はフランク側の現場指揮官を通した方がいいのか?」
「その認識でいい。無論、スムーズにできるよう伝達手段やネットワークの構築は急いでいる。ユキ・クロカワ女史が動いてくれていたおかげで目処が立っている」
「そうなのか?」
マークの提言にシンが答えた。
「あらかじめ俺がユキに指示を出していたんだ。それが空いたから今後はユキも戦力として参加することになる。ランドルフにも手伝ってもらったから彼にも感謝だ」
「だから、以前からユキとランドルフの動きにわからない部分があったんだな」
「最優先だったからな。それに戦術支援プログラムの組み立て方やデータの収集・処理の過程はユキの企業秘密だ」
「なら、納得だ。今後はフランク連合王国正規軍からの援護も期待できる」
「そう思ってくれて問題はない」
「用意周到だな。アラカワ」
「当然だ。俺たちはそれが取り柄だ」
シンの答えにマークは満足そうな笑みを浮かべていた。
「最後にアルバート。君が提言とは珍しいな」
「ああ……はっきりさせるべきだ」
そう言ってアルバートはレオハルトの目を値踏みするかのように見る。
「確かにね。それは次の反攻作戦? それともフランク連合王国軍との連携についての疑問かな?」
「反攻作戦だ。強大な物量を持つ国家が相手だ。精鋭とはいえ少数ながら我々は今後はどう攻める?」
「そのことなら今から話すよ」
そう言ってレオハルトがホログラム発生装置をいくつか起動させる。すると惑星とその周辺の領域の仮想映像が空中に浮かび上がる。レオハルトはその映像にポイントを示しながら今後の作戦の説明を始めた。
「今度の作戦は潜入部隊と空爆部隊の二手で行うつもりだ」
「空爆はAFか?」
「無論、空戦型を中心に編成を考えている。なのでリーダーはジョルジョに頼もうと思っているんだ」
その発言を聞いてアルバートがゆっくりと納得した様子で頷いた。
「あの女好きは機動性のある空戦型AFいじらせれば天下一だからな。詳細次第だが順当な作戦と考えて良さそうだ」
彼の歯に衣着せぬ言葉におおらかなジョルジョも苦笑する。
「そりゃ……女好きのエースパイロットといえば俺だからなぁ……って、いでで!」
「この節操なしのアタリア男」
アンジェラ・デ・スパダがジョルジョの頬を思い切りつねっていた。心なしか彼を見る視線も嫉妬以上にどこか湿っていることをレオハルトは強く感じていた。
「あだだだ。スパダ少佐殿、御慈悲をぉ……」
ジョルジョは純粋に痛がっていた。
「二人ともやめんか。作戦会議中だ」
スペンサーがため息と共に二人に割って入る。それがきっかけで会議が再開された。
「……ゴホン。地上部隊はどういう考えで?」
グレイス・E・ディヴィスの発言にレオハルトがある一点を指差しながら答えた。
「いい質問だね、グレイス君。今回の作戦には一つ厄介な点があるんだ。それはこの
地点。ウェイポイントBだ」
レオハルトが示した部分は渓谷のある地点であった。
「谷……」
「いやまさかここを飛べと……」
リーゼとサイトウが露骨に引き気味な様子を見せる。レオハルトは同情気味に頷くもあくまで仕事をする側として心を鬼にすることに必死であった。
「そのまさかだ。理由はこの部隊だ」
レオハルトが指し示した地点には非常に厄介な兵器が配備されていた。
「げ……」
サイトウが露骨に忌々しい様子を見せる。
「……なるほど、地対空ミサイル発射システムか」
アラカワの発言にレオハルトが頷く。
「そういうことだ。航空部隊の進軍にはこの部隊が厄介となる。これはサイトウの様子の通り、AFでも一撃で撃墜できるほどの強力なものだ」
「厄介だな」
「そのためのジョルジョということだ」
レオハルトは彼に目配せする。するとジョルジョはにっと不敵な笑みを浮かべていた。
