水曜日の魔法少女
こんにちは!わたし、星崎きらら!元、元、元気な小学5年生の女の子!実はわたし、秘密があるの!
家族旅行で訪れた、近親相姦の文化が残る、地図には載っていない島で、ある洞窟に入ったら、祠に封印されていた化け物、『キュータン』と出会ったの!
『我が名は、救嘆。貴殿には感謝する』
実はその洞窟、女人禁制だったんだって!なぜならキュータンの封印を解くことができるのは、女の子だけだったかららしいよ!でも知らなかったんだからしょうがないよね!
大昔、キュータンは、宗教を伝えにこの島にやってきたんだけど、島人に捕まって火あぶりにされたんだって!でも、狂信者だったキュータンは、布教の道なかばにして死んだことを悔やみ、化け物として生まれ変わったんだ!異形のものになったキュータンはとりあえず、島人を喰い始めたよ!
島人たちは、人食いの化け物、キュータンを、陰陽師を呼んで封印したんだけど、私が千年ぶりにその封印を解いちゃったわけだね!
キュータンは、自分に課せられた使命を果たすため、わたしに憑りついて、救済への道を人々に広めようとしているよ!そのため、ひとの悪い心を増幅させる悪魔、『邪鬼』を殲滅しようと考えたよ!
こうして、わたしはキュータンの呪いによって、魔法少女となって、邪鬼と戦うことになったんだ!た~いへ~ん!!!
正直、悪魔と戦うことなんて怖いからやりたくないけど、キュータンのまえではそれは言えないよ!だって、両親と、島人が人質になっているからね!わたしが逃げたら、キュータンが化け物の本性を現して、人質を食べちゃうんだ!そういう約束!
魔法少女になって、半年、季節は九月。夏休みは邪鬼と戦いっぱなしでへとへとだよぉ~。
「いや、マジでふざけんなし」
「なにかいったか、おなごよ」
「……なにも」
島から帰ったわたしは、両親のいない家で一人暮らしをしている。小学生が一人暮らしなど、付近から怪しまれそうなものだが、キュータンの洗脳能力で、それは大丈夫になっているという。
カップラーメンにお湯を入れる。つい半年前までは、過保護な親の教育方針で、やかんに火をつけることすらさせてもらえなかったが、いまでは三食コレである。栄養の偏りから、いつかぶっ倒れるのを予測している。
キュータンが羽根をパタパタとしてわたしの周りを飛び回る。キュータンの全長は、わたしのあたまくらいの大きさである。すり抜けたりなどはしないので、やかんを持っているときにぶつかったら、普通に危ない。封印を解いたときにはツキノワグマ並みの巨体であったので、コンパクトにまとまったほうではあるのだが。
「わしの飯の用意はまだか?」
キュータンは目をぎょろりとさせる。見慣れなかったときはこの小さな眼球の動きにいちいち怖がっていた。
「いま、冷蔵庫あけるから……」
人食いの過去のあるキュータンは、そのまま肉食になった。生の牛肉が好物。まぎれもない化け物である。食費はほとんどキュータンに使っているのが、嫌なところ。
「ふむ……美味である……」
歯をギシギシと鳴らしながら肉をすりつぶすキュータン。彼はすべての歯が臼歯である。肉食であるのに。
三分が経った。蓋を開けると、目に湯気がかかる。熱気に顔面が温まり、少し心地いい。
割りばしを割り、さあ、食べよう、としたところで、キュータンの耳が急速に回転する。
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
箸をおく。もう、慣れた。このサインが来るということは。
「あばばばばばば……おい、近くに邪鬼が現れた。いくぞ」
わたしは空腹に我慢し、外へ出る。
この町、三蛙町には、邪鬼が集まってくる。なぜなら、邪鬼は魔法少女の心臓を食べることで力を得られるからである。しかし、魔法少女は邪鬼を倒してもなにもない。不平等である。
墜落直前のヘリコプターのような耳の動きをしながら、キュータンが先頭を飛ぶ。わたしはそのあとをひたすらに追いかける。飛行速度が速く、追うわたしは持久走どころか百メートル走のときのスピードで走らなければならない。いつも現場につくときにはへとへとである。
「あばばばばばばばば………みろ、あいつだ」
キュータンが止まり、六本目の指で、前方にいた男の背中を指す。その男は、サラリーマンのようだった。
「……あのひと?普通のひとに見えるけど」
邪鬼に憑りつかれた人間は、みな奇行をする。コンビニのアイスケースのなかに入ったり
お菓子の中に爪楊枝をいれたりする。しかし、男は背広を着て、きちんとした足取りで歩いていた。
「ううむ。わしの耳の精度は八十五パーセントといったところだが……やつは、匂うぞ。邪鬼の臭いがする」
腹部に付いた鼻をふがふがと動かすキュータン。
「鼻の精度はいいの?」
「六十五パーセントだ」
耳より悪い。扱ってはくれないだろうが、耳鼻科に行ってもらいたい。
こういう時、わたしは容疑者に話しかけてみる。普通の見た目でもこちらが魔法少女だおわかると血相を変えて襲い掛かってくることがあるのだ。
「すみませーん、そこの男の人、ちょっといいですかー」
わたしは駆け寄り、男の表情を確認する。
「はい?えーどうしましたか?お嬢さん」
男は若く、好青年の印象だった。反応も、邪鬼のものではない。はずれか、そう思ったとき。
男の、股間に目がいく。
「……え」
ぽろん、と『出ている』。
なにが、とは、言えない。小学生の女の子が臆面なく言えるモノではない。
「どうしました?」
さわやかな笑顔を向けられ、困惑する。指摘したほうが、いいのか。
「あの、その、下……」
男の目がかっと開き、わたしの肩を掴んでくる。
「下が!なんです!」
豹変した。鼻息が荒い。男のからだから、もやもやとした黒い霧が出てくる。
「下があの、出ています」
「……っ!なにが!出ている!か、言って!」
変態だ。わたしは、ちらりとキュータンを見る。キュータンは頷く。わたしはポケットから鉛玉を取り出し、呪文を唱える。
「世の迷える子羊たちよ、わが主に従え!変異!!!」
全身が光り、ところどころが内出血する。そして、服装が、エプロンドレスに変化する。
「魔法少女、ナデシコ爆誕!!!」
魔法少女、なでしこ。わたし、星崎きららが変身する戦士である。
わたしは、拳に狂信のちからを込め、変態男の顔面に、必殺の一撃を打ち込む。
「むげええ!」
変身、即、必殺。悪即断!がキュータンの教えである。男が血しぶきをまき散らし、倒れる。そして、口から、もやもやとしたものが煙のように出てくる。
「ほお……クラゲタイプの邪鬼か」
見ると、煙の形がクラゲになってくる。なるほど、確かにクラゲだ。
邪鬼は憑りついた人間が倒されると、その姿を現す。ランクに応じて、その姿は変わるが、クラゲは中級である。
キュータンは、吸盤を伸ばし、クラゲを捕食する。キュータンは牛肉が主食で、邪鬼はおかずである。邪鬼のせん滅は、腹を満たすためでもあるのだ。
「さて、帰るぞ、おんな」
「はいはい……」
空腹に、悲しみを感じ、わたしは帰路についた……。
明日は、木曜日→https://ncode.syosetu.com/n0003ei/