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我輩は札束である

作者: 格有紀

ふざけた短編小説処女作です。

 我輩は札束である。氏素性は知れない。確かな氏素性だから、札束のままなのだ。物心ついたときからずっとこの金庫の中だ。


 我輩は帯封にくるまれた日本銀行券一万円札E号券百枚、だ。印刷されたそのままなので、美しい札束だと誇っていい。この大金庫にはひっきりなしに、代わる代わる札束が入って来ては出て行く。


 しかし我輩だけが残ってとうとう一番の古株になってしまった。いつのまにか金庫の一番左端奥が定位置になった。「時は金なり」というが、どれだけ経ったのかわからない。


 金庫の中にはうなるほどの札束がある。うなるほどあるから金が物を言う。実はうなっているのではない、札束同士で会話しているのだ。

 我輩は大抵の場合聞き役に回る。古株として頼りにされ、喧嘩の仲裁もやるのだ。


 面白いのは、金庫を出て行って、大勢の友達を連れて戻ってくる札束の連中だ。どうしたわけか何度も出入りして常連になるやつもいる。ある日常連君から話しかけられた。


「先だって金庫から大きなカバンに入れられてシャバに出たら、黒い大きな車に乗せられたんでさ。まあ、あっしはガキの頃から大きなカバンも車もなれちゃいますけどね。そして着いたのがいつも目にするようなお屋敷じゃなくてミングラ金融という小さな会社だったんで、びっくりしたぁね」


 それを聞いた地方銀行の帯封をつけた貧相な札束が「どうせバングラデシュのグラミン銀行をもじったアングラ金融さ」と小声でつぶやいたが誰も相手にしない。


 貧乏人の金は小賢しい癖に口の聞き方を知らないから困る。


 私は「ミングラは初耳だが、それからどうした」と聞いてやる。


 常連君は再び話し始めた。「まっとうな銀行ならバラされて係数されたところですぜ。まずは安心としばらくシケた金庫で休んでいたんだが、そのうち脂ぎった大男に夜の街に連れ出されたんでさ。夜の街ご存知?聞いたことはあるんですかい。まあ、一度行くといいでがすよ。夜の街には夜の蝶もいて、それは華やかでお色気ぷんぷんしてんだから」


 なるほど、この金庫は万札ばかりで女っ気がない。我輩もぜひ行ってみたいものだ。


「クラブに入ったら男の隣にとびきりの美人がやってきましてね、男が女を気に入ったとみえて、店を持たないかと、あっしで女のほっぺたをペタペタとひっぱたきやがる。どうやらモノにしたようだね。


 それからしばらくしてからあっしは新築ビルの建築費だとかいって建設会社に行ったかと思ったら、大物政治家の政治資金に差し出されて大きなお屋敷での暮らしが始まった。


 あっしはゆったりかまえていたんだけど、ある日屋敷の中で国税だ、検察庁だ、と大騒ぎになって、気がついたら真っ暗な裏街道を進んでとどのつまりが真夜中の日本海峡を渡って、という塩梅でさ」


「いわゆる資金洗浄だな」と、我輩は耳学問であいづちを打つ。


 「海を渡るのは結構ひやひやもんでね。あっしを海岸まで運んだ奴が海に出る前に沈められて、向こう岸に着いたら船頭が沈められて。ま、あっしは修羅場をくぐり慣れているし、沈められる心配はありませんや。


 そこで余生を過ごす覚悟を決めたのに、中央銀行に入れられて、そのうち政府専用機で日本に戻って国庫に寄ってこちらに戻った、というわけでがす」


「そりゃご苦労だったな」


 そんなのんきな毎日だったが、近頃では様子が違う。ある日を境に、十万円の札束がどかどかと出入りするようになったのだ。若手の情報によると「インフレと女性の社会進出の影響」らしい。


 十万円札の肖像画は推古天皇だ。「先代万札の聖徳太子の叔母だから、逆らわないのが得ですよ」と、かの常連君が教えてくれた。


 金庫のメンバーも、氏素性の知れない札束は少数になった。金満OLの貯金や、金融レディがしこたま稼いだ金だと、自慢し合っている。


 一万円の札束はどんどん出て行って戻ってこなくなった。我輩は十万円の札束に囲まれている。軽蔑されているような気配を感じて息苦しい。


 十万円札はとにかくやかましい。前の主の品定めをするようにわーわーはしゃいでいる。「あの娘は偉そうにしているけど育ちが知れる」とか「アンタの元の主は、胸が大きいけど頭が悪いから、いつも男にだまされるのよ」とか、上品なのか下品なのかわからない。我輩は会話に加わらない。


 今日もまた「グローバル化」だ、「電子マネー」だと、これまで我輩が聞いたことがないような言葉で、下世話な話を、さも深刻そうにやっている。いい加減にしろ。


 そのとき、金庫のドアが乾いた音をたてて開いた。向こうに全部の札束が入るような大きな袋が見えた。十万円の札束が、一斉に悲鳴をあげた。


「私たちとうとう電子化されるのね」


 この意味不明のつぶやきが、金が物を言うのを聞いた最期の声だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い着眼点をおもちだと思います。斬新ですね
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