「期待していいぜ。だが僚機は誰だ?」
「アラカワ、エドウィン、そしてフリーデだ」
「的確だな。その組み合わせなら文句ねえ。フリーデちゃんを選んだのもいいチョイスだ。なにせあいつ初陣の双子をフォローしつつ被弾全くしてねえからな。飛び方も戦い方も大胆で素晴らしいぜ」
ジョルジョはレオハルトに満足げに頷く。
「その通り、今回の作戦でも素晴らしい活躍が期待できる」
「ああ、空ならこの面々で二個大隊でも張り合える。……無論、用意するAFも相応なんだろうな?」
「上になんとか頼んでみるよ。装備も信頼性重視にしつつ最新のものを用意する」
「ありがてぇ。上官がレオハルトだから心強いぜ」
そう言ってジョルジョは屈託のない笑顔を浮かべた。レオハルトの判断にジョルジョは全幅の信頼を寄せる様子を見せていた。
「残りは地上部隊として僕とスペンサーの指示に従うこと」
「了解。なら……」
スペンサーが何かを言おうとしたタイミングであった。
「待て」
珍しくイェーガーが口出しをした。
「イェーガー?」
「…………」
イェーガーが地形図を目まぐるしく動かす。
「おい、イェーガー。いきなりなんだ?」
「ここだ」
「え?」
「ここに俺を配置させろ」
「……そうか」
レオハルト、サイトウ、アラカワは納得する素振りを見せるがそれ以外は首を傾げる様子を見せた。
「い、イェーガーが言うならいいが……」
「いえ、遠すぎましてよ!?」
「それにそこは……」
全員の反証にイェーガーが頷いて答える。
「その通り。常識はずれな場所だからこそ意味がある。普通ならここか、ここで待機する。それが狙いだ」
そう言ってイェーガーは彼が進言した場所の手前にある二箇所を指差した。
それを聞いて全員がハッと目を見開く。イェーガーの戦術眼に大半の面々が目を見開く。
「どういうことかね。私にもわかる様に言え!」
ルードヴィヒだけが苛立ったようにそう言うがイェーガーは気に留めず、こう返すだけだった。
「勝手な行動は命令違反も同然だぞ」
「はい。遊軍で動く許可をください」
「失敗のリスクは高くつく。見殺しも覚悟しておけ」
「その答えは結果に出ます。それで十分でしょう?」
「本当だな?」
「……ええ」
「なら構わん。やりたまえ」
「……承知」
ルードヴィヒの愚鈍な発言にその場にいた面々のほとんどが呆れた様子を見せる。イェーガーだけは無表情で、レオハルトはそれでも暖かく彼を見守る。
このようにして、次の作戦会議は終了し、各自面々はその準備へと戻っていった。
「もー、ルーイはどうしてああいうのかなぁ……イェーガーの目ぇ怖くなったし……」
ライムが困惑した様子で声を上げる。
「無駄にプライドが高いのよ。自己顕示ね」
「そういうこと。私たち以外なら味方死なせてるわ」
ライムの困惑に合わせる様にしてソニアとペトラも毒のある本音を吐く。
「まぁ……悪いやつじゃないんだけどさー」
「でも、戦場で無駄な行動力は味方を死なせるわよ?」
「だよねー……わかるんだけどさ。ちょっと心配じゃん」
「確かにだけど……自分の心配をしなさいよ?」
「はい」
ペトラの意見にライムは頷いて答える。その後。ライムたち三人はカレナを誘って次の準備に取り掛かった。
「カレナぁ、手投げ弾や武器の扱いは大丈夫だよね?」
「ええ、機械は苦手ですが、爆薬なら何度も使いました。訓練も済ませましたので」
「真面目だなぁ。……あ、それ使う?」
「ええ」
カレナの手際の良さと武器の選択に対してライムたちは目を見開いていた。
大国の実力者が顔を合わせ、戦争はいよいよ本格化する。一方、ツァーリン軍はどう出る……?
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