表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ティラミス  作者: ミノル
3/4

魔女がきたりて

 遅刻だな、これは…


 自転車を汗だくで立ち漕ぎして、ようやく製薬会社に辿り着き、自転車置き場に自転車を留めて、入り口の門の暗証番号とカードを使い結城と二人で建物の中に入る。相変わらず夜中だというのに冷房が効いて、建物の中に入り廊下を歩いている間に汗も引いた。


「あぁ涼しい…」


 姉の魔の手から逃げ遂せて、安心したのか結城は引っ張られた髪を整え、長い手足を伸ばしている。


「腹減った…、お前なぁ…あんな事がなければ俺、コンビニでアメリカンドック買って食うつもりだったのに…」


 夜食は途中で買って食べる心算だったから、腹が減って仕方ない。ぐきゅるると腹の虫が鳴る。


「ごめんって…」


 普段はキリとした、やや吊り眉を、へなりと八の字に情けなく眉尻を下げ、両手を合わしている。


「で」


「でって?」


 キョトンとした顔で結城は俺を見る。


「いや、説明しろよ」


「あぁうん…」


 心底めんどくさいという顔をして、廊下の道すがら、結城は話してくれた。


 話を要約すると、結城家では嫡男に「司」という名前を代々継がせていて、何代目かは判らないが、とにかく父親が「司」で同じ名前なので、家では「ジュニア」と呼ばれ、使用人からは「ぼっちゃま」と呼ばれているそうだ。なんとなくだが、結構な豪邸が想像できる。

 

 芍薬が生まれるときに男の子だという予想があったため、男が生まれる!と父は喜んでいたのだが、いざ生まれたら長女で、それを知った父が「なんだ女か」と、うっかり呟き、落胆したそうで、母親はそれを聞いて激怒し、離婚届を出そうとしたそうだ。芍薬が小学生の時に、その話を使用人の立ち話で聞いてしまい、酷く心に傷を負ったそうだ。芍薬が生まれて長女と判るまでは、「司」の名前は芍薬が継ぐはずだった、しかし、そうはならなかった。


 次女の牡丹は最初から女の子だと判っていたから、それほど父も落胆せず、芍薬が生まれて1年は芍薬に触らせても貰えず、その反動というか、牡丹の事は目に入れても痛くないほど可愛がった。牡丹は母親に似たのか天真爛漫を絵にかいたような娘に成長した。


 そして3人目の長男である司が生まれてしまい、何かというと芍薬は意地悪をするのだそうだ。芍薬が女に生まれて、司が男に生まれたのは司のせいではない。芍薬も判ってはいるのだろうが、どうしても素直になれず、子供の頃から掴み合いの喧嘩をしている。大体の原因は姉にあったそうだが。


 例えば、司が気に入って大事に取っていた新品の緑のクーピーを、わざとガリガリと乱暴に削るように芍薬に使われて、ぼっきりと折られてしまい、悲しくなって司が泣いていたら、焦って、こんな事くらいで泣くなんて男らしくないと、髪の毛を引っ張り、余計に泣かされたそうだ、たまたま、その日そこにいた父親にそれを見られて、女の子がそんな乱暴をするなんて反省しなさいとクローゼットに閉じ込められて、芍薬は「おとうさまごめんなさい」と泣いて謝ったが出して貰えず、司が父親に、可哀相だから芍薬を出して上げて欲しいと父に頼み、おかげで芍薬はクローゼットから出して貰えたが、プライドが大いにズタズタに傷つけられた。反省する所か、全ての元凶は全て司にあって、司さえいなければよかったのにと、余計に拗らせたらしい。芍薬との溝は深そうだ。


 そんな実家が嫌で、高校は地元ではなく、わざわざ遠くの、今の高校を選んで、家を出て、親にマンションを買ってもらい、伸び伸びと一人で暮らしている。しかし隣の部屋に専属コックと身の回りの世話をしてくれる二人の使用人が住んでいる為、余り無茶は出来ないそうだ。合鍵も作られていて朝食、お弁当、夕食を作りに来るし、もう一人が洗濯、掃除、健康チェック、悪いお友達が居ないか等、きっちり実家にホウレンソウされるらしい。今回のバイトは健康面でも大反対されるだろうと予想して、実は内緒で、こっそりと家から抜け出ている。ばれたら確実に止めさせられるんだろう。


 ちなみに現在、二人の姉は大学生で二人ともモデル・タレント活動をしている為、TVなどで「結城姉妹」という名前で活躍している。姉が「桜」と、妹が「桃」という芸名で活動している。

 次女の牡丹は名前なんて、なんでも、どっちでも良かったのだが、芍薬が自分の名前を毛嫌いしていて、父以外には、自分を呼ぶ時は「桜」と呼ばせていた為、それにあわせる形で芸名を「桃」として名乗っている。






 そんな話をする内に、男子ロッカー室について扉を開けると、中には一人の白衣を着た女性が一冊の本を読み耽り椅子に座っていた。長く艶やかな黒髪を右側に纏め胸の辺りまで三つ編みにして、陶磁のように白く美しい肌に、赤くて細い眼鏡を掛け、赤い口紅と口元の右側に黒子が一つ。アイシャドウが緑で、気だるげな瞳は妖艶という形容が相応しい大人の女性だ。


「あらぁ…、ちょっとあなた達、遅刻じゃないかしら?」


 俺たちが入ってきたのに気が付いて、瞳を上げる、黒曜石のように滑らかで艶やかな、美しい瞳をしている。声は媚びている訳でもないのだろうが、扇情的な声色だ。なんでこんな所に、こんな人が居るんだ…。


「あんた誰だ?なんで男子ロッカーに居るんだ?」


「君達を待ってたのよ」


 美しい魔女というのが、もし居るのならば、こんな風に笑うのかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