出会い
その夜、私は何かが起こることを期待しつつ“彼”の家に向かった。彼氏とか、恋人とか、そういった“彼”ではない。向こうには5年続いている彼女がいて、私を含む同僚は皆それを知っていた。しかし、それに加えて、毎日のように違う女性と一夜を共にしていることも知っていた。
「お前は本当に節操ないな!」
「彼女に知られたらどうするの?」
そう諭す者もいれば、
「いいなぁ」
「紹介してくれよ」
と嘆く者もいる。私は“彼”の前では前者である。
「私が彼女だったら絶対泣いちゃうな〜」
と表向きに言っておけば普通の女性になれるからである。しかし腹の中は後者だ。もっとも、嘆く理由は、一夜を共にする女性たちが羨ましかったからである。
私は今23歳で、彼氏はいない。容姿は悪くない方だと思っているし、実際高校の時はそれなりにモテた。告白してきた5人と付き合った。私が飽きてしまい皆3ヶ月ももたなかったのだが。また、勉強も嫌いではなかったし、先生に媚を売るのも苦ではなかったため、指定校推薦で、『浪人して行く私大の最低ライン』くらいの、頭の良いと名の知れた大学に受かった。大学生の時は、特定の彼氏は居なかった。しかし遊びまくっていたわけではなく、二人で遊んでもキスまでで留めた。単純にセックスするのが恐ろしかったからである。高校の時はキスさえもしなかったため、キスだけで幸せだと思えたことも理由である。身体のあちこちを触ってくる男もいたが、私が拒むとやめてくれた。そんなこんなで、わたしは処女のまま大学を卒業した。そして卒業後、出版社に就職した。1位のシェアを誇るとまではいかないものの、そこそこの売上を出している週刊雑誌の編集者の卵として社会人になった。まだまだ下っ端であり、怒られることも泣かされることも多いが、それなりに充実した生活を送っている。男関係はからっきしだが、飲み会は楽しい。出版社に就職したのは、『なんとなく』である。自分ではやりたいことを見つけられないまま就活生になったため、ゼミの先輩をたよって選んだ会社だった。思えば、指定校推薦も枠があった適当な学科を選んでいた。わたしの人生は『なんとなく』で出来上がろうとしていた。
“彼”に出会ったのは就職が決まってすぐ、内定式の後の懇親会である。3年先輩の社員たちとの飲み会だ。この時話した先輩で覚えているのは、幹事の水野さん、その横にいた上田さん、某アイドルの曲をノリノリで歌っていた浜田さん、そして、“彼”──浅野健斗だった。
「メイちゃん、こっちとなり座りなよ〜!」
そう水野さんに呼ばれ、わたしは水野さんと上田さんの間に座った。
「可愛いよね、メイちゃん、地元はどこ?」
「博多です」
「なるほど、博多美人か〜!」
なんてどうでもいい会話で盛り上がっていた所に、浅野健斗は現れた。
「え、水野さん上田さん、可愛い子紹介してくださいよ〜!」
そう言って彼は私を背後から抱きしめてきた。すぐに水野さんが引き剥がしてくれたが、酒が入っているとはいえなんちゅう男だ、と思って顔を見た。そこにいたのは、大学1年の時に3年生のミスターコンテストで優勝した男だった。ものすごく好みの顔だったので名前も覚えていた。
「…浅野さん?」
「えっ、俺のこと知ってるの?!もしかして、寝たことある?!」
いやいや、何故そうなるのか。
「あっ…いえ、A大のミスターコンで優勝したことありますよね?」
「なるほど!同じ大学の子ね!よろしく!」
そういって求めてきた握手に応じた私は、彼の胸に引き寄せられる。
「おい健斗、やめろよ〜新入社員にセクハラだぞ?」
「メイちゃん、こいつには気をつけなよ〜」
話を聞いていると、浅野健斗は水野さんたちの1つ年下だが、話上手なため付いて来たがったのを誰も止めなかったらしい。そして困ったことに女癖が悪く、毎日違う女と寝ているということだった。
「いやいや、俺だって誰でもいいってわけじゃないし。メイちゃんみたいな可愛い子だったら大歓迎だけどね?」
そう言って彼は立ち上がり、スタスタと別の卓に歩いていった。180センチはあろうかという抜群のスタイルで、これは色男でも仕方ない、と思った。